調査準備×暗躍する者たち

 観光都市ミラーノに到着しサトラの母マリノアの屋敷で一晩を過ごし迎えた翌朝。東部海岸では早速魔術師学院の調査隊が海底調査のための準備を進めている真っ最中だった。



「そう言えば今更だけど海の底の巨人像をどうやって調べるんだ? 引き上げるか?」



 港の入り口に『関係者以外立ち入り禁止』の規制線を張りながら自分で言っておきながら本当に今更な質問をマシロに投げかける影次。ディプテス山で見たゴーレムはそれこそ山一つ分はありそうな大きさだった。あんなサイズのものを海の底から引き上げるとなると影次には到底その手段が想像出来ない。異世界こちらには現代のような重機も存在しない。何かそういった魔法があるのだろうか。



「そんな事無理に決まってるでしょう。海に潜って直接調べるんですよ」


「ああ、やっぱりそうだよな。でも巨人の像が見つかったのって海底深くなんだろ? そんなところまで潜っていけるのか?」


「調査隊は水の中でも長く深くまで潜れる特別な魔法道具を持っていますから大丈夫ですよ。お喋りしていないで手を動かしてください」


「あ、はいすいません」



 気のせいか、今朝から……いや昨夜からだろうか、マシロが冷たい。影次も特に機嫌を損ねるような事を言った覚えが無いのだが態度が素っ気ないというか拗ねているように見えるというか……。



「……なぁ、俺何かしたか?」


「いえ、別に。どうしてですか? 何か後ろめたい事でもあるんですか?」


「いや心当たりは無いけど……って、やっぱり怒ってるだろマシロ」


「いえ、別に。夜の浜辺で二人きりのデートはさぞ楽しかったんだろうなぁ、だなんて思ってませんけど」


「見てたのかよ……ってデートとかじゃないって。ただちょっと話をしてたってだけで」


「別に不貞腐れても拗ねてもありませんからお構いなく」



 どう見ても不貞腐れて拗ねている。マシロからすれば敬愛するサトラとこっそり月が綺麗な夜の海で逢引していた訳だ、それはやきもちの一つも焼くかもしれない。



(マシロも難しいお年頃って事か)


〈警告。朴念仁も大概にするべきかと〉


(突然何だよ!?)


「ご苦労様です。申し訳ありません、我々の作業の手伝いまでして頂いてしまって。……どうかなさいましたか?」



 丁度影次とマシロが規制線を張り終えたところに学院の調査団の責任者であるテネリフェがやってきた。テネリフェは二人の様子を見てほんの少しだけ首を傾ける。どうやら影次たちがケンカでもしているのだと思ったのだろう。それにしても流石にリザほどでは無いが感情の動きが読み取れない女性だ……。



「別に何でもありません。それでテネリフェ、改めて確認しておきたいのですが……」


「あなたが懸念しているのは我々が学院内のみに調査内容を秘匿してしまう事でしょう?心配なさらずとも、あなた方にもきちんとすべて包み隠さずお見せしますよ」


「それはとても有り難いんですけど……えっと、良いんですか? 私たちに情報を流しても学院には何の利益にならないのでは……」


「そうですね。仰る通り学院としては何の利もありません。……そんなに不安なのでしたら魔術師らしく頂くべき対価を請求させて貰いましょうか? そう身構えなくても、少しあなたにやって頂きたい事があるだけです」



 対価を請求すると言われ警戒するマシロをテネリフェは無言で手招きすると何やら影次には聞こえないようにひそひそとマシロに耳打ちする。

それを聞いたマシロは唖然とした表情を浮かべ、何度かテネリフェに確認を取り、また唖然として……戸惑いながらも頷き、テネリフェの要求を飲んだ。



「そ、それくらいの事でいいのなら私は別に構いませんけど……」


「それを聞いて安心しました。ではお二人とも行きましょう。向こうの準備も整いましたので」



 変わらず感情の見えない人形のような表情のままではあったがテネリフェはマシロが要求を呑んだ事に満足した様子(?)で影次たちを海底調査の準備が整った海岸へと連れていく。

まだポカンとした表情のマシロに、影次も流石に何を要求されたのか気になってしまい同じようにテネリフェに聞こえないよう耳元に顔を寄せ、小声で尋ねてみた。



「一体何を言われたんだ?」


「それが何と言えばいいのか……。あ、別に何か問題があるという訳ではないですし、大した事じゃないんですが。本当に大した事じゃないですから、そんな心配しなくても平気ですよ」


「そうか? ならいいんだけど」


「大丈夫ですよ。もしもの時はちゃんとエイジを頼りますから」



 マシロはそう言ってクスクスと笑い、それから我に返ったかのようにキッ、とまた表情と声色を冷たいものへと変えるとまるで再撮リテイクするかのように一度咳ばらいをしてから……。



「別に。エイジには関係のない事ですから。お構いなく」


「さては拗ねてたの忘れてたんだろ」










 テネリフェ以外の調査隊とサトラたちは既に港に集まっており影次とマシロを待っていた。調査隊の魔術師の半数は学院のローブ姿では無くダイビングスーツようなインナーを着込んでおり腰には調査に使用する道具が入ったウエストポーチのようなものを巻いている。

それもそうだ、ローブ姿で海に潜る訳が無い。



「第四部隊の皆さん、これを」



 マシロやサトラに水色に輝く綺麗な石が埋め込まれたペンダントを手渡すテネリフェ。これが先程マシロも言っていた水中でも長時間潜っていられる特別な魔法道具らしい。

テネリフェたち調査隊は全員海に潜る訳ではなく半数は地上に残り待機するとの事で、余りの分を影次たちに提供してくれたようだ。



「ではそちらの準備が整いましたら声をかけてください」



 テネリフェから魔法道具の使い方を一通り聞いたところで、影次たちは早速魔法道具を首に巻こうとして……まだ肝心な事を確認していなかった事を思い出した。



「ところで、この中で泳げない者はいるか?」



 訪ねながら一同の顔を見回すサトラ。視線が会った順番からまず影次が小さく片手を上げ、続いてシャーペイがサトラの質問に答える。



「得意とまではいかないけど一応一通りは」


「アタシもフツーに泳げるよー」


「二人は大丈夫だな。……マシロとジャン殿は、もしかすると」



 矛先を向けられたマシロは影次のようにゆっくりと手を上げていき……そのまま胸の前で小さく両手で×印を作る。それに倣ってジャンも同様に泳げませんポーズだ。



「し、仕方ないじゃないですか! ビションフリーゼの街を見たでしょう? あんな極寒の地で泳ぐ機会なんてある訳ないじゃないですか!」


「キヒッ、まだ何にも言ってないよぅ」


「ジャンも泳げないのか。何か意外だな」


「面目ありません……鼠獣人チューボルトにとって水場は泳ぐものではなく浮くものなのです。こうして頬袋に空気を貯めてですな」


「実践せんでいいっての」


「なら、マシロとジャン殿は地上に残る調査隊と一緒に待機していてくれ。テネリフェ殿たちには私とエイジ、シャーペイが同行しよう」



 チーム分けが決まったところで今度は着替えだ。流石に普段の服装のままでは潜れないのでそれなりの格好になる必要がある。

影次の場合、ただ上着を脱いだだけでほぼ8割方いつも通りの格好だったが。



「布服一枚だけだからな。これで十分だよ」


「ふむ、エイジ殿の水着姿を拝見出来る機会だと思ったのですがな」


「誰にどこに何の需要があるんだよ」



 ほとんど一瞬で身支度を終えた影次とは打って変わり、サトラとシャーペイは十数分ほど経って岩場の影から姿を現した。

調査隊を習ったのかピッタリとした黒いインナー……と思ったらよく見るとただの水着だ。ワンピースタイプの黒い水着に髪はポニーテール状に束ねており腰にはパレオの代わりに剣を下げたベルトを巻いている。

海に潜るので流石に鎧は着られないというのは分かるが、これは流石に予想外だった。



「おおー、眼福ですな」


「どうだジャン。需要っていうのはああいう事だよ」


「ふ、二人ともどうして拍手なんてしているんだ……?」



 流石に恥ずかしいのか自分の身体を抱くように縮こまるサトラ。そんな彼女に思わず感嘆の言葉と共に男性陣が拍手喝采しているとサトラと同じ姿になったシャーペイが現れる。



「キヒヒッ、どうどう? スタイルならアタシの方がサトちゃんより自信あるんだけどさぁ」


「あーはいはいシャーペイちゃんサイコー」


「目のやり場にこまりますなー」


「二人とも心底どうでもいいって顔だねぇ!」


「って言うかそれ普通の水着だろ? もうちょっとこう……他になかったのか?」


「……最初は私たちもテネリフェから潜水服を借りようとしたんですけど、その……お二人のサイズに合うものを向こうも持っていなくて……急遽近くのお店で」



 経緯を説明してくれるマシロだったが、何故かその目には光が消えておりドス黒い闇色に濁ってしまっている。一体何があったのだろうか……怖くてとても聞ける雰囲気ではないが。



「いいんです……私にはまだ将来性がありますから……姉さんだってあれだけのスタイルなんです、きっと私だってもう数年もすれば……」


「いや、まぁその……あの二人が特に規格外ってだけで、あんまり気にしないでいいと思うぞ?」


「うるさいですほっといてください氷漬けにして海に流しますよ」


「ま、マシロみたいな子にもちゃんと需要はあるからそんな拗ねなくても……ってごめんごめん! 本当に氷魔法撃とうとするなって!」


「大きいのも小さいのもあっていい。あっていい。それが浪漫というものです」


「そうそう浪漫……って」



 いつの間に来たのだろうか。唐突に会話に混ざってきた第三者に驚く一行だったがその人物の顔に影次とシャーペイは見覚えがあった。



「あなたは、確か昨夜三月教会の……」


「昨晩ぶりですね。どうも、お初にお目にかかる方もいらっしゃるので改めて。三月教会所属の宣教師、ファルコと言います。どうぞお見知りおきを、どうぞ」


「ああ、あなたが昨日エイジたちが会ったという」


(って言うか、昨日とは服装からしてまるっきり別人なんだけど)


(キヒヒッ、とてもじゃないけど教会の人間には見えないねぇ)



 影次とシャーペイが思わず顔を見合わせるのも無理もない。影次たちの前に再び現れたファルコは昨夜の聖職者然とした純白のローブ姿では無く、やたら色彩鮮やかな花柄のシャツに短パンといった姿で錫杖ではなく釣竿を手に持っていたからだ。極め付けに丸いサングラスまでかけているではないか。

その見た目から十中八九、教会の人間だとは思われないだろう。影次も今のファルコは聖職者というよりハワイ旅行に来た観光客にしか見えなかった。



「皆さん海水浴ですか? 遊泳ならこちらではなく南部海岸ですよ、こちらではなく」


「いや、俺たちは遊びに来た訳じゃなくて……」



 三月教会とは協力関係にあるという事もありファルコに自分たちの素性と簡単な経緯を説明する影次たち。するとファルコも影次たちの事はトリアンタから聞いていたらしく「そうですか、あなた方が例の。そうですか」と驚いた様子を見せた。



「なるほど、あの話題の巨人像の調査に。それはそれはとんだお邪魔をしてしまいましたね、とんだお邪魔を。知った顔をお見掛けしたのでつい声を、つい」


「お気になさらず。ファルコさんは……えっと、ここには一体何を」


「僕は見ての通り宣教師らしく三月教会の教えを布教しに街を回っているだけですよ。おっと、いつまでもお時間を取らせてしまってはいけませんね、取らせてしまっては。ではでは、皆さまにどうか女神のご加護があらんことを」



 手を組み祈りを捧げるとぺこりと頭を下げてファルコは釣竿を片手に去っていった。布教活動中と言っていたが三月教会の教えを海の魚相手に広めるつもりなのだろうか。何というか、教会の人間とは思えない自由な人だ。



「教会の無い街を巡って三月教会の教えを広める宣教師、か。それにしても……中々個性的な方だったな」


「宣教とか言って単に教会のお金でぶらり旅してるだけじゃないの? ミラーノにだって絶対釣りしに来たでしょ、あの格好」


「別にいいんじゃないですか? それよりほら、用意が出来たなら早く行きましょう。テネリフェも待ちくたびれてるでしょうし」


「ですな。エイジ殿、どうかなさいましたかな?」


「……いや、何でもない。今行くよ」



 後ろを振り返る影次だったが既にファルコの姿はどこにも見えなくなっており、すぐにサトラやマシロたちの後を追って調査隊が待つ港へと戻っていく。



(ここの海岸は立ち入り禁止にされている筈なのに、ファルコさんは一体どこから入って来たんだ……? 考えすぎかな)











side-???-



 影次たちと別れ人気のない海岸の端までやってきたファルコ。そんな彼の前に物陰に潜んでいた黒いローブに身を包んだ男たちが現れる。

海水に濡れたローブから覗く首元には影次たちが調査隊から借りたものと同じ魔法道具が見て取れる。



「よもや我らのアジトがこのような形で暴かれてしまうとはな」


「ここまでの騒ぎになってしまっては撤退せざるを得ないだろう。学院の魔術師などという俗物共に立ち入られる前に速やかに撤収せねばなるまい」


「想定外も甚だしい。まさか隠れ家アジトにしていた海底遺跡の真横にあんな巨大な石造が埋まっていたなど……いや、今更嘆いても仕方ない。同志よ、これからどうする?」


「そうですね……こうなっては致し方ありません、こうなっては。ここは隠れ家アジトとしては絶好の場所だったのですが、残念です。我々も取り急ぎ海に入るとしましょう。調査隊彼らに見つかる前に、取り急ぎ」



 同志。そう呼ばれたファルコは他の男たちと同様の漆黒のローブを取り出すと派手な柄色のシャツの上から袖を通し、目深にカードを被る。

胸元に三月教会が掲げる紋章を十字に切り裂く独特の紋章が入ったローブに身を包んだファルコ。

いや、既にそこにいたのは三月教会の宣教師としての彼では無かった。



「ただ、もし彼らと鉢合わせしてしまったら……その時は残念ですが、尊い犠牲になってもらうしかありませんね。残念ですが」


「ああ。この世界にあるべき神を」


「この世界にあるべき神を」



 黒いローブの男たち、月喰教会エクリプスの信徒たちは口々に自分らが崇める創世神へ祈りを捧げながらミラーノの海へと入っていく。

これから自分たちの隠れ家へとやってくる来訪者たちに先んじるべく、そして必要とあらば、彼らを人の手の入らぬ海の底で亡き者とするべく。



「さぁ、それでは行きましょう。この世界にあるべき神を迎えるために」










「はは、これまた面白い事になってきたじゃないか」


「笑い事ではありませんよ死霊魔人。この事態、どう始末をつけるつもりですか。ここに眠っていた古代兵器ゴーレムが人目についてしまったのも元はといえばあなたがディプテス山のゴーレムを起動させてしまったせいでしょう」


「だからそれは俺のせいじゃないっての。元凶ヤツにはもう責任取らせて後始末に行かせたよ。

それにしてもゴーレム同士で何か共鳴でもするのかね? 『大地のティターン』と同じように『海のオケアノス』も海底の岩盤の下で今の今までずっと沈黙してたっつーのに」



 街はずれの高台から東部海岸を見下ろす二つの影があった。


 一方は全身を包帯と骸骨のような鎧に包んだ不気味な姿をしており、もう片方はフードに顔も体も隠しており声から女性のようだ、という以上の事は分からない。

人ならざる両者の目には眼下にいる影次たちの、そしてファルコたち月喰教会エクリプスの様子が手に取るように見えており、それぞれがそれぞれの思惑を持ってミラーノの海に潜っていく様子の一部始終を、文字通り高みの見物で見下ろしていたのだった。



「さてと、俺は予定通りしばらくは様子見させてもらうぜ。ティターンみたいにオケアノスまで突然動き出したら堪ったもんじゃねえし。お前はどうする? ノイズ」


「そうですね……創造主様マスターからは特にご指示も頂いておりませんし。私も一度例の騎甲ライザーなるものをこの目で見ておきましょうか」


「クックッ、お勧めしねぇぞ? せいぜい殺されないようにな」



 からかっているのか、将又はたまた本心からの心配なのか。包帯姿の怪物、死霊魔人アッシュグレイの軽口にノイズと呼ばれたフード姿の女性は無言のまま音も無くその場から姿を消す。

一人残されたアッシュグレイは改めて海岸を見下ろし、その視線を影次へと、幾度となく命のやり取りを交わした親愛なる宿敵へと向ける。



「期待してるぜ騎甲ライザー。さぁ、今度はどんな風に楽しませてくれるんだ?」

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