竜牙流星×幻影の向こう側

「きゃあっ!!」


「むぐっ……!」



 ゴーレムの出現により、普段ならば一年中海岸を賑わせている地元の商人や観光客も逃げ去った無人のミラーノ東部海岸。着々と街に迫るゴーレムを少しでも足止めしようとやってきたマシロとジャンだったが到着したのと同時にゴーレムが放った熱線の余波で生じた凄まじい熱風に煽られてしまう。

 ゴーレムの眼球から放たれた熱線は射線上の海面を蒸発させ、まるで海が両断されたかのようなも、途方もない光景が二人の目に飛び込んできた。



「う、海を割るなんて……。海に向かって撃たれたから良かったですが、もしあんなものを街に向けて撃たれていたらと考えるとぞっとしますね……」


「いやはや、勇んで来ましたがあれほどの怪物、ちと手に余りますな。我々にはもはや武運を祈る事しか出来ませんな」



 幸いなのは動き出したとは言えまだ本調子ではないのか、ゴーレムの動きは鈍重だという事だろうか。今のところ先程のような熱線も第二射が来る気配はない。とは言え、本格的に動き始めてしまえばその瞬間、この観光都市ミラーノは終わりを迎える事になるだろうが……。



「せめてエイジと合流出来ればまたあの巨人を呼んで戦えるかもしれないのに」


「致し方ありますまい。もはや一刻を争う事態、下手にゴーレムの足元をちょろちょろすればエイジ殿らの足を引っ張ってしまいかねませんからな」


「分かってます。……お願いします、エイジ、サトラ様……」



 巨大な古代兵器ゴーレム目の前に何もできない無力さを悔やみながら、ゴーレムの肩の上に立っている黒い人影に、騎甲ライザーに託すマシロ。サトラらしき姿が見えないのが不安だったが、影次が一緒なのだからきっと大丈夫なのだろうと信じるマシロ。


 まさか、今騎甲ライザー影次が振り回している大剣がサトラ当人などとは、流石に夢にも思わなかったのだった。










「ライザースパイク!」



 古代兵器ゴーレムオケアノスの肩の上、発射された熱線を寸でのところで空高く跳躍し躱したファングはお返しとばかりに空中からオケアノスの頭部目掛けて渾身の力を込めた飛び蹴りを叩き込む。

 だが頑強なゴーレムの装甲は魔族をも吹き飛ばす威力のファングのキックでも僅かに凹みが出来た程度のダメージしか与えられず宙を舞うファングを叩き落とそうと長い異形の腕が振り回される。



「くそっ……やっぱり破壊力が全然足りないな」


「なぁエイジ。ディプテス山の時のように『神の至宝』の力であのダイライザーとかいう巨人を呼べないのか? 今なら『神の至宝』は二つあるんだぞ」


〈回答。前回の騎甲巨神顕現は建造物に変化する・・・・・・・・という『神の至宝』、『竜の宮殿』の特性とマシロ・ビションフリーゼによるドラゴンの魔力と流体因子エネルギーブラッディフォース変換コンバートが可能だったという状況だったので実現可能となった極めて稀有な例です。現状とは状況が異なり必要条件が満たされておらず不可能かと〉



 ファングの代わりにサポートAIである『ルプス』が答える。どうでもいいがサトラの姿が姿だけに傍目にはブレスレットと剣が会話しているようにしか見えない。場違いだとは思いつつもシュールな光景だな、と思わず心の中で呟くファング。



「すまない、つまりはどういう事なんだ?」


「マシロがいてくれればもしかしたら出来るかもしれないってさ。けど、とてもじゃないが……そんな暇は無さそうだなっ、と!」



 肩の上の小虫を叩き潰そうとオケアノスが長い腕を自分の肩に振り下ろす。ファングは跳躍してそれを回避すると今度は振り下ろされた方の腕に着地し、『竜の牙サトラ』を振るいオケアノスの頭部を斬り付ける。だが『竜の牙』の一撃でもオケアノスの装甲には僅かな引っ掻き傷を作るだけで歯が立たない。いや、刃が立たないというべきか。



「くっ、剣でも駄目か」


「『ルプス』、感度最大でゴーレムの内部をスキャンしろ! 少しでも装甲が弱い部分、弱点になりそうな部分を探せ!」


〈しかし、現在探知機能は従来の〉


「今すぐにでもコイツを止めなきゃ街が危険なんだ! 俺の体はどうなってもいい、無茶の一つ二つくらいやらないでどうする」


〈了解。ライザースキャナー、発動〉



 ファングの左手首の『ファングブレス』から奔る光がオケアノスの外装をなぞり、内部構造の情報を読み取っていく。『ルプス』のいう通り前回の騎甲巨神ダイライザー起動の反動で不調が続いている探知機能を無理矢理動かす負荷が激痛となってファング影次に襲い掛かる。



「ぐっ……!」


「え、エイジ? 大丈夫なのか」


「あぁ、問題ない。もう少し、もう少しで……」


該当ヒット。動力中枢を発見。胴体と一体化している頭部部分、熱線レーザーを発射した眼球メインカメラの奥です〉



 『ルプス』が見つけ出したオケアノスの弱点。それは今し方海をも切り裂く熱線を発射した眼球部分の更に奥だという。幸か不幸かオケアノスの目は真っすぐにファングたちへと向けられており、その眼に再び光が収束し始める。



「エイジ、またさっきの熱線が来るぞ!」


〈攻撃の為にエネルギーをチャージしている今が最も防御力が低下しています。ただし現状のエネルギー残量ではバニシングブレイクでも出力が不足しています〉



 眼光を強め発射体制に入るオケアノス。弱点を突くなら今が絶好の機会なのだが、肝心の破壊力が足りない。だが今を逃せばもうチャンスは無い。ファングは意を決して『竜の牙』と一体化し剣となっているサトラに尋ねる。



「一か八か、かなり分の悪い賭けだけど……頼めるか?」


「何を今さら、水臭い事を言わないでくれ。私はとっくに君に命を預けているぞ。それに大勢の人々を守る為だ。命の張りどころとしては、これ以上ない舞台だ」


「あぁ、絶対に守るぞ……!」



 オケアノスの眼光が更に強く、激しく輝きを増していく。まさに今発射されるという瞬間、ファングは『ライザーブレス』のボタンを押しながらオケアノスの頭部へ、胴体に埋もれた目玉へと駆ける。肩部を足場に活性化した流体因子エネルギーブラッディフォースが全身を激しく巡り、その全てが右足へと収束していき赤く光り輝く。

 右手に持っていた『竜の牙』を熱線のチャージをしているオケアノスの眼球目掛けて投げ付けるファング。力強く踏み込み、跳躍すると灼熱真紅に染まる右足を突き出し、投げた『竜の牙』を追って黒い流星と化したファングもまたオケアノス目掛けて飛び込んでいく。



「トリャアーーーーーッ!!」



 オケアノスが熱線をファングたちに向け放とうとしたまさにその時、ゴーレムの単眼に『竜の牙』のが突き刺さる。それは本当にごく僅かな、切っ先がほんの少し刺さった程度のものだったが、それを追いかけてファングの飛び蹴りが『竜の牙』の柄頭を蹴り込み、オケアノスの眼球にファングのキックによって押し込まれた『竜の牙』が深々と食い込まれる。



「うおおおおおおおおおおおっ!!」


「はぁあああああああああっ!!」



 サトラは全身全霊で『竜の牙』に宿る黒竜ノースルツの力をオケアノスに流し込み少しでも機能を低下させようと抑え込もうとしながら、同時に伝わってくる紅蓮となった流体因子エネルギーブラッディフォースに魔力を合わせていく。

 マシロが異なる二つの力を混ぜ合わせる・・・・・・のに対し、サトラはドラゴンの魔力を加え足す・・・・事でファングの力を後押しする。


 黒い流星と化したファングはオケアノスの頑強な装甲を撃ち砕きながら『竜の牙』を押し込み続けていく。次第に右足を真紅に染めている炎が『竜の牙』をも包み込み、次第に炎は竜の頭の形となっていき、黒い流星は灼熱の炎を吐きながらゴーレムを食い破る一匹の魔竜と化す。



「「ドラゴンファングスパート!!」」



 二人の声が、力が、そして心が重なり合い、オケアノスを突き破る。胴体と一体化していた頭部にぽっかりと大きな風穴が出来上がり、熱線を放たんとしていた眼球も、その奥にあった動力中枢も、跡形も無くなってしまっていた。

 頭部と内部にあった心臓部を破壊されたオケアノスは振り上げていた両腕をダラリと海の上に落とし、激しく立ち上がる水柱の飛沫を撒き散らしながらそのまま完全に沈黙したのだった……。



〈対象、活動反応消失しました〉


「ハァ、ハァ、やった、みたいだな……」


「あぁ、そのよう……ひゃんっ!?」



 さっきまでの凛々しさはどこへやら、可愛らしい声を上げて『竜の牙』の宝玉部分から一体化していたサトラがスポンッ、と放り出される。それと同時に大剣となっていた『竜の牙』自体も元の形へと戻る。

 同じく影次も活動限界時間で変身が解けてしまっている。本当にギリギリの勝利だった。



「びっくりした……でもよかった、もしずっと剣のままだったらという不安も無くはなかったからな。騎士は民を守る剣だとは確かに言ったが、だからと言って本当に剣になってしまっても困るからな」


「はは、そりゃそうだ」


「それで、だ。エイジ」


「うん?」


「私たち……これからどうすればいいと思う?」



 巨大ゴーレム、オケアノスを完全沈黙させる事に成功した影次とサトラだったが、オケアノスの頭を突き破った二人はつまり今、巨大ゴーレムの背丈と同じ高さで宙に放り出されている事となっており……。


 端的に言えば、数十mの高さから海に向かって落下している真っ最中だった。



「り、竜の牙! 竜の牙よ! ドラゴンの力で飛べたりしないか? なぁ返事をしてくれ……っ!」


「いまかいドゲンすっとなー……」


「エイジもエネルギー切れかっ!?」



 十数秒後、物言わぬオブジェと化し海に立つオケアノスの足元でぼちゃん、と二つの小さな水柱が上がったのだった……。











「おーい、生きてるかー? もしもーし」



 ミラーノ海岸の端、破壊され沈黙したオケアノスからやや離れたところにボロボロの姿になって打ち上げられたナイトステークを全身を包帯に包んだ異形の怪人、死霊魔人アッシュグレイが見下ろしていた。



「……死ぬかと思った。死ぬかと」


「いや普通死ぬんだけどなぁ。てかお前どうしたら死ぬんだよ」


「あぁ、最高だった……。ただ欲を言うなら斬られるより刺される方が嬉しかったんだけどな。欲を言うなら」


「知らねぇよお前の変態性癖なんざ。で、ノイズはどうした?」



 海岸端の断崖から戦闘の一部始終を文字通り高みの見物と決め込んでいたアッシュグレイは周囲を見回し、ナイトステークと同様影次とサトラに敗れ海に落ちた筈のノイズの姿を探すが、どこにもその姿は見当たらない。



「あらら、あいつはお前みたく不死身って訳じゃないし、やられちまったかな?」


「残念でしたね。ちゃんとこの通り生きていますよ」



 空中に突如黒い穴が開き、その中からナイトステークに負けず劣らずボロボロの姿のノイズが浜辺に降り立つ。その両手にゴーレムの破片らしきものを抱えている事に気付いたアッシュグレイが尋ねる。



「なんだそのガラクタ。ゴーレムの部品みてぇだけど、わざわざそんなもん持ってきてどうするんだよ」


「ガラクタだなんてとんでもない。これはオケアノスの動力中枢の一部です。転移魔法が後少し遅れていたら危なかったですが、何とか少しだけでも回収出来ました」


「おいおい……お前まさかゴーレムが破壊される瞬間にそれを回収するために転移してたのかよ。生きて帰ってきたのが奇跡みたいなもんだろ、それ」


「えぇ……。狂乱魔人の言葉を借りるなら、死ぬかと思いました」


「いや普通は死ぬっつーの。お前も、ステークも」



 本当ならばオケアノス自体を鹵獲出来れば最良だったが、何せ相手は旧時代に大陸全土で破壊の限りを尽くした古代兵器ゴーレムだ。魔族側も当然何事もなく無傷で手に入れられるとは思っていなかったが……まさか破壊されてしまうとは、流石に想定外にも程がある。



「騎甲ライザー、つくづく邪魔な存在だな。あいつさえいなきゃゴーレムだって手に入ってたかもしれないのによ。ま、この街は間違いなく瓦礫の山になってただろうけどな」


「邪魔者と言いながら愉しそうにしか見えませんよ死霊魔人。我々は創造主様マスターの命で動いているのです。あなたやも狂乱魔人も、努々己の享楽にかまけて自身の使命を忘れないよう努めなさい」


「よりにもよってあいつと同類扱いかよ……それを言うならノイズ、お前だって随分楽しそうだったじゃねぇか。らしくもない」



 アッシュグレイは未だ起き上がれず仰向けに倒れたまま、それでも満足そうに悦に浸っているナイトステークを一瞥し、たっぷりと皮肉を込めてノイズに言い返す。起動したオケアノスの肩の上で落ち着き払った普段の言動とはまるで別人のように荒ぶっていたノイズの様子も、勿論しっかりと目撃していたからだ。



「どうやらオケアノス……いえ、もしかしたらゴーレム全機に共通する事かもしれませんが、どうやら自機の周囲にいる生物の闘争本能のようなものを激しく刺激するようですね。私とした事が、完全にゴーレムの影響を受けて破壊衝動に支配されてしまっていました」


「ゴーレムそのものだけじゃなくて、その傍にいるだけでさっきのノイズみたいになっちまうってのか? ったく、本当にとんでもねぇな……。待てよ、ならもしかして大昔の戦争ってのも、もしかして」


「ええ、ゴーレムの破壊衝動に当てられた者たちによるもの、の可能性が高いですね。真偽がどうあれ興味はありませんが」


「そんなヤバいオモチャを、一体我らがマスターは一体何に使うつもりなんだかなぁ。世界中で大戦争でも引き起こすつもりかね。ま、それはそれで面白いことになりそうだけどよ」


創造主様マスターには創造主様マスターの、私たちには及びもつかない御考えがあるのでしょう。余計な事を考えず我々魔人はあの御方の手足となり従っていればいいのです」


「へいへい。んじゃそろそろ帰るか。このガラクタも持ってかなきゃならねぇんだし。おい、いつまで寝転がってニヤニヤしてんだステーク! 起きろこら!」



 ノイズが回収したオケアノスの動力中枢の部品を受け取ったアッシュグレイは転がったまま斬られた余韻を反芻し愉悦に浸っているナイトステークを叩き起こす。

 ゴーレム、オケアノスは破壊され回収できたのは部品のごく一部分。『神の至宝』も騎甲ライザーたちの手に渡り、その騎甲ライザーを始末する事も出来なかった。



(やはり最大の障害となるのはあの騎甲ライザーの存在ですね……。まさか私の幻術から自力で抜け出すとは)



 アッシュグレイたちは既に浜辺から去っており、一人残されたノイズも創造主様マスターからの命を満足に遂行出来なかった口惜しさを噛みしめながら影次たちに見つかる前に立ち去ろうとする。



「……っ!?」



 海岸から離れようと歩き出した途端、ノイズの頭に刺すような激しい痛みが走り思わずその場で膝をついてしまう。ゴーレムの破壊衝動に当てられた副作用か、先程の戦闘のダメージによるものか、心当たりは思い浮かぶが激しい痛みにそしもの魔族であるノイズも思考がままならない。



「くっ……! ぐ、ぅっ……!」



 頭が、割れるように痛む。それは『竜の牙』に斬られた傷よりも激しく、ゴーレムから流れ込んでくる破壊衝動よりも深く、ノイズの頭を掻き乱し、苦しませる。



「な、なんですか……これは……っ」



-……ねえ……ん…ー



「ぐうぅっ……! だ、れ……ですか、私の、頭の、なか、に……っ!」



-……せ……いー



「知らない……私は、こんな記憶、知らない……!」



 思考を引き裂くような激痛に魔人であるノイズが悶絶する。脳が焼き切れそうになるような痛みの中で、浮かんでは消える覚えのない光景、人物たち。自分の知らない、誰かの記憶。



「わ、わた、しは……創造主様マスターの、忠実な……ああ、ああああああああああああぁっ!?」



 あまりの痛みに絶叫を上げるノイズ。その拍子に頭から被っていたフードがぱさり、と浜辺に落ち、同時に幻影魔人としての姿が維持出来なくなったノイズが、魔人の姿から人の姿・・・となり、薄れゆく意識の中ゆっくりと倒れていく。



「……せ、ん……ぱ……い……」



 誰の耳にも届かない声での名前を呟き、そのまま意識を手放してしまい、ゴーレムの脅威が去り束の間の静寂に包まれる海岸に人知れず取り残された一人の少女。



 そこにいたのは幻影魔人ではなく、影次も良く知る人物。かつて同じ劇団にいた仲間。


 紅坂夕陽こうさかゆうひの姿だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る