錬金術師ウォルフラム×千変万化

 サトラとマシロ、そしてウォルフラムとソマリの四人は湖畔を後にし上階に昇る手段を探すべく行動を開始していた。湖を囲む広大な花畑はどこまでも続いており、美しい花々が咲き誇る光景は美しいの一言だが、歩いても歩いてもそれが延々と続くとなると段々とうんざりし始めてきてしまう。



「一体どこまで続くんだこの花畑……。歩きにくいし甘ったるい匂いで段々気持ち悪くなってきたよ。そもそもここは街の地下の更に地下の筈だろう? これだけの草花が一体どこから養分を摂取しているというんだ。日の光も届かないのに非論理的過ぎるだろ……。」


「ダンジョンのように魔石の魔力を栄養素にしているのではないか?」


「こんな規模の花畑を維持する程の魔力量を含んだ魔石があったらここはとくにダンジョン化してしまっているよ。けどここは明らかに何者かが人工的に作った場所だ。どんな意図があって落とし穴の底にお花畑なんて作ったのやら。ボクには到底理解できないね。ここを作ったのがいつの時代のどんな人物なのかは知らないが、余程酔狂な変わり者だったんだろうね」



 どこまでも続く花畑の中を歩き続けながら改めてこの迷宮図書館について推察を重ねるウォルフラム。彼もサトラと同じく迷宮の異様さを魔石による影響という説を考えたのだが、あまりにも人工的かつ人為的な迷宮の造りは自然発生するダンジョンとは根本的に異なる。進めば進むほどこの場所を造った者の意思のようなものを感じて止まない。



「かわりものかー。それじゃあウォッフとおなじだなー。でもあたしはここけっこう気にいったぞー? たくさんおもしろいものあるからなぁー」


「ソマリ、ここは別に遊戯施設アトラクションじゃないんですからね? 危険ですし本当はソマリだけでも今すぐ外に帰してあげたいんですが……」


「おー、だいじょうぶだぞー。いざとなったらあたしがおねーちゃんをまもってあげるからなー」


「ありがとうソマリ。それじゃあいざという時はお願いしますね」



 マシロにべったりと懐いているソマリは彼女と手を繋いだまま一人この状況下においてもケラケラと楽しそうに笑っている。単に自分たちが置かれている状況を理解していないだけなのか、もしくは本当にこの迷宮を遊び場と思っているのか……多分両方だろうが。



「おー、そうだー。ウォッフのこともついでにまもってあげるからなー? あんしんしていいぞー。そっちの金髪のおねーちゃんもなー」


「何でボクがついでなんだ!」


「ふふ。頼もしい限りだな。宜しく頼むよソマリ」



 まさかこの幼気な少女が、かつて豊穣の都ネザーランドで三月協会本部を襲撃した魔族、百獣魔人アビスキマイラだという事を知らないマシロとサトラはソマリの言葉を子供の言う事だと微笑ましく受け止めていた。特に実際に戦ったマシロでさえ、あの獰猛な魔人と今手を繋いで歩いている少女が同一人物などとは夢にも思っていなかった。



「ダンジョンのような魔石による土壌の変質ではなく人為的な……それも魔力とは異なる何らかの力によって、か……。色々と不可解で厄介なところではあるけれど、それだけにまだ世間に知られていない希少な技術を発見出来るかもしれないな」


「調査がしたかったのならきちんと頼めば良かっただろう。未知の場所の調査にウォルフラム殿のような腕利きの錬金術師が協力してくれるとなれば図書館の方も魔術師学院も断りはしなかっただろうに」


「だからこっそり忍び込んだ事については散々謝ったし外に戻ったらきちんと関係者に謝罪するって約束したじゃないか……。そもそもボクは別に組合ギルドの活動の一環でこの迷宮を調べに来た訳じゃない。あくまでボクの個人的な目的のためさ。でなきゃ子供ソマリ連れで放浪なんてせず他の世間一般の錬金術師みたいに陰気にブツブツ独り言漏らしながらカビ臭い部屋に閉じこもって研究してるよ」



 ウォルフラムの言う通り、一般的に錬金術師組合アルケミーギルドの術師は魔術師学院の術師同様そのほとんどが研究者であり、学院の術師が日夜魔術の発展に研究、没頭しているのに対し錬金術師組合の術師は魔力による技術進歩を研究している。

 どちらも現地調査フィールドワークで多少外に出る事はあってもやはりその活動の大半は屋内で行われており、ウォルフラムのように大陸中あちこちを旅して回っている術師は学院、組合問わず非常に珍しいパターンだ。


「い、いや……決して錬金術師の全てがそんな人種ではないだろう。貴方のようにアグレッシブな術師もいると思うが。ほら、セッター教授だって」


「アレはただの災害だ! あの爺さん、こっちが必要にしてる資料を根こそぎ持っていっておいて文句つけにいったらツナサンド投げつけてきやがって……。ジジイの食べかけが口の中に入った時のボクの気持ちが分かるか……っ!」



 やはりあの偏屈老人、組合ギルドでも色々とやらかしているらしい。



「なーなーウォッフー。ウォッフのもくてきってなんなんだー? そういえばあたし聞いたことないぞー?」


「……別に、お前には関係のない事だよ。話したところで理解も出来ないだろうし」


「あー、そんなこといってー、ほんとうはわるいことたくらんでるんだろー? だめだぞー、わるいことしたらごめんなさいってしなきゃだめなんだぞー。そうだよなーおねーちゃん?」


「えっと……悪い事は駄目ですよ? ウォルフラムさん」


「あなたもソマリの言うことなんか真に受けないでくれ! あと微妙に子ども扱いするのも!」



 ただでさえソマリ一人に振り回されているというのに迷宮に張り巡らされた理解不可能な罠の数々。更に騎士団サトラ魔術師学院マシロが同行しているというこの状況にウォルフラムのストレスは急上昇中だ。

 いっそこの場でソマリを魔人化させてこの邪魔な二人を始末してしまおうか。今ならば迷宮の罠にかかった風に装う事も死体を隠す事も難しくはないだろう。



(……なんてね。いくらなんでも浅慮が過ぎるってものだ。とは言えあのこの二人が邪魔なのは事実だし、どこかで捲ければいいんだけどね。もうしばらく様子を見て機会を伺うとしよう)



 ちらりと後ろを振り返り、ソマリをあやしているサトラとマシロを一瞥するウォルフラム。彼女たちが善人なのは重々承知しているし、邪魔になっているのは自分の目的・・・・・がとてもではないが表沙汰に出来るものではないからであって決してサトラたちに非は無い事も、勿論理解している。



(けど……それでも、もし必要となったらボクも手段は選んでいられない。彼女たちには悪いけどね)










「おっかしいなぁー? アタシたちついさっきまで砂漠のど真ん中にいたよねぇ? もしかしてシャーペイちゃんだけ白昼夢見てた?」


「奇遇だな……俺も現在進行形で似たような夢見てる気がするよ。なんだか周りのあちこちからグツグツって音がするのも空耳かな」


「お二人とも現実を直視してくだされ……お気持ちはわかりますが。お気持ちはわかりますが……」



 落とし穴から辺り一面の砂の海へと落とされた影次とジャン、そしてシャーペイの三人は上階に戻るための手段を探すべく果ても見えない砂漠を探索していた。そう、数分前まで確かに三人は砂漠のど真ん中にいた筈だった。

 だが……。



「暑いよぅ、というか熱い。焼けちゃうよぅ。物理的にじっくり中まで火が通ってシャーペイちゃんジューシーになっちゃうよぅ……」


「ははっ、煮ても焼いても食えそうにないな。あれ? あんなところに人影が……え、なんで劇団の奴らがここに……」


「エイジ殿エイジ殿。戻ってきてくだされ。それは幻ですぞ、もしくは渡ってはいけない川の向こう側ですぞ」



 ボコボコと音を立てる沸騰した源泉。肌を焼くような高温の蒸気。鼻を刺すような強烈な硫黄の匂い。ついさっきまで砂漠を歩いていた筈の影次たちは、何故か気が付けば洞窟の中にいた。

 足場は砂海からゴツゴツとした岩肌へと変わり、地面のあちこちに生じている亀裂や穴からは煮え滾る湯が足元に満ちているのが見え、真下から容赦なく昇ってくる高温の湯気が影次たちの体力をどんどん奪っていく。



「砂漠の次は温泉か……それもこんな洞窟の中に、まさしく秘湯って感じで風情あるな。折角だしゆったり浸かっていきたいところだけど。先を急がないといけないからなぁ……残念」


「ですなぁ……これでもう少し適温でしたら文句の無い洞窟露天なのですがなぁ。流石にこの煮えぎった湯の中で寛ぐのは難しそうですぞ」


「というか蒸れちゃう、蒸し焼きになっちゃうよぅ……。そりゃさっきまでカラッカラの砂ばっかりのところずーっと歩き続けてお水欲しいって思ったけどさぁ……」



 間違っても地面の下でグツグツと煮える湯の中に落ちないよう、足元には細心の注意を払いながら在るかどうかもわからない出口を、上に登るための場所を探し歩き続ける影次たち。足元は地面というより一枚の岩盤が源泉の上に貼られているような状態で、穴や亀裂の近くを踏むと簡単にボロボロと崩れてしまう。



「うーっ!! もう限界だよぅ!! シャーペイちゃん蒸し焼きになっちゃうよ!! 本当に何なのさここ!!」


「シャーペイ煩い。ただでさえ蒸し暑くて仕方ないんだから無駄に騒ぐな……あと脱ぐな、見苦しい」



 我慢の限界とばかりに羽織っていたローブを脱ぎ棄てるシャーペイ。普段ダボダボとしたローブや白衣で隠されている肉感的なスタイルが否応にも強調される姿になり、ついでにぼさぼさの長髪も後ろで束ね所謂いわゆるポニーテールにする。

 日頃のダウナーな印象から一転した活発的な格好となったシャーペイは正直悪くなかったが、生憎と今の影次には賞賛するだけの気力も体力も無かった。



「そういうエイジだってだらしない格好になっちゃってるクセにぃ。異世界の英雄ヒーロー様がみっともないねぇ。ネズミ君は……大丈夫? そのモコモコで暑くない? 見てるだけで汗出てくるんだけど」



 シャーペイの言う通り影次も人のことは言えず、脱いだ上着を腰に巻きインナーの袖も肩まで捲り上げており、まるで部活上がりの運動部員のような着崩し方をしてしまっている。出来ればこの際インナーも脱いでしまいたかったが、自称とは言えピチピチ200歳の淑女レディの目があるので自制した。



「俺だって暑いものは暑いんだよ……そういや昔はよく稽古の後でサウナとか行ったっけ……」


鼠獣人チューボルトは寒さに弱く暑さに弱い種族ですからな。何のこれしきどうという事はありますぞ。はっはっはっはっはっハッはっはっ」


「ネズミ君地味に壊れ始めてるねぇ!?」




 最初の落とし穴や蔦などの罠ならまだしも、砂漠に落とされたと思えばいつの間にか灼熱の洞窟の中、これではもう当初の予定など見る影もない。これも怪盗を罠除けに利用しようと企んだ罰なのだろうかと影次が内心で反省していると、ようやく前方に出口らしき光が見えてきた。



「あー暑かったよぅ! やっとこの蒸し風呂から解放されるよー」


「危ないから走るなシャーペイ! それにどんな罠があるかも分からないんだぞ!?」


「大丈夫大丈夫。ちゃーんと足元には気をつけてるって……んえ?」



 崩れやすい地面に注意しながら出口らしき方へと駆け出したシャーペイだったが、出口を目前にして突然彼女の足元が輝き出し、魔法陣が描かれシャーペイの体が光に包まれていく。



「にゃーーーっ!?」


「ほら言わんこっちゃない!」



 あっという間に光と共に姿を消してしまったシャーペイ。恐らくはまた迷宮のどこかに転移されてしまったのだろう。尊い犠牲と引き換えに発覚した地面の転移罠を飛び越え、ようやくサウナのような洞窟から抜け出した影次とジャン。



「ふう、危うく大ネズミの蒸し焼きになってしまうところでしたぞ……。嗚呼、外気のなんと心地の良い事でしょうか」


「確かに、さっきまでの暑さが嘘みたいな涼しさだな。はは、むしろちょっと寒いくらいだ。……いや、ちょっとと言うか、かなり寒いような……」



 洞窟温泉で嫌という程熱せられた体の火照りを涼しげな風で鎮めていた影次とジャンだったが、次第に熱で浮かされていた頭が鮮明になっていくに連れて自分たちが今いる場所をようやく冷静に認識する。


 これまで幾度と理不尽かつ不可解な罠を受けていたというのに何故出口だと楽観してしまったのか。混乱し続けていたせいで思考が麻痺してしまっていたのだろうか。

 シャーペイの言う通り、本当にこの迷宮が誰かの手によって作られたものだとしたら……間違いなくその製作者は心底性根の歪んだ人物なのだろう。



「寒いなんてもんじゃないぞこれ!? っていうか雪! なんで地下に吹雪が!?」


「あああああああ駄目ですぞ、駄目ですぞ暑いのもそうですが寒いのはもっと駄目ですぞ冬眠してしまいますぞ」



 洞窟トンネルを抜けると、そこは辺り一面の銀世界だった。


 火照った体に一転して突き刺すような吹雪が容赦なく襲い掛かり体温を奪ってくる。振り返るといつの間にか洞窟の姿も跡形もなく消えてしまっており、影次とジャンは激しく吹雪く雪原の中に突如として放り出されてしまったのだった……。











 影次たちが迷宮の罠に翻弄され続ける中、一人奥に進み続ける怪盗リリアック。明らかに木でも石でも鉄でもない材質で出来ている壁や天井、そして地面。しいて言うなら混凝土コンクリートが一番近いだろうが、だとしてもここまで綺麗で滑らかな出来のものは王都でも存在しない。



(素人知識の僕にでも分かるよ……。ここを作ったのは明らかに僕たちよりずっと文明の進んだ者だ。古代文明、ってやつなのかな? だとすると、この先にあるのは遥か古代に栄えた古代文明の遺産、古宝アーティファクトという事かな。ふふ、楽しみだな……一体どんな美しい宝なのだろう。そうだ、宿で一人寂しく留守番をさせてしまっているハニーへの手土産に。ああ駄目だ。ハニーに僕の怪盗稼業が知られてしまう。嗚呼、歯痒いなぁ)



 そんな事を考えながらしばらく長い通路を歩き続けていたリリアックだったが、ようやく念願の終点、つまり迷宮の最深部へと辿り着く。



「……な、何だ? 何なんだ、ここは……」



 思わずその光景に息を呑んでしまうリリアック。そこにあったのは期待していたような古代文明の遺産でも、豪華絢爛な財宝でも無く、無数の水槽が並ぶ異様な光景だった。


 四方も上下も真っ白の何の飾り気も無い無機質な部屋の中に、等間隔に一列に並ぶ水槽。その数は地上の図書館の何倍もの広さの部屋の中を埋め尽くす程で、恐らくは100や200の話では無いだろう。

 その大きさも魚どころか人間一人くらいなら悠々と入ってしまう程の大きさで、実際その中には得体のしれない緑色の液体に浸けられた人のようなもの・・・・・・・が入っていた。



(まずい……ここが何なのか、これ・・が何なのかは全然分からないけど一つだけハッキリと分かる……。これはきっと、絶対に見てはいけないものだ! 恐らく僕は絶対に入ってはならない場所に入ってしまったんだ……!)



 もはや異様という言葉では形容の出来ない光景に背筋が凍るような恐怖と嫌悪感を覚えるリリアック。水槽の中に浮かぶ人の形をしたナニカの一つと目が合ってしまったような気がして猛烈な吐き気を覚えるが何とか堪え、元来た道を戻り一秒でも早くここから離れようとする。

 死に物狂いで迷宮の深層部から脱出しようとするリリアック。もはや宝の事などどうでもいい。頭では何も理解できなくとも本能が全力で警報アラートを鳴らしている。


 背後で何かが割れる音や水が流れ出すような音が、そして無数の何か・・が蠢く気配がするものの、脇目も降らず少しでもここから離れようと走るリリアックには、後ろを振り返る暇も勇気も既に無くなっていた……。

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