長嶺誠治の林間学校 その2

 今日は土曜日。

 うちの学校は土曜日にも授業があるのだが、第三土曜日だけ休みだ。

 半蔵がLIMEで『林間学校6班』でグループを作ったようで、恥ずかしながら俺も参加した。

 俺的には『剣道部with B』のようなグループ名の方が相応しいと思うのだが……。

 それはさておき、俺は現在毎度おなじみ渋谷にいるわけだが、なぜここにいるかというと……。

「待ったでござるか?」

「いや、今きたところだよ……って、お前は俺の彼女か!」

 ベタだが、渋谷のハチ公前で林間学校グループで待ち合わせしている。

 季節が冬間近ということもあり、コートを羽織っている人が大半だ。まあ時折、半袖で出歩いている強者もいるが。

 今日はみんなで林間学校にいく前に親睦を深めようという目的で集まるそうだ。

「やっほ〜長嶺くん」

 俺と半蔵が話していると、吉崎さんと田所さんが来た。

 明朗快活という言葉が似合う吉崎さんとは反対に、控えめで大人しい田所さんのコンビはどこか良い味が出ている気がする。

 しかし服装からも人柄って出るもんだな……吉崎さんはザ・イマドキ女子といった若々しい服装に対して、田所さんは全身ブラックコーデ。ブラックコーデといってもチャラついたところは一切なく、喪服を思わせるような装い。

 田所さんが色白なだけに、なんだかとてもおしゃれに見える。

「こ、こんにちは……改めまして、田所絵理香たどころえりかです……」

「あ、こちらこそ、長嶺誠治です……」

 畏った挨拶をされるとついついこちらとしても畏ってしまう。日本人の性質だよね。

「なになに二人とも、マッチングアプリで知り合った男女みたいな感じだしちゃって」

「そう言う吉崎殿は本当に使ってそうでござるn……」

「ふんッ!」

「ぐぬぅ……!」

 半蔵は吉崎さんに腹に裏拳を喰らっていた……うわぁ痛そ。

「おいっす〜」

「悪い悪い、ちょっとゲーセン行ってた!」

 萩谷くんと飯島くんも遅れてやってきた。

 二人とも容姿的にはイケメンの部類に入ると思うのだが、その中身が大のオタクが故に、あまりモテないようだ。

 ちなみにこの二人のLIMEのトプ画は、どちらもキ○トだった。

 うわぁ〜一つのグループに二人もキ○トがいるぅ〜!ア○ナさん困っちゃうよ。

「集まったはいいけど、どこいくんだ?」

「カラオケにでも行こうと考えているのでござるが、どうでござるか?」

 隠キャにとって集団でのカラオケとはなかなかにハードルが高いものだ。

 ここは一つ異議を申し立てようじゃないか。

「あー俺カラオケにがt……」

「いいね!いこいこ!!私やっぱりLI○A歌いたいなぁ〜」

 吉崎さん!?!?

「おー俺も俺も!やっぱエ○ルと言えばイ○ナイトだよな〜。S○Oしか勝たん!」

 おい萩谷!やめろ!!

「いや、今の流行りはやっぱり紅蓮g……」

 飯島あああああ!!!

 てか!!!!伏せ字多すぎ!!!!!!!

 ほぼ満場一致で、カラオケに行くことになってしまった。

 乗り気でないのは俺と田所さんぐらいか……いや、田所さんはどことなくウキウキしてるっぽいな。

 俺と同じく一人カラオケが好きなタイプかもしれん。

 カラオケと言ったらやっぱり一人カラオケに限る……他の人が歌い終わるのを待つ必要がないし、何より人の目を気にせず大熱唱ができる。

 普段みんなでしかカラオケにいかないウェイ系の人間にも、一人カラオケのアドバンテージを是非とも味わってほしいものだ。

「受付は四階らしいでござるよ」

「うっしゃー!!気合入ってきたー!!」

 なんてことを考えながら、俺たちは渋谷のセンター街の十字路にある、『歌スクウェア』……いわゆる歌スクの前に着いた。どうやらここが全国にある歌スクの本店らしい。

 ビル丸々一つが歌スクのものらしく、どんなに混んでも満室にならなそうな気がする。

 いや、渋谷なら満室になってもおかしくないか。

「はは……みんなすごいやる気……」

「明後日の林間学校までに疲れてそうだな……」

 周りの空気感とは別に、俺と田所さんだけ明らかにおいてけぼりだった。

「……長嶺くんは何歌うの?」

「んーっと、そうだな……やっぱり今はバ〇プとか……」

「あー!!いいよね!バ〇プ!私もよく一人で歌うよ!私はゲームの主題歌になってから聴き始めたんだけど、収録曲もいいんだよね」

「そうそう!収録曲まじでいいよな〜。あとは、Vau○dyとかも歌うかな」

「わかる!私も好きで、よくYouTubeで聴いたりする!」

 まさか田所さんとここまで意気投合できるとは、意外だった。

 それにしても、伏せ字多くですまんな……。

 ***

 結果的に言うと、カラオケは案外盛り上がった。

 主に剣道部の萩谷くん飯島くん吉崎さんがマイクの主導権を握ってたけど……。

「ちょっと飲み物取ってくるわ」

 喉も乾いたし、それにいざ歌う時になって声がガラガラで不細工な声が出てしまったら恥ずかしいことこの上ないしな。

「あ、私もいこっかな」

「ああ、田所さんも一緒に行こうか」

 田所さんとはこの数時間で結構仲良くなれた気がする。

 それに何よりも、田所さんも人見知りということもあってか、距離感が同じだから話しやすい。

 萩谷くんたちがアニソンを大熱唱しているのを横目に、俺と田所さんが部屋を出ようとすると

「あー!私も喉かわいちった!田所ちゃんの飲み物私が代わりに取りに行ってあげるよ、長嶺くんいこ!」」

「え……あ、ありがとう……」

「お、おお……」

 いつの間にか俺たちの背後に吉崎さんがいた。

 なんだか凄い早口でまくし立ててた気がするけど……。

 ***

 俺と吉崎さんは四階まで降りて、ドリンクバーに向かっていた。

 すると横から吉崎さんが顔をひょこりと出してきた。

「ねえねえ、長嶺くんは最近恋してるかい?」

「え、なんで急に?」

 恋も何も失恋したんだが?

 でも俺と花蓮が付き合ってたことは誰にも言ってないしな……。

 男女共に人気な花蓮と、クラスの冴えない俺なんかが付き合ってたなんて知れたら、花蓮の迷惑になるだろうからな。

「いやあ、最近友達がどんどん彼氏作ってくから、長嶺くんはどうなのかなーって」

「俺は……恋はしてないかな」

 正直、未だに花蓮のことを引きずっている俺は当分恋愛なんて出来ないだろう。

 そもそも俺が花蓮と付き合えたこと自体割と奇跡に近かったしな……。

 恋愛は外見とか地位じゃなくて、お互いの心の中身を理解し合えることが大事だと俺は思っている。

 だが、やはり世間体という外からの圧力に対してはやはり厳しいものだ。

 花蓮も、やはりあのイケメンなやつと一緒にいる方が楽しいのだろう。

「なんだなんだ〜?急にそんな暗い顔しないでよ!」

「あ、悪い。そんな暗い顔してた?」

「うんうん。なんか、叩けば崩れ落ちそうなくらい」

「まじか……」

 あー……なんでも顔に出る癖直してえ……。

「まあ何かあったか知らないけどさー……」

「ん?」

「じゃあ、私と恋してみない?」

「……は?」

 予想外の言葉に、素っ頓狂な声が出てしまった。

 え?え?え?

 吉崎さんは、今なんて言った?

 おそらく今の俺は、誰が見てもアホな顔をしているだろう。

「ふふ、冗談だよ」

 小悪魔フェイスで茶目っ気のあるポーズをしながらそう言ってきた。

「勘弁してくれ……」

 そんなこんなで吉崎さんにドギマギさせられながら、ドリンクバーに着いた。

 ***

「私はやっぱりメロンソーダ〜」

 やはり歌広の本店ということもあって、ドリンクバーの種類が豊富だ。

 アイスクリームまで食べ放題とは、これは今度ヒトカラできてもいいかも知れないな。よし、林間学校が来たら来よう!

「田所さんの分も取ったし、そろそろ戻ろ……ん?」

 いつの間にか吉崎さんがいなくなっていた。

 ドリンクバーコーナーから出たところから、吉崎さんの声が聞こえてくるので、向かってみると、そこには……。

「花蓮に伊月くんも!お二人でカラオケとは、いやいやラブラブですなー!」

「そんなんじゃないよ綾女!」

「ははは、参ったな。本当にただカラオケに来ただけだよ」

 吉崎さんと談笑している相手、それは花蓮と、この間の男だった。

「二人でカラオケか……順調に進んでるんだな……」

 俺は決して気づかれないように、先に部屋へと戻った。

「長嶺くん……どうしたの?大丈夫?」

「ああごめん、ちょっと慣れない雰囲気で疲れちって。田所さん、ありがとうな」

「ううん、キツかったら言ってね?」

 田所さんに心配されるあたり、やはりまた顔に出てしまっているのだろう。

 せっかくの楽しい雰囲気を台無しにしてしまうかもしれない。

 申し訳ないが、俺は先に帰らせてもらおう……。

 大丈夫、明後日の林間学校までには元気に……。

「誠治殿、マイクを持つでござる」

 半蔵が立ち上がろうとする俺に、マイクを渡してきた。

「え、なんだよ急に?」

 半蔵はいつになく、真剣な顔をしていた。

 しかし少しするとニカっと笑って

「そろそろ誠治殿の十八番おはこが聴きたいでござる」

「はあ?」

 急に何言ってんだ半蔵……。

「お!長嶺の十八番聴きてえ!」

「俺も知ってる曲だったら俺も混ぜてくれ!!」

 萩谷くんも飯島くんも乗っかってきた!!

 うわあ、これ歌わないとしらけるやつじゃん……今とてもじゃないがそんな気分じゃ……。

「誠治どの」

「?」

「何があったかは知らぬでござるが、歌うと割とスッキリするでござるよ」

 俺以外には聞こえないような小声で、半蔵はそう言った。

 はは……友達にまで心配させるとか……情けねえな、俺。

 これ以上、過去のことでうじうじ悩んでられないな。

「田所さん」

「う、うん?」

「よかったらデュエットしない?」

「……!うん、もちろん!」

 俺は今この瞬間、今共にいる人たちを大事にしていこうと思う。

 ***

「綾女、今日一人できたの?」

「あはは、そんなわけないじゃん。林間学校のメンバーと……ってあれ?長嶺くんどこ行った?」

「え……」

「あちゃ〜先に戻っちゃったか〜。案外ドSなのかな、長嶺くん」

「……」

「ん??どったの花蓮?顔色悪いよ?」

「花蓮ちゃん、大丈夫かい?」

「う、うん……大丈夫だよ。ごめん、私、やっぱり帰るね」

「ええ?」

「伊月くん、せっかく誘ってくれたのにごめん……」

「いや、いいんだよ。元々僕がわがまま言ってカラオケに来たんだし」

「ごめんね……綾女も、また今度ね」

「うんうん、お大事にね〜」

「「……」」

 花蓮が去った後、残された綾女と伊月は、凍ったような無表情で呟くように話していた。

「……てっきり花蓮ちゃんは、もうあの男のことはどうでもよくなってると思ってたのにな……」

「あはは〜……ダメじゃん、ちゃんと花蓮のこと落とさないと。まあでも、花蓮はガードが固いからね〜」

「そっちはどうなんだい?あの男とは」

「長嶺くんのことをあの男呼ばわりしないでくれるかな〜?……まあ、ちょこちょこ仕掛けてはいるよ。これから林間学校もあるし、陥落させるチャンスなんていくらでもある」

「そうかい……君の素性が知れないことを祈っているよ」

「あはは……そっちこそ、ね」

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