サトラが守りたかったもの×影次が守れなかったもの

「あーあ、わざわざ遠路はるばるミラーノまで来てあんだけ苦労したってのに結局収穫無しなんてねぇ。つまんないよぅ」


「何を仰りますか、二つ目の『神の至宝』、『竜の牙』を手に入れましたし世界の脅威であるゴーレムの一機を破壊できたのはとても大きな成果ですぞ」


「だってさぁー? その『竜の牙』もアタシが調べようとしてもうんともすんとも反応しないし、ゴーレムだって雪山のやつと作りは一緒だったし。アタシ的には無駄足も同然だよぅ」


「今更も今更ですがつくづく貴女という人は自分勝手な方ですな」


「キヒヒ、ほんとに今更だねぇ。あとアタシは人じゃなくて魔族だよぅ」



 マリノア邸の客室でぐちぐちと不満を撒き散らし続けているシャーペイ。サトラが持ち帰ってきた『竜の牙』は持ち主と認められたサトラ以外には一切反応を見せないので調べる事が出来ず、破壊されたゴーレム、オケアノスはと言えばその残骸から判明したのはディプテス山で遭遇したゴーレム、ティターンと同一の構造、材質だったという事だけだった。



「どうかしましたか? シャーペイがまたしょうもない事を言ってるのなら氷漬けにしますけど」


「帰ってきて開口一番酷いよぅ!」


「なに、シャーペイ殿がいつものようにぐだぐだと喚いていただけですぞ」



 新発見も無く、ベッドの上で転がりながら積もり積もった不満の声を上げているシャーペイにジャンが呆れていると客室の扉が開き街から戻ってきたマシロが荷物をテーブルの上に置いてからジャンに尋ねる。



「ネズミ君もマーちゃんももうちょい優しくしてくれてもよくない? アタシ今回色々頑張ったんだよ? 溺れてたエイジとサトちゃん助けたの誰だと思ってるのさ!」


「お疲れ様です」


「うわあああんマーちゃんの意地悪ー! ちびっこー! ぺったんこー!」


「天に霜晶地に絶氷。無常の刹那に暇の夢を……」


「マシロ殿、魔術師学院の調査隊の方々とはどうなりましたですかな?」



 マシロに客室どころか屋敷丸ごと氷漬けにされる前に話題を変えようとするジャン。ゴーレムの調査結果は確かにテネリフェから受け取ったが、それとは別にマシロたちは調査隊に対して話をつけておかなければならない事がもう一つだけあった。

 そう、ゴーレムを倒した存在に関しての事だ。



「ゴーレムを倒したのは今まで通り正体不明の謎の黒い鎧という事で一応は納得して頂けました。まぁ納得……というより明らかに私たちが関係しているというのはバレているでしょうけど」



 テネリフェはマシロに対し今回の一件に関してマシロやサトラたちについては一切王都に報告しないと約束してくれたのだった。恐らくは噂の謎の黒い鎧影次とマシロたちが何かしら繋がりがあり、それがマシロにとってあまりおおやけにされたくないものだと察して配慮してくれたのだろう。


 全ては学生時代からの大ファンであるマシロの為なのだが、よもやテネリフェからそんな感情を向けられているなど露とも知らずにいるマシロはあまりに好意的なテネリフェに首を傾げてしまっている。



「もしやテネリフェも姉さんのようにもしもの時にエイジの事を利用しようと情報を隠そうとしているのでしょうか……。そう考えると王都には報告しないという彼女の言葉も不自然では……」


「多分そんな事は考えておらぬと思いますぞ」


「キヒヒッ、にぶちんさんだねぇマーちゃんも」








 ゴーレム、オケアノスとの戦いの後、数日間眠り続けていたサトラだったがようやくいつもの調子を取り戻しつつあった。



「うん、まだ少し気怠さはあるが問題は無いだろう」



 ベッドから起き上がり、汗で濡れた寝間着を脱ぎ体を拭うとベッドの傍に畳まれていた制服に着替える。完全に回復した訳では無いので指先に力が入らずボタンを締めるのに悪戦苦闘していると、ドアをノックする音と、聞き慣れた声が聞こえてきた。



「起きてるか? ボルゾイさんが昼食を作ってくれたんだけど食べられそうか?」


「あぁ、ありがとう入ってくれ。……っていや待ってやっぱりちょっと待っ」


「入るぞー」



 

 昼食を乗せたトレイを持った影次がドアを開けると胸元のボタンをまだ絞め切れずあられもないサトラの姿が視界に飛び込んできた。



「あ」


「す、すすすすまないがもう少しだけ待ってくれないか。というかちょっとあっち向いててくれ!」


「お、おう失礼しました」



 サトラが服装を整えている間言われた通り後ろを向いて待つ影次。だが丁度目の前に姿見が置かれており後ろを向いてもばっちり丸見えになってしまっており、慌てて薄目に……もとい目を閉じる。



「こほん、もう大丈夫だ。えっと、その……なんだ。出来れば忘れてくれるとありがたい……」


「いやいや俺も配慮が足りなくて悪かった。これ、サトラが起きたら食べさせてあげてくれってボルゾイさんが。サトラは昔からこれが大好きだからってさ」


「おお、ボルゾイさんお手製のミルク粥か! 懐かしいな、子供の頃から私が体調を崩した時はいつもこれを作ってくれたんだ。早速頂くとしよう。エイジ、君は昼食は?」


「俺たちはさっき外で適当に済ませたから気にしないでいいよ。数日眠ってた訳だし急いで食べたらお腹がびっくりするからゆっくりお食べ」


「そんな子供じゃあるまいし。では、いただきます」



 器にスプーンを入れた途端ふわりと甘いミルクの香りが部屋中に広がる。熱々のミルク粥をふぅふぅと息を吹きかけて冷ましながら少しずつ食べるサトラだったが、そんな自分をじっと見る影次の視線に段々と耐えきれなくなっていき、まだ食べ途中だったが一旦スプーンを置くと自分を凝視する影次へと向き直る。



「あまりそう食べている姿を見つめられるのは、流石に少し恥ずかしいんだが……」


「えっ? あ、ごめん。そういうつもりは無かったんだけど。ちょっと心配だったけどもう大丈夫そうだなって思って」


「そうか……それもそうか。二、三日ずっと目を覚まさなかったのだから心配をかけても当然か。すまなかった、でもこの通りもう大丈夫だ。まだ多少体の怠さは残っているが概ね問題はない。恐らく『竜の牙』と一体化した事による反動のようなものだったのだろう。ドラゴンの力を人の身で振るったんだ、この程度の負荷も不思議ではあるまい」



 ベッドの傍に立て掛けられていた剣の形となった黒竜ノースルツの『神の至宝』、『竜の牙』へと視線を移すサトラ。海底遺跡から持ち帰った『竜の牙』は結局サトラ以外には一切反応せず、丁度愛用していた剣も魔人との戦いで折れてしまったので代わりにこのドラゴンの宝を使わせて貰う事にしたのだ。

 ちなみに鞘はボルゾイさんが採寸ぴったりなものを一晩でこしらえてくれた。一体何者なんだろう……。



「今はまだこうして反動で倒れてしまったりもするが使いこなせるようになればきっと大きな戦力になる筈だ。これからは私もエイジの助けに……」


「なぁサトラ。お前が倒れたのって『竜の牙』じゃなくて俺のせいなんじゃないか?」



 影次の言葉に思わず言葉を詰まらせるサトラ。その反応を見てやっぱり、と影次も確信する。確かに『竜の牙』との一体化がサトラに大きな負担をかけたのは事実だったが、それ以上にサトラの体を蝕んだのは剣と化したサトラに流れ込んできた影次の、騎甲ライザーの力だ。



流体因子エネルギーブラッディフォースは俺みたいに適合する体質で尚且つ適合手術で因子を埋め込まれてようやく扱えるような代物だ。短時間とは言え普通の人にとっては猛毒でしかない筈だ」


「……参ったな。ここで誤魔化したり惚けたりしたら、君に怒られてしまうんだろうな」



 サトラも影次がこうして追及してくる事を予め予想していたのだろう。そして追及されたら正直に答えるとも最初から決めており、素直に首を縦に振った。

 騎甲ライザーの破壊エネルギー、流体因子エネルギーブラッディフォースは確かにサトラに凄まじい力を与え、オケアノスを破壊する事が出来た。だが代償としてその行き過ぎた力はサトラの体を内側から焼き尽くそうとするかのように彼女を蝕み、苦しませ、その結果倒れさせてしまった。



「言っておくが、君に謝られる理由は無いぞ? あの時はああしなければゴーレムを止める事など出来なかっただろうしな。むしろ……これも怒られてしまいそうだが、自分でも不謹慎とは思うのだが、初めて君と対等に肩を並べて共に戦う事が出来て嬉しかったんだ。だから、私は何一つ後悔はしていない。君には礼を言う理由はあれど謝罪を受ける理由は無いよ」


「……分かった。それじゃあごめん、じゃなくてありがとう、って言うべきだな。……サトラが力を貸してくれなかったら俺は今回何も出来なかった。サトラがいてくれたからこの街も街の人たちも守る事ができたんだ。助けてくれてありがとう、サトラ」


「何を言うんだ。私は騎士として果たすべき勤めを果たしたに過ぎない。それに街が救われたのはほとんどエイジ、君のお陰じゃあないか。本来ならば街を救った英雄として君は称賛を受けるべきなんだ」



 自分のせいでサトラを苦しめてしまったと謝りに来た影次は当のサトラに先手を取られてしまい、謝罪では無く感謝の言葉を告げ、サトラもまた影次のその言葉に街や母を守れたものとは別の、胸の奥が満たされていくような感覚を覚えながら観光都市ミラーノの救世主を街の誰一人として知らずにいる事にもどかしさを感じてしまう。



「いいんだよ別に。俺は正義の味方騎甲ライザーとして果たすべき勤めを果たしただけだしな」


「まったく君という人は……。まぁ、そんな君だから私も尊敬を……」

 


 そう言いかけてハッ、と何かを思い出したように慌てて口を紡ぐサトラ。怪訝そうな表情を浮かべる影次からそそくさと顔を背け今更ながら思い出してしまった事に、いや、気付いてしまった事・・・・・・・・・に急速に顔が熱くなっていくのが自分でも否応にも分かってしまう。



「どうした? ゃっぱりまだ調子が悪いのか?」


「い、いやっ! そ、そういう訳ではないんだ、そういう訳では」



-もっと心から信頼と尊敬を抱けるような人物がいてくれれば、私とて家庭に入るのも吝かでは無いんだがな-


-ああ、分かっている。私も君の事は心から信頼しているし尊敬しているよー



「ああああああああああああっ……!?」


「ど、どうした? 突然頭からシーツ被って丸まったりして……」


「き、気にしないでくれ! ただちょっと恥ずかしすぎる事を思い出してしまったというか今更自分が言った事の意味に気付いてしまったというか……うわあああああああっ!!」



 もう駄目だ。とてもじゃないが顔を合わせてなどいられない。思い返せばするほど顔が熱くなってくる。まるで流体因子エネルギーブラッディフォースが体の中に流れ込んで来た時のように、このまま火がついてしまうんじゃないかと思ってしまうくらいだ。



「本当にどうしたよ……。だ、大丈夫か?」


「気にしないで、気にしないでくれ……そ、そう! 魔族に見せられた夢の内容をふと思い出してしまってな!? そ、そうなんだ思い出してしまったんだ!」



 慌ててそう誤魔化すサトラだったが、それは完全に悪手。むしろ最悪の一手だった。

何せ幻影魔人ノイズの音魔法によって堕とされた夢の世界ではサトラと影次は……。



「ああああああどうして私はっ! どうして私はっ!!」


「サトラ、おいサトラ本当に大丈夫か!? 何かこう挙動不審だぞ!?」



 あぁ、もう本当に穴があったら入りたい。いっそもう数日こうしてシーツに包まって寝込んでいたい。一体いつから・・・・だったのだろう、今までずっと無自覚だったという事なのだろうか。まったく鈍いにも限度というものがあるだろう。元より女らしさというものには頓着してこなかったのだが、成程、これは致命的だ。



「一体どんな夢見せられてたんだ……」


「ほ、本当に、気にしないでくれ……。うん、多分明日には気持ちの整理が……いや、落ち着いていると思うから」


「そ、そうか? じゃあ今日も一日ゆっくり休んでてくれ。」


「そうだなお言葉に甘えてもう少しだけ養生させてもらおう!」


「……なぁ、本当に大丈夫か?」


〈警告。唐変木も大概にするべきかと〉


(藪から棒に何だよ!?)













(私……わたしは、今まで何をしてたんだっけ……)



 オケアノスの一件の後、戦いに敗れ何とか海岸に辿り着いた幻影魔人ノイズは他の魔人たちと合流し、かろうじて回収できたオケアノスの部品の一部をアッシュグレイに預けた後、突然頭の中を掻き毟るような痛みに襲われ意識を失い……



(私、確か……そう、公演が……。みんなと、先輩たちと舞台に……)



 否、今ここにいるのは幻影魔人ノイズではなく、魔人としての記憶を失い、自分がここにいるのかも、ここがどこなのかも、何も知らず当てもなく彷徨う一人の少女だった。



(えっと、確かみんなと今から本番だって舞台に上がって、劇が始まって……始まって、それから何があったんだっけ……)



 懸命に記憶の糸を手繰り寄せようとするが、どうにも頭の中がぼんやりとしていて上手く思い出せない。自分が仲間たちと一緒に舞台に上がったところまでは薄っすらと思い出してきたのだが、何故かそこから先が思い出せない。何かとても大事な事が、大変な事が起きた気がするのに、それが何なのか、どうしても思い出せない。



(ここ……どこなの? みんなどこにいったの? お姉ちゃん、みんな、先輩……)



 気が付けば全く見覚えのない地に一人放り出されてしまった少女は必死に見知った顔を探そうとふらふらとおぼつかない足取りで海岸を歩き続ける。

 一体ここはどこなのだろう? 日本……ではないような気がする。空に月が三つあるように見えるのは気のせいだろうか。海の中にある巨大なロボットのようなものは一体何なんだろう。



「どこ……? みんなどこにいるの……? やだよ、私だけ一人にしないでよ……、お姉ちゃん、おねえちゃん……」



 彼女・・が意識を取り戻してから既に数日。見知らぬ土地でかろうじて動けるようになったのも今日になって初めての事だ。だがこの数日間何も口にしていない彼女の体は既に限界に達しており、この海岸の先に見える街まで辿り着くまでの体力も気力も残ってはいなかった。


 再び薄れゆく意識の中で脳裏に浮かんでは消えていく、仲間たちとの思い出。劇団の仲間たちと共に汗を流した日々、大好きな姉の優しい笑顔、そして本当はずっと前から、姉と付き合い始める前から密かに好きだった、あの人の顔……。



「あいたいよ……せんぱい……影次、せん、ぱい……」



 力無く伸ばしたその手の先に、まさにその相手がいる事など知る由も無く意識を失い、糸の切れた人形のように倒れそうだった彼女の体を慌てて駆け付けた人物が咄嗟に手を伸ばし抱き留める。



「おぉっと! ふぅ危ない危ない……。お怪我はありませんかレディ?」


「……だ、れ……?」


「名乗る程のものではありません。ですがもし麗しい女性レディの心の片隅に僕の名前を刻んで頂けるのだとしたら……ってお嬢さん? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!? もしもーし!」

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