海底神殿の秘宝×騎士姫、剣舞

ー吾は黒竜ノースルツが秘宝『竜の牙』。この『神の至宝』たる力に汝、何を求むー


「竜の、牙……? こ、これが『神の至宝』?」



 以前エルフの森で影次たちとマシロが遭遇したというドラゴン、白竜ヴァイエストから授かった竜の秘宝、サトラたちも移動手段に宿にと日頃から助けられている『神の至宝』。この海底神殿の最深部、竜の石像に埋め込まれていた宝玉から響く声は自身を同じ『神の至宝』だと言ったのだった。



「サトちゃん? え、どしたの? アタシには何も聞こえないんだけど」


「シャーペイには聞こえないのか? この石像……いや、『神の至宝』の声が」


「『神の至宝?』ってリザちゃんのアレ? え、どこどこ?」



 本当にシャーペイには声が全く聞こえていないようだ。彼女が魔族だからだろうか、それともサトラにだけ聞こえているのか……。

サトラが手を伸ばし石像の胸の宝玉、『神の至宝』に触れようとするが指先が触れる寸前でバチッ、と鋭い痛みを覚え弾かれてしまう。



-答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む-


「手に取りたければ問い掛けに答えろという訳か。何を求める、か……」



 自身を手に取るに相応しい者を見定めようとしているかのような『神の至宝』の問いにサトラは少し考えてから、再び手を伸ばす。



「力を貸して欲しい。魔族から人々を守る為に、ドラゴン、あなたの力を私たちに貸して欲しい」



 望みを、願いを答えながら再度手を伸ばすサトラ。だが無情にも『神の至宝』はまたもそんなサトラを拒み、伸ばされた手を弾く。

強大な魔族の手から人々の平和を守る為に、凶悪な魔族の手から人々の日常を奪わせんが為に。竜の秘宝に力があると言うのならば、それを何故求めるのかと問われるのならば、サトラの答えは紛れもなく心からの嘘偽りない本音だった。

だが、それでも『神の至宝』はサトラの答えを由とはしなかった。



-答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む-


「ドラゴンの秘宝よ、私は本当に皆を守る為に力を……!」


-答えよ、この『神の至宝』たる力に汝、何を求む-



 『神の至宝』はサトラにそれ以上応じようとはせず、何故、何故と繰り返し問いかけ続けるだけだ。拒絶され、痺れと痛みの残る手を握り締めるサトラ。一体この秘宝が何を求めているのだろうか。自分は偽りのない思いを告げた。だが『神の至宝』には力を授けるに値する返答ではないと判断されてしまったようだ。

 別に求められるものが、条件があるのだろうか。白竜ヴァイエストは自身を打ち負かした影次に己が宝を授けた。ではこの黒竜の秘宝もまた、力を示さなくては認めないのだろうか。



「これが『神の至宝』? あ、ホントだ。こんな汚れてるし石像に埋め込まれてるから全然分からなかったけど形も大きさも同じみたいだねぇ。ちょっと色が違うくらいかなぁ? にゃーっ!?」



 試しにシャーペイもサトラと同じように手を伸ばすが、サトラ以上に激しく拒絶される。バチン、と大きな音を上げて弾かれたシャーペイは余程痛かったのだろう、手を抑えながらゴロゴロと床の上で悶えのたうち回っている。



「どうやら私たちの事は認めてはくれないようだな。ドラゴンの秘宝だ、エイジなら兎も角、私のようなただの人間には扱えない代物という事か」


「めっちゃ痛かったよぅ……ドラゴンはよっぽど魔族が嫌いなんだねぇ。アタシみたいに人畜無害で善良な魔族まで差別するなんて酷いよぅ……」


「……もしかしてそれは自分自身の事を言っているのか?」


「だから真顔で突っ込むのやめてってば。数倍傷つくからさぁ」



 拒絶されてしまったとは言え、思わぬ形で見つけた『神の至宝』をこのまま見過ごす理由は無い。影次ならば拒絶されず手に取る事が出来るかもしれないし、もし影次でも駄目だったとしてもここに置いておけば魔族の手に渡ってしまい悪用されてしまう可能性もある。



「何とかして持ち帰る事は出来ないだろうか……いっそこの石像ごと地上に持っていければ。シャーペイ、君の転移魔法でどうにかならないか?」


「いくら何でも重量オーバーだよぅ。アタシの転移魔法だって万能じゃないんだってば。一度に転移させられる人数、質量、その他色々条件があるんだからさぁ」


「となると、どちらにせよエイジと合流しなければ手詰まりか」



 未だに姿を見せない影次に対する不安が拭えないサトラ。その時、サトラとシャーペイがいるこの海底神殿最深部へと近づいてくる足音が聞こえてきた。

やっと影次が来たと一瞬喜びかけたサトラだったがすぐにその表情は険しいものとなり、腰に下げた鞘から剣を引き抜き臨戦態勢に入る。そんなサトラの様子に察したシャーペイもそそくさと石像の陰に隠れる。

 サトラが臨戦態勢に入った理由、それは近づいてくる足音が二人分・・・だったからだ。



「どうやらここが最奥のようですね。……なるほど、『神の至宝』はあれですか」


「やぁお嬢さんさっきぶり。すぐに串刺しにしてやるからなぁ」



 フードで身を包んだ女性らしき人物と、つい先程遭遇し、影次と交戦していた筈の槍使いの魔人、ナイトステークがサトラたちの前に現れた。

フード姿の人物の方はサトラたちも初めて見るが、ナイトステークと一緒にいると言うことは魔族ないし魔族の仲間という事なのだろう。つまりは、敵だ。



「魔族の狙いもドラゴンの秘宝……『神の至宝』だったのか」


「キヒヒ、古代兵器ゴーレム『神の至宝』ドラゴンの宝も両方手に入れるつもりみたいだねぇ」


裏切者シャーペイもいるとは好都合ですね。ついでにここで処分しておきましょう。創造主様マスターもお喜びになられる筈です」


「おやおや初対面なのに物騒だねぇ。まずは自己紹介じゃない? そっちはアタシの事知ってるみたいだけどアタシはキミの事知らないんだからさぁ」


「成程、聞いていた通りのようですね。いいでしょう、面汚しとは言え曲がりなりにも貴女もまた創造主様マスターの手によって命を与えられた魔族が一角。名乗りくらいはしておきましょうか」



 フード姿の人物はそう言ってゆっくりと頭に被っていたフードを脱ぎ、姿を晒す。

サイドの長さが左右で異なるのが特徴的な夕焼けのような茜色のショートカット、同様に瞳の色も左右でそれぞれ金と銀の二色に分かれており表情や目付きは冷たいものの、同性のサトラから見ても美人としか言いようのない顔立ちだ。


 だが額に浮かぶ赤い第三の瞳、猛禽類を彷彿させる瞳孔の形、そしてうっすらと青みがかった肌の色が彼女を人為らざるものだと如実に物語っていた。



創造主様マスターに産み出されし魔人が一人、幻影魔人ノイズ。魔族の汚点たる裏切り者シャーペイ、創造主様マスターに代わって私が処分して差し上げます」


「キヒヒ、まっぴらごめんだねぇ」



 シャーペイに迫ろうとした幻影魔人ノイズの前にサトラが剣の切っ先を向け、立ち塞がる。



「一つ聞きたい。お前たち、エイジに一体何をした?」



 影次と戦っていた筈のナイトステークがここにいる事、更にもう一人魔人がこの海底神殿にいる事、そして未だに影次がその姿を見せない事。

サトラの胸中に燻っていた不安は、ノイズという新たな魔人の登場で確信へと変わっていた。



「私たちがこうしてここにいる事でお分かりでしょう? あなた方の頼みの綱である騎甲ライザーは、もう助けには来ません。残念でしたね」


「私は、エイジに何をしたと聞いているんだ」



 剣を握る手に力が入る。既にかなりボロボロになってはいるが影次と戦っていたナイトステークがここにいて、影次がいない。ノイズの言う通り既に察しは付いていたが、それでもサトラは問わずにはいられなかった。そしてそんなサトラの心中を逆撫でするようにノイズはくだらない、と吐き捨てるように答える。



「向こうの方で転がっていますよ。尤も、二度と目を覚ます事は無いでしょうが」



 ノイズの答えを引き金に矢のように飛び出すサトラ。ノイズ目掛けて横薙ぎに振るった剣は割って入ったナイトステークの槍によって受け止められる。



「何て踏み込みの速さだよ。俺じゃなかったら危なかったかもなあ」


「くっ……!」


「狂乱魔人、そちらの娘はあなたが対処なさい。私は裏切り者を処分します。『神の至宝』の確保も、くれぐれも忘れぬよう」


「だからまっぴらごめんだってば。ごめんねサトちゃんここは任せたー!」


「無駄なことを。逃がす訳無いでしょう」



 名指しで狙われたシャーペイは何の躊躇もなくサトラを置いて一目散に逃げ出し、最深部の広間を出て元来た道を戻っていく。当然それを見逃すノイズではなく、宙に魔方陣を描くと黒い穴のようなものを形成させシャーペイの後を追いこの場から転移する。



「ノイズのせいで思う存分楽しめなかったんだ。騎甲ライザーほど楽しめそうじゃないけど、君で我慢するから思う存分串刺しになりな!」



 鎮座する竜の石像の前でサトラの剣とナイトステークの槍が激しくぶつかり合う。ナイトステークは騎甲ライザー影次との戦闘で既に大ダメージを受け全身を覆う甲冑もあちこち亀裂が入っており、本来の力の半分も発揮出来るかどうかといった状態だったが、それでも目にも止まらぬ槍捌きにサトラは防戦一方だ。



「本当は騎甲ライザーを串刺しにしたかったんだよ。分かるだろ? あのバケモノを刺して刺して突いて突いて串刺しにして串刺しにしてさぁ。それをノイズの奴が楽しみを奪いやがって」


「答えろ! エイジをどうしたんだ!!」


「ノイズの術は相手の心の中に介入するんだ。体には傷を付けず、心を、精神を、魂を揺さぶり、誑かし、狂わせて、そして壊す。

安心しなよ、大切なお仲間に怪我はさせてないから。ただ二度と覚めない夢の中に行って貰っただけだ。俺としては活きのいいまま串刺しにしたかったんだけどなあ」


「心を壊す、だと? ……つくづく悪趣味な真似を!」



 単純な戦闘能力で言えば影次が、騎甲ライザーが魔族に後れを取るとは思えなかったが精神攻撃の類を受けたというのであれば話は別だ。

サトラは知っていた。黒野影次という人物は決して心の強い者では無いという事を。

彼はただ、決して表に出さないだけなのだという事を。



「お前たち魔族は心を、命を何だと思っているんだ!  何の目的があって人々を苦しめる! 誰かを傷付け悲しませるのがそんなに楽しいかっ!」


「他の連中はどうか知らないけど、少なくとも俺は俺が好きなように楽しめるから魔族やってるってだけだよ。創造主様マスターやノイズは何か色々企んでるみたいだけど正直俺は興味無いしな」



 魔族の非道の数々に怒りを燃やすサトラの剣撃を槍で受け止めながらナイトステークはあくまで自分の享楽の為と一笑する。

この魔人は本当に心から他者を傷付け苦しめる事そのものを楽しんでいるのだ。政治的な理念や思想がある訳でも無く、ただ自身の欲望を満たす為に何の罪もない人たちを苦しめているのだ。



「命を軽んじ、心を弄ぶ事に何の呵責も抱かないお前たち魔族を、私は許さない。魔人ナイトステーク、お前のような外道を、私は絶対に許さない!」


「誰かに許してもらおうなんて思ったこともないし、許しを貰わなきゃいけないような事をした覚えも無いなぁ。刺したいものを刺したいだけ刺す。それだけの事じゃないか」



 魔族への義憤に剣を振るうサトラに対し我欲のままに槍を振るうナイトステーク。瞬きの間に繰り出される刺突をかわし槍の間合いを潰すのと同時に剣の間合いに入り斬り付けるサトラ。それに対しナイトステークも蹴りや石突による打突で懐に入ってくるサトラを引き剥がし距離を取ろうとするがサトラも槍の間合いを取らせまいと肉薄し続け、槍に不利な間合いを維持されナイトステークは次第に防戦一方になり追い詰められていく。



「くっ、ちょっ……! 大人しく串刺しにさせろって……!」



 騎甲ライザーとの戦闘でダメージを受けているとは言え、狂乱魔人ナイトステークはサトラの猛攻を前に自慢の槍を盾代わりにするのが精一杯の状態になってしまい段々と焦りの色が見え始める。騎士とは言え相手は一介の人間、魔族である自分がここまで押されてしまうなどとは露にも思っていなかったからだ。

 取るに足らないただの人間一人刺し貫く事など容易いと見くびっていたナイトステークだったが今更ながらに今、刃を交える相手は決してただの人間・・・・・などでは無いと思い知らされ、次の瞬間、愛用の槍が手から斬り飛ばされる。



剣翼シュヴェルト・フリューゲル!!」



 弾き上げられた槍を取り返そうと手を伸ばすナイトステークにサトラが跳躍する。長い金色の髪を軌跡の如く靡かせ舞踊のように宙を駆け、渾身の一振りを頭上から振り下ろし狂乱魔人を斬り裂いた……。












「ふう、ふう……アタシ、肉体労働するタイプじゃないんだからあんまり走らせないでよぅ。汗かいちゃったじゃんか」



 サトラとナイトステークが激しく刃を交える最深部から離れたところで体力の限界に達したシャーペイは足を止め、ぜぇぜぇと必死に呼吸を整えながら自分を追ってきた幻影魔人ノイズに対し恨めし気に文句をぶつけていた。



「追いかけっこはもう十分でしょう。心配せずとも苦しめて殺そうなんてつもりはありません。すぐに楽にしてあげましょう」


「キヒヒ、その転移魔法……今はキミがゲートの管理者って訳かな? 先輩に対する敬意がなってないんじゃないかなぁ後輩くん」


創造主様マスターへの忠も持たない失敗作風情が」



 冷淡な表情に僅かな嫌悪の色を浮かばせるノイズ。身を包むローブから両手を露出させると手には小脇に抱えられる程の大きさの弦楽器リュートが携えられており、左手でネックを持って構えると徐に右手で弦を弾き、鳴らし始めた。

 突然の演奏に一瞬呆気に取られたシャーペイだったが不意に猛烈な危険を感じ慌ててその場から飛び退き床を転がる。その次の瞬間、シャーペイが立っていた場所が突然弾け固い石造りの床が砕け、破片が舞う。まるで見えないハンマーで殴られたかのような破壊の跡が床に刻まれてしまっている……。



「勘がいいですね。初見でこれを避けるとは」


「変わった術を使うねぇ。音に魔力を込めて衝撃波にしてるってところかな? 一曲披露してくれるって訳じゃなさそうで残念だよ」


「弾いてあげますよ。裏切者の鎮魂歌を」



 ノイズの指が再び弦を弾く。奏でられた音はノイズの魔力を帯び音の砲弾と化してシャーペイに向かって一直線に向かっていく。

だがシャーペイは避けようとはせず、パチンと指を鳴らすと足元から無数の黒い腕を生み出し、ノイズの放った音の衝撃波にぶつけ相殺した。


 壁に等間隔に設置された、海底神殿の内部を照らすランプの灯りによって照らし出された足元の影から黒い触手のような人の腕のようなものを生やしノイズと対峙するシャーペイ。

その表情は影次たちからぞんざいに扱われ嘆き喚く普段のものでは無く、愉し気に口の端を吊り上げた歪な笑みは彼女もまた紛れもなく魔族なのだという事実を如実に現すものだった……。



「キヒヒッ、乱暴な事はあんまり好きじゃないんだけどなぁ。でも処分なんてされたくないし、しょうがないよねぇ? 後輩ちゃん」


「ようやく本性を現しましたね。裏切者のシャーペイ」



 シャーペイと幻影魔人ノイズ。影と音がぶつかり合い、魔族対魔族の戦いが今、火蓋を切られた。

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