束の間の休息×ゴーレムの手掛かり

 古代兵器ゴーレムオケアノスの脅威が去ってから早十日が過ぎ、観光都市ミラーノも元の活気を取り戻すどころか逞しくも今回の一件を集客の話題として利用し益々観光客を集め、ゴーレムの出現というセンセーショナルなニュースに惹かれて訪れた観光客を取り込んだミラーノの街は今や昼夜問わず一日中歓声が止まない程の賑わいとなっていた。


 そんな連日お祭り騒ぎが続くミラーノ街にて、当初の目的を果たした影次たちはと言うと、地元民、観光客問わず一般開放されているミラーノ南部の遊泳用海岸にて……。



「ジャン殿っ!」


「お任せくだされ。いきますぞ……とりゃあっ毛玉スパイクっ!」


「そうは行くかっ! マシロ頼む!」


「やっちゃってくださいエイジ!」


「くらえっ!」


「なんの毛玉ブロックですぞ!」


「んなっ!?」



 現在、白熱したビーチバレー対決を繰り広げている真っ最中だった。



「はーいネズミ君サトちゃんチーム、マッチポイントー。キヒヒ、エイジとマーちゃんチームはもう後が無いねぇ」


「くっ、サトラも手強いがジャンがとにかく強い……っ! 攻撃、防御どっちも全然隙が無いぞ」


「ふっふっふっ、これでも地元メイプリルでは球遊びのジャンとそれなりに名が通っておりましたからな。ちなみに私にはまだお見せしていない魔球があと七つありますぞ?」


「まったく頼もしい限りだなジャン殿。まさにビーチバレーの鬼といったところか」


「鬼じゃなくてネズミだよねぇ」


「エイジは何か無いんですか。ジャンさんみたいな必殺技の一つや二つは」


「無茶を言いなさんな」



古代兵器ゴーレムオケアノスの復活、海底神殿での魔人たちとの戦いから早一週間が過ぎ、サトラも今ではすっかり完全回復し、リハビリも兼ねて(という名目)浜辺でボール遊びに興じていた影次たちだった。



「キヒヒ、折角来たんだしそりゃみんなだって遊びたいもんねぇ」


「違いますぞシャーペイ殿。これはあくまで体が鈍らないよう鍛錬の一環なのですぞ」


「うん? そうだったのか?」



 サトラが完治したら街を発つ予定だった影次たちだったがゴーレムを持ち帰るためにテネリフェたちが王都から呼んだ増援が間もなく到着するらしく、今出立するとまるでゴーレム事件との関りを追求されるのを恐れて逃げた、と疑われかねないとテネリフェから進言された一行はミラーノにいた理由を「たまたまサトラが母親の顔を見に来ていた」ということにして説明するために滞在を伸ばしていたのだった。


 それとは別にサトラの母マリノアからもっとゆっくりしていってほしい、と懇願(ほぼ泣き落としだったが)されてしまったという理由もあったのだが……流石にこれは人様には言えない。



「まぁ確かに観光都市ミラーノに来る機会などそうありませんしね。……あの、あんまりこっちを見ないでください。どうせサトラ様やシャーペイみたいに見栄えのいい体じゃありませんから」


「えっ? 俺はただその水着よく似合っ……」


〈警告。あれは初等部から中等部の一般女子児童サイズのものです。この場合賛辞の言葉は逆効果かと〉


「ゴメンネ、メノヤリバニコマッテ」


「何ですかその白々しい演技はあなた元役者でしょう!?」


 活動停止したゴーレムは現在テネリフェたち魔術師学院の監視下に収められ、増援が到着次第ディプテス山の時ティターンと同様王都に搬送されるらしい。粉々になったティターンと違いほとんど原形を留めているオケアノスをミラーノここから大分距離のある王都までどうやって運ぶというのだろうか。



「確かにあのサイズですからね、学院が所有して……いえ、王都中の貨物車を総動員しても無理じゃないでしょうか。運搬するとしたら解体するしかないでしょうけど、それも難しそうですし」


「キヒヒッ、なんかこのままこの街の観光スポットになりそうだねぇ。海に聳え立つ巨人像! 客寄せにはもってこいじゃない?」


「海底神殿も跡形も無くなってしまったしな。『神の至宝』……『竜の牙』を手に入れられたのはただの偶然だったが魔族の手に落ちなかったのは本当に幸いだったな」



 海底神殿で手に入れた第二の『神の至宝』、黒竜ノースルツの『竜の牙』については色々と協力してくれたテネリフェには申し訳無いと思いつつも報告はしていなかった。何せドラゴンの秘宝だ、ある意味ゴーレムの発見よりも大騒ぎになってしまうかもしれない。


 ちなみに現在『竜の牙』は「ドラゴンの事はドラゴンに聞くのがよくない?」というシャーペイの発案でリザに預けている。彼女曰く話をつけるので時間をくださいとの事だが……気のせいか、リザが妙に不機嫌そうだったように見えたのは。



「ゴーレムは止めましたしたが、また手掛かりが途絶えてしまった事ですし、取り敢えずはリザ殿待ちですな」


「魔族にも逃げられちゃったしな……。手応えはあったけどあれで倒せたとは思えない」


「確かに。特に狂乱魔人に至っては不死身としか思えないタフさだったからな。いずれまた私たちの前に立ち塞がってくるかもしれないな」


「キヒヒッ、あの小賢しい後輩ノイズちゃんもしぶとく生き残ってるだろうしねぇ。で、これからどうするの?」


「リザさんが『竜の牙』から何か手掛かりになる話を聞けたらいいんですけど……。現状、行き詰ってしまいましたね」



 人目の少ない海岸の端にパラソルを立て砂浜に敷いたシートの上で今後の方針を話し合う影次たち。

激しい運動と強い日差しによって火照った体を蜜ラムネで冷ましている水着姿の五人組の姿は傍から見ればビーチバレーの休憩中にしか見えないが……いや、間違いでは無いのだが。



「なぁシャーペイ。魔族はゴーレムについて何か魔族しか知らない情報を持っているんじゃないか? このミラーノの事と言い、ディプテス山の時と言い、あいつらはゴーレムの在り処を事前に知っているような風だったぞ」


「どうだろうねぇ? 前にも言ったけどアタシは生物系担当だからゴーレムなんて専門外だしねぇ。それにアタシが魔族だからって魔族の事を何でも知ってるって訳じゃないよ。エイジやマーちゃんだって人間だからって人間の事全部分かる訳じゃないでしょ?」


「それは確かに仰る通りですけど、何でしょうね……あなたに正論を言われるとイラッとするのは」


「流石にそれは理不尽じゃないかなぁ!?」



 影次が何故唐突にゴーレムの在り処について尋ねたのだろうかと不思議に思ったサトラだったが、すぐに影次の意図に気付くと成程、と小さく頷き、同じく直ぐに察したジャンも潮風にへんにゃりとした髭を撫で付けながら同意する。



「つまりエイジは魔族の手掛かりとして、残り四機のゴーレムの所在を調べよう、というんだな?」


「ああ。奴らは明らかにゴーレムの在り処を知っていて行動しているように見えた。なら、俺たちが先に他のゴーレムの在り処を見付ければ先回りする事が出来るんじゃないかって思うんだ」


「妙案かもしれませんな。それに魔族もゴーレムを意のままに操る事は不可能な様子でしたし、今回のように人の大勢いる場所の傍で目覚めてしまう危険性もあります。魔族も勿論危険ですがゴーレムもまた魔族同様……いえ、それ以上の脅威になりかねませんな」


「確かに……。上手くいけば魔族に先手を打つ事ができ、同時に危険なゴーレムを事前に抑えられる。問題はゴーレムに関する情報をどう探すかだな」



 魔族の足取りを追い、あわよくば先回りするためにゴーレムについて調べる。だがその為にはまず肝心のゴーレムがどこにあるのかを調べなければならない。中々いいアイディアだと思ったのだが所在を掴むのが困難なのは魔族もゴーレムも結局大差が無く、影次たちがどうしたものかと唸っているとマシロが徐に手を挙げた。



「テネリフェが教えてくれたのですがこの観光都市ミラーノにも歴史ある図書館があるそうなんです。王都の大図書館に次ぐ大きさで古い文献も多く収められているらしくて、他に当ても無い訳ですし行ってみませんか? もしかしたら何か手掛かりが見つかるかもしれません」


「えー、古いって言ったって街にあるフツーの図書館でしょ? そんなところにゴーレムの手掛かりなんてあるかなぁ」


「魔術師学院があるからか王都の大図書館にある古い文献は魔法や術式に関するものが主なんです。一方ここミラーノの図書館には魔法関連以外の、例えば歴史書といった類のものがほとんどだそうです。……と、テネリフェが教えてくれました」


「そう言えば彼女は王都の大図書館で司書もしてるんだっけ」


「マーちゃんて人から聞いた事をさも自分の知識みたいに言う時あるよねぇ」



 あれはまだ影次がこちらの世界にやってきたばかりの頃、魔族と遭遇したダンジョンに描かれていた魔方陣を解析するために文献を求め王都を訪れ、その時に大図書館でマシロを応対したのがテネリフェだったのだ。

 その時は彼女から言われるまで同級生のテネリフェの事など完全に忘れていたのだが……。



「中には専門家も匙を投げた古文書も保管されているそうです。もしかしたら、エイジにならそういったものも読み解けるかもしれませんよ」


「どうかな。海底神殿の時は偶然だったかもしれないんだし、あんまり期待されても困るけど」


「何にせよ、行ってみる価値はありそうだな。早速屋敷に戻って支度を整えたらみんなで向かうとしよう」


「ですな。まずは潮風でゴワゴワになってしまった毛をなんとかしたいものですな」


「あはは、ネズミ君まるで針鼠獣人ツンツンチューボルトみたいになっちゃってるねぇ」









 影次たちがマリノア邸へ帰ろうとしていた頃、喧噪止まぬ観光地区から離れたミラーノ本島の北東に位置する山林地区にある古い図書館に影次たちと同じくゴーレムに関する記述を求めて二人の子供が……正確には子供のように小柄な青年と幼女が訪れていた。



「期待はしてなかったけど、やっぱりそれらしいものは見当たらないな……。もっと古い文献も調べたいけど古代言語は専門外だしなぁ……」


「なぁなぁウォッフー。ごーれむ? とかいうのはいいのかー? こんなところであそんでていいのかー? さぼりってやつかー」


「何度言ったら分かるんだソマリ。ボクの名前はウォッフじゃない、ウォルフラムだ。それに遊んでる訳でもない。遥々こんな大陸の端まで来たっていうのに肝心のゴーレムはもう破壊されてるし魔術師学院に確保されてるし……まったく魔族の奴らは何をやっていたんだ」


「おー、ウォッフいらいらしてるなー。いらいらはよくないぞー? おこってばっかりいるとおおきくなれないんだぞー」


「図書館では静かにしていてくれないかソマリ! あ、す、すみません……静かにします」



 連れの幼女を怒鳴りつけた自分自身が周囲の利用客からジロリと睨まれ思わず頭を下げる少年のような姿の青年。大人でも子供程の背丈と容姿が特徴の土亜人ドワーフであり、錬金術師組合アルケミーギルドに所属する錬金術師ウォルフラム。そして彼と行動を共にしているのは頭の上の獣耳をバンダナで隠した活発な男の子のような風体の幼女ソマリ。


 一見小さな子供二人組にしか見えない彼らではあるがウォルフラムは秘かに魔族と協力関係にあり、ソマリに至っては幼いながら魔人の一角である百獣魔人アビスキマイラの正体だ。



「三人も魔人が揃っていながらゴーレムの鹵獲を失敗するなんてね。思っていたより頼りにならない連中だよ。まぁ、ボクはボクの研究を進められるなら何でもいいんだけど」


「なぁなぁウォッフー、あたしおなかすいたぞー。たいくつだぞー」


「だから静かにしていてくれ。後でちゃんと食べさせてやるからもう少し我慢しててくれないか」


「えー、おなかすいたーたいくつだー。なぁなぁーウォッフーここつまんないぞー」



 ミラーノの街に訪れるのは9割方が観光目的であり、この歴史ある図書館も貴重な古い文献が多く取り揃えられているにも関わらず利用するのは一部の地元民だけだった。事実この広い館内にウォルフラムとソマリ以外にいる利用者は十人にも満たない。



「子供のような駄々を捏ねないでくれないか。って、実際子供なんだから仕方ないか……。まったく、それじゃあ先にどこかで食事をとってからまた調べ直すとしよう」



 本に一切興味のないソマリがすっかり飽きて我儘を言い始めたのでウォルフラムも観念してソマリの機嫌を直してから出直してこようとテーブルの上に積み上げられていた本の山を棚に戻し始める。ソマリはと言うと最初は手伝ってくれるような素振りを見せていたものの、読めもしない本をペラペラとめくって早くも遊び始めている。



「やれやれ、どうしてボクがこんな聞き分けのない子供の子守なんて……」



 不満を言っても仕方ないとは思っていても零さずにはいられないウォルフラム。傍目からは自身も子供のように見られるだろうがこれでも25歳の立派な成人男性だ。子供の面倒など見る暇があればその時間で少しでも研究を進めたいというのがウォルフラムの本心だ。



「どうしたウォッフー? おなかすいたのかー? しょーがないやつだなー」


「それは君の事だろう! あぁすみません失礼しました静かにします……」



 またも他の利用客たちに睨まれてしまい身を縮こませるウォルフラム。本当にどうして自分がこんな屈辱的な思いをしなければならないのだろうか。しかもソマリ当人は自分がウォルフラムの保護者だと思っている節がある。それがまた一層彼を苛立たせる要因になっていた。



(いけないいけない、冷静になれウォルフラム・セブンフォウ。相手は子供、理屈も理解できない幼稚な子供だ。いちいち腹を立てていても仕方がない。ここは大人として、落ち着いて心に余裕を持って……!?)


 苛立ちが募る気持ちを必死に鎮めようとしながら自分が棚から持ってきた本の数々を片付けていたウォルフラムだったが、不意に足元の何かに足を引っかけ盛大に転んでしまう。本で両手が塞がっていたので受け身も取れず思い切り頭を床に打ってしまい悶絶する姿をソマリが指をさして笑っている様子が涙で滲む視界の端に見える。

 あいつ、絶対あとで泣かす。



「あらあら、大丈夫? ほら痛くない痛くない。飴あるよ? 食べる?」


「お、泣かないのか。偉いぞボウズ強い子だな。飴ちゃん食べるかい?」


「お心遣いはありがたいんですがボクはこれでもれっきとした成人です! こら勝手に飴を貰うなソマリっ!」



 エルフほどでは無いが比較的珍しい土亜人ドワーフであるウォルフラムを見た目通り子供だと勘違いした周囲の利用客や司書が駆け寄ってくる。誤解される事など慣れてはいるが、慣れているからといって不愉快な事には変わりない。ちなみにソマリはまだ笑っている。

 あいつ、今日はおかわり無しにしてやる。


一体何に躓いたのかとずきずきと痛む後頭部を抑えながら振り返ると、床の一部が不自然に大きく窪んでしまっており段差が出来てしまっているのが見えた。一見床板がずれてしまっているだけかと思ったが、それにしてはどうにも不自然な窪み方だ。



「ごめんなさいね。この前向こうの海からゴーレムが出てきた時の揺れで床板の一部がずれちゃったみたいで。業者さんに直して貰おうとしたんだけど……」


「いや、これは……ちょ、ちょっといいですか?」



 ゴーレムが出現した際の振動によるものにしてはこの場所だけ、それも妙に綺麗にズレている。館内の壁際、本棚の端。あまり人が通らない場所なので司書もつい修繕を急がなかったのだろう。

 ウォルフラムが試しにずれた床板を押したり引いてみたりとしてみるとガタン、と音を立てて床板が丸々一枚外れ、その下からなんと石造りの階段が現れた。



「隠し通路? 何でこんなところに……」



 この発見が、ゴーレム騒動の興奮冷めやらぬ観光都市ミラーノをまた大きく騒がせる大事件の始まりになるとは、この時はまだ誰も知る由も無かった……。

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