ライラと夕陽×友(?)との再会

「やぁ待たせてごめんよハニー! 元気にしていたかい? 寂しい思いをさせてしまったね」



 観光都市ミラーノ観光地区のとある宿屋の一室。一人の少女が窓辺からぼんやりと外の景色を眺めていたところに紙袋を抱えた青年が部屋に入ってきた。すらりとした細身の長身、冒険者の旅装束に貴族服のようにな袖飾りのついた独特の服装と灰色の髪と深紅の瞳のコントラストが印象的な美丈夫……に見える女性。



「遅くなってしまって悪かったね。さぁ昼食ランチにしよう。何が好みか分からなかったから取り合えず色々見繕ってきたけどお気に召すものがあればいいな」



 鶏や豚肉の串焼き、魚介のスープ、トロトロのチーズクレープ、ナイトメアヘルタヌキ型の焼き立てパン。紙袋の中から屋台で購入してきた昼食をテーブルに並べていくとたちまち室内に食欲をそそる匂いが溢れ出してくる。



「デザートもあるからね。ささ、好きなものを召し上がれハニー」



 灰色髪の青年がそう言っても黒髪の少女はテーブルに並べられた食べ物と青年の顔に困惑した様子で視線を行き来するばかりで、青年が手近にあったパンを手に取り彼女に差し出すと、少女も恐る恐る手を伸ばし、パンを受け取り青年に何度も頭を下げてから遠慮がちに齧り始めた。



「うーん、やっぱり言葉が通じないのは不便だなぁ。いやいや愛に言葉も国境も無い! 真実の愛は言葉ではなく心と心で通じ合うものだ、そうだろうハニー!」



 何やら熱弁する青年だが、残念ながらその熱意も想いも言葉が通じない少女には何一つ伝わらない。少女はただただ、テンションの高い青年に対しどう反応すればいいのか分からないといった様子で困惑するばかりだ。



「……コホン。ま、まぁいいか。レディの食事中に騒ぎ立ててすまない。沢山あるから遠慮せずゆっくりお食べ。このミラーノは大陸屈指の観光地だからね、色んな地域の料理が楽しめるのも売りの一つなのさ。種類の数だけで言えば王都以上だからね」



 青年が言葉の通じない少女と出会ったのは本当に偶然だった。


 とある目的・・・・・でミラーノに訪れたものの街に来て早々海底に沈んでいた巨人像が実はゴーレムで、しかも突然動き出し街に迫ってくるという大事件に遭遇した青年。幸いにも事件はすぐに収束したが肝心のゴーレムは既に破壊されてしまい、更に言えばその風体フォルムは青年の琴線には触れず無駄足だったか、と消沈していたところで浜辺に倒れていた少女を発見した。


 少女は酷く衰弱していたのですぐに診療所へと連れて行こうとしたのだが、何やら訳ありな様子の彼女を放っておけず、自分の宿に連れ帰ったのだった。

 それから数日、介抱の甲斐もあってかすっかり元気になった少女だったが、どうやら少女はシンクレルの言葉も文字も分からないらしく未だにまともな意思疎通が出来ずにいた。



(珍しい黒目黒髪だし、やっぱりムラサメ公国の人なのかな。……同じ黒目黒髪でもどこぞのむさい男とは大違いだね)



 東の大陸ムラサメ公国。他の三国との交流をほんど行わず、一般的には国民のほとんどが黒目黒髪だという程度の知識しか無い、未だ謎に包まれた国。

 ……間違っても全国民が黒い鎧の姿に変身出来る、なんて事ではないと信じたい。



(言葉が分からないという事は正規の手段でシンクレルに来た、という訳じゃないのかな。浜辺に倒れていたし、もしかしたら海難事故か何かで流れ着いて来たのかも。待てよ、ムラサメ人はある種獣人より珍しいし、奴隷商から逃げてきたという可能性も……むぐぐ、許しがたい!)



 青年が気になっていたのは少女がずっと何かに怯えているような態度を見せている事だった。最初は言葉も通じない場所で他に知り合いもいない様子だったので当然の反応だと思っていたのだが、どうもそれだけではないような気がする。言葉が通じない以上彼女の事情を知る術は無いが、何かを酷く怖がっているような、そんな風に見えるのだ。



(どこの誰かは知らないがこんな見目麗しい淑女レディを怯えさせるなんて万死に値するね。女性というのはもっとこうふわふわの綿菓子を扱うかのように優しく繊細にだね……)



 少女の背景を勝手に妄想し勝手に憤慨している青年だったが、テーブルを挟んだ向かい側でパンを齧っていた当の少女からそんな様子をじっと見られている事に気付く。どうやら顔に出てしまっていたようで不安気に見つめてくる少女の視線が強い罪悪感と庇護欲を駆り立てる。



「あぁごめんよハニー! 別に君に怒っていた訳じゃないんだ、お願いだからそんな顔をしないでくれないか。あぁ、愛に言葉は無用と言ってもやはりもどかしいな。まぁこういうのも嫌いではないんだが……いやでもやっぱりもどかしい!」



 傍から見ればそんな平常の青年の様子も十分怪しいものだったのだが、少女には青年が善意から自分を助けてくれた事も、この数日ずっと気にかけてくれている事もしっかりと伝わっていた。

 そして、そんな感謝の気持ちを何とか伝えようと少女は一人悶絶している青年の手に自分の手を重ね、ゆっくりと、一文字ずつ、何よりも伝えなければならない言葉を口にする。



「ユ、ウ、ヒ。ユ、ウ、ヒ」


「ユウヒ? ……もしかして、それが君の名前……なのかい?」



 自分を指さしながら何度も繰り返しその三文字を繰り返す少女。それが自分の名前を伝えようとしているのだと察した青年は驚きと喜びの余り思わず泣きそうになってしまうのをぐっと堪え、自分もまた彼女に倣って同じように、自分を指しながら言葉の伝わらない少女にも分かるように、丁寧に、ゆっくりと自分の名前を告げる。



「ラ、イ、ラ。僕の名前はライラだよ。」


「ラ、イ、ラ……?」


「ふふ、やっとお互い自己紹介出来たね。ユウヒか……嗚呼、思った通り何て可憐で君にぴったりな名前だろう」



 出会ってから数日経ってようやく互いの名前を知った二人。会話は出来なくとも、この時二人の心は確かに通じ合っていた。









 観光都市ミラーノの地下に隠されていた迷宮図書館の調査を魔術師学院に代わり引き受けた影次たち。まずはしっかりと準備を整えるために観光地区の繁華街へとやってきていた。

 ほんの数日前に古代兵器ゴーレムが迫り危うく壊滅するかもしれなかったというのに相も変わらず街中のあちこちから人々の賑やかな声が響く。右を向けばゴーレム人形を販売している露店が、左を向けばゴーレムクッキーを販売している商店が、中央広場のステージでは着ぐるみゴーレムがチラシを配り歩いている有り様だ。



「すっかり街の新名物になっちゃったな、あのゴーレム……。まぁ街の人たちも脅えて過ごすよりかは良いのかもしれないけど」


「キヒヒッ、折角の観光名物なんだから持っていかないでくれって学院の人たちに抗議してる人もいるんだってさ。まったく逞しいというか何というかねぇ」


「このゴーレムサンド案外イケますぞ。トロトロのチーズとカリカリのベーコンが何とも言えませんな」


「どれどれ……うん、確かに美味いな。焼きたての香ばしさはやはり屋台の醍醐味だな」



 数十年、下手をすれば数百年以上人知れず街の地下に隠されていた迷宮図書館。その奥に何があるのか、道中に何が待ち受けているのかは全く想像がつかず、もはやダンジョン攻略と変わらない。

 必要な道具のほとんどは『竜の宮殿』の中に常備されているが薬や食料といった消耗品はやはり毎回必要に応じて補充する必要がある。

 ついでに少し遅めの昼食も。



「エイジも熱いうちに。ほら、あーんだ」


「あー、熱っ! チーズが熱いっ!」


「……最近二人とも何か距離が近くないですか?」


「そ、そうか? そんな事は無いと思うんだが……。なぁエイジ?」


「チーズが熱いってば一旦離して!?」



 古代兵器ゴーレムオケアノスの一件から何となく影次とサトラの間に流れる空気が少し変わったような気がしてならないマシロ。最初は気のせいだと思ったのだが、ふと気が付けば当たり前のように一緒にいたり食事の時もしれっと隣りに座ったりと、間違いなく以前にも増して距離が近くなっているのだ。

 元々仲の良い二人ではあるが、ゴーレムの一件から明らかに空気が違う。特にサトラが、だ。



「エイジもサトラ様も、いつからそんなベタベタするようになったんですか?」


「べ、ベタベタなんてしていないじゃないか! な、なぁエイジ?」


「荷物で両手塞がってるんだから仕方ないだろ。口の周りはチーズでベタベタしてるけど」


「あ、すまない気が利かなかったな。今拭くからじっとしていてくれ」


「んぶぶっ」


「ほらぁ! そういうところですってばぁ!」


「はっはっ、青春ですなぁ。よきかなよきかな」


「キヒヒッ、ますます弄り甲斐が出てきて嬉しいねぇ」



 周りから見れば空気が変わったのはサトラだけでなくマシロも同じなのだが……勿論そんな事を本人が気付く筈も無く、変化し始めた三人の関係性にジャンは生暖かい眼差しを送り、シャーペイは愉快で仕方がないといった顔だ。



「おや? どこかで見覚えのある顔だと思ったら……」



 そんな賑やかなやり取りをしながら必要な物資の買い出しを続けていた一行の前に、相手の言う通り見覚えのある顔が現れた。

 灰色の髪と深紅の瞳、そして他では中々見ない袖口に飾りのついた旅装束が特徴的な美男子……に見える美女。



「おや、君は確か芸術都市パーボ・レアルで会った記者の人か」


「おお、やっぱり! こんなところでかの騎士姫ヴァルキュリア殿と再会出来るとは、これを運命と言わず何と言いましょう!」


「えっと……確かライラさん、でしたよね」


「嗚呼、かの魔術師学院が誇る氷の華に名前を覚えて頂けるとは何と光栄な……。ええ、そうですとも。パーボ・レアルでお会いして以来ですねマシロ殿。おお、そちらのフードのお嬢さんもお久しぶりです!」


「うわぁ、アタシにも矛先来たぁ」



 影次たちが偶然再会したのは、かつて芸術都市パーボ・レアルで出会った記者のライラだった。何故彼……もとい彼女がここに、と思った影次だったが、彼の職業を考えればつい先日ゴーレムという大事件があったこの街に来ていたとしても何ら不思議は無い。



「久しぶり。ここにはやっぱり例のゴーレムの取材に来たのか?」


「ゲェ、君もいたのか。……ゴブリン・ゴブゴブリン君だったっけか」


「影次、黒野影次」


 それもうただのゴブリンやんけ。



「相変わらず心地良いくらいに男女で接し方が変わる御仁ですなぁ」


「おお、貴方は確か獣人街のガリアンフォード卿が一子ジャン殿でしたね」


「ちょっと待て何で俺だけ名前覚えないんだよ」


「どうでもいいからに決まっているだろう? 何を言ってるんだ君は」



 ジャンの言う通り本当に相変わらずのようだ。サトラやマシロ、シャーペイなどに向かってつらつらと並べ立てる美辞麗句も歯の浮くような内容ばかりではあるが、ライラのハリウッドモデルのようなルックスによってそれらも全く違和感を覚えさせず、まるでその一挙手一投足全てが舞台の上の演者のようだ。



「ライラ殿は、やはりゴーレム……海底で発見された巨人像目当てにミラーノに?」


「ええ。ですが取材に来たら巨人像が実はゴーレムで、しかも突然動き出したとかで街中大パニックになってしまって街に来てすぐに避難する羽目になってしまって。まぁゴーレムは無事に止まり街への被害も無くて何よりでしたが……。やれやれ、一体どこの誰があんな巨大な怪物を止めたんですかねぇ」


「えっ? さ、さぁ……我々も偶然この街に来ていただけなのでその辺りの詳しい事はよく知らないが……長いこと海の底に沈んでいたんだし、きっとどこか故障していたんじゃないかな。なぁマシロ?」


「そ、そうですね。きっと耐水性が低かったんですよ。ですよねサトラ様?」



 ライラの記者という職業の手前、慌てて自分たちの関与を胡麻化そうとするサトラとマシロだったが彼女たちはライラが影次の素性、騎甲ライザーというもう一つの顔を知っているという事を知らなかった。



「……どうせ君の仕業なんだろう? つくづく行く先々で騒動を起こす奴だね。君はあれか? 疫病神か何かの類なのかい?」


「行く先々で騒ぎを起こしてる怪盗に言われたくないんだけど」



 正体を知っているライラは影次の傍に来るとサトラたちに聞こえないよう、小さな声で囁きかける。一方の影次もサトラたちには話していないが、このライラこそ巷を騒がせている怪盗リリアックである事を知っているので彼女のセリフを真っ向から投げ返してやる。



「お前、もしかしてあのゴーレムを盗みに来たのか? いくらなんでも流石にデカ過ぎると思うぞ。どこにしまうつもりだったんだ?」


「僕だってまさかあれだけの大きさとは思っていなかったんだよ。それに何て言うのかな、アレは僕の趣味じゃあない。無骨で飾り気も無い。全然芸術的アーティスティックじゃないっ」


「いやお前の趣味なんて知らないよ。まぁ、お目当てのものじゃなかったっていうなら大人しく本業の方を励んでくれ。取材するなら調査隊の人たちに口利きするくらいは出来ると思うぞ」


「いいや結構。生憎と男と馴れ合うのも僕の趣味じゃあないんでね。っていうかどうして僕が君なんぞと

馴れ馴れしくお喋りしているんだ」



 お互い周囲には秘密にしている正体を知る者同士なせいか、遠慮のない物言いでやり取りする影次とライラの様子を事情を知らないサトラたちは怪訝そうに首を傾げながら見守っていた。



「あの二人って、いつの間にあんなに仲良くなったんでしょうね」


「キヒヒッ、第一部隊の隊長さんといいキースホンドのおっちゃんといい、変わった友達ばっかり作るよねぇエイジって」


「何やら話が盛り上がっているようだし、私たちは買い物を済ませてしまうとしようか。エイジ、私たちは先に行っているぞ。積もる話もあるのだろう、君はライラ殿とゆっくりお茶でもしてくるといい」


「えっ? いやサトラ。俺は別にこいつと友達って訳じゃあ」


「ささ、エイジ殿。お荷物は私が引き受けますぞ」


「マリノア様のお屋敷に戻っていますから。エイジもあまり遅くならないうちに帰ってきてくださいね」


「お土産はゴーレムサンドでいいからねー。よろしくー」


「ちょっ、だから待てって!」


「何か誤解なさってないかい淑女レディたち! 僕とこいつは決してそんな仲良しこよしって……!」



 二人が引き留めようとするもすっかり勘違いしてしまっているサトラたちは買い出しの続きに行ってしまい、残された影次とライラは思わず顔を見合わせ、同時に深く肩を落とし溜息をつく。



「よりにもよって、こんな怪物男と親しいだなんて淑女レディたちに誤解されてしまうとは……。一生の不覚だ、屈辱だ、こんな不条理があっていいものか!」


「俺だって変態泥棒の友達だなんて思われるのは御免なんだが……。まぁ、後できちんと説明すればいいか」


「是非そうしたまえ。僕の名誉の為にもきっちり誤解を解いてくれたまえ。くれぐれも頼むよ」


「はいはい。……で、どうする? サトラが言ってたようにお茶でもするか?」



 正直影次としてはライラに対し積もる話も何も無ければ特段話す事も無く、彼女の事だから「男と茶をして何が楽しい」とにべに断られて解散、という流れになるだろうと思ったのだが、意外にもライラは少し考えてから、影次からの誘いに応じてきたのだった。



「丁度いい。君には少し聞きたい事もあったからね。淑女レディのためだけに存在する僕の貴重な時間を少しだけ割いてあげようじゃあないか。感謝したまえよ」


「いや別に無理にとは言わないけど……まぁいいや。お前が俺に聞きたい事があるっていうのも気になるし。あ、割り勘だからな?」


「当たり前だ。君に奢られるなんぞ気色が悪いし何が悲しくて野郎に奢らなければならないんだ」


「本当にいいキャラしてるよなお前」

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