英雄と怪盗×裏取引

「それで俺に聞きたい事ってなんだ?」


「そう急かすものじゃないよ。ただでさえ野郎なんぞと顔を突き合わせて二人きりのティータイムなんて拷問を受けているんだ。せめてこの一杯くらいは堪能させてくれたまえ」



 観光都市ミラーノで思わぬ再会を果たした影次とライラは繁華街から少し離れた海の見えるカフェテラスにやってきていた。

 テーブルを挟み向かいに座っているライラは心底不愉快そうに眉を潜めながら琥珀色の液体の入ったカップにゆっくりと口をつける。

 降り注ぐ晴天の日差しを受けて鈍く光る灰色の髪、その奥に覗く赤宝石ルビーのような深紅の瞳。背もたれに体を預け足を組み片手でカップを、もう片方の手で受け皿ソーサーを持つその仕草は影次のいた現代ならばファッション雑誌の表紙を飾っても何の違和感もない光景だった。



(外見はこれだけ良いのに中身は女好きで美術品オタクで自己顕示欲拗らせまくった泥棒なんだもんなぁ……)


「何だその目は。なにかとてつもなく失礼な事を思ってないかい?」



 芸術都市パーボ・レアルでのとある絵画を巡る一件では魔族という共通の敵もあってか力を合わせた二人であったが、それはあくまでも状況が状況だったからというだけであり、騎士団にとっては世間を悪戯に騒がせる連続窃盗犯に違いは無いが影次にとっては明確に敵と言う程のものではなく、かと言って味方でもない、何とも形容し辛い関係性だ。



「ふぅ……やはり紅茶はいい。美しい海を眺めながら紅茶を楽しむこの一時のなんと愛おしい事だろう。芳醇な香りの中に仄かに感じる野生のような力強さ、これはずばり、ドラゴード産の夏摘みセカンドフラッシュとみた」


「シーガル産のブレンドってメニューに書いてあるぞ?」


「う、うるさいな! 折角人がむさくるしい男とお茶している現実を忘れようとしているっていうのに台無しにしないでくれないか!」



 それっぽい雰囲気に浸っていたところを非常な現実に引き摺り戻されたライラが影次の手からカフェのメニュー表を奪い取りながら喚き散らす。何だろう、この怪盗。取り合えず形から入るタイプと言うか、理想に対し中身が追い付いていないというか……多分両方なのだろうが。



「いや、早く本題に入ってくれよ。まさかとは思うけどマシロやサトラは何が好きなのか、なんて話じゃないだろうな」


「君は僕の事を一体何だと思っているんだ失敬な! まるで僕が淑女レディなら誰彼構わず粉をかける軟派者みたいに言わないでくれるかな」


淑女レディなら誰彼構わず粉をかける軟派者じゃなかったのか」


「まったく、ただでさえ男なんぞというだけで不愉快だっていうのに。サトラ殿もマシロ嬢もどうしてこんな性悪男を傍においているんだ……。ハッ! まさか君、あの得体のしれない気味の悪い力で無理矢理彼女たちを……痛ぁっ!?」



 ライラからメニュー表を奪い返すと丸めて筒状にし、そのまま彼女の頭を思い切り叩き倒す影次。異世界こちらにやって来てから善人悪人含めて色々な人と出会ってきたが、その中でもこの怪盗は群を抜いて……しょうもない奴だった。



「な、何をするんだ! そうやってすぐに暴力に訴えるのは知性と品格の乏しい野蛮人の証拠だぞ!?」


「ごめんごめん、あんまりにもアホな事ばっかり言うから流石にイラッと。と言うかそろそろ本題に入ってくれないか?」


「まったくこれだから……まぁいい、こうしていつまでも無駄話をしていたくもない事だしね。君に幾つか訊ねたい事があるんだ」



 お互い別に友人でもなければ仲間でもない、当然こうして面と向かってお茶をしていても楽しい訳でもなく、さっさと話を済ませたいのはお互い様だ。ライラはもう一度紅茶の入ったカップを口にし、一息ついてからようやく本題へと入る。



「君、パーボ・レアルで会った時に成り行きで第四部隊にお世話になってる旅の者だと言っていたが、ムラサメ公国の人なんだろう?」


「いや、表向きはそういう事にしてるんだけど実は違うんだ」


「いやなに、みなまで言うな。他国との関りを断絶しているムラサメ人がシンクレルにいる、それだけで訳有りだという事は分かるさ。だが僕は別に君の身の上になんてこれっぽっちも興味はない。ただ最近ちょっと……って、今何て言った?」


「悪い、俺はそのムラサメ公国ってところの人間じゃないんだ。むしろそんな国行った事もない」


「はぁぁぁぁっ!?」



 夕陽と同じムラサメ公国の人間特有の黒髪黒目ということからすっかり影次の事をムラサメ人だと思い込んでいたライラはまさか本題に入る前に全否定され思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、たちまちテラス中の客や従業員たちの視線が影次とライラのテーブルに集まってしまう。



「ゴ、ゴホンッ! これは失敬……。って君! どういう事だそれは!」


「どうもこうも言葉通りだよ。確かにご覧の通り俺は髪も目も黒いけどそのムラサメって国の者じゃあない。ただシンクレルじゃ目立つらしいし、いちいち説明も出来ないから取り合えずそういう事にしてるってだけだよ」


「はぁ……なんてことだ。それじゃあ完全にただの無駄骨じゃあないか……。この役立たず! 黒いのはその腹の中と変身した姿だけにしたまえよ!」


「何て言われようだ」



 影次にとっては言い掛かりも甚だしい話ではあるがライラにとっては夕陽について何か分かるかもしれないという期待があっただけに失望感も大きかったのだ。本人の知らぬところであれこれと詮索をする趣味は無いが如何せん彼女とは満足に会話も出来ないのだ、少しでも夕陽の力になる事が出来れば……。そう思っていたのに、よりにもよってムラサメの人間ですらないとは。



「まぁ、その……素性を偽っていたのは悪かった、ごめん。こっちにも色々ややこしい事情があってさ」


「いいさ、君の事情になんぞ興味が無いと言っただろう? はぁ……何か少しでもハニーの事が分かるかもと君なんかに勝手に期待した僕が馬鹿だった、というだけさ」



 すっかり当てが外れてがっかり、といったライラはもう用は済んだとテーブルに自分の分の代金を置き席を立つ。



「やれやれ、本当に時間の無駄だったよ。それじゃあ僕はこれで。今度こそ二度と会わない事を祈っているよ」


「前にも言ったけどそういうのフラグって言うんだぞ」



 まだ中身の残っている自分のカップに口をつけながら立ち去っていくライラを見送る影次。何やらライラにも事情があるようだが、彼女自身が助けを求めてきたならまだしも、こちらからわざわざ首を突っ込む事も無いだろうとあえて追及はしなかった。

 それにもし実際にムラサメ公国の人間に会ってしまったら都合よく勝手にムラサメ人だという設定を使っている影次としては非常に不味い。それは影次個人の話には留まらずサトラたち第四部隊にも迷惑がかかる可能性がある。下手をすれば国際問題になるかもしれない。……それは考えすぎだろうか。



(それにしても、ムラサメ公国か……ちょっと興味あるな。もしかしたら日本みたいな国だったりして)



 黒髪黒目の人々が暮らす、他国との交流を断絶した東の国。そう聞くと現代人である影次の頭に思い浮かぶのは江戸時代、鎖国中の日本の風景だった。



〈警告。それは流石に漫画の読み過ぎかと。まさか異世界に侍や忍者がいるとお思いでしょうか〉


(うるさいな騎甲ライザーよりは現実的だろ!)











 影次と別れ一足先にマリノア邸に帰ったサトラたちが迷宮図書館に挑むための準備を進めている中、シャーペイはサトラたちを手伝う事もせずこっそりと屋敷を抜け出し再び繁華街へとやってきていた。


 耳を劈く客引きの声が四方から響く雑踏の中を掻き分け、ニジアジの塩焼き大食い大会が行われている中央広場を過ぎ、向かうのはメインストリートを外れた路地裏にある、とある一軒の店。

 まだ日も高いというのにビールやワインを呷る客たちで溢れ返る店内。路地裏に構えていると言ってもそこは流石シンクレル一の観光地、店内はほとんど満席状態だったが幸いにもシャーペイが探していた人物は特徴的な外見だったのですぐにその姿を見つける事が出来た。



「遅いよ。まったく……他にもっとマシな場所は無かったのかい?」


「キヒヒ、待たせてごめんねぇ。お詫びにお姉さんがミルクご馳走してあげるよ?」


「君を待っている間もう嫌というほど子供扱いされたよ! 見てくれよこれ、お店の人がどうぞってサービスしてくれたよ有り難い事にね!」



 銀灰色の髪色に合わせた灰色のマントを羽織った10歳前後の大人びた少年がテーブルの上に並べられた品々を指しながら不満の声を上げる。10歳前後というのはあくまで外見の話であり、土亜人ドワーフなので背丈も低く見た目も子供というだけで彼はこれでも25歳という立派な大人なのだ。

 その大人である彼のテーブルには何故かお子様ランチとジュースとプリンが並んでいた。



 「パパとママを待ってるのかな? 一人でえらいねぇ、これ良かったらお食べ、ってさ。確かにボクみたいな土亜人ドワーフはエルフばりに珍しい種族だよ。ボクだっていちいち訂正するのも面倒くさいから子供扱いされたままで通す事もあるさ。だからといって何とも思わない訳じゃあ……って笑うな!!」


「キヒッ……! ヒ、ヒィッ……! だ、だって、こんなの笑うなっていう方が無理だよぅ。キヒヒッ! お、お腹痛い」



 不愉快極まりないといった様子でムスッとしている少年、ウォルフラムと向かい合うようにテーブルに付くシャーペイ。ちなみにまだ笑い続けいる。



「キヒヒ……あ、そうそう忘れないうちに。はいこれ、情報料ね。観光都市ミラーノにゴーレムがあるってネタ助かったよ。ありがとね」


「君に魔族の動向を流す代わりに君からは研究データを貰う、そういう約束だからね。こちらこそ助かるよ。魔獣や魔族の生態データ、これさえあればソマリの調整も今まで以上に効率化出来る。それにボクの目的にも一歩近づくというものだ。

 ……それにしてもまだ信じられないな。君も研究者、技術者の端くれだろう? 自分が今まで築き上げてきた大切なデータをこうも簡単に人に渡せるものなのかい?」


「全然構わないよー。全部頭の中に入ってるしねぇ。それに興味深いものは他も沢山あるからねぇ」



 ネザーランドの街で対峙した際にシャーペイとウォルフラムの間で結ばれた密約。ウォルフラムは自身が与する魔族側の動きをシャーペイに教える。シャーペイはその都度自分の研究データの一部を代金として渡す。ここミラーノにゴーレムと思わしき巨人像が沈んでいるという情報をシャーペイが影次たちに教えたのも、ウォルフラムが情報源だった。



「キヒヒッ、キミもアタシと同じ裏切り者って訳だねぇ」


「あくまで利害が一致しているから協力しているだけに過ぎない。彼らに対して義理も情も無いからね。それは君も同じだろう?」



 自分の目的のために人類でありながら魔族に与するウォルフラムと、自分の思惑のために魔族でありながら影次たちと行動を共にするシャーペイ。立場は違えど目的と手段は両者同じだからこそ、シャーペイは取引を持ち掛け、ウォルフラムもまたそれに応じたのだった。



「しかしボクが到着した時には折角のゴーレムも破壊され学院に確保されてしまった後だったとはね……。大方、例の騎甲ライザーなんだろう? あれを破壊したのは」


「キヒヒ、その辺はノーコメントってことで。それでそれで? ミラーノのゴーレムが無くなっちゃった魔族はこの後どう動くつもりなのかなぁ?」



 ウォルフラムのお子様ランチに手を伸ばしウィンナーを摘み口に放り込みながら訪ねるシャーペイ。白々しく惚けているが古代兵器ゴーレムの巨体にあれだけ大きな風穴を開けられるような者は魔族にさえいないのだ、敢えて質問をしたがウォルフラム自身も既に確信を持っていた。



「さてね。生憎魔族側から聞いていたゴーレムはディプテス山のティターンとミラーノのオケアノスだけだったからね。尤も、彼ら自身それ以外のゴーレムの所在を掴んでいない可能性もあるけどね。もしくはボクの事を信用していないから教えてくれないだけかもしれないな」


「ありゃりゃ、新しいネタは無しって事かぁ。んじゃ、また何か分かったら教えてよ」


「早とちりするなって。ゴーレムの事は分からなかったけど、魔族たちの動きに関しては耳寄りな話が幾つかあるんだ」



 用は済んだと席を立とうとしたシャーペイを引き留めるウォルフラム。彼が言うにはどうやら魔人の一人が行方不明になっているらしい。先日のゴーレムの一件で影次とサトラが倒したナイトステークとノイズの事かと思ったシャーペイだったが、どうやら残念ながら両名とも存命らしい。



「姿を消した魔人は魔族側の中でも重要な役割を持った存在らしくてね。あのアッシュグレイがここ数日ずっとあくせく探し回っているよ」


「キヒヒッ、それはそれは。アイツが酷い目に合うのは気持ちがいいねぇ」


「それともう一つ。どうやら魔族たちの計画が次の段階にいくらしい。残念ながら具体的な内容は何も聞けなかったけど、近々何やら大きな動きがあるようだ。一応気を付けておきな、と忠告しておくよ」


「計画、次の段階……? うーん、そう言われても計画なんてなんにも聞いてなかったしねぇ。そもそも魔族が何を目的にしてるのかもあちこちで色々してる理由とかも本当のところは何も知らないし」


「もしかしたら裏切り者の君だけじゃなくて、アッシュグレイやダブルメイルたちも計画や目的の具体的な内容は知らされていないのかもね。まぁ、何にせよボクには関係のない話だ」



 ウォルフラムは興味が無い様子ではあるがシャーペイとしては大いに気になるところだ。これまで各地で魔族が暗躍していた一連の行動の目的。今思えば創造主マスターから命じられた研究も、その計画とやらの一環だったのかもしれない。



(何も知らされずにただ駒として良い様に使われてたってことかな。そう考えるとあんまり愉快じゃないなぁ。ちょーっと一泡吹かせたくなってくるねぇ)



 興味を惹かれるか否か、それこそがシャーペイの行動理念だ。魔獣や魔族の生態研究もそういう役割として造られ、命じられたとは言えシャーペイ自身が望んでしていた事だ。研究データをウォルフラムへの対価として払ったのもあくまで彼もまた一流の研究者であり、自分の成果を十分に活用してくれるからであってシャーペイとてこれまで地道に積み上げてきた研究データを誰彼構わず差し出す訳ではない。


 要するにシャーペイにもシャーペイなりの、技術屋としてのプライドや矜持がある、という事だ。



(やっぱりエイジに付いて正解だったねぇ。邪魔な創造主様マスターや他の魔族をエイジに全部倒してもらえたら万々歳なんだけど。まっ、その辺はゆっくりのんびりやっていけばいいか。何たって魔族は人類の敵で、エイジは有り難い正義の味方サマだもんねぇ)


「何やら悪い事を考えているって顔だね……。一先ず今のところ君に話せる事と言ったらこれくらいかな」


「キヒヒ、ありがとね。今後ともよろしく頼むよー」


「こちらとしては対価を頂けさえすれば何でもいいよ。……さてと、それじゃあそろそろボクは行くよ。図書館の地下で見つかった例の場所、どうにかあそこに潜り込めないか考えないといけないしね」



 今回の情報料代わりにシャーペイから自分も調査に加えてもらうよう頼んでもらう、という手も考えたが、ウォルフラムとしては誰の邪魔も入らず独自に調査をしたいので極力騎士団とも魔術師学院とも接触する事は避けたかった。



「第三者がひと騒動起こしてくれれば助かるんだけどね。どこかにいないものかな、無駄に自意識過剰で派手好きで周囲の注目を集めるのが好きなお騒がせ者は」


「いやいや、そんなお馬鹿さんがどこにいるってのさ」



 そんな都合のいい願望を漏らすウォルフラムに対しお子様ランチのハンバーグを頬張りながらケラケラと笑うシャーペイ。



 だがこの後、無駄に自意識過剰で派手好きで周囲の注目を集めるのが好きなお騒がせ者によってウォルフラム待望のひと騒動が起きてしまう事になるのだが……この時のシャーペイが知る由も無かった。

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