ミラーノ図書館×怪盗対策会議

「怪盗リリアック……まさかここで現れるとは思いませんでしたね。これはちょっと面倒な事になってきてしまいましたね」


「ちょっとで済めばいいけどねぇ。キヒヒ、街の人たちが無責任にお宝だなんて噂広めるから余計な邪魔者が出てきちゃったねぇ」



 マリノア邸に帰ってきた影次たちもサトラたちと同様マリノアから迷宮図書館の宝を狙うという怪盗からの予告状が届いたという話を聞き、思わぬところ思わぬタイミングで出てきた名前に困惑や驚きの色を見せていた。



(あの駄怪盗……! くそ、さっき釘刺しておけばよかった。ちょっと考えればあいつが放っておくネタじゃないって気付いただろうが)


「どうしたんだエイジ。突然頭を抱えたりして」


「いや、自分の浅はかさを猛省してるだけだから放っておいてくれ……」


「そ、そうか……よく分からないがあまり気に病まない事だ」



 と言ってもあのライラ……怪盗リリアックが影次の話を素直に聞くとも思えない。迷宮図書館の奥にあるのは街で噂されているような金銀財宝の類ではなく古代兵器ゴーレムの手掛かりの可能性が高いと言ったところで信じるかどうか……。



「とにかく、まずは我々も図書館に向かおう。ただでさえゴーレム騒ぎの直後に突然見付かった隠し迷宮なんて話題性しかないものに怪盗の予告状が来たなんて事になったら大騒ぎどころの話じゃない筈だ」


「サトラ、ならママも一緒に行くわ。ボルゾイさんも付いてきてくれる?」


「勿論ですとも奥様。そうとなれば急いだほうが宜しいでしょう。下手をすれば一般の方が興味本位に強引に迷宮に入り込んでしまいかもしれません」



 マリノアとボルゾイと共に急ぎ森林地区の図書館へと向かう影次たち。日も傾き始めたせいか、大通りも昼間に比べ人の数は少なくなっていたが、影次たちが到着した頃にはサトラの予想通り図書館の周囲は迷宮図書館が発見されたときよりも更に大勢の人が集まってしまっていた。



「おぉ……これはまた予想以上ですな。これではとても近付けそうにありませんぞ」


「大丈夫、ここは任せて。皆さーん! 関係者の方々が通りますから道を開けていただけますかー! お願いしまーす!」



 もはや図書館の外観すら見えないほどの人集りに向かって精一杯の大声を張り上げるマリノア。その声に野次馬中の数人がマリノアの姿に気付き、彼女に言われるままに他の野次馬たちを押しやって道を作ってくれたのだった。



「おいお前らマリノア様の仰る通り道を開けろ!」


「そっちの観光客も退かせ! マリノア様のお通りだぞ!」


「マリノア様万歳!」


「あ、後でサインお願いしますっ!」



 マリノアを知るミラーノの住人たちにより、森の中から溢れんばかりだった人集りが綺麗に左右に寄せられ図書館への通り道が出来上がる。何の合図もなく、まるで鍛え抜かれた軍隊のような無駄のない動きを見せる一部の住人たちに思わず唖然としてしまう影次たちに、ボルゾイが髭をさすりながら誇らしげに語りだした。



「マリノア様は事実上ミラーノの顔役のようなものですし、この街でマリノア様の事を知らぬものなどおりますまい。更にミス・ミラーノコンテスト唯一人の殿堂入り、ミラーノ歌姫大会三冠王者、マスコットキャラクターのニジアッジーくんの生みの親。今や奥様はミラーノのトップアイドルなのです」


「一体何をしているのですか母上!?」


「ま、まぁまぁサトラ。いいじゃないか、それだけお母さん毎日楽しそうにしてるってことだろ」


「ぐっ……確かに、随分謳歌しているようで何よりだが」



 サトラとしては自分の知らぬ間に色々と肩書を増やしている母を喜ばしく思う気持ちと何とも言えない恥ずかしさがあるのだが……影次の言う通り、毎日屋敷で寂しく暮らしているよりはずっと良いのだろう。

 ただ実母がアイドル扱いされ歓声を浴びている姿は、娘としては正直見たくなかった。



「皆さんごめんなさいねー、ここに集まられてしまうと図書館や魔術師学院の方々のご迷惑になってしまうのー。お詫びと言っては何ですけど今夜うちのお屋敷で夕食会を開きますのでもしご予定が無ければお越し頂けますかー?」


「おおーーっ!! 行きます、絶対行きます! 仕事辞めてでも行かせて頂きます!」


「またニジアジいっぱい持って行きますマリノア様!」


「マリノア様万歳!」


「娘さんお母さんを僕にください!」



 晩餐へと誘い集まった人たちを図書館から屋敷へと移動させるマリノア。それはマリノアを知る地元住人たちだけでなく他所から来た観光客たちも同じであり、ボルゾイに先導されて図書館を取り囲んでいたあれだけの人数がぞろぞろとあっという間に離れていく。

 野次馬たちを退かせただけでなく、そのお詫びと称して夕食会に招待する事により人々に不満を抱かせる事もなく図書館から遠ざける、何とも見事な手腕だ。



「さてと、帰ったら急いで準備しなきゃ。あの人数うちのお庭の広さで足りるかしら……」


「マ……は、母上。ありがとうございます。助かりました」


「いいのよ、母親が娘の力になるなんて当たり前でしょう? さぁ、ここからはあなたが頑張る番よ。出来るだけ早く帰ってきてね。今夜はパーティーなんだから」


「はい、いってきます」


「皆さんも、うちの子をどうかよろしくお願いします」



 影次たちに深々と頭を下げて愛娘サトラを託すマリノアに影次やマシロも勿論と頷き、去っていく彼女の後姿を見送る。マリノアのお陰で野次馬のいなくなった図書館の入り口にはぐったりと座り込んでしまっている魔術師学院の面々や図書館の職員たちの姿が。

 10人弱の人数であの数の野次馬たちをずっと抑えていたのだ、精魂尽きてしまっていても無理はないだろう。



「だ、大丈夫ですかテネリフェ」


「マシロ……す、すみません、みっともない姿を」


「つ、潰されちゃうかと思いました……」


「そりゃあ確かに毎日全然人が来ないってぼやいたりする時だってあるけどさあ。だからってあれはいくら何でも極端すぎるだろ」


「もうだめ……俺体動かすの嫌いだから司書になったってのに何だよこれ……もうこの仕事辞める」



 野次馬もいなくなり、ようやく一安心となり図書館の中に入ると心身共に既にボロボロになってしまっている図書館の職員たちはぐったりとテーブルに突っ伏してしまった。

 こんな事はそう滅多に無いと思うのでどうか辞めないで欲しい。



「マシロ、サトラ様。これが怪盗から送られた予告状です」


「拝見します。えっと……『暇の眠りから未だ目覚めぬ哀れな子羊よ。今宵刻針が八を指し示し時、其方を頂きに推参する。 怪盗リリアック』」


「ふむ? 芸術都市パーボ・レアルの時とほぼ同じ文面に見えますな」


「怪盗の定型文なのではないか? 決まり口上のようなものなのだろう」


「単に語彙力が無いだけだったりしてねぇ」


「シャーペイの説に一票。なんだ刻針が八を指し示し時って、普通に八時って言え普通に」



 美学だ美意識だと拘りを見せていた割には上辺の形だけで今一つ詰めが甘い、というより雑だ。しかし逆にこういった手合いほど何をしでかすか分からない怖さがある。ただでさえ何が待ち受けているか想像もつかない迷宮図書館に挑もうとしている時に怪盗という不確定要素イレギュラーまで加わると不安も倍増するというものだ。



「困った事になったな……。相手はどんな手を使ってくるか見当もつかない上にこちらは侵入を防ごうにも人手が足りなさすぎる」



 影次たち5人にテネリフェたち魔術師学院の調査隊全員を含めても20人にも満たない。古代兵器ゴーレム運搬のために王都の楽員から増援が到着するのもどれだけ早くても明日になってしまうらしく、今夜には間に合わない。マリノアに頼んでミラーノの人たちの手を借りる、という案も出たが一般人を危険に晒し兼ねないと却下された。



「怪盗君の侵入を防ごうとはしないでさぁいっそ迷宮図書館に入れてやるっていうのはどう?」


「シャーペイ、それはどういう意味だ?」


「どっちみち現状の人員じゃ怪盗君を止めるのは難しいんでしょ? なら逆に止めなければいいんだよ。怪盗君が迷宮図書館に入った後でアタシたちも追いかける、っていうのはどう?」


「確かに中にどんな危険な罠があるかもわかりませんし、誰かが率先して先陣を切ってくだされば後に続く者はぐっとリスクが減りますな」



 珍しく冴えたアイディアを出すシャーペイ。確かに彼女の案ならば怪盗リリアックの侵入を防ぐために労力を割く必要もなく、またどんな罠があるかも未知の迷宮図書館の中を斥候役として利用出来る。



「まさかシャーペイ、リリアックを先発隊代わりにしようって魂胆か……?」


「キヒヒッ、人聞きが悪いなぁ。先発隊じゃなくて囮だよ。あれ、生け贄かな?」


「うわぁ…よくそんなえげつない考えが浮かびますね。悪魔ですかあなたは」



 悪魔じゃなくて魔族です。

 


「い、些か非人道的な気もするが……。いくら相手は怪盗だからと言ってもだな」


「心配いらないってサトちゃん。いざとなったら|誰かさんが何とかしてくれるって。ねぇ? 怪盗だろうと下着泥棒だろうと見過ごしたりしないよねぇ。どこかの正義の味方さんは」



 誰に対してという訳でも無くケラケラと軽薄に笑うシャーペイ。だがその言葉は自分に向けられているという事は、当の影次本人が一番よく分かっていた。

 影次とてシャーペイに言われるまでもなく、例え相手が怪盗だろうと助けられる命ならば当然迷わず助けるつもりだが、言葉の裏にたっぷりと含まれた皮肉にイラッとしたので取り合えず頬を引っ張っておくことにする。



「いふぁいいふぁい! ひょっ、ひゃめふぇふぇふぉふぇいひぃ!」


「痛い痛い、ちょ、やめてよ影次、って言ってるような気がするけど気のせいだな」


「ばっちり聞き取れてるじゃないですか」


「……話を続けても?」



 こほん、と咳払いするテネリフェにこの場にはサトラたちだけでなく学院や図書館の人たちもいた事を思い出し慌てておとなしくなる影次とマシロ。シャーペイは何やらまだ騒いで……あぁ、頬っぺた引っ張ったままだった。



「噂では怪盗リリアックは人を傷つけるような事はしない、と聞いていますが。その辺りは実際どうなのでしょうか」


「まぁ……断言は出来ませんが直接的な暴力に訴えてくる事は無いと思います」


「なるほど、怪盗なりの矜持という訳ですね……」


(矜持というか、単に弱いんだよな……あいつ)



 事実、怪盗リリアックにこれといった戦闘能力は皆無なのだがその事を知っているのは実際に対峙したことのある影次だけだ。テネリフェにはこのまま勘違いしてもらっておくことにしよう。リリアックの名誉も守られる事だ。



「しかし、わざと侵入させるとしても見せかけでも警備はする必要があるだろう。あまり露骨に警備を緩めていたら逆に怪しまれてしまう可能性もあるからな」


(どうだろう……アレのことだから「警備無いじゃんヒャッホー!」、って感じで入ってきそうな気がする)


〈その可能性は十分に考えられるかと〉



 よかったなリリアック。『ルブス』からもお墨付きだ。



「では図書館の警備は我々魔術師学院が受け持ちましょう。この人数でも警備しているフリくらいは出来るかと。マシロたちは予定通り迷宮図書館の調査をお願いします」


「ありがとう、助かりますテネリフェ。それにしてもゴーレムだけでも大変なのにそれが済んだら迷宮図書館のことも調べなければならないんですから、魔術師学院あなたたちも大変ですね」


「あなたが戻ってきてくれれば心強いのですが。……私も嬉しいですし」


「えっと、今の私は第四部隊に出向している身なので……」



 最後の一言はテネリフェ個人の私情だったが、小さな声だったのでマシロには聞こえなかったようだが、ばっちり聞こえてしまった影次は何とも言えない表情を浮かべるしかなかった。何故ならチラリと影次に視線を向けた時のテネリフェの目付きがまるで恋敵を見るようなものだったからだ。



「どうしたんですかエイジ。変な顔してますけど」


「いや……今度学院に遊びにいったらどうだ? 顔くらい見せに行ってもいいだろ」


「何ですか突然。……まぁ、別に構いませんけど。エイジも一緒ですよね?」



 遊びに行くと聞いて一瞬和らいだ(ように見えた)テネリフェの目付きがまた険しいものとなり、影次に鋭い視線が突き刺さる。



「そ、それじゃあ図書館の警備は魔術師学院の皆さんに任せて、俺たちは館内に隠れてリリアックが入ってきたら後を追いかける。これでいいかな?」



 視線にいたたまれなくなった影次が誤魔化す様にそう確認を取ると異論は無いと一同静かに頷く。

 これで大まかな作戦……作戦という程の事ではないが、方針は決まった。後は予告状の時間に怪盗リリアックが現れるのを待つだけだ。



「はてさて、上手くいけばいいのですがな。相手はその鮮やかな手口で獲物を奪い巷を騒がせている名高き怪盗、恐らくは一筋縄ではいきますまい。こちらも気を引き締めて掛からねばなりませぬな。……どうかなさいましたかなエイジ殿。頭が痛むのですかな?」


「いや……俺も最初はそういうイメージ持ってたんだけどなぁ…って思ってさ」









「やぁハニー、帰るのが遅くなってすまなかったね! 寂しくなかったかい? 僕は胸が張り裂けそうなくらい寂しかったよ!」


「っ!?」



 影次と別れ、愛する夕陽が待つ宿へと戻ってきたライラ。部屋で大人しく待っていた夕陽は突然勢いよく開け放たれたドアに驚き、更に無駄にテンションの高いライラに驚き体を大きく震わせてしまう。



「び、びっくりした……。おかえり、ライラ」



「おっと、ごめんよ驚かせてしまったね。こうして君が待ってくれていると思うだけで気が早ってしまってね。嗚呼……このお世辞にも理容室と言えない安部屋も君と二人でいるというだけで僕にとっては宮殿の……いや、理想郷アヴァロンのようだよ!」



 未だお互いに言葉が通じず会話どころか意思疎通もままならない状態だったが、何とか名前だけは伝える事は出来たので、夕陽が自分の名前を呼んでくれただけで舞い上がり一人で盛り上がっているライラに対し、夕陽はただただ困惑の表情を浮かべる事しか出来なかった。

 悪い人間ではない(怪盗だけど)という事は既に夕陽も理解いるし、こうして見ず知らずの自分の面倒を見てくれている事についてもいくら感謝しても足りないくらいだ。



「戻ってきてそうそうこんな事を言わなければならないのは本当に心苦しいのだけれど、実は今夜また少し出掛けなければならなくてね。すまないが、また留守番をしていてくれるかい? 君をまた一人ぼっちにさせてしまうなんて、僕だって本当はしたくはないんだ……! ああ、いっそ何もかも投げ捨てて君と二人でどこか遠い国に……いや、だが僕には真なる美の探求という使命が……いや、愛こそが真の美そのものではないだろうか? いやしかし……」


「えっと、何言ってるのか全然わからないけど、とりあえず一旦落ち着こう? ライラ、ライラってば。ああ、駄目だ全然聞いてないや……」



 悪い人ではない、むしろ親切な良い人なのだけれど、如何せんこのノリにはちょっとついていけない夕陽だった。多分、言葉が通じていても彼女の言っている事が理解できるかどうか……。何やら一人で凄く盛り上がっていて楽しそうだという事は伝わってくるのだが。


 どうやらライラはまたこの後出かける用事があるようで、いつも宿で一人待たせてしまう事を申し訳なく思っているらしい。この言葉は通じずとも一緒にいるだけで退屈とは無縁の賑やかな友人と離れるのは確かに心細いが、それでも夕陽は少しでも心配かけないように自分の事を案じるライラに微笑みかける。



「……っ!! ああ、なんて美しい笑顔なのだろう。僕に気を使ってくれているのかい? ユウヒ、君は優しい子だね……。君のその気持ちだけで僕は何だって出来る気がするよ。そうさ、例えドラゴンの宝だろうと騎甲ライザーの財布だろうと華麗に、優雅に、盗み取ってしまえそうだ……っ!」


「ちょ、だから落ち着いて、一旦落ち着いてって! もう……黙ってれば格好いいのになぁ」




 その夜、世間を騒がせる名高き怪盗リリアックはその怪盗人生において生まれて初めて、予告状の時間に遅刻したのだった。

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