阿鼻叫喚×迷宮の秘密

「マシロ! サトラ! 返事をしてくれー! ……駄目だ、やっぱり近くにはいないみたいだ」


「何があるか分からない、と注意はしていたつもりでしたが、いきなり手痛い洗礼を受けてしまいましたな。怪盗の姿も完全に見失ってしまいましたしな」



 怪盗リリアックを追い迷宮図書館へと突入した影次たちだったが、リリアックの後を追いかけている最中突然足元が光ったかと思った次の瞬間、マシロとサトラの姿がどこにもいなくなってしまっていた。



「設置式の転移魔法だねぇ。それも一方通行、元の場所には戻れないみたい。まったく、だれが作ったか知らないけど意地の悪いやつだねぇ」



 足元の床の一部に木目に紛れて魔法陣が描かれているのを見つけ先ほどの光が転移魔法の一種であった事を解析するシャーペイ。もう一度床の魔法陣に触れてみるが、やはり何の反応も無い。

 改めて辺りを見回すと天井まで届く本棚に囲まれた迷路のような光景はさっきまでと同じだったが、天井や本棚、そして床のあちこちに夥しい量の蔦が伸び茂っており、人知れずどれほど長い年月この迷宮が街の地下に眠っていたのかを物語っているようだった。



「明らかにさっきまでとは全然違う場所だな……一体どこまで飛ばされてきたんだ?」


「すんすん……しかし青臭くて溜まりませんな、鼻が曲がってしまいそうですぞ。この蔦の臭いですかな。これではサトラ殿らの匂いが分かりませんぞ」


「キヒヒ、こうしてアタシたち三人いっぺんに転移されたのはまだ運がよかったのかもねぇ。下手したら一人一人バラバラになっちゃってたかもなんだし」


「とにかくマシロとサトラを見つけないとだな。それにリリアックもだ。あ、出口も探さないといけないしな。ったく、厄介な罠もあったもんだ」



 入ってきたところとはまるで違う場所へと飛ばされてしまった影次とジャン、シャーペイ。ここでじっとしていても埒が明かないのでこのまま先に進む事に。とは言え迷宮の見取り図なども無く、入り口からも離されてしまい自分たちが今迷宮のどこにいるのか、三人にも当然そんな事が分かる筈も無く……取り合えず歩き始めたものの、もはや完全に遭難状態に陥ってしまっていた。



「先程よりも幾分か空気がひんやりとしておりますな……もしや更に地下の階層まで来てしまったのかもしれませんな」


「考えられなくはないねぇ。床の造りもしっかりしてるし、もっと下があると思っても良さそ……うにゃあ!? ちょっとエイジいきなりどこ触るのさっ!」


「えっ? 俺何もしてないぞ」



 突然素っ頓狂な声を上げてローブの裾を抑えながら抗議の声を上げるシャーペイに身に覚えのない影次はポカンと呆気に取られた表情を浮かべるが、そんな影次の態度に益々不機嫌になり地団太を踏みながら騒ぎ立てるシャーペイ。



「今アタシのお尻触ったでしょーがっ! あのねぇ別に減るもんじゃないしアタシだってそんな事でいちいちブーブー言うほど子供じゃないけども! 乙女のお尻わさわさしといてそのリアクションはどうなのさっ!」


「お前のケツなんか触るかっての。俺にだって触るものを選ぶ権利があるんだぞ」


「心の底から本気で言ってるねえ!?」


「まぁまぁエイジ殿。シャーペイ殿の妄言に付き合っていたら日が暮れるどころか年を越してしまいますぞ? ほらシャーペイ殿も、妄言か虚言かは知りませぬがつまらない嘘をついてエイジ殿を貶めるのは止して頂けますかな」


「ネズミ君まで酷くない? アタシは別に嘘なんて……ひにゃあっまたぁ!?」



 またも間抜けな声を上げ臀部を抑えながら飛び跳ねるシャーペイ。勿論影次もジャンもシャーペイには指一本触れてはいない。



「先程から何を騒いでおるのですか貴女は……ふもぉ!? 誰ですかな私の尻尾を引っ張ったのは!」


「おいおいジャンまで……ここには俺たち以外に誰も」


〈警告。既に囲まれています〉



 脳内に響く『ルプス』の声に咄嗟に周囲を見回す影次。いつの間に忍び寄ってきていたのだろうか、気付けば周囲に生え茂っていた蔦がまるで触手のように影次たちのすぐ傍まで伸びてきており、完全に取り囲まれてしまっていたのだった。



「な、何だこれ! これも魔獣の一種か何かなのか?」


我が故郷メイプリルを襲ったあの魔樹を思い出させますな……忌まわしい」


「キヒッ……だからアタシも別にワザとやったんじゃないんだってばぁ。……あの時はほんとゴメンナサイ」



 天井や壁、そして本棚にびっしりと絡みついていた大量の蔦が意思を持っているかのようにどんどん影次たちに迫る。一本一本は細いものではあるが、とにかく量が多い。束になって巻き付かれたら引き千切るのも困難だろう。



「このままでは捕らわれてしまいますな。道を切り開きますぞ、お二人とも私の後に続いてくだされ! 丁度よい機会ですし、観光都市ミラーノで購入したこの剣の試し斬りをさせて貰いますぞ」



 腰に下げていた剣を抜き放ち迫りくる蔦を斬り裂き、言葉通り道を切り開くジャン。情報都市パロマで失った剣の代わりにこの街の金物屋で買った新たな剣の切れ味も抜群なようで、影次たちを囲んでいた夥しい数の蔦が次々と斬り払われていく。



「今だ、走れシャーペイ! 上からも来てるから気をつけろ!」


「ま、待ってよぉエイジー! ネズミ君ー!」



 天井から、足元から、隙あらば絡めとろうとしてくる蔦の群れに囲まれながらジャンによって拓かれた活路から脱出する影次たち。出口どころか方向すら分からない状況だが蔦に捕まらないよう行く当ても無いまま本棚の迷路を全速力でとにかく走る。

 しばらく走り続け、十分距離も取った事だし一安心か……そう思い後ろを振り向いた影次だったが、その目に映ったのはたった今自分たちが通ってきた曲がり角から怒涛の勢いでこちらに向かってくる数えきれない無数の蔦の群れだった。



「怖い! 単純に怖いっ!!」


「と、とにかく逃げますぞ! あんな数は流石に無理ですぞ!」


「めちゃくちゃ気持ち悪いよぅー! もぅ何なのさぁここはぁー!!」


〈警告。足元にご注意ください〉


「……っ!? 二人とも止まれ!」



 再び脳内に響く『ルプス』の声に全力疾走していた足を止める影次。すると一瞬遅れて今まさに足を踏み出そうとしていた床が突然大きく開き、突如として底も見えない巨大な穴が出現した。

もし『ルプス』の警告が1秒でも遅ければ今頃は三人まとめて穴の中へと真っ逆様だっただろう。突然現れた落とし穴までは爪先から実に数cmの距離しか無い。まさに紙一重、ギリギリだった。


 危なかった。そう、一瞬でも気を抜いてしまった事を影次はすぐに後悔する事となる。落とし穴を回避したと思った次の瞬間、勢いよく背中にぶつかってきたシャーペイによってせっかく寸前で踏み止まった落とし穴へと突き飛ばされる影次とジャン。そして突き落とした張本人であるシャーペイもバランスを崩してそのまま穴の中へと落ちていく。



「シャーペイっ! お前なあぁぁぁぁ!!」


「だ、だって! だって急にエイジが立ち止まるんだもん! アタシ悪くない、アタシ悪くないよぅ!!」


「絶対何かやらかすと思っていましたが本当にやらかしましたなぁぁぁぁぁぁ!」



 悲痛な叫びを上げながら、成す術も無く無慈悲な迷宮の罠に落ちていく三人であった……。


 










「気のせいかな。今悲鳴みたいなものが聞こえたような……」



 影次やサトラたち、更にはウォルフラムまでも次々と迷宮図書館の罠に堕ちて行く中、一人怪盗リリアックだけは順調に迷宮の中を順調に進み続けていた。

 当然リリアックに対しても迷宮の罠は容赦なく猛威を振るったが、リリアックは突如落とし穴になる床を軽やかに飛び越え、左右から押し潰さんと迫る本棚の壁を瞬く間に擦り抜け、他にも頭上から降り注いできた本の雨を掻い潜り一度たりともその足を止める事は無かった。



「何やら聞き覚えのある声があったような気がするけど……うん、気のせいだろう。立ち止まっている暇なんてない、この書籍の海の奥底に眠るお宝が今か今かと僕に盗み出されるのを待っているのだからね!」



 戦闘力こそ無いものの、その分軽快な身のこなしと卓越した危機回避能力によってこれまで幾度となく厳重な警備の目を掻い潜り怪盗行為を繰り返してきたリリアックにとって、この迷宮図書館の罠の数々は恐るるに足らぬものだった。

 もし影次たちが自分の後を追いかけている事を知っていればそこから生じる焦燥感からリリアックもまた迷宮の罠にかかっていたかもしれなかったが、誰に追われる訳でもなく悠々自適に秘宝(未確認)を目指す今のリリアックには影次たちと違い圧倒的な精神的余裕があった。



「それにしてもトラップばかりでうんざりするね。まぁ、それだけこの奥にあるものへの期待も否応無しに高まってくるというものだ。ふふ……一体どんなものが隠されているのだろう。やはり宝石の類だろうか? それとも分かりやすく山のような金貨かな、いやいや意外にこういったところに素晴らしい絵画や彫刻品などが眠っているのかもしれないな。……むふふふっ」



 すっかり尾ひれのついた街の噂を信じ込んでしまい、この迷宮の最奥に隠されている秘宝の正体に思いを馳せるリリアック。数多の罠を物ともしない見事な手腕とは裏腹に、ろくに情報の裏付けも確認もしないところがこの怪盗の数少なくない残念な部分だ。



「……おや、少し雰囲気が変わったね。これは宝が近いと考えていいのかな?」



 至る所に張り巡らされる罠を潜り抜け迷宮を進み続けていたリリアックだったが、唐突に本棚の通路が途絶え壁に行き着いてしまう。ここまで壁も天井も、そして本棚も一見して木造りだったのに対し目の前に聳える壁は石でも鉄でも無い、全く未知の材質で作られたものだった。



「これは一体何で出来ているんだ? 見たところ人工物のようだが……こんな凹凸一つない滑らかな細工は見た事が無いぞ」



 壁に手を触れ指先をなぞらせるリリアック。石細工や木細工のようや微細な起伏も全く無い、まるで磨き上げられた宝石のような冷たく艶やかな壁面。

 まさかとは思うが、この壁自体が宝というオチじゃないだろうな、とリリアックが不安を覚え始めたところで、突然壁面に光の線が奔り出す。それは瞬く間に規則的な動きで壁面に模様を描いていき、光の線によって描かれた模様……魔法陣が更に強く光り輝き出したかと思うや否や、中心から壁が左右に開き始め更に奥へと続く道が現れた。



「ハハッ、これはまた何とも芸術的アーティスティックな仕掛けじゃあないか。感じる、感じるよ……この先にある宝の気配を。僕の到着を待ちわびている道の秘宝の気配を」



 開いた壁の中から現れた新たな道から迷宮の更に奥へと進んでいくリリアック。本棚に囲まれた迷宮とは打って変わり床も天井も、その全てが先程の壁と同じく見たことのない材質で作られており、天井にはこれまた見た事もない形の照明がついている。ランプや照明魔法のような灯の揺らぎも無く、まるで昼間の日光のような眩い光を放つ照明。

 迷宮図書館も十分に異質だったが通路を形成する謎の材質といい照明といい、ここは明らかにおかしい。ダンジョンとはまた別の、何か根本的な所から異なる道の何かだ。



(今更ながらここは一体何なんだろう……。ただの図書館ではないとは思っていたが。ま、どうでもいいか。僕としてはお宝さえあればどうでもいいしね)













side-???-



〈報告。旧25番ラボに侵入者の反応を探知しました〉



 研究に没頭していたがその警告アラートにようやく気付いたのは、最初の報告から数えて10回目の事だった。



「25番? そんな大昔に破棄したところで何があるって言うんだよ、放っておけ放っておけ。いちいちそんなどうでもいい事を伝えてこなくていい。どうせ動物か何かが入り込んだだけだ、いつも言っているだろう? 私は忙しいって」


〈侵入者は人間。それも既に偽装領域ダミーエリアを超え研究施設まで入り込んでいます〉


「なんだ動物じゃなくてコソ泥か? 25番というと……ああ、海洋生物のデータを取っていた頃に使っていたところか。ふむ、私の設定したトラップを抜けて研究施設まで到達するとはね。とは言え今更あんな場所をどうされようとこっちには何の影響も無いんだがね」


〈お忘れになっておられるようなので警告を。旧25番ラボには廃棄が追い付かず放置された被験体とDRS試験機の初期データが残っています。何よりこちら・・・接続リンクしているゲートが未だ稼働中です〉



 興味ない、と再び研究に没頭しようとしたところで聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。もうずっと昔に放棄した研究施設がまだここと繋がったままだと言う。とは言えこれ・・が虚偽の報告をする筈もない。つまりはろくに確認もせずゲートが繋がったままの状態で今まで放っておいていたという事だ。

 一体どこの誰がそんないい加減な事を……と文句を言いたい気分だったが、残念ながら諦める事にしよう。何故なら思い返せば身に覚えがあったからだ。



「おいおい、それを先に言ってくれよ。はぁ……、面倒臭いけど仕方ないか。自業自得だもんな。よし、繋がったままならこちらからも転移は出来るだろ。手が空いているやつに処理させておけ。……あぁ、連中は全部出払ってたんだっけか……一匹くらいこういう不測の事態に備えて残しておけよ、誰がそんな……ああ、私か。」



 人手不足の問題は今も昔も変わらない。普段から研究に必要な素材やデータを集めるのに使っている駒たちも丁度今全員使いに行かせてしまっていた事を思い出し、本当に面倒くさいと大きく溜息をつく。



「仕方ない、知能に多少の不安はあるがバイソン・・・・を行かせろ。アレでも後片付けくらいはできるだろう」


〈了解。バイソンカルマを起動。旧25番ラボの処理に向かわせます〉


「ん、任せたよ。よろしく」


〈仰せのままに、ムゲン様〉



 半ば投げやりな指示を出すと再び研究を再開するべく部屋の奥へと消えていくムゲンと呼ばれた男。


 誰もいなくなった部屋の中で、迷宮図書館の奥を進み続けるリリアックの姿と、彼女が今まさに向かっている先にある部屋の中で光り輝く転移魔方陣がモニターの中に映し出されていたのだった……。

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