影次とリリアック×迷宮の宝

「トァッ!!」



 ファングの拳が、蹴りが次々と異形の怪物たちを吹き飛ばしていく。痛烈な打撃を受けた怪物たちは藻掻き、呻きながら黒い煙となって消滅するがすぐに次の怪物が迫る。動きも鈍重で耐久力も低く一体一体はそれほど脅威では無いが、兎にも角にも数が多い。



「まるでゾンビ映画みたいな光景だな……。キリがない、一気に蹴散らすぞ」


〈Blaze! vanishingbreak!〉



 左手首の『ファングブレス』のボタンを押し、必殺技を発動するファング。全身を流れる流体因子エネルギーブラッディフォースが左手へと集約されていき、みるみるその拳が赤く、猛々しく燃え上がっていく。



「ブレイズフィスト!!」



 迷宮の狭い通路を真っすぐ列を成すように群がっていた異形の怪物たちへと目掛けて灼熱の左腕を振るう。拳から放たれた炎は怪物たちを次々と飲み込み、焼き尽くしていく。異形の怪物たちは炎を避けようともせず、断末魔を上げるでもなく、紅蓮の中で次々と消滅していった。



「ふう、これで全部片付いたな。異世界こっちにはあんなモンスターもいるのか」



 ファング影次はライラックの体の上に乗っていた本棚を持ち上げ救出すると、たった今焼き尽くした怪物たちの焼け跡が残る通路の床と、周囲の本棚へと視線を移す。

 あれだけの数の怪物たちを消し炭にする程の火力を放出したというのに通路を形作る本棚には燃える気配どころか焦げ跡の一つも付いていなかった。



「僕だってあんな化け物初めて見たよ。……まぁ、一応礼は言っておいてあげるよ。癪だけど、甚だ不本意だけど、助けられたのは事実だしね」


「別に感謝してほしくて助けた訳じゃない。気にしなくていいぞ」


「そうか、そう言って貰えると僕も助かる。ではお言葉に甘えてもう忘れる事にしよう……って何をする馴れ馴れしく触るなっ! あ痛たたっ!?」



 十分元気そうなライラックではあったが、本棚に挟まれた際に痛めたのだろう、立ち上がる際にも片足を引き摺っており、額からも血が垂れている。変身を解いた影次は懐からサトラから持たされた救急道具を取り出すと早速ライラックの応急手当を開始する。当人は男に触られたくないと喚いているがこの際無視する。



「怪我の手当てするだけだからじっとしてろ。ほら、このアホみたいなお面も一旦外すぞ?」


「アホとは何だ怪盗の誇りたるマスクを……あっそこ痛い! やるならせめてもう少し優しくしてくれたまえよ!」


「額は派手に血は出てるけど傷自体は深くないみたいだ。足のほうも骨折はしてないな。こうしてしっかり固定しておけばいいだろ。外に戻ったらちゃんと診て貰えよ?」


「一生の不覚だ……。この僕が、まさか君みたいなむさ苦しい輩にこんな借りを作ってしまうとは。末代までの恥だ、ご先祖様に申し訳が立たない……最悪だ」


「さっき気にしないって言ってなかったっけか?」



 リリアックの手当てを終えると改めて周囲を見回し、入口から入ってきた本棚の迷路に戻ってきている事を確認する影次。少なくとも二度落とし穴に落ちた筈なのに何故か入口と同じ階層に戻ってきているのは一体どういう構造なのか……。



(砂漠やら雪原やらあるような迷宮だし、もう何でもありっちゃありなんだろうけど)



 それに一緒に落ちた筈のジャンの姿がどこにも見当たらないのも気掛かりだった。もしかしたら同じ罠だからといって同じ場所に出るとは限らないのかもしれないが、よりにもよってあんな冬眠寸前の状態のジャンとはぐれてしまうとは、心配で仕方がない。どこか適当な場所で適当に眠っていなければいいのだが……。



「で、お前一体何をやらかしたんだよ。さっきの怪物たちは何なんだ?」


「ぼ、僕が知る筈無いだろう!? 僕はただ、この奥に隠し扉を見つけたから中に入ったら変な水槽だらけの部屋に着いて……嫌な予感がして逃げたら水槽の中にいたあの化け物たちが追い掛けてきたんだよ。しかも元来た道も何故か塞がってるし……お宝らしいものも見当たらないし、もう散々だよ!」


「水槽……? あれは誰かに作られたものって事か? そんな事をしそうな連中といったら……やっぱり奴らか」



 魔族。当然影次の頭に真っ先に思い浮かんだ容疑者は彼らしかいない。観光都市ミラーノの地下にあれだけの数の魔物(?)が潜んでいたという事も驚きだが、それが人為的なものとなるとぞっとするものがある。

 怪物たちがどれくらい前からここにいたのかは分からないが、地上では何も知らない人々たちで賑うの街の下でずっと得体のしれない大量の怪物が潜んでいたと思うと背筋が寒くなりそうだ。



「行くのかい? 一応忠告はしておくが、まださっきみたいな化け物が残ってるかもしれないし、下手すればもっと危険なものがいるかもしれないんだよ?」


「だとしたら猶更だ。もし怪物が街の方まで現れたら大惨事になりかねないだろ」


「やれやれ、相変わらずのお人好しだね君も。まぁ勝手にするといいさ、僕には関係のない話だしね」



 怪物の群れが押し寄せてきた迷宮の奥へと進もうとする影次に対し、付き合っていられないとばかりに出口を目指し逆方向へと向かっていくが、少し歩いたところでよろけてしまい、転ぶまいとして逆に自分のマントを思い切り踏み付け盛大に転んでしまった。



「あ、頭……! 頭打った……っ!」


「足痛めてるんだから無理するなって。それに来た時と道が変わってるなら出口がある方向も分からないんだろ? その足で当てもなくウロウロするのは得策じゃないと思うんだけど」


「う、煩いな! 僕の勝手だ、君に指図される謂れは無いね!」



 リリアックの言い分も間違っては無いのだが、影次としてはこの残念な怪盗を迷宮突入の際の斥候代わりにした事に対する罪悪感があった。

 勿論いざ本当に彼女が危険に晒された際にはすかさず助けに入るつもりだったが、実際は罠にかかり散々振り回されてそれどころでは無く、その結果リリアックはこうして負傷してしまった。



「指図するつもりなんて無いよ。ただ今のお前が一人でいるより俺が一緒にいた方がまだ安全なんじゃないか? それにもしかしたら出口もこの奥にあるかもしれないし」


「……前にも言ったけど、僕は本当に荒事に関しては何の力にもなれないからね。何なら小悪鬼ゴブリン一匹にだって負ける自信があるくらいだ」


「自慢する事かそれ。ちゃんとお前の事は守るから安心……はできないだろうけど、約束はする」


「本当に君というやつは……。怪盗の身まで案じるとは、お人好しもここまで来ると病気だね」


「別に。そんな高尚なものじゃないさ。単なる自己満足だよ」



 自嘲気味に呟いたその言葉は、謙遜でも何でもなく影次の本心そのものだった。










「だぁーーーっ!! やっと元の場所に戻ってこれた!!」



 影次とリリアックが最深部へと向かった頃、サトラ達も同じく再び一番最初の本棚の迷宮へと戻ってきていた。

 とは言え森の中を彷徨い続けてからも岩山、渓谷、沼地にカフェテラスと目まぐるしく次々と場面が切り替わるに振り回され、ようやく最初の階(?)へと戻って来られたのだ。ウォルフラムが感極まって思わず叫んでしまっても一体誰が咎められようか。



「キヒヒ、でもこれってマイナスが0になっただけで結局まだ少しも調査出来てないよねぇ、アタシたち。まぁロクでもない場所だっていう事は身に染みて分かったけどさぁ」


「おー、なんかいろいろいっぱいたのしかったなー。特にウォッフがゴロゴロ転がっていくところとかー。あとはそうだなー、ウォッフがズブズブしずんでいくところとかー」


「そろそろお前の将来が心配になってきたよボクは!」


「だが最初の本棚の迷路に戻ってきたのはいいが……どちらに行けばいいのか全く分からないぞ。先に進む道もそうだが出口も分からないのではこれまでと状況は何も変わらない気がするのだが」



 出口を探すにせよ迷宮の調査を続行するにせよ、当ては無くとも何はともあれ今はとにかく進むしかない。幸いにもこれまでのような場面転換も落とし穴のような罠も無く、しばらく歩き続けると狭い通路を抜け、広々とした空間へと出る。



「道がここで終わっているということは、ここが最深部なのでしょうか。それにしては特に何も無いような……」



 マシロの言う通り、迷路を抜けた一行が行き着いた先に待っていたのはただの大きな壁だった。壁と言えど当然それもまた本棚で出来ているのだが、そこに収められている本も何も書かれていない白紙のものだった。



「てっきり一番奥に資料があると思っていたのだが……。それとも別の場所にあるのだろうか。確か入口には隠す、という言葉が書かれていたとエイジが言っていたしな」


「まさかとは思うけどここまで通ってきた本棚の中に資料が隠してあるとか無いよねぇ……。あの無茶苦茶な数の棚全部にぎっしり本が詰まってたんだよ? 一体何千……いや何万冊あると思ってるのさ」



 サトラの言う通り、入り口に書かれていた「隠す」という言葉が資料の事だとすればわざわざ分かりやすく最深部に置いていたりはしないだろう。勿論ここが最深部ではないという可能性もあるが、シャーペイの推察通りだったとしたら、もはや絶望的だ。



「……待った。この本棚、何か仕掛けがあるみたいだ」



 サトラたちが一度引き返して出口を探そうかと考え始めていると、行く手を阻む本棚の壁を調べていたウォルフラムが本棚に何らかの細工が施されている事に気付く。



「認識障害の魔法……? だとしてもこの程度ボクに掛かれば解除する事なんて……ほら、この通り」



 ウォルフラムの言う通り、彼が手をかざしたところに魔法陣が浮かび上がる。そのまま描かれていた術式をまるでパズルを解くように一文字ずつ消していく。その鮮やかな手裁きには後ろから見ていたマシロやシャーペイも思わず感嘆の声を上げる程だ。



「流石は錬金術師組合アルケミーギルドの術師ですね。私ではこうもスムーズに解除出来るかどうか、それ以前に認識障害の魔法が掛けられている事にさえ気付けませんでした」


「おチビちゃんにおちょくられてるだけのおチビちゃんじゃないって事だねぇ。お、解けた解けた」



 ウォルフラムが本棚に掛けられていた魔法を解除すると、先程まで確かに一行の行く手を塞いでいた重厚な本棚がまるで霧のように消えていき、更に奥へと続く道が現れた。



「おー、ウォッフやるなぁー。えらいぞーすごいぞー。あたしはじめてウォッフのことみなおしたぞー。やればできるこなんだなー」


「だからお前はボクの何のつもりなんだっ!!」


「ま、まぁまぁ。とにかく奥に行ってみましょう。こんな仕掛けをわざわざ施していたんです。きっとこの先が最深部ゴールなんだと思いますよ」


「キヒヒッ。そうすんなり行けばいいけどねぇ。ここまでの道中を考えるとまたどんな意地の悪い罠があるかどうかわかったもんじゃないよ?」



 だがシャーペイの懸念は完全に外れ、隠し通路を進んだ先にマシロやサトラたちが行き着いたのは四方も上下も真っ白の何の飾り気も無い無機質な部屋だった。

 一瞬「また違う場所に飛ばされたのか」と身構えるサトラたちだったが、後ろを振り返れば自分たちが通ってきた通路はちゃんとそこにある。だが転移させられたかと思ってしまうほどに、この部屋は本棚の迷宮とは余りにも異質な光景だった。



「何なんですか、この部屋は……。石でも鉄でも無い、見たことも無い材質です。床も、壁も」


「明らかな雰囲気が変わったな。恐らくはここまでの迷路も罠も、ここ・・に立ち入らせないためのものだったのだろう」



 マシロもサトラも、一歩足を踏み入れた時から得体のしれない悪寒を感じずにはいられなかった。具体的に何がという訳では無い。まるで知らず知らずのうちに未知の怪物の口の中に入ってしまったかのような、漠然とした不安と恐怖。そしてそれ・・は他の面々も同じだったようで、ウォルフラムは勿論いつも軽薄な笑みを浮かべているシャーペイも奔放なソマリでさえも言葉を呑み、この異様な空気に気圧されてしまっていた。



「何が待ち構えているか分からない。十分に注意して進むぞ」



 部屋の奥には更に先へと進む道が続いており、体の奥底から込み上げてくる恐怖心を抑えながら先へと進むサトラ。騎士としてこれまで色々な危険に遭遇してきた彼女だったが、今感じているものは、これまで経験してきたどれとも違う感覚だった。



「はは。もし一人でここに来ていたら私はきっと情けなく悲鳴を上げて逃げ出していたかもしれないな」


「何を馬鹿な事を、と言いたいところですが、私もです。まるで見えない手に心臓を鷲掴みにされているような気分です……」



 得体のしれない恐怖を覚えながらも、同時に間違いなくこの先に何かがあると確信しサトラとマシロは部屋の奥へと進んでいく。一方のウォルフラムとソマリはと言えば、震えながらもサトラたちの後を追おうとするウォルフラムの服をソマリが掴んで引き留めていた。



「ウォッフー……なんかあたし、いやなよかんがするぞー? このおく、いっちゃいけないきがするんだー」


「な、何を怖気付いているんだ。やっぱり君は子供だな、何があるかわからないなんて、ダンジョンや遺跡の探索では当たり前の事じゃないか。いちいちリスクに尻尾を巻いていたら何も得られないよ」


「ちがうー、ちがうぞウォッフー。そうじゃなくてなー、ここ、ここははいっちゃいけないとおもうんだー。うまくいえないんだけどなー、ここはすごくいやなかんじがするんだー」


「何があるかは分からないけど、ここが物凄く危険な場所だというのはボクだって理屈抜きに感じているよ……。でも、だからってここまで来て引き返す事なんて出来るか。そうさ、今度こそ、ここならボクの求めるものがあるかもしれないんだ……」



 自分を制止する小さな手を振り払ってサトラとマシロの後を追っていくウォルフラム。そんな彼をソマリもびくびくと怯えながら付いていく。


 隠し通路から入ってきた最初の部屋は塵一つ無く、余りにも無機質な空間だったがその奥の部屋は一転し、其処彼処そこかしこに物が乱雑に散らかっており、先の部屋とのギャップがまた別の意味で不気味さを醸し出している。


 明らかに誰かがここで何かをしていた事を物語るテーブルと椅子。そしてその上に、床に散らばった無数の紙。ここもまた塵埃も無く一見するとつい今し方まで誰かが使用していたようにも思えるが、試しに散らばっていた紙を一枚拾い上げると指で摘まんだだけでボロボロと崩れてしまうほどに脆く風化しており、この部屋がもはや随分と長い間放置されていた事を物語っている。それも一年や二年では無いだろう。



「……っ!? さ、サトラ様! あ、あれを見てください! あれって、もしかしなくても……」


「ああ……、マシロ、どうやら大当たりだったみたいだな」



 マシロが指さした方向、乱雑に散らかされた部屋の横の壁に描かれていたものを目にしてサトラも思わず息を呑む。



 そこに描かれていたのは六体の人型……否、人成らざる形をした兵器の姿。そしてサトラとマシロ、シャーペイの三人にはその内の二つに見覚えがあった。

 一つは以前マシロの故郷であるビションフリーゼの街の近くの雪山、ディプテス山。そしてもう一つはここ観光都市ミラーノで、つい数日前に、だ。

 


「『大地のティターン』、それに『海のオケアノス』……。じゃあ、これってまさか……!」



 『終末の六機』。かつて世界中に厄災を振り撒いたと言われる六体の古代兵器、ゴーレム。

その手掛かりをと一縷の望みを持って訪れた場所に、この迷宮図書館の深奥に隠されていたものが本当に自分たちの求めていたものだった事にサトラもマシロも驚きを隠せずにいた……。

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