海上の決戦×決意、刃と成って

  サトラを抱きかかえ海中から勢いよく飛び出した騎甲ライザーファング影次はゴーレム、オケアノスの長い腕の上へと着地しゴーレムの肩に立っている幻影魔人ノイズと対峙する。



「どうやって私の術から……。あなたは完全に夢の世界に堕ちていた筈です、それをどうやって……」


「お陰様でいい夢見れたよ。って言いたいところだが……随分悪趣味な事してくれるじゃねぇか」


「馬鹿な、まさか自力で……?」



 腕の中に抱き上げていたサトラをゴーレムの腕の上を足場に下ろすファング。全身を血管のように走る真紅の流体因子エネルギーブラッディフォースラインから収まりきらないエネルギーが炎の如く噴出し、ファングの体を文字通り燃え上がらせる。

 流体因子エネルギーブラッディフォースは保有者の精神状態にその出力を大きく左右される特性がある。つまりこの炎は影次がまさに今燃え上がらせている怒りの炎という事に他ならない。


 大切な仲間たちとの思い出を、そしてその死を汚し、踏み躙ったノイズに対する怒り。それは味方であるサトラでさえも、傍にいるだけで足が竦むような殺気だった。


 ファングはノイズを睨み付けながら隣のサトラに『竜の牙』でゴーレムを封印することは出来ないかと尋ねる。ノイズに凄まじい殺気を向けながらサトラに向ける声はあくまで普段通りの落ち着いたもので、サトラは何とも言えない違和感を覚えながらも首を横に振った。



「あのゴーレム、オケアノスを封印したのは黒竜ノースルツ自身の力であってこの『竜の牙』はあくまで封印の維持をしていただけらしい。ただ、再度封印することは出来なくてもゴーレムの力をある程度抑え込む事は出来る、と言っている」



 『竜の牙』は完全にサトラを主と認めたらしく、その声はサトラにしか聞こえない。今度はサトラがファングに以前ゴーレムを倒した時のように巨人を呼び出す事は出来ないかと尋ねるが、ファングも同じように首を横に振った。



「あの時はお姉さんの魔力を吸収したマシロの大量の魔力があったから出来たんだ。とてもじゃないがエネルギーが足りない」


〈十分なエネルギーがあったとしても前回の騎甲巨神の使用による負荷は未だ完全に修復出来ていません。今の状態で再び使用した場合、最悪システムそのものに深刻な破損が生じてしまう可能性が……〉


(『ルプス』、ステイ。どんなリスクがあったとしても、いざという時は迷わず使うからな)


「と、なると……ゴーレムを止めるにしても破壊するにしても、鍵はやはりこれ・・、という訳だな」



 手に持っている剣、『竜の牙』を構えるサトラ。ファングも既にエネルギー残量は半分も無く活動時間もそう長くはない。とは言え今からマシロと合流してエネルギーを補充してもらう猶予は無いだろう。ゴーレムは既に動き始めてしまっているのだから。



「なんとか私がゴーレムを抑え込む。その隙にエイジが破壊してくれ。もう、それしか手は無いだろう」


「ああ、けどその前に……」



 ゴーレムの肩に立つフードを目深に被った幻影魔人ノイズが弦楽器リュートを構える。そして更に……。



「流石に今度こそ死んだと思ったよ今度こそ! あぁ、だがそれも悪くなかったかもしれない。いやいや駄目だ、俺はまだまだ刺したい、色んなものを刺したい! なぁそうだろう? なぁ!」



 海中から飛び出してきた狂乱魔人ナイトステークがファングとサトラ同様ゴーレムの腕に降り立つ。腹にはサトラに貫かれた穴が二つも空いたままだというのに、まるで意に介さず一人盛り上がっている。

 二人の魔人に挟まれ、しかも足場になっているのは街に迫ろうとしている古代兵器ゴーレム



「まずは魔人たちをどうにかしないとだな。……いけるか? サトラ」


「ああ、相手は二人、こちらも二人。条件は同じだ」



 ファングとサトラが背中合わせにそれぞれ幻影魔人ノイズと、狂乱魔人ナイトステークと睨み合う。四人の足場となっている古代兵器ゴーレムオケアノスがその巨体を揺るがし、目の前の観光都市ミラーノへと歩き始めたのを合図に、四者四様に戦闘が開始される。



「お楽しみはまだまだこれからだろ騎甲ライザー! 騎士の姉さん! さぁ思う存分刺して刺して刺して刺して刺されて刺して! 存分に盛り上がろうじゃないか存分に!」


「お前の悪趣味に付き合う気は無ぇよ」



 真っ先に仕掛けたのはナイトステーク。槍を手の平で器用に回転させながらファングとサトラ両方に向けて穂先を突き出す。だがファングがそれを両手で白羽取りの形で受け止め、そのまま槍を掴みナイトステークをゴーレムの頭上まで高々と放り投げ、それを追いかけるようにファングもまた空高く跳躍する。

 一方のサトラもゴーレムの腕の上を駆け上がりノイズへと迫る。当然弦楽器リュートを鳴らし音魔法を放ち迎撃するノイズだが、サトラは魔剣『竜の牙』を振るい斬り払う。



剣雨シュヴェルト・レーゲン!」


「ライザー昇竜スパイク!」



 サトラが繰り出す目にも止まらぬ刺突の連撃。金色に輝く『竜の牙』が描く剣閃はまさに黄金の雨となりノイズに襲い掛かる。

 一方空中に放り投げたナイトステークを追ってジャンプしたファングは空中で姿勢を反転させ跳躍の勢いを乗せた蹴りをナイトステークの胴体に叩き込む。



「くっ……、本当に厄介な剣ですね……」


「ゲホッ、ゲホッ! 痛た……どうせならもっとキレよくグサッと来てくれよ! 殴る蹴るは趣味じゃないんだ趣味じゃあ!」



 サトラの連撃に怯み後退するノイズの足元にファングに蹴り飛ばされたナイトステークが落ちてきた。どちらもダメージはあるようだが決定打とまではいっていない様子だ。特にナイトステークは二度腹を刺し貫かれている筈なのだが……。



(こいつらに手間取ってる暇は無いっていうのに……。かと言って必殺技バニシングブレイクを使えばゴーレムを破壊するだけのエネルギーが残るかどうか……)


「エイジ、大丈夫か」


「問題ない。サトラの方こそ平気か?」


「ああ、この剣のお陰なのかどんどん力が漲ってくるような感覚だ。それに私の後ろには守るべき数多の人民がいるんだ、無茶無謀の一つや二つ今ここでしないでどうする」



 相手は文字通り人知を超えた怪物である魔族、それでも今のサトラは全く負ける気がしなかった。


 騎士として街を、大勢の人々を守るという使命感。今までのサトラは良くも悪くも己の思い描く騎士としての理想の姿であろうという傾向があった。それは確かに高潔な、立派な騎士としての心構えではあるが同時にあくまで理想は理想、具体的な構想ビジョンの無いあやふやな夢に過ぎないとも言える。


 だが、今ここには確かに守らなければならないものがある。例えどれほど強大な敵であろうと、決して退く事の出来ない理由がある。

 先の『神の至宝』からの問い掛け、ノイズに見せられた騎士にならなかった自分の姿、そして騎士として決して負けられない、この戦い。

 義務感と使命感だけではない、その心の真の芯に確かな決意と覚悟を宿したサトラ。今この瞬間、本当の意味で彼女は己が思い描く本物の騎士になったと言えよう。



「貫けるものなら貫いてみるがいい。惑わせるものなら惑わせてみるがいい。我が名は王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパード! 王国の民を守る盾にして悪を討つ剣!」



 それはさながら戦場に響く気勢の向上ウォークライ。空から注ぐ陽光を反射し眩く掲げられた金色の剣とたなびく金髪。太陽に照らされ燦然と輝く海原を背に、瞳に揺るぎない信念を宿し凛と立つサトラの姿はまるで戦場に舞い降りた戦女神のようだ。ファング影次もこんな状況で無ければ思わず目を奪われていただろう。



(成程……。誰だか知らないけど騎士姫ヴァルキュリアとは、粋な異名をつけたもんだ)


創造主様マスター実験台モルモットに過ぎない分際で、随分と調子に乗ってくれる……。破壊してやる、何もかも全て、破壊して滅ぼしてやる……」


「ハッハッ! いい啖呵だ、震えたよ。あぁ本当にいい……。どっちも刺し応えがあり過ぎていい、本当に。堪らない、堪らない……ああぁ刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい……」



 再び睨みあう四人。だがこうしている間にもどんどんゴーレムは街へと迫っており、もはや一刻の猶予もない。

 幻影魔人ノイズが弦に手を掛け、狂乱魔人ナイトステークが槍を構え、二体の魔人へと駆け出すファングとサトラ。ファングは両の拳に紅蓮の炎を纏わせ、そしてサトラは光り輝く魔剣『竜の牙』を振りかざす。どこまでも輝きを増し続ける金色の剣から放たれる光はサトラを、ファングを、そして魔人たちをも飲み込んでいく。


 目も開けていられない程の光の中、『竜の牙』を持つサトラ自身の体までもが光り出し輝きの中にその姿が溶けていき……。そしてそのまま、『竜の牙』だけを残してサトラの姿が跡形も無く消滅してしまった。



「なっ……!? サトラ、サトラっ!!」


「おいおいそれはないだろう!? あの女騎士はこれから思う存分串刺しにするところだったんだぞ!? 思う存分!」



 光となったサトラを吸い込み、持ち手を喪失した『竜の牙』がカラン、と乾いた音を立ててゴーレムの腕の上に落ちる。突然の出来事に臨戦態勢だったファングも、そして魔人たちも何が起きたのか理解できずにいた。



「お、おいサトラ!! どこだ、どこに行ったんだ、一体何が起きたんだよ!? 頼むから返事をしてくれサトラ!!」



 たった今まで隣にいたサトラが突然消滅した事に、それまでの魔族への怒りも忘れ戸惑い、慌てふためくファングに、ゴーレムの破壊衝動に完全に当てられたノイズが容赦なく音魔法を放つ。

 サトラを突然失った事に激しく動揺するファングは大きく反応が遅れ、音の砲弾は既に眼前まで迫っており……。


 次の瞬間、足元に落ちていた『竜の牙』が宙に舞い、目に見えない音魔法を空中で両断、破壊する。

 更にひとりでに動き続ける『竜の牙』はまるで生き物のように空中を飛び回りノイズへと迫ると縦横無尽に前後左右から目にも止まらぬスピードで斬り付けていく。



「ぐっ……! こ、こんな事が……っ!?」


〈はぁぁぁっ!!〉



 まるでチェーンソーのように高速回転し、止めとばかりにノイズを逆袈裟斬りの形で斬り上げる『竜の牙』。強烈な一撃をまともに受けたノイズは成す術もなく乗っていたゴーレムの肩から放り出され、海へと真っ逆さまに落ちていった。



「な、何がどうなって……」


「それは私が聞きたいぞ! なんなんだこれは!?」



 ノイズを倒した『竜の牙』から聞こえてくるのは間違いなくサトラの声だった。宙に浮いたまま右に左に動き回っているのは本人も困惑しているからだろうか。



「『竜の牙』が光りだして気が付いたらこんな状態になっていたんだ。思った通りに動き回れるのは幸いだったが」


「おいおい……大丈夫なのかよ、それ」


「今のところ特に苦痛はまったく無いな。むしろ益々力が漲ってくる感じだ、これがドラゴンの力なのだろうか」



 確かに『竜の牙』そのものとなってしまったサトラだがすこぶるいつも通り、いや、本人の言う通りむしろ絶好調といった様子だ。喋る度に中心に埋め込まれた宝玉が点滅し、器用に刀身を揺らし感情表現している。



「これが黒竜の『神の至宝』、『竜の牙』の力なのか……?」


「いや、どうやら少し違うようだ。エイジ、『竜の牙』を持ってみてくれ」


「えっ? わ、分かった」



 言われた通りに宙に浮く『竜の牙』の柄を掴むファング。するとたちまち金色の刀身が炎のような赤色へと変わり、剣そのものも形状が二回りほど大きくなり剣から大剣へと変化する。



「これ……まさか『ライザーシステム』と同調しているのか」


「おいおい、いつまでそっちだけで盛り上がってるんだ。放っておかれるのは寂しいじゃあないか、刺し合おうじゃないか、なぁ!!」



 変化した『竜の牙』を持ったファングへと槍を振り回しながらナイトステークが迫る。間合いに入った魔人の槍は一直線にファングへと放たれる。



「シャアッ!」


「っと……!」



 殺意と狂気に満ちた刺突を剣の腹で受け止めるファング。続けて繰り出される怒涛の連続突きも全て斬り払うとナイトステークの連撃の隙間を縫い突き返す。残念ながらファングの突きはとっさに槍の柄で防がれてしまったがナイトステークは突然別人のように見事な剣技を見せ始めたファングに驚愕を隠せずにいた。


 魔人とは言えナイトステークは槍の、言わば武芸の達人だ。身のこなしから相手の技量を推察する事は決して難しくない。騎甲ライザーは確かに格闘術に関しては中々のものだがあくまでそれは実戦経験によって磨かれた言わば我流、本格的に武術の類を学んだ者の動きではない。

 だが、それがなんだ。『竜の牙』を、身の丈以上もある大剣を手足のように自在に、軽やかに振るう今のファングの剣は、間違いなく達人のそれだ。



「これは……体が勝手に、いや、体が剣の振るい方をいつの間にか覚えているような……。もしかしてこれって」


「ああ、どうやら剣となった私を持つと私の剣技を使えるようになるようだ。さぁエイジ、君と私でみんなを守るぞ!」


「ったく、元の世界現代も大概だったけどこっちの世界異世界もとんでもない事ばっかりだな……」



 サトラと一体化した『竜の牙』を両手で握り、刀身に炎を纏わせるファング。柄を握るファングの手から流体因子エネルギーブラッディフォースが、全てを焼き尽くすような膨大なエネルギーが『竜の牙』となったサトラへと流れ込んでいき、同様にファングにもサトラが長年培い、磨き上げてきた卓越した剣術の記憶と技術が流れ込んでいく。

 互いの力と技、そして心を合わせたファング影次とサトラ。二人は今まさに一心同体となっていた。



「ハハッ! これだから、これだから魔族は最高だっ! こんな最高に刺し応えのある相手と巡り合えるなんて俺は世界一の幸せ者だ! 初めて心から創造神様に感謝するよ、初めて!!」



 狂気と狂喜に満ちたナイトステークが再びファングへと飛び掛かる。だが放たれた槍はファングに届く前に斬り上げられ、体勢の崩れたナイトステーク目掛けて紅蓮の炎を帯びた『竜の牙』が真っ向から振り下ろされ、灼熱の炎と斬撃が合わさった一撃が繰り出される。


「ブレイズソードストライク!!」


剣竜シュヴェルト・ドラッヘ!!」


「ぐふぅっ! ククク……ハハハッ!! あぁ悪くない……やっぱり最高だよ騎甲ライザー、そして金髪の女騎士さん、ハハハハハッ……!!」



 真紅に燃え上がる斬撃を受け愛用の槍と鎧のような表皮が砕け散っても、深々と体を斬り裂かれても尚、ナイトステークは己が愉悦を十分に堪能したばかりに笑い声を上げ続け……。



また遊ぼう・・・・・・、楽しみにしてるからな、楽しみに。……ゴフッ!?」



 狂乱魔人、その名が表す通り常人には決して理解の及ばない狂喜を撒き散らしながら力尽きたナイトステークはそのままゴーレムの上から海へと落ちていった……。



「……やった、のか?」


「どうだろうな、またとか言ってたし。それよりも後はゴーレムだ。ここからが本番だぞサトラ」


「ああ、今の私たちなら何でも出来そうだ。力を合わせてこれを止めるぞ」



 二体の魔人を撃退したファングとサトラを体に乗せたまま着実にミラーノの街へと迫り続ける古代兵器ゴーレムオケアノス。それまで自分の体の上で繰り広げられていた戦いにも何の反応も示さなかったゴーレムが、初めてその無機質な赤い一つ目をファングとサトラに向けてきた。

 魔人を倒した二人を自身を害する可能性がある脅威と認識したオケアノスの眼光が眩く光を放ち始め……。

 刹那、赤い閃光によって観光都市ミラーノの海が両断されたのだった……。

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