魔族対魔族×狂乱穿孔
ノイズとシャーペイ、魔族同士による戦いは互角の状態が続いていた。
「中々に厄介ですね、その影魔法。それに目に見えない私の
「キヒヒッ、キミの魔力を帯びた音は大気中の魔力に触れると僅かな歪みを生じさせるからよーく注意して見てれば空気の歪みから軌道が分かるんだよ。それに速度もあまりないねぇ、魔力で攻撃力を付与した弊害かな?」
シャーペイに指摘された通り、ノイズの音による攻撃速度は音速とは程遠く精々弓矢程度のスピードだった。これはシャーペイの言う通り魔力によって音の性質を攻撃手段として変質させた際の副作用のようなものだ。
だがそれでもほとんど目に見えない音の衝撃波を初見で見抜き、その性質と弱点まで看破されるとは。
ノイズも決して舐めていたつもりは無かったが改めてこの裏切り者に対する認識を改める。
「流石は腐っても
「キヒヒ、どうぞ放っておいてほしいなぁ。アタシは今は気楽なんだしさぁ。キミみたいに
「
「産んでおいて勝手な親だねぇ。そういう風に作ったのはそっちじゃないのさ。これがアタシらしさだよ? それに引き換えエイジたちは、扱いはちょっとアレだけどちゃんとアタシの事を分かってくれてるよ。ああ、お前ってそういう奴だよな、って」
「呆れられているだけにしか聞こえませんが。それにしても、随分と人間に肩入れするのですね。実験動物に愛着でも湧きましたか?」
ノイズの嫌みをケラケラと笑い飛ばすシャーペイ。実際彼女はは現状の影次やサトラたちとの旅や今の関係をそれなりに楽しんでいたからだ。
尤も、シャーペイが本心から興味を抱いているのは影次に対してだけではあるが……。
「あなたは我が身可愛さに騎甲ライザーと敵対する道を拒み魔族を裏切る道を選んだ。にも拘わらずこうして騎甲ライザーのために力を振るっている。矛盾していませんか? あなたは守るのではなく守られる為に反旗を翻したのでしょう? まさか恋慕の情でも抱いた、とでも言うつもりですか」
「キヒヒッ! ま、確かにエイジの事は好きだよ。意地悪だけど一緒にいると退屈しないしねぇ。それに……」
ノイズは皮肉に対しシャーペイは彼女の言葉を否定せず、影次への好意を素直に認める。だがその表情は、浮かべた笑みは所謂恋する乙女のそれとは明らかに異なるものだった。
「エイジはね、他人だろうが盗賊だろうが助けられる人間は全部助けようとするんだよ。何せ、いざという時は自分の手で殺すって言ってるアタシの事だって命懸けで守ってくれるぐらいだしねぇ。
キヒヒッ、おかしいでしょ? 正義の味方だの
そんな影次だからこそ、シャーペイは傍にいたいと思った。最初は単純に騎甲ライザーの戦闘力を自身の身を守る用心棒として利用しようとしか考えていなかった。
だが行動を共にしていく間に影次の人となりを知っていき、内面に抱える歪んだ闇を垣間見ていく内に、シャーペイはいつしか影次という人間そのものに強く興味を惹かれるようになっていた。
「キヒッ、キヒヒッ! 可笑しいよねぇ。無意味な自己満足だなんて本当は自覚してるくせに。騎甲ライザーだから、っていうだけで必死に正義の味方ごっこだもん。
これを呪いと言わなきゃ何なのさ。とっくのとうに壊れちゃってるくせにまともなフリなんかしちゃって、ここまでくると可愛よねぇ。
アタシはね、エイジがこの先どこまで壊れていくか、どんな哀れな末路を迎えるか特等席で見ていたいんだよ。正直それ以外の事なんてどうでもいいんだ。他の人間や魔族が何をしようがどうなろうが、全然興味無いねぇ」
「魔族である私が言うのも何ですが、あなたも相当歪んでいますね」
「失礼だなぁ。これも愛のカタチの一つってやつだよ?」
この場には同族のノイズしか居ない事もあってか、影次に対するあまりにも歪んだ感情を告白するシャーペイ。影次の本質を誰よりも理解しているのが彼を大切に想うマシロやサトラたちでは無く、魔族であるシャーペイなのだと言うのだから、何とも皮肉な話だ。
「……狂乱魔人といい、死霊魔人といい、どうしてこう魔族というのは享楽的なのでしょうかね……。ですが、その愛しの騎甲ライザーも今頃私が送った夢の中ですよ」
「夢ねぇ。そんなものでエイジを止められるとは思えないけど?」
「私が見せたのは当人が心の底で望んでいた幸せな夢です。求めていたものを手に入れ、願いが叶った世界。人間というのは多少の苦痛には耐えられても快楽や幸福といったものには耐えられないものです。騎甲ライザーも今頃自分の理想の世界で幸せな時を過ごしている事でしょう」
「キヒヒッ、もう一度言わせてもらうけど、そんなのでエイジを止められるとはアタシには思えないねぇ」
これ以上会話を続けるのは互いに無駄だと判断したのだろう、再び音と影がぶつかり合い、二人の魔人の戦いは益々激化していったのだった……。
「
「……っ!?」
そのまま魔人の体を両断するよりも先に刀身が限界を迎えてしまい、サトラの剣はナイトステークに決定打を与える前に折れ、砕けてしまう。
仕留めきれなかったという焦燥感を顔に浮かばせるサトラに対し右肩に深く食い込んだ刃も意に介さず、むしろ愉し気に嗤うナイトステーク。
「ハハハ……ッ!! いいよ、いいよいいよいいよ! 最高だっ!! まさかここまでやる人間がいるなんて思ってもいなかった!! 嬉しいなぁ、いや本当に思ってもいなかった。騎甲ライザーも良かったが、君もいい、とてもいい!!」
弱っていたとは言え魔人の装甲を破りその肉体に刃を通したというだけでもサトラの剣技は十分に常人離れしていると言えるだろう。実際斬られたナイトステークも怒りや屈辱といった感情は抱いておらず、一介の人の身でありながら魔族である自分にここまで刃を突き立てたサトラに対しある種の敬意すら感じていた。
だからこそ、そんな極上の獲物こそ思うがままに槍を突き立てたい。串刺しにして、刺して貫いて、命が尽きるまで、いや、例え命尽きても突き刺したい。狂乱魔人の名にそぐわぬ狂喜に満ちた嗤い声と共にサトラに斬り上げられた愛槍を掴み取ろうと手を伸ばす。
だが、ナイトステークよりも早くサトラが宙を舞っていた槍を掴み取った。
「はぁぁっ!!」
「んぐっ!? がっ、ごふっ……」
渾身の一撃でも仕留めきれず剣も折れてしまい一瞬焦ったサトラだが、そこは騎士団の一部隊の副隊長を務めるだけあってか瞬時に思考を切り替え、すぐさま折れた剣を手放し代わりにナイトステークの手から斬り上げた槍を拾うと腹部に槍先を突き刺し、全霊の力を込めてそのまま背中まで貫通させる。
皮肉にも自分の槍で、自分が串刺しにされてしまったナイトステークは一瞬何が起こったのか分からず、だがすぐに腹から背にかけて自分の体の中を通る槍の存在を、その目と痛みで実感し濁りを帯びた苦悶の声を漏らし、よろめく。
「はぁ、はぁ……、何とか、やったか……?」
膝をつき、ゆっくりと崩れ落ちるナイトステーク。貫かれた腹部から溢れ出す魔人の血が床の上にみるみる広がっていき、足元を赤く染め上げていく。
ナイトステークが
今、この海底神殿にはもう一人魔人がいる。しかも相手の言葉を鵜呑みにするのならば影次は既にやられてしまったという……。真偽はさておき今も姿を見せないところから考えると少なからず影次の身に何かあったのだと言う事は確かだ。
(エイジを探しにいかなければ……。シャーペイも無事だろうか? 『神の至宝』も放ってはおけないが……いや、まずはエイジたちと合流するのが先決だな)
もう二度と目覚める事はない、幻影魔人ノイズと名乗った魔族は確かにそう言っていた。シャーペイはもしもの時には自分一人でも転移魔法で地上まで逃げるだろう。ならば今は何より影次を探す事が最優先だ。『神の至宝』も勿論回収したいところではあるが触れる事すら出来ないのならば今は後回しにするしかない。
「待っていてくれエイジ、今行く……っ!?」
影次を探しに行こうとした瞬間、足元から突き出てきた幾本もの槍に貫かれるサトラ。海に潜るために鎧も着ず水着姿という無防備なサトラの体に赤い槍が容赦なく肌を斬り肉を裂き、その内の数本が左太腿と右腕を貫いてしまっている。
「ぐっ……!こ、これは、一体……!?」
一体どこからこれだけの数の槍が、そうサトラが足元を見下ろすと槍は床の上に広がっていた血溜まりからまるで植物が急成長してきたかのように生えていた。正確には足元に広がっていた血が槍となってサトラの体を貫いていた。
「あー……いい、いいぞ。悪くないなこれ。自分自身を串刺しにする感触っていうのはこういう感じなのかぁ。いやいや本当にいい経験だ、いい。悪くない、悪くないなぁ」
「まだ、生きて……いたのか……っ」
ゆっくりと身を起こしてきたのは自身の槍でサトラに腹部を貫かれ倒れていたナイトステークだった。腹に刺さった槍は背中まで貫通し今も体を貫いているにも関わらず、まるで何事も無かったかのように立ち上がると体から槍を引き抜く。
「刺し所がちょっと悪かったな。いや、俺からしてみれば良かったって言うべきなのかな? 滅茶苦茶痛いしフラフラするし正直死にそうだけど、貴重な体験が出来たお陰で今すこぶる気分がいいんだ。ははっ、礼を言わせてくれないか」
ナイトステークが自分の体から抜いた槍を足元に落とすと槍は床に届く前に液状化し、真っ赤な液体となって床を更に深く染め上げる。
(そうか、自身の血液を槍に変えるのがこの魔人の能力なのか……)
サトラも手足に刺さった槍を何とか引き抜くが、上機嫌で元気そうなナイトステークと違いこちらは重傷だ。風穴の開いた右腕はまともに力が入らないし左足も満足に動かせそうにない。脇腹や背中にもあちこちに裂傷があり出血も激しく段々と意識が朦朧とし始めてきた。
「よし、お礼として今度はきっちり俺がこの手で直接串刺しにしてあげよう! いやぁ悪かった、悪かった。そんな中途半端な刺し方じゃお互い面白くないもんな。よしよし、今ちゃんと刺してあげるからな」
ナイトステークが足元に広がる自分の血から新たに赤い槍を作り出し、携え、サトラに向けてその穂先を構える。対するサトラは言えばもはや足元もおぼつかず、出血のせいで今にも意識を失いかけている状態だ。
(だ、駄目だ……ここでやられてしまう訳には……、エイジを、助けにいかなければ……それにこのまま、
何度も失いかける意識を必死に繋ぎ止めるサトラ。ここで自分が殺されてしまったら誰が影次を助けにいくのだ。それに地上にはマリノアが、母親がいるのだ。
自分にもしもの事があれば母はまた悲しむだろう。サトラが父親を、マリノアが夫を失った時のように、王都を理不尽に追いやられた時のように、そして自身の身を案じ反対する母を振り切って騎士を目指す道を選んだ時も。
「……れ、……ょう……」
「さぁお手本を見せてあげよう! 腹を刺すのはこうやるんだよ!」
ナイトステークが槍を振り上げ、丁度自分が刺されたのと同じ個所、腹部を狙いサトラに向けて槍を突き出す。だがサトラは身を捻り槍をかわしながら血溜まりが広がる床の上に倒れ込み自分の体を貫いた槍の一本を拾うとそのままナイトステークの懐へと転がり込み……。
「これ以上……母上を、悲しませてたまるかぁ!!」
もう一度、ナイトステークの腹部に槍を突き刺し残りの力を全て振り絞って再び魔人の体を貫き通す。ナイトステーク曰くさっきは刺し所が悪かったそうなので今度はもっと胸部寄りに。
「がはっ!? ま、また、かよ……今度、は、俺の……番……だ、ろ……? ずるい、ぞ……」
的外れな恨み言を吐きながら再び倒れるナイトステーク。今度こそ倒せたのだろうか、念の為に止めをしっかりと刺しておきたいところだが、サトラも心身ともにとうに限界を超えていたのでそんな余力は無かった。
「はぁ……はぁ……もう、起き上がらないで欲しい、ものだ……」
刺し貫かれた手足に治癒魔法を掛け応急処置を施す。特に傷が深い箇所にだけ、それも簡単な止血程度が精一杯だったが何もしないよりはずっとマシだ。お陰で体力も魔力もほとんど空っぽになってしまった。唯一かろうじて残っている気力で必死に薄れゆく意識を繋ぎ止め、このまま倒れてしまいたい衝動を堪えるサトラ。
(まだだ、まだ倒れる訳には……、魔人は、もう一体いるんだ……エイジを、助けに……いかなけれ、ば……)
力の入らない体を奮い立たせて歩き始めるサトラ。視界はぼやけ、力の入らない手足はもう感覚すら無くなりかけており自分は今前に向かって歩けているのかさえ、もう分からない。
結局サトラは数歩歩いたところで力尽き、神殿の硬い石床の上に倒せ伏せてしまった。
(エイ、ジ……母上……)
薄れ、消えゆく意識の中でサトラが心配するのは自身の身ではなく安否の知れない影次の事、そして地上にいる母親の事だった。
―答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む―
(……まただ。また……声が、聞こえる……)
―答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む―
朦朧とするサトラの耳に響くのは竜の秘宝、『神の至宝』の声。ついさっき拒絶した筈のサトラに対し再び同じ問答を投げ掛けてくる『神の至宝』。だが何の意図があるのかと思考を働かせる余力が今のサトラにある筈も無い。
―答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む―
(わた、し……は……)
頭の中に響く竜の秘宝の問い掛けに答える前に、サトラの意識はそのままゆっくりと闇に落ちていった……。
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