月喰再来×狂喜する狂気

 観光都市ミラーノの海の底に沈む巨人像の調査に海に潜った影次たち。巨人像を魔術師学院の調査隊に任せ海底で発見されたもう一つのもの、海底神殿へとやってきた影次たちはそこでドラゴンとゴーレムが対峙する様子が描かれた壁画を発見したのだった。



「もっと詳しく調べてみよう。この神殿が古代兵器ゴーレムと関係あるものならどこかにゴーレムの情報があるかもしれない。起動条件とか止める方法とか分かるかもしれないしな」


「キヒヒ、そんな都合のいい説明書みたいなのがあるかなぁ。ゴーレムって誰が造ったのかも分かってないんだよ? 海に沈んでたのが本当にゴーレムだったってわかっただけで十分じゃない?」


「そっか、じゃあお前だけ先に帰るか?」


「前から思ってたけど実はエイジってそういう辛辣な方が素だったりしない?」


「二人ともこんなところでじゃれあわないでくれ。エイジの言う通り、ゴーレムについてはもっと情報が欲しい。まだ先があるようだし奥まで行ってみようじゃあないか」



 既に半分飽きた様子のシャーペイの不満声を他所に壁画が刻まれていた広間を超え、海底神殿の更に奥へと進んでいく。神殿内の生体反応にでも連動しているのだろうか、影次たちの行く先をまるで指し示すかのように壁に取り付けられているランプが点灯していき、地上と変わらず空気がある事も相まってここが海の底だということをつい忘れてしまいそうになってしまう。



「何ていうか、本当に神殿って感じだな」


「そりゃ多分神殿として作られたからそうだろうねぇ」



 周囲を囲んでいる結界により海水に晒される事も無かったせいか、千年以上海底に沈んでいたとは到底思えないほど神殿の内部は当時の形そのままで残されていた。広間にあったような壁画はあれっきり見掛ける事は無かったが美麗な彫刻を施された柱や壁はそれ自体がもはや美術品だ。



「やはりこの彫刻はシンクレルのものとは違うな。断言は出来ないがおそらくはレザノフの技法だろう」


「へぇ、サトちゃんそういうの詳しいんだ? さっすが王族血縁者だねぇ」


「断言は出来ないと言っただろう。それに別に詳しいと言えるほど知識がある訳じゃあない。……第二部隊のレイヴン隊長がレザノフ大陸の美術品を好んでいてな、昔何度か享受された事があったというくらいだ」


「キヒヒッ、なるほどなるほど。元カレの影響って訳だねぇ」



 第二部隊隊長レイヴン・スケアロウ。サトラの元婚約者であり、当人は現在も絶賛サトラにお熱の御仁だ。職務に熱心な、指導者としても優秀だという事は影次も知っているのだが……如何せん人格的に色々と残念な人というイメージだった。



「だからあの人とはそういう関係では無いと言っただろう。エイジも何か言ってやってくれないか」


「えっ?あぁ、それは別にいいんだけど」


「べ、別にいい……?」



 レイヴンを昔の男・・・と下種な笑みを浮かべて揶揄するシャーペイに影次からの助け舟を求めるサトラだったが既に影次の関心は別のところにあった。

何故だろうか、サトラがちょっとショックを受けているような気がするのは。



「この神殿がレザノフ大陸の造りだとしたら、どうしてそれがシンクレル大陸の海に沈んでるんだろうな。いや、この国でレザノフ帝国の技法で建てたって事もあるだろうけど」


「……それは考え難いな。エイジには話していなかったがレザノフとシンクレルはあまり友好的な関係ではないんだ。わざわざ仲の悪い国の建築技術でこんな大きな神殿を建てるとは思えない」


「だとすると……もしかしてこの神殿、いやゴーレムもろともレザノフ大陸から流れてきたって考えられないか?」


「あー、それは考えられるねぇ。大きな地震とか海底火山とかで地盤ごと大陸を渡って移動してきたって事は十分有り得ると思うよ。とは言っても何百年も昔の事だろうけどねぇ」


「その仮説が正しかったとするならばゴーレムのような危険極まりないものがシンクレル以外の他国にも存在するという事にならないか? ぞっとしない話だな……」


「兎にも角にも海底神殿ここでゴーレムについて少しでも分かればいいんだけど……っ、と」



 海底神殿の深奥へと向かう途中、突然足を止めた影次に一瞬怪訝そうな顔を見せたサトラだったが彼女もすぐにその理由に気付き、腰に下げていた剣をゆっくりと引き抜く。一人状況を理解していないシャーペイだったがそんな二人の様子に何かを察したのか、そそくさと影次たちの後ろへと回り込み身を隠す。



「魔獣……いや、人か?」


「どちらにせよ、こんな深海に沈んだ神殿の中で身を潜めているような輩だ。油断しないでくれエイジ」



 影次の左手首に『ファングブレス』が出現し、サトラが剣の柄を握り締める。そして向こう・・・も影次たちに気付かれた事を悟ったのだろう、正面の曲がり角から突如として黒い影が飛び出し、その手に鋭く光るナイフを構えながら猛然と襲い掛かってきた。



「エイジっ!!」


「分かってる! 下がってろシャーペ……って早いな!」



 影次が自分の背中に隠れていた筈のシャーペイを一瞥すると既にシャーペイは遥か後ろの柱の陰に隠れながら影次とサトラを応援するようにひらひらと手を振っていた。

そしてシャーペイに気を取られている隙に黒いローブに身を包んだ襲撃者は眼前にまで迫り……影次が身を捻った次の瞬間、殺意に満ちた刃物が空を切った。



「魔族、って訳でもなさそうだな……こんな海の底に盗賊がいるとも思えないけど……っ!」



 首や心臓といった急所ばかりを狙ってナイフを繰り出してくる襲撃者の攻撃を辛うじて避け続ける影次。一方のサトラは三人に囲まれてしまっている。どうやら襲撃者たちは丸腰の影次よりも帯剣していたサトラを脅威と判断し先に仕留めるつもりのようだ。

だが……。



「ハァァッ!!」



 三対一にも関わらずむしろ圧倒しているのはサトラの方だ。前後左右から矢継ぎ早に降り注ぐ襲撃者たちのナイフもサトラが剣を一振るいするだけで弾かれ、いなされ、果ては返す刃で逆に斬られていく。

襲撃者たちも決して弱い訳では無い。身のこなし、迷いなく急所を狙ってくる手管は手練れと言っていいレベルのものだ。

だがそれでも鎧も来ていないどころか水着という軽装極まり無い格好だと言うのに三人掛かりでも掠り傷の一つすら付ける事が出来ずにいたのだった。



「何者だ? よもやこのような場所で物取りとは言うまい。白状してもらおうか」


「くっ……! 貴様らのようや卑しき学院の犬如きに語る事など無いっ!」


「そうか。ならば実力行使といかせてもらおう。多少の怪我は覚悟するんだな」



 自棄になった襲撃者の一人が腰だめに構えサトラへと突進する。さながら任侠映画の鉄砲玉のような攻撃だがサトラが振るった剣の切っ先は襲撃者の手の中から奇麗にナイフだけを抜き取り、切り上げられたナイフが放物線を描いて宙を舞ったかと思うや肩と足を斬られた襲撃者が苦悶の声を上げながら神殿の冷たい床の上に倒れる。



「安心しろ、手当は必要だが命に別状はないように斬った。さぁ、大人しく投降しろ」


「おぉ……流石、騎士団最強」



 影次が何とか必死に一人を相手にしている間に三対一で圧倒するサトラの強さに改めて感服する影次。

思い返してみれば今までは魔族やら巨大蜘蛛やらといった、余りにも相手が悪い場合ばかりだったというだけでサトラ自身は十分過ぎる程強いのだ。勿論、変身しなければ影次よりも遥かに、ずっと。



「エイジ、君は大丈夫なのか?」


「ああ、何とか……ギリギリかな」


「が、あぁ……! は、離せ貴様ぁ……!」



 生身の人間相手という事もあり変身を躊躇ってしまったのでサトラのようにスマートに無力化という訳にはいかなかったが影次も何とか、辛うじて襲撃者の一人を取り押さえていた。ちなみに現在コブラツイスト中だ。



「お前たち一体何者だ? 我々を魔術師学院のものと勘違いして襲ってきたようだが、素性と目的を全て話して貰おうか」



 残り二名の襲撃者へと剣を向け投降を促すサトラ。だが今し方倒し足元に伏している襲撃者が突然激しく体を震わせたかと思った次の瞬間、大量の血を吐き出し、藻掻き苦しみ始めた。



「な、なんだ!?」


「この世界に……あるべき神をっ!!」



 そう言って今度は影次が押さえ込んでいた襲撃者も同じように突然体を震わせ吐血し苦しみ始め、思わず影次が手を離すと喉や胸を押さえながらフラフラとよろめき、倒れる。



「見事だ同胞よ……お前たちの魂は我らが神の元へと迎えられるだろう」


「この世界にあるべき神を……!」



 残り二人の襲撃者たちは懐から小さな革袋を取り出すと勢いよく地面に叩き付け、袋の中に入っていた粉を散布させ煙幕のようにして自分たちの身を覆い隠し逃げ去ろうとする。



「……っ! 待て!!」


〈警告。散布された粉末に大量の神経毒が含まれております。皮膚接触および呼吸器から摂取した場合意識混濁や麻痺などの症状が発生する容量です〉


「追うなサトラ! 毒だ!」



 振りまかれた粉が人体に有害なものだと『ルプス』が即座に算出し、咄嗟に追いかけとしたサトラを影次が慌てて制止する。

煙が晴れる頃にはとうに襲撃者たちの姿は影も形も無くなっており、藻掻き苦しみながら倒れた残り二名も、口だけでなく目や耳、鼻などあちこちからどす黒い血を流して既に事切れてしまっていた。



「何て連中だ……まるで躊躇いも無く自害するとは。自分たちの命を何だと思っているんだ」


「ローブに見覚えのあるマークがあるな。確かこれって……」


「キヒヒ、月喰教会エクリプス紋章エンブレムだねぇ」



 いつの間にか戻ってきていたシャーペイが影次の肩越しに襲撃者の遺体を覗き込みローブの胸元に刻まれていた紋章を見てケラケラと嗤う。

以前に三月教会の巡礼団を罠にかけ亡き者にしようと企み、ダンジョン化した礼拝堂で影次たちやキースホンドと交戦した三月教会を敵視する教団だ。



月喰教会エクリプス……話には聞いていたが、本当に恐ろしい連中のようだな」


「前に遭遇した時も突然襲ってきたり躊躇いもせず自爆したりってヤバかったけど、本当に教徒全員こんな調子なのかよ……」



 影次たちが遭遇したダンジョン化した礼拝堂での一件では一人巡礼団の保護のため残っていたサトラは初めて実際に月喰教会エクリプスの狂気ぶりを目の当たりにし、言いようのない不気味さを感じていた。


「ミラーノの海岸で夜な夜な目撃されてた不審者もこいつらだったんだねぇ。人目につかないのをいい事にこの海底神殿を隠れ家にしてたのかな? 流石にこいつらがゴーレムと関係あるとは思えないけど、どうすんの? まだ調べる?」


「勿論だ。月喰教会エクリプスが関与しているとなれば猶更だ。今逃げた連中も捕えなければならないしな。それにまだ他にも仲間がいるかもしれない」


「俺もサトラに賛成だ。もし万が一でもあんな危ない奴らがゴーレムの力を悪用でもすれば下手すりゃ魔族より大変な事になりかねないしな」


「あーやっぱりねぇー。めんどくさいなぁもぉー」


「そっか、じゃあお前だけ先に帰るか?」


「そうやってアタシにだけやたら素っ気無いのって実は愛情の裏返しだったりしない?」


「あはは、そうかもなー」


「何て冷たい顔で笑うのさ!」









side-???-




「戻ってきましたか。こちらの用意はもう済んでいますよ、済んで。おや、後の二人は?」



 影次たちを襲撃した月喰教会エクリプスの教徒たちが海底神殿の一角に設けていた隠れ家へと戻ると一人撤収作業のために残っていたファルコが出迎え、同胞たちの様子を訝しむ。

自分たちがアジトの一つとして使っていたこの海底神殿を調査しに来た連中を始末しに行った筈の仲間たちが血相を変え、しかも仲間を半分失って戻ってきたのだ。只事では無いという事は一目瞭然だ。



「準備が出来たならすぐにここを離れるぞ……! 急げ同志ファルコ!」


「奴らは学院の犬では無いようだ……他の二人もやられてしまった。都合のいい場所だったが仕方ない……ここは遺棄して我々も撤収する」


「成程、そういう事ならば仕方ありませんね、成程」


「して、導師。我々が持ってきた道具や薬はどこに?」



 教徒の一人がそう尋ねた次の瞬間、返答の代わりにファルコが突き出した錫杖の柄に腹部を刺し貫かれる。槍の穂先のように鋭く尖った柄の先は容易く腹から背までを貫き通し、ファルコがそれを引き抜くのと同時に月喰教会エクリプスの教徒は何が起こったのか理解する暇もなく、血反吐を吐き散らしながら倒れ、絶命した。



「ど、同志ファルコ!? 貴様何を血迷った、月喰教会エクリプスに反旗を翻すつもりか!!」


「反旗など滅相も無い、滅相も。これもまた世界にあるべき神を迎える為に必要な事。そう、我らが神は仰っておられる。汝の心のままに、汝の信ずる神のために、と」


「それが何故無下に同胞を殺める事に繋がるっ!?」


「決まっているじゃあないですか、決まっているじゃあ。僕は僕の心のままに、魂が求めるままに。ふふふ、一度こうして同じ神に殉ずる同志を刺し貫いてみたいと思っていたんですよ、刺し貫いてみたい、と」



 突然同胞を手にかけたファルコにもう一人の月喰教会エクリプス教徒はナイフを構え、後退る。

まるでそれが呼吸をするかのようにごく自然な事とでも言うかのように平然と仲間を殺した理由を語るファルコ。世間から邪教と呼ばれている月喰教会エクリプスの信徒から見ても、ファルコは狂っているとしか言いようが無かった。

血に塗れた錫杖を指でなぞるその表情はまるで子供のように無邪気で、それは狂信者たる月喰教会エクリプスとも一線を画す、あまりにも異様な狂気だった。








「これはこれで愉しい事は愉しいけれど……やっぱり物足りないな、やっぱり」



 返り血にまみれたローブで同じく血に塗れた錫杖の柄を拭うと汚れたローブを脱ぎ捨て、足元に転がる同胞二人の無残な亡骸と一緒に部屋の隅へと蹴り飛ばす。

すると突然何もない空間に黒い穴のようなものが出現し、穴の中から月喰教会エクリプスとも、そして三月教会とも違うローブで顔と体を隠した女性が姿を現す。



「ああ、あなたも来たのかノイズ。丁度良かった、刺し足りないと思っていたところで、丁度良かった」


「ふざけていないで任務を果たしなさい。それで、月喰教会エクリプスに流していた魔核は回収出来たのですか?」


「ついさっき終わったところですよ。とは言えこの連中に流していた分だけなんで微々たる量ですが。あとはついでにこいつらが所持していた魔法道具も何かに使えるかと思って、全部確保していますよ」


「成程、貴方にしては上出来です。では今すぐにでも撤収と言いたいところですが、例の騎甲ライザーなる邪魔者も今海底神殿ここに来ています。出来ればこの機会に……」


「騎甲、ライザー……?ああ、あれが今、ここに……?」


 ノイズからその名前を聞いた瞬間、ファルコがその細い瞳を見開き満面の……と称するにはあまりにも歪んだ笑みを浮かべると懐から紫色に怪しく輝く魔石を取り出し、無造作に宙に放り投げると錫杖の柄で勢いよく突き、砕く。



槍着そうちゃく!」



 砕け散った魔石の破片は粉状となって宙に魔方陣を描き、中から不気味に這いずり出てきた甲冑がファルコの全身に纏わり付き、彼の姿を異形のものへと変貌させていく。

 剥き出しの筋組織のような関節部が異彩を放つ群青色の甲冑鎧。手にしていた錫杖は潜血のような鮮やかな赤い槍へと形を変えていた。


 三月教会の宣教師、月喰教会エクリプスの教徒という複数の素性を持つファルコの三つ目の姿……。

魔族の一人、魔人が一角、狂乱魔人ナイトステーク。それがファルコの真の姿だった。



「こんなところでまた会えるなんて、あるべき神よ感謝します……! あぁ、ウズウズして仕方がない。今度こそ思う存分串刺しにしてやるからな、待っててくれよ騎甲ライザー!」

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