幻影魔人×神殿の守護竜

「……おい、聞いてんのか? おーい、起きてるのかよ影次」


「えあ? ……あー、何だっけ」


「おいおいシャキッとしてくれよ、公演はもう来週なんだからよお」



 劇団の仲間に乱暴に肩を揺らされた影次。ミーティング中だというのにいつの間にかぼんやりとしてしまっていたようだ、公演が近づき稽古の時間も増えたので疲れが溜まってしまっていたのだろうか。



「珍しいな、影次がボケ-ッとしてるなんて。敦ならいつもの事だけど」


「悪い、敦じゃあるまいしな」


「待て待て何で注意してやった俺が馬鹿にされてんだ!?」



 もうじき冬になるというのに黒のタンクトップ姿が目にも寒々しい筋肉質な大男が影次の隣でがなり立てる。こんなボディビルダーかというような風体なのに劇団随一の手先の器用さを誇る大道具担当だ。というかこの男がタンクトップ以外の服装を着ている事を長い付き合いだが一度も見たことがない。



「別に馬鹿にはしてねぇよ。実際馬鹿なんだし」


「よぉし表出ろ影次。体動かしたりないみてぇだしなぁ」


「やめましょうよ敦先輩。麗矢先輩が言った通り公演本番はもう来週なんですから怪我でもしたらどうするんですかぁ。それにどうせ影次先輩には勝てないんですから」



 影次の逆隣から後輩の女子劇団員が仲裁に入る。可愛い服が着られるから、と入団時に志望動機を聞いた時は正直長続きしないと誰もが思ったが今ではヒロインから悪役令嬢、時には男役までこなす劇団自慢の名女優だ。本人に悪気はないのだろうが一言多いのが玉にきずだが。



[そろそろミーティングを続けさせてくれないか? 三人ともふざけてばかりいるなら眼球の白い部分に満遍なくマスタード塗りたくるぞ」


「ちょ、私は止めようとしただけじゃないですか麗矢先輩ー。酷いです、っていうか相変わらず脅し文句が怖すぎますってば」


「俺なんかこの前「弱火で10時間スパイスと一緒に煮込む」って言われたぞ」



 ホワイトボードに来週の公演の段取りを書き綴っていた眼鏡が似合うインテリ然とした青年が賑やかしい影次たちを呆れ声で窘める。主に演出や脚本を担当している裏方だがルックスに関しては劇団員の中でも断トツの美男子だ。ただ本人曰く「人前に立つなんて考えるだけで穴という穴から緑色の液体が出る」らしい。ちょっと見てみたい。



「ほら麗矢も怒ってるだろ、敦も夕陽もいい加減にしとけよ」


「元はお前がボケッとしてたからだろ!」


「だからミーティングって言ってるだろ全員縄で繋いでダンプで引き摺り回すぞ」



 この劇団は中学時代からつるんでいた影次たちが立ち上げたものなので彼是十年近い付き合いになる。一見纏まりのないグダグダな光景だがこれもいつもの恒例の事で何だかんだ一時間弱で次の公演に関しての打ち合わせは滞りなく済んだのだった。



「さてと、後は特に無いな。お前らがふざけなければもっと早くスムーズに終わるんだけどな、毎回毎回しょうもない悪ふざけを……」


「お前だって結構ノッてたじゃねえかよ麗矢。昔っから自分一人真面目ですって風に言ってっけど」


「アハハ。ほんとに仲良しですよねぇ先輩たちって。団員の初期メンバー全員同級生ですもんねえ」


「そういう夕陽だって一年後輩なだけだろ。入部前から俺らの部室に入り浸ってたくせに……あれ?」



 ミーティングも終わりいつも通り、学生時代から変わらない、中身のないくだらないやり取りをして談笑していた影次だったが、不意に何か激しい違和感のようなものを覚える。

何かとても大事な事を忘れたままでいるような……何かが足りない、どこかがおかしい、具体的に何がどう、とは言えないのだが、漠然とした違和感を感じる……。



「どしたよ、腹でも減ったか?」


「そうか、もうこんな時間か。よし、ならこのまま飯に行くか。店はいつものところでいいだろ?」


「えっ? あ、ああ……」


「どうしたんですか影次先輩。あ、もしかしてお姉ちゃんと喧嘩でもしました? 駄目ですよ、どうせまた余計な事言ったりしたんでしょー。まったくどうしようもないお義兄ちゃんですねー」


「してねぇし言ってねぇしお前が義妹になるかもと思うと穴という穴から緑色の液体が出そうだわ」


「ひどっ! 私だって先輩みたいな口と意地と目つきの悪いお義兄ちゃんなんて嫌ですよーだ」


「おーい、そこの仲良し兄妹(予定)。置いてっちまうぞー」



 いつもの仲間たちといつものやりとり。影次は先程まで感じていた違和感など既に忘れてしまっていた。


 気の置けない仲間たちとの日常。みんなで同じ夢に向かって汗水を流した日々。時にぶつかりあいながらも作り上げた舞台。喜びも悲しみも、怒りも憎しみも、喝采も声援も全て共に分かち合ってきた仲間……いや、家族たち。


 ここはまさしく、影次がかつて失ってしまったあの日・・・の続きだった。












「……死んだのか?」


「いえ、ですが死んではいないというだけです。このまま二度と覚める事のない夢を見続ける……そういう意味では生きているとも言えないかもしれませんね」」



 観光都市ミラーノの海の底に眠る海底神殿の奥にて、倒れ伏した影次を見下ろしている二人の魔人。生気のない瞳でぴくりとも動かない影次を槍の柄で突き反応を確かめる狂乱魔人ナイトステークにもう一人の魔人、幻影魔人ノイズと名乗ったフード姿の女性が何が起こったのかを説明し始めた。



「あなた方の話から真っ向から戦っては分が悪い事は分かっていましたから少々小細工をさせて貰いました。今頃騎甲ライザーは夢の中で幸せな一時を過ごしていることでしょう」


「えっと、何だっけ。音波による催眠、暗示……とかなんとかって言ってたっけ? はぁ……よく分かんないけど、あのライザーがこうもあっさりとなぁ。……でもどうすんだよこれじゃ刺し応えが無いぞ!」


「あなたの悪趣味はどうでもいいです。それに出来ればこの男は生け捕りにしたいと思っていましたから。創造主様マスターは何かお考えがあって野放しにしていたようですが、こうも毎回我々の邪魔をされては溜まりません」


「俺としては活きのいい状態で串刺しにするのが良いんだけどなぁ……こんな人形みたいな状態で刺したところで満たされないって。なぁノイズ、一回だけでいいから代わりにお前を……って冗談、冗談だよ。そんな怖い顔するなって」



 ノイズに睨まれ慌てて彼女に向けていた槍先を逸らすナイトステーク。自分を散々痛めつけた騎甲ライザーをこうもあっさり倒してしまう女だ、逆らわない方が賢明だと判断する。



「……この女を串刺しにするのはまたまた今度のお楽しみってことにしとくか」


「聞こえていますよ狂乱魔人。道楽は果たすべき任務を終えてからにしなさい。……まさかとは思いますが、何をすべきかちゃんと覚えているのでしょうね?」


「わ、分かってるわかってる。ちゃあんと! えっと確か……ご、ゴーレムの確保だろ!?」


「正しくは古代兵器ゴーレムオケアノスの確保ともう一つ。ゴーレムを封印した黒竜がこの神殿に残したと思われる秘宝、『神の至宝』の回収です。ゴーレムを確保できてもまた封じられてしまっては意味がありません。行きますよ狂乱魔人、まずは騎甲ライザーと一緒に海底神殿ここにきた残り二人も片付けておきましょう」


「はいはい。……はぁ、騎甲ライザーを思う存分串刺しに出来るとワクワクしてたのになぁ」


「これから排除しにいく騎甲ライザーの一味相手に好きなだけ発散すればいいでしょう。この男はほかの邪魔者を消した後で回収し創造主様マスターにお届けするとしましょう」


「それもそうか。流石にこんな抜け殻みたいなのを刺すより活きのいい獲物を刺すほうが楽しいしな」



 最大の障害であった騎甲ライザーを倒した二人の魔人は海底神殿にいる自分たち以外の残り二人、サトラとシャーペイを始末するべく去っていく。残されたのは生気の消えた虚ろな瞳で床に倒れたままピクリとも動かない影次一人だ。

 ノイズの言う夢の中に心を奪い取られてしまい、今そこにいるのは魂のない人形となった影次だった……。










「エイジ遅いねぇー。手こずってるのかなぁ? クセの強い魔人だったしツッコミ疲れてるのかな?」


「何を馬鹿な事を言っているんだ……だが、確かに遅いな。それにさっきまでしていた物音もピタリと止んでしまった。決着が付いたのだろうか」



 ナイトスークの相手を影次に任せ海底神殿の調査を続行していたサトラたちだったが、それまで別方向から響いてきていたライザーとナイトステークの激しい戦闘音が途絶え、それからしばらく経っても一向に影次が姿を現さない事を不審に思い始めていた。



「ま、エイジに限って魔人くらいに負けたりしないだろうし、きっとアタシたちを探して迷子にでもなってるんじゃない? それよりほら、また広いとこに出たよサトちゃん」



 神殿の中を進んでいるうちに再び開けた場所へとやってきたサトラとシャーペイ。神殿の入り口近くにあった広間より更に大きな空間、四方の壁には先程通り過ぎた広間にあったものと同じく壁画のような彫刻が施されている。そして何より目を引くのは広間の中心に建てられた竜の像だった。


 翼を大きく広げ、胸には宝玉のようなものが埋め込まれている竜の石像。台座だけでもサトラの背丈と同じくらいだが像の全長は更にその数倍はある。

部屋の中は竜の像以外には何もなく、これ以上先に進む道や扉も見当たりない。どうやらここが海底神殿の最深部のようだ。



「ドラゴンの像……さっきエイジが読んでくれた通りならば、この海底神殿はやはりドラゴンとゴーレムに所縁のある場所のようだな。壁画に書かれていた文脈から察するにドラゴンがゴーレムを封印した、ということになるが……」


「んで、ここはゴーレムから守ってくれたドラゴンを崇め奉るために作られた神殿ってこと? でもここってレザノフ帝国にあったものっぽいんだよねぇ? ゴリッゴリの軍事国家のレザノフがそんな信仰深い事するかなぁ」


「それはいくら何でも偏見が過ぎるというものだ。国柄が何であれ、そこに暮らす人々の主義思想はそれぞれ違うんだ。実際レザノフ帝国にだって教団はあるじゃないか」


「キヒヒ、確か崇められてるのは戦神とかじゃなかったっけ? んー、台座にも何か色々書いてあるみたいだけど全然読めないねぇ。ほんとにエイジはどこほっつき歩いてるんだよぅ。一応書いとこ」



 竜の像の台座に記された文字を後で影次に読んで貰おうとメモを取るシャーペイ。一方サトラは未だ姿を見せない影次に、何かあったのではないかと不安を募らせていた。

シャーペイは影次に限って心配はいらないと言ったがサトラはさっきから嫌な予感がしてならなかった。



「……なぁシャーペイ。やはりエイジに何かあったんじゃないか? 探しにいった方がいいと思うんだが」


「えー、あのエイジだよ? 何があるってのさ。前から思ってたけどサトちゃんてエイジに甘くない? もうちょいシャーペイちゃんの事も甘やかしてくれてもいいと思うんだけどなぁ」


「別段甘いつもりは無いんだが……。それと生憎だが君を甘やかすつもりも無いぞ。」


「どうしてみんなアタシに優しくないんだよぅ! シャーペイちゃんだって傷つきやすいお年頃なんだよ!?」


「それは単に日頃の言動と行いによるものじゃあないか?」


「真顔でまじめに答えるのやめてよ本当に傷付くよぅ」



 そんなくだらないやり取りをしながら広間を調べ始めるサトラとシャーペイ。一通り見て回ったが壁に掘られた壁画には入口近くにあったものと違い文字は刻まれておらず、肝心の壁画もこの広間のものは特に何か意味のあるようなものには見えず、どうやらただの装飾のようだ。

 そうなると、やはり気になるのは中央に意味深に置かれた竜の石像だ。土台に刻まれている文字も影次ならば解読出来たのだろうが……、魔族の相手を任せて調査を続行したのは良いがその影次がいなくては肝心の調査が行き詰ってしまうとは、本末転倒と言うか何と言うか……。



-…………に……………む…-


「シャーペイ、今何か言ったか?」


「うんにゃ? 別になんにも。どしたのサトちゃん」


「今、誰かに話しかけられたような気がしてな……」


「エイジが来たんじゃない?」


「いや、エイジの声じゃなかったな……どこか遠くから聞こえたような気もするし、近くから聞こえたような……自分で言っておいて何だが、よくわからないが」


「本当によくわかんないねぇ。アタシには何にも聞こえなかったし、サトちゃんの空耳じゃないの?」



 気のせいだったのだろうか、ここには今自分とシャーペイしかいない。もし第三者がいれば広々としたこの広間でなら一目で分かる筈だ。身を隠せるようなものなど何一つ無いのだ。あるとすればただ一つ、この竜の像くらいだ。

 そう思い改めて石像を見上げたサトラは石像の胸元に埋め込まれていた宝玉が一瞬光ったのように見え、近づいてよく見てみるが、海水に晒されずに保たれていたとは言え数千年も海の底にあっただけに石像と同様に埋め込まれている宝玉もすっかり色褪せ、錆のようなもので覆われてしまっている。とてもじゃないが光りそうには見えない。



「今一瞬輝いたように見えたんだが……また気のせいだったんだろうか。しかしこの石、いや魔石か? 何処かで見覚えがある気がするな」



 像の胸に飾りとして埋め込まれている宝玉にサトラが手を伸ばす。だが指先が触れる寸前、またさっきと同じようにどこからか声が聞こえてきた。



「……っ!?」


シャーペイは台座に刻まれていた文字をメモしており、先程同様彼女には何も聞こえていなかったようだ。だが今度は気のせいなどではない。方向も距離も判別出来なかったが、確かにサトラはこの広間に自分たち以外の何者かの存在を確信していた。



「気をつけろシャーペイ! 私たち以外に今ここに誰かいるぞ!」


「えっ? ちょ、やめてよぅ。どこ、どこ?」


-……の……に……を……む…-



「間違いない、これは空耳なんかではない。一体どこから……」


周囲を見回すが自分とシャーペイ以外の姿はどこにもない。だが、聞こえてくる声は次第に鮮明になっていき、声が聞こえてくる方向を振り返ると、そこにあるのはこの広間に唯一存在していた竜の像だった。



「まさか、石像が喋っているのか……?」



 驚愕するサトラに対し竜の石像は埋め込まれていた宝玉を輝かせる。錆にまみれていた筈の宝玉から眩い光が放たれ周囲一帯を包み込んでいく。



「こ、これは……っ」


「な、何!? 何なの!? 何が起きたのさ!?」


-汝、竜の宝に何を求む…-



 はっきりと聞こえた言葉。それはこの石像……宝玉の言葉だったのだ。



-われは黒竜ノースルツが秘宝『竜の牙』。この『神の至宝』たる力に汝、何を求む-



 海底神殿の最深部にてサトラたちが見つけたのは、以前影次がエルフの森で白竜ヴァイエストから譲り受けたものと同じ竜の秘宝、『神の至宝』だった……。

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