迷宮図書館×騒動の種

「な……何なんですかこの騒ぎは」


「全然人が来ない場所だって聞いたけど、物凄い混雑してるな」



 ゴーレムに関する文献を求めて観光地区から離れた山林地区の奥にあるミラーノ図書館へとやってきた影次たち。たまに地元民が利用する程度なのでいつ行っても空いている、とマリノアから聞いていたのだが、影次たちが目にしたのは図書館の前で数えきれない程の人たちが集まっている光景だった。



「一体どうしたというんだ。まるで観光地区並みに人が集まってるじゃないか……図書館でイベントが行われているとは聞いてないが」


「うわぁこんな山の中にうじゃうじゃと。みんなよっぽど暇なのかねぇ」


「周りからすれば我々もそう思われておるかもしれませんぞ」



 何事かと気にはなるが如何せん人が集まりすぎて肝心の図書館に近づけず様子がわからない。そうしている内に影次たちの後ろから更に人がやってくるので人集りがどんどん大きくなっていく。

 近くにいた人達にこれはいったい何の騒ぎなのかと尋ねてみるが、どうにも人によって答えがバラバラで話が全く見えてこない。



「アンタ何も知らないで来たのか? なんでもこの図書館に隠し通路が見つかったらしいぞ。職員も知らなかったらしくて奥には物凄いお宝があるとかないとか」


「えっ? 俺はこの前のゴーレムを影で操っていた黒幕の隠れ家が見つかったって聞いたんだけど。ミラーノ設立時代からずっとこの街の地下に潜んでた古代人の生き残りだって」


「あら、あたしゃ老朽化でもろくなった床に穴が空いて子供が落ちちゃったって隣の奥さんから聞いたわよ?」


「旧シンクレル王家の埋蔵金が見つかったって場所はここか!?」


「みんなこっち来てるから何となく」



 どうやら色々な噂が飛び交っている上に更に尾ひれがついてしまっているらしく、この人集りもそれぞれ様々な噂を聞いてやってきたという事のようだ。。ならば直接図書館の人間に事情を聴こうと影次たちは意を決して図書館の前に群がる人集りの中へと飛び込んでいく。



「王立騎士団の者だ! 申し訳ないが通してくれないか!」



 図書館の前に集まっていた人たちも騎士団の制服姿のサトラの言葉に我に返り左右に避けて道を開け、ようやく人集りを越えてようやく図書館に辿り着いた影次たち。建物は王都の大図書館に比べればやや小さいが年季の入った煉瓦造りの外壁にはあちこちに蔦が生い茂っており、この図書館がどれだけ古くからこの街あるのかという歴史を感じさせる。



「マシロ? それに皆さんも」


「テネリフェ。あなたも来ていたんですか」



 中に入るとそこには丁度図書館の職員に事情を聴いている最中のテネリフェの姿があった。どうやら既に魔術師学院の調査隊はこの騒ぎを聞いていたようだ。

 図書館で見つかった隠し通路の話を街で耳にしたテネリフェはオケアノスゴーレムの事を他の仲間たちに任せこちらの件を調べにきていたと、やってきた影次たちに説明してくれた。


 現在一般人の立ち入りを禁止されているためテネリフェと影次たち以外はここの職員しかいない館内はマリノア邸の広間程の大きさで本棚を含めると通路を通る際人とすれ違うと少し狭く感じるくらいの、ありふれた街の図書館、といった具合だ。


 そんな館内の奥、丁度建物の端にあたる場所に例の隠し通路はあった。


 外された床板は近くの本棚に立てかけられており、その下に隠されていた階段が今も剥き出しになっている。木製の床とも煉瓦造りの外装とも違う石造りの階段は入り口から覗き込んでも果てが見えないほど深く続いており、ただの地下室といった規模では無いもっと大きな、下手をすればこの図書館より広い空間がこの先に存在するのが容易に想像出来る。



「これは……想像以上だな。どこまで続いているんだ、この階段は」


「いえ、問題なのはこの先なんです。急なので足元に気をつけて下さい」



 何の変哲もない街の古い図書館で発見された隠し階段。話を聞いて頭に思い浮かべていたものよりも遥かに深く下に続く実物を目の当たりにして驚いている影次たちをテネリフェが早速階段を降り問題の場所・・・・・へと案内する。

 階段自体は人一人分通るのがやっとといった狭さで明かりも無く、先頭を歩くテネリフェの照明魔法を頼りに足を滑らせないよう壁に手を付きながら慎重に降りていく一行。

 そしてしばらく階段を降り続け、ようやく広い場所へと出たところで影次たちは更に大きな驚きの声を上げたのだった。



「なっ……!?」


「うわぁ、これは凄いねぇ」



 階段と同じ石造りの壁と天井に囲まれた広大な空間。そこに何の法則性もなくずらりと並んでいるのは数えきれないほどの本棚と、そこに収められた無数の本の数々。

 天井にはシャンデリアのような巨大な魔石照明がぶら下がっており、地下深くにあるにも関わらずまるで昼間のように明るく、影次たちの目の前に広がる異様な光景・・・・・を照らし上げている。


 図書館の隠し階段の奥に隠されていたのは、地上の何倍もの規模の広大なもう一つの図書館だった。



「一体どれだけ広いんですか……情報都市パロマの地下水路と同じくらいか、それ以上あるんじゃないですか」


「ありゃ? ここにある本どれも中身真っ白だよ。あっちのも、こっちのも。何これ、ここにある本全部ただの飾りみたいだねぇ」


「待ってくれ、正面の棚に何か書かれて……。これは、古代文字か? エイジ、ちょっとこっちに来てくれないか!」


「どれどれ。これ、海底神殿にあったのとは違う言語みたいだな……。いや、でも何とか読めそうだ。えっと何々? 迷、奥……資料、隠す……駄目だ、文字が擦れていてこれ以上は読めない」



 階段を下りた正面にある本棚に刻まれていた文字から影次がかろうじて読み取れたのはごく僅かな断片的なものではあったが、その中に資料という言葉があった事に一同は一気に色めき立ち始める。



「まさか本当にここにゴーレムの手掛かりがあるのか……? いや、しかしこれだけの広大な地下図書館だ、奥に何が隠されていても不思議じゃないか」


「それもただの図書館では無いようですぞ。ご覧くだされ。どうにも変だと思っていましたが本棚の並びで通路になっておりますぞ」


「どれどれ? あ、本当だ。これじゃあまるで迷路だな。とりゃああ!! って、やっぱ駄目か……」



 ジャンの言う通り不規則に並んでいる本棚によって地下図書館の内部は迷路のようになっているようだ。試しに影次が思い切り本棚を蹴ってみたがびくともしない。余程がっちりと足元に固定されているのか、もしくは魔術的なものが掛けられているのかもしれない。



「いきなり棚を倒して一直線に進もうとしましたね。薄々思ってましたけどエイジって意外と短気ですよね……」


「まぁ、気持ちは分かるが何が起こるか分からないんだ、ここは慎重に行こうじゃないか」


「ごめん、つい。迷路とかハズルとかの類って昔から苦手なんだよ……」


〈警告。先のゴーレムとの戦闘で不調のまま強制使用した影響で現在探知機能が使用不能になっています。残念ですがズルは出来ませんのであしからず〉


(ズルって。アトラクションじゃないんだぞ)


〈棚の高さも天井のギリギリまであるので上に登ってルートを見るというズルも不可能です。あしからず〉


(『ルプス』お前本当に異世界こっち来てからどんどんおかしくなってないか?)



 どうやら奥に進むにはこの迷路となった図書館、言うなれば迷宮図書館を正攻法で攻略するしかないらしい。だが海底神殿にあったものと同じ古代文字がここにも記されていると言う事はこの迷宮図書館の奥に隠されている資料とはゴーレムに関係するものである可能性が濃厚だ。



「キヒヒッ、マーちゃんの思い付きで他に当ても無いから取り合えず駄目元で来たけど、思ってもない展開になってきたねぇ」


「何ですかトゲのある言い方ですね。いいんですよ? シャーペイだけ外で留守番していても。氷漬けにしておきますけど」


「それは留守番っていうのかなぁ!?」


「テネリフェ殿。学院はこの件についてどう対処するつもりでいるんだ?」



 毎度恒例のじゃれあい(?)を始めるマシロとシャーペイはさておいて、サトラはテネリフェに彼女たち魔術師学院がこの迷宮図書館に関してどのような対応をするつもりなのかと尋ねる。

 王都にある大図書館も管理、運営は魔術師学院の管轄なので本来ならばゴーレム同様こうしたケースは魔術師学院に任せるべきなのだろうが、流石に今はタイミングが悪かった。



「こちらに関しても我々学院が調査をしたいところなのですが……ここが発見されたのはついさっきの事ですし、間もなく到着する王都からの増援もゴーレムの運搬で手が離せないでしょうし……正直、少し困っているところです」


「今からまた人手を呼ぶにしても王都からミラーノじゃあ急いでも五日以上は掛かりますからね。ならテネリフェ、こちらは私たちに任せて貰えませんか?」


「そうだな。困った時はお互い様だ。私としても危険か安全かもわからないものが街の下にあるのを知って黙ってみている事は出来ないしな。もしまたゴーレムのような危険なものが眠っていたら大変だ」


「それは……確かに、あなた方に手伝って頂けるのならばこちらとしても心強いですが」



 魔術師学院序列十三位マシロ騎士団最強の剣士サトラ、助っ人としてもこれ以上心強い人員は無いだろう。

 それでもまだ僅かにマシロたちの申し出を受けるか否か逡巡している様子のテネリフェに駄目押しとばかりにジャンがシャーペイの背中を押し改めて紹介する。



「ご安心くだされ。こちらにはかの高名なアインリッヒ・セッター教授の一番弟子、魔法術式研究の専門家で魔法学者のシャム殿であらせられますぞ」


「あ、あのセッター教授の……? それは、何と言いますか……お気の毒様です」


「ちょ、ネズミ君! えっと、おじいちゃ……ゲフンッ! セッター教授の助手のシャムです。そしてこっちは古代文字翻訳家のエイジです」


「ちょ、おまっ」


「翻訳家? そう言えばさっきもここに書かれていた文字を……」


「そ、そう。そうなんですっ」



 ジャンやシャーペイの言葉を確認するようにチラリとテネリフェが視線を向けてきたので思わず頷くマシロ。するとテネリフェもマシロの言葉を聞いてあっさりと影次たちにこの迷宮図書館の調査を頼むのだった。



「……成程、マシロにサトラ様、それに専門家の方々もおられるのでしたら断わる理由はありません。むしろ私のほうから皆さんにここの調査をお願い致します」


(おい翻訳家とかどう考えても行き当たりばったりのでまかせなのにあっさり信じちゃったぞ)


(うーむ、ここまですんなり信じてしまわれると罪悪感がありますな)


(っていうかこの子マーちゃんの言う事ならなんでも信じちゃうんじゃない? どれだけマーちやん大好きなのさ)










「まさかこんな街の地下にあんなものがあるとはね……」



 ミラーノの図書館の地下に隠されていた迷宮図書館を発見した功労者(?)ウォルフラムとソマリだったが、職員が早急にゴーレムの調査に来ていたテネリフェたち魔術師学院の調査隊に連絡をしてしまったため、結局調べる暇も無く危険だからと外に出されてしまっていた。



「あぶないからってとしょかんもしまっちゃったなーウォッフー。せっかくみつけたのになー。でもなーこどもじゃしかたないもんなー」


「子供は君だけだろう! けど確かに、折角見つけたのに蚊帳の外に追いやられるのは気に食わないな……。あの地下図書館の奥に僕の研究に役立つものがあるかもしれないし。何とか隙を見て潜り込む事はできないか……」


「おー、またウォッフがずるいことたくらんでるなー。わるいかおしてるぞー」


「うるさいなっ! 今考えているんだから少し黙っていてくれないか!」



 あの奥に何があるのか、錬金術師であるウォルフラムも当然迷宮図書館には興味津々だ。ギルドカードを見せ自身の身分を証明すれば中に入れたかもしれないが図書館の職員が早々に街に来ていた魔術師学院の魔術師を呼んでしまったので今となってはその手段も難しくなってしまった。



「まったくタイミングが悪い。見つけた時に強引にでも入ってしまえばよかったか、いや何があるか分からないんだ、準備も無しに行くのは無謀だしね。それにしても忌々しいな、学園の連中め……」



 ウォルフラムが所属する錬金術師組合アルケミーギルドと魔術師学院は別に敵対関係という訳ではないがそれでもやはり鉢合わせれば大なり小なり縄張り争いのようなものはある。しかもこちらは組織としてではなく個人としてこの街に来ているのだ。調べさせてほしいと頼んだところで調査なら自分たちで行うので必要ない、と言われてしまえばそこまでだ。



「くそっ、せめて何か騒ぎの一つでも起きてくれたら、その隙に生じて潜り込む事も出来るかもしれないのに」


「おー、わるいことかんがえてるなぁーウォッフー。わるいこだぞー」


「だからボクは子供じゃないと何度……おっと」



 どうにかして迷宮図書館に入れないかと模索しながら歩いていたウォルフラムはろくに前を見ていなかったせいで通行人にぶつかってしまった。



「すみません、余所見をしてしまっていました」


「おー、ごめんなーにいちゃん。うちのウォッフがわるかったなー」


「大丈夫だよリトルレディ。弟思いのいいお姉ちゃんだね。あぁそっちの坊やも、気にしないでくれたまえ」



 ウォルフラムにぶつかった若者はそう言ってソマリの頭を優しく撫でるとひらひらと手を振って颯爽と去っていく。妙に芝居がかった言動だったが悪い人では無いようで良かった。



「随分芝居がかった人だったな。どこかの劇団の役者か何かかな?」


「おー、だめだぞウォッフー。ちゃんとまえみてあるけー。おねえちゃんはしんぱいだぞー」


「ちょっと待ってくれボクは傍からは君の弟に見られているのか!?」





 一方、ウォルフラムとぶつかった若者は街で聞いた噂話に興味を抱き、丁度ウォルフラムたちと入れ違いになる形で図書館へとやってきていた。

 既に図書館は封鎖されており、さっきまで群がっていた大量の野次馬たちもいなくなっている。入り口には立ち入り禁止の規制線が張られており、中には図書館の関係者か連絡を受けた魔術師学院の人間しか入れない状態になってしまっていた。



「街外れの古い図書館で発見された隠し通路の奥に眠る財宝……か。ふふ、ロマンだね。なんとも芸術的アーティスティックなシチュエーションじゃないか。まさに絶好の獲物ターゲットだ」



 古い図書館の中で偶然発見された隠し通路。その先には何でも誰も見たことがないような宝が隠されているというではないか。巨人像の話を聞いて観光都市ミラーノまでやってきたのは良いが肝心の巨人像は突然暴れだすわ勝手に壊れるわで到着して早々大変な目に合わされた。

 しかも当の巨人像、ゴーレムも何というか……ブサイクで趣味では無かった。



「どうやら遥々ミラーノまで来たのは無駄足にはならずに済みそうで安心したな。ふふふ……賑やかな街の下で人知れず幾年もの長い時の中秘められ続けていた伝説の財宝。やはり定番の宝石かな? いや旧時代に造られた彫刻や絵画という可能性もある。ああ、一体どんな素晴らしい芸術が眠っているのだろう!」



 出来る事なら今すぐにでも忍び込んで盗んでしまいたい、と逸る気持ちを抑え込む。そう、ただ盗むだけでは駄目なのだ。あくまで自分が決めたルールに乗っ取った上で盗んでこそ意味があるのだ。手段を選ばないなんていうのは野暮で無粋なそこらの盗人のする事だ。

 だが自分は違う。美学と美意識を何よりも重んじる誇り高き夜の住人。人々の目を欺き、優雅に獲物を貰い受ける闇の使徒。



「ハニーの昼食ランチを買ったらすぐに帰って予告場を作らないといけないな。ふふ、今から目に浮かぶよ、人々の羨望の眼差しと喝采の声を向けられながら颯爽と優雅に宝を手にする至高の怪盗の姿が……!」

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