合縁奇縁×予告状再び

 マリノアの屋敷で迷宮図書館調査の準備をしていたマシロは作業が一段落すると一人屋敷を抜け、再び繁華街へとやってきていた。



(まったく、シャーペイまでいつの間にかいなくなってるし……。これは見つけたら氷漬けにしないと)



 気が付いた時には姿を消していたシャーペイ。彼女は自分が捕虜という扱いなのを理解しているのだろうか。いや、多分していない。仮に自覚があったとしても変わらないだろうが……。

 あまりにもどうしようもない性格なのでつい忘れがちだが彼女はれっきとした魔族なのだ、こんな風にほいほいと気軽に単独行動をされては困るのだ。尤も、マシロたちの側に影次がいる限りシャーペイも不用意な行動を取ったりはしないとは思うが。



(エイジも遅いな……そんなにライラさんと話が盛り上がっているんでしょうか。何だか随分と仲が良さそうだったし。外面は良いもんね、流石は元劇団の役者だけあって)



 サトラもジャンが放っておいてもそのうち帰ってくるだろうから待っていればいい、と制止するのに対し、もしかしたら迷子になっているかもしれないから迎え(ついでにシャーペイの回収)に行くと言って出てきたマシロ。シャーペイは兎も角、影次の事は今更疑う筈も無く自分たちの知らないところで単独行動を取る事に不信感など無いが、それでもマシロはサトラたちと共に屋敷でじっと待っている事が出来なかった。



(確かこの辺りで別れたんだっけ? 多分どこかのお店に入ったと思うんだけど……。もしかしたら入れ違いになっちゃったのかな)



 相変わらず大勢の人たちでごった返す大通りの中、周囲を見回し影次の姿を探しながら歩き続けるマシロ。たとえこの賑わう雑踏の中でもあの特徴的な黒髪は一目で見つけられる筈なのだが、いくら探しても一向に見つからない。

 ひょっとしたら既にライラと別れマリノアの屋敷に戻っているのかもしれない。そうマシロが思い始めた時……、人混みの中から小さな人影が飛び出して来きた。



「おーっ! おねえちゃんだーっ」


「えっ? あ、あなたはソマ……ふぎゃっ」



 マシロ目掛けて一直線に飛び込んできたのは以前豊穣の都ネザーランドで出会った少女だった。

動き易さを重視した旅装束に乱雑な髪にバンダナを巻いた活発な印象の10歳前後と思わしき少年、に見られがちな虎獣人族トラボルトの少女。

 殆ど体当たり同然に勢いよく抱き着かれたマシロは衝撃に一瞬息を詰まらせながら倒れ転んでしまわないように何とか踏ん張り、思わぬところで再会した少女を抱き止めた。



「おねーちゃんひさしぶりだー。あいたかったぞー。うれしいなぁおねーちゃんだぁー」


「けほっ……もう、危ないじゃないですか。怪我でもしたらどうするんですか」


「おー? ごめんなぁー。おねーちゃんいたからついなぁー。いたかったかー? ごめんー」


「大丈夫ですよ。でも気を付けなきゃ駄目ですからね? もしソマリが怪我したら凄く悲しいですから。ね?」


「うん、わかったー。おねーちゃんかなしませるのはやだからなー。いごちゅういしまーす」



 人込みの中突然飛びついてきた少女、ソマリはマシロに注意されると反抗したり不貞腐れる事もなく素直に反省し、そんな彼女にマシロもご褒美とばかりに優しく頭を撫でる。

 ひょんな事から知り合った少女だがいつの間にかこうしてべったりと懐かれてしまったマシロ。とは言えマシロとしても嫌という訳ではなく、反りの合わない姉しかいない彼女にとって全力で甘えてくるソマリはもはやすっかり可愛い妹分だった。



「やっぱり姉より妹が欲しかったなぁ、ってつくづく思いますよ……。ソマリを見ていると」


「おー? おねーちゃんのおねーちゃんかー。なんだー、なかわるいのかー?」


「仲が悪いと言うか何と言うか……根本的に分かり合えないタイプの人、とでも言えばいいんでしょうか。別に険悪という訳じゃないんですけど、仲がいいとも言えなくて……うーん」


「おー、よくわかんないけどあれだなー。あいぞういりまじる、ってやつだなー」


「誰から教えられているんですか、そういう言葉」



 あのウォルフラムといった錬金術師の土亜人ドワーフだろうか。今度会ったら注意しないといけないかもしれない。などと考えているとふと、ソマリがまた一人でいる事に今更ながら気が付いたマシロ。



「そう言えばソマリ。あなた一人なんですか? ウォルフラム君……じゃなかったウォルフラムさんは一緒じゃないんですか?」


「ウォッフはなー。なんかひととあうやくそくがあるっていってなー。だからあたしはるすばんしてろっていじわるいうんだー。だからでてきたんだー」


「いや、駄目じゃないですか……。きちんとお留守番してなきゃウォルフラムさんも帰ってきてソマリがいなかったら困っちゃいますよ?」


「そっかー。そうだなー、ウォッフはあたしがいないとすぐめそめそするからなー」



 要するに一人で留守番させられて退屈だったので宿を抜け出してきてしまったようだ。放っておく訳にもいかずソマリの手を引いて宿まで送ろうとしたマシロだったが、つぎの瞬間ソマリのお腹からグギュウー、と中々に豪快な音が鳴り響いた。



「あー、そういえばごはんまだだったー……うぅー」


「もう……。ほら、何か食べさせてあげますよ。お腹いっぱいになったらちゃんと帰るんですよ?」


「おー! おねーちゃんやっぱりだいすきだー。 あまいのもいいかー? あとおにくー」


「はいはい。本当にしょうがない子ですね。そんなに急がなくてもお店は逃げたりしませんよ、ほら走ったら危ないですってば!」



 ご馳走すると聞いた途端屋台が並ぶ方へと勢いよく駆け出していくソマリ。彼女と手を繋いでいるマシロもそのまま引っ張られていく事となり、丁度影次とライラがいたカフェの前を通り過ぎた直後、ライラとの話を終え一人のんびりとティータイムの続きを過ごしていた影次がカフェから出てきたのだった。



「もうこんな時間か。あの駄目怪盗と随分無駄話しちゃってたんだな……」



 丁度ソマリに引っ張られてマシロが店の前を通り過ぎた直後、ライラとの話を終え一人のんびりとティータイムの続きを過ごしていた影次がカフェから出てくる。一瞬マシロの姿が視界の片隅に過った気がしたが、繁華街は変わらず大勢の人で賑わっているため振り向いた時にはもうそれらしき人影は見えなくなってしまっていた。



(気のせいか? まぁいいや。そろそろ俺も帰らないと。それこそマシロに遅いって怒られそうだ)


「あれ? 珍しいっスね。お一人っスか?」



 帰ろうとしたところで聞き覚えのある声に呼び止められる影次。そこにいたのはすっかり顏馴染みとなった旅の露天商、オボロだった。



「ああ、確かオボ……違った、露天商のオロロさん」


「オボロっスよ! っていうかワザと間違えたっスよね! わざわざ言い直して間違えたっスよねえ!」


「あはは。すいません。何かやっておかないといけないような気がして。この流れ」


「何なんスかその訳のわからない使命感は……。で、今日は一人なんスか? 珍しいっスね、いつもは皆さん一緒なのに。特にあの小っちゃい魔術師さんとかいつも引っ付いてるじゃないっスか」


「帰ったら本人に伝えておきますね」


「ちょちょちょっ! 次会った時絶対怖い事になるからやめてほしいっス!」



 この露天商ともシーガル、パーボ・レアルと、ジェンツー、そしてここミラーノと行く先々で遭遇する事もはや4回目だ。いつも背負っている身の丈以上のリュックも今日は珍しく随分と小さいくなっており、恐らくはゴーレム騒動に上手く便乗して売り物を捌けたのだろう。



「俺っスか? 俺は商品全部捌けたんでそろそろ別の街に行こうと思ってたんスけど……ちょっと野暮用が出来てもう少しミラーノにいなくちゃいけなくなっちゃいまして。まぁ折角だしこのままここで仕入れしちゃおうかなってウロついてたとこっス。そういうエイジさんは? こんな観光客だらけの中一人寂しくトボトボとどうしたんスか。あ、もしかして迷子になっちゃったとか?」


「ついさっきまでそこの店でお茶してたんですよ。パーボ・レアルで一緒にいたあのライラって記者さんと。あの人もゴーレム盗……取材しにミラーノに来てたらしくて、偶然会ったからちょっと話を」


「え、あの筋金入りの女好き男嫌いとエイジさん二人きりでお茶してたんスか? 一体どんな弱み握ってたらそんな芸当出来るんスか……。ってそんな事よりも! 聞きました聞きました? なんでも街の図書館の地下でダンジョンが見つかったって話! 一説には旧シンクレル王家の隠し財産が眠っていているとかなんとかって。もう街中そんじょそこらで今やその話題でもちきりっスよ!」


「王家の隠し財産って……どれだけ尾ひれがついてるんだよ」



 図書館の地下で発見された迷宮図書館はすぐにテネリフェたち魔術師学院によって封鎖され関係者以外立ち入り禁止にされ、その詳細は一般人にはほとんど漏れてはいない筈だった。

 だが逆に断片的な情報が人々の想像を膨らませ、まるで伝言ゲームのように歪曲した噂話となって街中に広まってしまったようだ。この顔馴染みの露天商もその一人という訳だ。



「あっ! もしかして第四部隊皆さんも噂の地下ダンジョンに挑むつもりっスね!? お宝見つけたら是非とも我がオボロ商会に。っても俺一人しかいないっスけどね。ああ、でもでも買取価格は勉強させて貰うっスよ!?」


「えっと、まぁ……じゃあ、もしお宝が見つかったら一考させて貰いますね」



 迷宮図書館の奥にあるのは財宝の類ではなくゴーレムの手掛かりの可能性が高いのだが……いや、人によっては古代兵器ゴーレムの情報の方が金銀よりも余程価値があるかもしれない。

 流石にいくら知り合いだからと言って一介の露天商にゴーレムに関するものを売る訳にはいかないので、実際何か価値がありそうなものがあったら持って帰ると、何とかして一枚噛もうとしつこく絡んでくるオボロを宥める影次。



「本当っスね? 約束っスからね!? 他所に売ったりしたら恨むっスからね!? 毎朝毎晩呪いの念を送るっスからね!?」


「します、約束しますって。でも、もし本当に宝っぽいものがあったら、ですからね!? っていうか近いしつこい圧が凄い!」


「あっ! やっと見つけましたよエイジ! いつになっても帰ってこないと思ったら今度はオドロさんと遊んでたんですか」


「おー、おにーさんもひさしぶりだなぁー? ともだちはえらんだほうがいいってウォッフが言ってたぞー」


「いっぺんに来るな収拾がつかないっ!!」










「……遅い」


「探しに行くと言ったきりマシロ殿も全然戻って来ませんな。こちらはもうすっかり準備万端ですぞ」



 ミラーノの居住区にあるサトラの母マリノアの屋敷。迷宮図書館の調査に向かう為の用意はとっくに済んでおり、サトラとジャンはすっかり待ちくたびれてしまっていた。



「シャーペイ殿の事ですからその辺で遊び惚けているのでしょうがエイジ殿とマシロ殿までここまで時間が経っても帰ってこないとなると少々心配になりますな。よもや揃って迷子になっているとは考え難いですが……私が探しにいきますかな?」


「いや、ジャン殿まで戻ってこなくなりそうだ。私たちは大人しく待っているとしよう。エイジもマシロも子供じゃあないんだ。夕飯前には帰ってくるだろう。シャーペイは知らないが」


「ですな。シャーペイ殿は知りませんが」



 相も変わらず信用の無さに定評のあるシャーペイであった。



「あら? まだ他の皆さんはお戻りじゃないの?」



 客間で影次たちの帰りを待っていたサトラたちのところにやってきたマリノアは部屋の中を見回すとサトラとジャンの姿しか無い事に気付くと残念そうに頬に手を当てながら首を傾げる。



「ええ母上。もうそろそろ帰ってくるとは思うのですが……。何か御用件でも?」


「今ご近所さんたちから聞いたんだけど……ってそうそう、その前に晩ご飯、お肉とお魚どっちがいい? また新鮮なニジアジを沢山頂いちゃったんだけど、ボルゾイさんと街でミケネコウシのお肉も買っちゃったからどっちにしようかなーって。あ、ちなみにジャンさんはどっちがいいかしら?」


「ふむ、どちらも魅力的で悩ましいですなぁ」


「じゃあサトラはどっち? あ、お魚はちゃあんと小骨も取ってあげるから。昔みたいに喉に刺さったって泣かなくていいようにね」


「幾つの時の話をしているんですかっ!」



 古代兵器ゴーレムオケアノスの一件が済んだ後もミラーノに滞在し続けているからだろう、完全に子供の頃と同じ扱いをしてくるマリノアに辟易するサトラであったが、今までろくに母親に顔も見せていなかっただけに強く窘める事も出来ずにいたのだった。

 一縷の期待を込めてちらり、とジャンの方に視線を向けるがあちらはあちらで執事のボルゾイと何やら意気投合し話が盛り上がっているようで助け舟は期待出来ない。



「ねぇねぇサトラ。それで結局のところはどうなの?」


「どう、と言われましても、何の話ですか母上」


「やぁねぇ。決まってるじゃない。エイジさんとの事よ。お付き合いしてるの? ……ここだけの話、どこまでいったの?」



 今まさに口に含もうとしていた紅茶を噴きかけそうになったのを何とか堪え、咽るサトラ。そんな娘の様子をにんまりと楽しそうに眺めているマリノアはすっかりサトラと影次の関係を誤解してしまっているようだった。

 マリノアからすれば滅多に顔を見せない一人娘が同僚(と思っている)とは言え同じくらいの年頃の異性を連れて来たのだ。それだけでも母親としてはテンションが高まるというのに、この娘の何とも分かりやすい態度は何なのだろうか。



「ま、ママっ!? だから彼とはそういう関係では無いって何度も……っ!」


「えー、違うの? 夜の海岸で二人きりでデートしてた時は何だか凄くいい雰囲気だったように見えたけど。それに海の底の調査から帰ってきてから事ある毎にエイジさんの事チラチラ見てるんだもん、サトラったら」



 どうやら本人に自覚は無かったらしい。もはや普段の凛々しさはどこへやら、みるみる顔を紅潮させしどろもどろになってしまっている。

 無理もない、サトラ自身自分の想いを今更ながらに気付いたのはごく最近なのだから、実の母親に突かれてしまったら堪ったものではない。王立騎士団最強の剣士も流石に実親と恋バナをする胆力は持ち合わせていなかった。



「そ、それよりマ、母上っ!? な、何かお話があったのではないですか? 先程夕飯の献立の他に仰ろうとしていましたが……」


「あ、サトラったら露骨に逃げたわね」


「逃げましたね」


「逃げましたな」


「母上ってば! そっちの二人も母上に乗って私で遊ばないでもらいたい!」



 話題を摩り替えられ不満気に頬を膨らませるマリノアだったが、程無く最初に言おうとした事を思い出しポン、と手を叩く。



「そうそう、あのね? 何でも山林地区の図書館で秘密の隠し部屋みたいなものが見つかったらしいの。それも物凄く広くて大きくて、凄い宝物があるとかなんとかって」


「ああ、その話ですか。それなら私たちも……」



 てっきりマリノアも尾ひれのついた街の噂を聞いてきたのだと思ったサトラだったが、次の瞬間マリノアの口から出たのは思いもよらない者の名前だった。



「それでついさっき、その図書館に噂の怪盗の予告状が届いたんだって! 図書館の地下に隠されたお宝を頂戴する、って。もう街中その話で持ち切りになっちゃって大変みたいなの! ねぇ知ってるサトラ。あの有名な怪盗さんよ? とうとうこのミラーノにも現れるのよ?」


「え、ええ知っていますとも。一応面識もありますし……というか、どうしてちょっと嬉しそうなのですか」

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