狂槍×激闘、海底神殿
「ここも特に何も無いな。よし、次に行くとしよう」
広間の奥には壁で隔てられた小さな部屋のようなものが幾つも並んでおり、その一つ一つを注意しながら調べて回る。
「殺人、誘拐、何でもござれの連中だもんねぇ。毒とか爆弾とか持ち込んでるかもねぇ」
「実際有り得る話だから笑えないっての。それにしても問答無用で襲い掛かってくるとか相変わらず危ない奴らだな。魔術師学院の事もあまり良くは思ってないみたいだったし」
「
「キヒヒ、いるよねぇ人様の迷惑も考えずに自分勝手するのって。困ったちゃんだよねぇ」
「本当に困ったちゃんだよなぁ、
「なんでそこでアタシだけ名指しにしたよ!」
順々に部屋を見て回る影次たちだったが
「しかし
「どうだろうな。あの手の連中は何考えてるのか分からない上に理屈や道理が通用しないからなぁ」
「まったく、マ……母上の間近にあんな危険な輩が潜んでいたのかと思うとぞっとしない話だ」
「キヒヒ、サトちゃん今お母さんのことママって言いかけたよねぇ」
サトラが危惧するのも無理もない。母親が暮らしている場所のすぐ傍に過激なテロリストたちがウロウロしていたのだ。身内としては気が気ではないだろう。
「調査も大事だけど、こうなったら逃げた残りの二人も何としても捕まえないとな。あいつらを野放しにしてたらサトラのお母さんやミラーノの人たちが安心して暮らせないし」
「ああ、そうだな。……情けない事を言ってしまってすまない。一部隊の副隊長ともあろう私が公私混同も甚だしかったな」
「家族のすぐ傍に危険な犯罪者がいたなんて知ったら誰だって不安にもなるさ。それに俺たちはサトラの部下って訳じゃないんだし、弱音の一つ二つ別にいいと思うけどな」
「ありがとうエイジ。だが分別はしっかりと付けなければ示しがつかないからな。泣き言は全てが片付いてから酒の席にでも吐くとしよう」
「エイジってマーちゃんやサトちゃんには甘いよねぇ。アタシには全っ然なのにさー」
「日頃の行いって言葉知ってるか?」
その後も神殿内をくまなく調べながら進んでいく影次たち三人。しばらくするとそれまで痕跡の欠片も無かった他の部屋とは打って変わり、余りにも異様な光景が広がる一室を発見した。
今まで痕跡どころか物一つ無い部屋が続いていたのに、その部屋でまず目を引いたのは床一面に広がる夥しい血痕だった。
「うへぇ、生臭っ。凄いねこれ」
「……まだ乾いて無い、そんなに時間は経ってないな。さっきの
「だとしてもこの出血量では二人分だとしても無事では済まないだろう。仲間割れでも起きたのか、もしくは別の何かがまだ
「キヒッ、どうやらサトちゃん大正解みたいだよ?」
床一面に鮮血が広がる部屋を調べていた影次たちの退路を塞ぐかのように、部屋の入口に二つの人影が現れる。黒いローブ姿の二人の男、先程取り逃がした
逃げ場のない狭い室内、部屋に広がる大量の血に注意を逸らされてしまった事で不意を突かれた状態になってしまいすかさず警戒態勢に入る影次とサトラ。
だが、ついさっき突如獣の如く猛然と襲い掛かってきた
「ウ……ア、アァァ……」
「アァ……カ、ミ、ヨ……」
譫言のような言葉を漏らしながら体を震わせる
「アァァァァ……ア、アルベキ、ガミヲヲヲ……」
「ズベデバ、ガミノォ、ヲォオオォ……」
「こ、これはっ」
「キヒヒ、見覚えのある光景だねぇ」
「魔獣化……してしまっているのか」
肌の色は片方は緑に、もう片方は紫に毒々しく変色しており眼球も真っ赤に染まり口や鼻も痛ましく歪に変形し口の端から牙が大きく伸び、まるでその姿は
小刻みに震えていた体も見る見る肥大化していき、どんどん人の形ではなくなっていく肉体を納めきれなくなったローブが引き裂かれていく。
人が人で無くなっていくこの光景に、サトラたちは覚えがあった。
「
「サトラ! 来るぞっ!」
人が人でなくなる様を再び目の当たりにし、その凄惨過ぎる光景に思わず呆然としてしまっていたサトラに向かって魔獣と化した
〈Riser up! Blaze!〉
「騎甲変身!」
〈It's! so! WildSpeed!〉
室内を一瞬閃光が包み、次の瞬間騎甲ライザーへと変身した影次がサトラに飛び掛かろうとしていた二人、いや二匹の
「ったく、つくづく胸糞が悪い……」
「
「そういう問題じゃないだろ。……来るぞ!」
腰に下げたナイフも抜かず鋭く尖った爪を突き立てて再び襲い来る魔獣化した
続けてサトラと切り結んでいるもう一体の迎撃に向かおうとする
「あぁ、やっぱり
「久しぶりって程でもないかぁ? でもこっちは会いたくて会いたくて仕方なかったぜ騎甲ライザー」
壁の穴の向こうから瓦礫を踏み越えて姿を現したのは以前ディプテス山で遭遇した魔族の一人。影次たちにとっては四人目の魔人、狂乱魔人ナイトステークだった。
群青色の甲冑に筋肉がむき出しになっているかのような生物的な関節部。そして目にも鮮やかな紅の槍。魔獣とはまた別の異形の姿にも関わらず語り掛けてくるその口ぶりは知己の友人に偶然出会ったかのような気さくで朗らかなものだった。
「お前を刺したあの時の感触がずぅっと忘れられなくてさぁ。寝ても覚めてもまたお前に会いたい、会いたい、刺したい刺したいめった刺しにしたいって、本当にまた会えて嬉しいよ」
一見温和にすら見て取れる口調が、声色が段々と狂っていく。ファングに殴り飛ばされた信徒がよろよろと起き上がろうとするのを携えた槍で突き刺し、足元に転がし、再会を喜びながら何度も何度も槍を突き立てる。
「ガッ、アッ、アッ、ガァッ」
「ああ、本当に嬉しいなぁ。嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて刺したくて刺したくて刺したくて刺したくて刺したくて刺したくてさぁ!! グチャグチャに串刺しに出来るのを夢にまで見たくらいだ!!」
「そうかい、俺はこれっきりにさせてもらいたいんだけどな」
魔獣化した信徒はナイトステークにめった刺しにされビクビクと身を痙攣させながら耳障りな呻き声を上げ、そのうち動かなくなり、黒い煙を上げながらその身を崩壊させ、消滅した。
槍を突き刺していた
「さぁさぁ楽しい楽しい時間の始まりだぁ!!」
ナイトステークが繰り出した槍の刺突を身を捻って躱すとファングはそのままナイトステークと組み合い壁に空いた穴から部屋の外へと出ていく。
ここではサトラやシャーペイを巻き込んでしまう可能性が高い。本来ならば槍使いであるナイトステークに対し狭い室内の方が間合いの利を潰せるのだが、何せ相手は魔人の中でも一際何をするか分からない狂乱魔人だ、目下騎甲ライザーにご執心だが何の気まぐれでサトラたちに矛先を変えるか分からない。
「エイジっ!?」
「こいつは俺に任せろ! そっちは頼む!!」
サトラたちから引き剥がそうとナイトステークの腕と槍を掴んだまま神殿の更に奥へと行くファング。残りもう一体の
「一応言っておくけど、ああなったらもう元には戻れないし、どの道長くは持たないからちっゃちゃと楽にしてあげるのが優しさだと思うよー?」
「ああ、分かっている」
シャーペイの助力は最初から期待していなかったが、助言をくれるだけ随分協力的になったと言うべきだろうか。
魔獣化した信徒は腕力や俊敏さなどは単純に増大していたが理性を失った事により動きは単純化してしまっており爪も牙もどれだけ振るおうともサトラには一向に届かない。サトラ自身もこれならば人間の時だった方が手強かったと内心思いながら爪を避けるのと同時に胴体を薙ぎ払うように剣を振るう。
「硬いっ……ならば!」
魔獣化した強靭な肉体に思うように刃が通らず横薙ぎの一閃も皮膚を裂き肉を浅く切っただけで有効打にならない。当然理性のない魔獣と化した信徒もこの程度の傷で怯む筈も無く腕を振りかぶり、再度サトラ目掛けてその鋭い爪を振り下ろす。
だがそれよりも速く、魔力を込められた剣閃が袈裟懸けに振り下ろされ、今度は強靭な肉体を物ともせず深々と斬り裂いた。
「おぉー、サトちゃんやるねぇ」
致命傷を負った信徒はそのまま床の上に崩れるように倒れ、しばらく藻掻いてから、先のもう一人同様黒い煙となって消滅した。シャーペイの言ったように元々魔獣化した時点で幾ばくも無い状態だったのだろう。
「遺体も残らないのか……因果応報とは言え、何だかやるせないな」
「それにしても案の定というかやっぱり魔族がいたねぇ。ま、ミラーノの海で見つかったのが本物のゴーレムだっていうなら魔族が関与してても何ら不思議じゃないもんねぇ」
「こんな街のすぐ傍でゴーレムが動き出せば大惨事は免れないぞ。私たちも急いでエイジの加勢に行こう」
「キヒヒ、エイジなら大丈夫でしょ。下手にアタシたちが近くにいた方が足手まといだって。魔族はエイジに任せてアタシたちは
「それは……いや、シャーペイの言う通りだな。私が行ったところでエイジの邪魔になってしまうだけか。分かった、私たちは調査を続行するとしよう」
足手まといという言葉に一瞬チクリと胸に鈍い痛みを覚えたサトラだったがシャーペイの言う事は至極合理的だったので彼女の言葉に従う事に決めナイトステークの相手を影次に任せ自分たちはこのまま海底神殿でゴーレムに関する情報を探す事にした。
「キヒヒッ、エイジなら大丈夫だってば。何があったって心配ないって」
「だといいんだが……」
確かに影次の、騎甲ライザーの力は魔族のそれをも凌駕するものだ。それこそ自分たちのような足手まといさえいなければ魔族相手に不覚を取る事はまず無いだろう。だが、それでもサトラは晴れることのない胸騒ぎを抱かずにはいられなかった。
(エイジ……くれぐれも気を付けてくれ)
サトラたちから十分に離れたところで激戦を繰り広げるファングとナイトステーク。だが既に戦況はファングが圧倒的に優勢となっていた。
ナイトステークに自慢の槍を存分に震わせまいと常に間合いを詰め近距離戦を維持するファング。一方のナイトステークは密着されてしまっていては槍を思うように震えず一方的にファングの打撃を受けるばかりだ。
「ライザーブリーカー!」
「グハッ!? こ、この……っ!」
「逃がすか、反転ブリーカー!!」
「がっ……!?」
ファングに体を抱えられたまま背中から天井に叩き付けられ、更にそのまま姿勢を転換され同様に地面に叩き付けられ苦悶の声を上げるナイトステーク。槍の間合いを完全に封殺された狂乱魔人に、もはや成す術は無かった。
「て、てめっ……ずるいぞお前ばっかり! 俺にも刺させろよ! 刺させろよぉ!!」
「また刺されてたまるかっての。あれ滅茶苦茶痛かったんだからな」
身を引いて距離を取ろうとするナイトステークの槍を掴み、引き戻して腹部に拳を叩き込む。ファングの手を振り払ったナイトステークは今度は飛び退く前に足を踏まれ動きを封じられ、下から肘で顎を
(つ、強ぇ……!何か武術をやってるって動きじゃあないが単純に戦い慣れてやがる……!)
「トアッ!」
「んがっ!?」
痛烈な蹴りが脇腹に減り込み勢いよく吹き飛ばされるナイトステーク。だがこれでようやく間合いが取れた、散々やられたが今度はこちらの番だと
「探し物はこれか?」
「ああっ!! か、返せ俺の
蹴り飛ばされたのと同時に取り上げられていたのだろう、ナイトステークの槍はファングの手に握られていた。返せと言われて敵の武器をほいほい返す筈も無く、ファングはナイトステークの槍をぽいっ、と後ろに放り投げる。
「は、ハニー! グフェッ!!」
「このまま決めさせてもらうぞ。終わりだナイトステーク!」
蹴り飛ばしたナイトステークに止めを刺そうと『ファングブレス』に手をかける。だがナイトステークとファングの間に割り込むように突如宙に魔法陣が浮かび上がり、黒い穴となって中から新たな魔人が現れる。
「手酷くやられていますね狂乱魔人。手を貸しましょうか?」
「の、ノイズ……! なんでここに……」
頭からフードで身を隠しているので顔も姿も見えないがその喋り方と声からして女性だと言う事だけは分かる。そしてナイトステークを助けに現れたという事は、つまり
「お前も魔族……魔人って訳か」
「ええ。こうして直接お会いするのは初めてですね騎甲ライザー。私の名はノイズ。
「魔人二体、上等だ。両方まとめて相手をしてやる」
ノイズと名乗った魔人の登場に身構えるファング。だがファング、影次の意識はそこで途絶え……
数秒後、ノイズの足元には変身が解け、まるで人形のように生気のない表情で倒れる影次の姿があった……。
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