月夜の海岸×それぞれの切っ掛け

「……で、結局何もせずに帰ってきちゃったねぇ」


「仕方ないだろ。見回りしてる人がいるとは思って……って、考えてみれば夜な夜な不審者か出るって海岸なんだし行く前に予想出来たよな……。出来ればコッソリ調べたかったんだけど明日調査隊の目を盗んでコッソリ調べるとしよう」


「キヒヒ、コッソリなのは変わらないねぇ」



 明日、魔術師学院の調査隊による巨人像の調査が始まる前に独自に調べようとした影次とシャーペイだったが海岸を見回りしていた三月教会の宣教師ファルコの存在によって止む無く断念したのだった。

 三月教会は影次たちに全面協力してくれると言ってはくれたものの、影次たちの事情の詳細を知っているのはあくまで教皇トップであるトリアンタを始め一握りしかいない。影次たちに協力するように、と大陸中の教会に通達はされているそうだが末端の教徒にまで話が通っているかどうかは正直怪しいところだ。



「あの細目のお兄さん一人くらいなら適当に誤魔化すなりちょっと強引にでもいっちゃえばよかったのに。エイジって変なところで慎重になるよねぇ」


「お前がいい加減なだけだろ。下手な事をして騒ぎになったら教会にもサトラたちにも迷惑になるからな」


「キヒヒ、相変わらず甘いねぇ。目当てのものがすぐ近くにあるんだから手段なんて選ばなきゃいいのに。もっと自由に好き勝手に生きようよぅ。疲れない?」


「俺は別に好き勝手に生きたくてライザーになった訳じゃないからいいんだよ。あんまりつまらない事ばっかり言ってると浜に縦に埋めて帰るぞ?」


「絶対自力じゃ出られない埋め方だよねぇ! わぁ目が笑ってないよぅ!」



 半分冗談だったのだが影次に凄まれるとシャーペイは慌てて脱兎の如く逃げていく。大袈裟なものだ、確かにもう半分は本気だったが……。

 シャーペイがいなくなり一人になった影次は折角なのでこのまま夜の海岸をゆっくりと散歩しながら帰る事にした。人々の喧騒も無い、波の音だけが静かに響く砂浜。夜空の闇を落とし込んだかのような漆黒の海、海と空が黒一色に染まる中で一際淡い輝きが際立つ、三つの月。



(『ルプス』、ここから例のものを探知することは出来るか?)


〈目的の対象は探知可能範囲外。また探知機能が完全では無いのでもし可能であったとしても正確な情報を読み取れるかどうかは〉


(まだ完全に機能が修復してないのか……それだけの無茶をさせちまったって事なんだろうけど、万が一の場合を考えるとちょっと不安だな)



 影次が懸念しているのはもし海底で発見されたという巨人像が本当に古代兵器ゴーレムだった場合、そしてディプテス山のゴーレム、ティターンのように突然動き出した場合だ。

 文字通り山のような大きさの巨人、もといロボットが相手ではこちらもまた騎甲巨神ダイライザーでなければ対抗しきれない。



(また騎甲巨神ダイライザーを呼び出したらライザーシステムにどれだけの影響が出るんだろうか……。もし、最悪変身すら出来なくなったらどうする……?)



 穏やかな潮風に吹かれながら内心拭い切れない不安を抱きつつ、マリノア邸に向かって砂浜を歩く影次。そんな時ふと、自身の進行方向に月明かりに照らされた夜の海に佇む一人の女性の姿に気付いた影次は思わずその場で足を止めてしまった。



「……ん? なんだエイジか。どうかしたのか? そんな呆けた顔をして」


「えっ、いや……あ、サトラ……だよな?」



 影次がつい確認を取ってしまったのも無理もない。そこにいたのは普段の見慣れた騎士団の制服姿ではなく、銀色のドレスに身を包んだサトラだった。



「あ、あまりジロジロ見ないでくれないか? 物珍しいとは思うだろうが私とてこんな格好をしているのは本意ではないんだ。ただマ……母上がちょっと、強引にだな」


「いや、物珍しさって訳じゃないんだけどさ……。何というか、サトラってそうやってちゃんと着飾るとえげつない美人になるな」


「えげ……ほ、褒めてくれている、と思っていいのか? それは」



 実際影次も一瞬サトラだと気付かず見惚れて足を止めてしまった程だ。普段は騎士団の制服姿という事もあってか凛々しさや格好良さといった印象が先立つサトラだが、体形のラインがはっきりと分かるドレス姿になると否応にもその抜群のスタイルが強調され女性らしさが前面に押し出されてくる。胸元も背中も大きく開いているタイプのドレスだったので目のやり場に困って仕方がない。

 一応ショールを羽織ってはいるものの、薄すぎてほとんど肌が隠せていない。長い金髪も編み込みにされ纏められているのでうなじから肩まで大胆に露出しているので本当に目のやり場に困って仕方がない。



「母上がとにかく大はしゃぎしてしまってな……お陰であまり他人には聞かせてほしくもない子供の頃の話やら何やら……。挙句には昔のドレスを引っ張り出してきて人のことをまるで着せ替え人形のように……って、笑わないでくれないか。本当に大変だったんだぞ」


「い、いやごめん……。サトラがそんな格好のまま逃げてくるくらいだもんな。うん、大変だったな。それだけお母さんも久しぶりにサトラに会えたのが嬉しかったんだろ」


「それは勿論私だって分かっている。年に一度くらいしか顔を見せない親不孝者だ、多少の辱めくらいは甘んじて受け入れようとは思うのだが……エイジやマシロの手前となると話は変わってくるだろう。分かるだろう?」


「まぁ、友達の前で家族にしか見せない部分をバラされるは確かにキツいかもな」


「そうだろう? マシロもジャン殿も口には出さなかったが何とも言えない顔をしていたからな……。ドレスなんて数年ぶりに袖を通したよ。母上に言われて仕方なく二、三度夜会に出席した時に仕立てたものなんだが……なぁ、本当におかしくないか?」



 そう言って影次の前でくるりと一回転して見せ、足首まで届く長い裾とショールがふわりとなびかせるサトラ。本当にこうしていると騎士団最強の剣士とまで言われる剛の者とは思えない。夜会に立てば間違いなく男たちの視線を一身に集めるであろう美貌だ。影次も無意識に拍手してしまっているくらいだ。



「本当によく似合ってるよ。同い年とは思えないくらい大人っぽいし。うん、綺麗だ」


「臆面もなく真っ向からそういう事を言えるのは君の美点なのか欠点なのか……。まぁ、でもエイジにそう言って貰えるのは悪い気分じゃあないな。ああ、そう言えばエイジはどうしてここにいるんだ? さっきシャーペイが何だか必死の形相で走っていったのが見えたが……」


「ああ、夜のうちにこっそり件の巨人像を調べられないかな、って思って海岸まで行ったんだけどさ」



 そこで影次が見回りをしている三月教会の宣教師に出会い、調査隊の手が入る前に今夜中に自分たちだけで巨人像を調べる事を断念した事を伝えるとサトラは呆れたとばかりに溜息をつく。



「そういうやり方はあまり関心しないぞ。確かに君やマシロの言う通り魔術師学院が独自に古代兵器ゴーレムの情報を秘匿しようとする可能性は考えられなくもないがテネリフェ殿は我々の同行を許可してくれたんだ、ならばまずは彼女の言葉を信じてみるべきじゃないのか? 夜のうちにこっそりと、なんて彼女の厚意を裏切る事になってしまうじゃないか」


「まぁ、サトラの言う事も分かるけどさ、もし本当にこの海に沈んでいるのがゴーレムだとしたら……」


「だったら猶更だ。学院とてディプテス山のゴーレムの一件は既に知っているんだ。実際あれだけのものが動き出せばどれほどの被害が出てしまうか、そんな事も分からない彼らではないだろう。

 それにこの辺りの海域は夜になるとジャイアントクラーケンが出るから夜の海に入るのはどのみちお勧めしないぞ。……エイジ、君はどこか自分が何とかしなければいけないと思っているんじゃないか?」


「別にそういうつもりはない……つもりなんだけど。まぁ確かにサトラに相談もせず勝手したのは悪かった、ごめん」


「何かと悪評ばかり聞いてきた君が騎士団や学院を今一つ信用出来ないという気持ちもわからなくはないが、今回はマシロの友人を信用してみようじゃないか」


「友人……って言っていいのかな。マシロは名前も覚えてなかったみたいだけど」



 だがサトラの言う事も尤もだ。テネリフェが最初から巨人像の調査結果を秘匿するつもりなら影次たちの同行など最初から許可しないだろう。それ以前に向こうからわざわざマシロに接触したりもしない筈だ。テネリフェはマシロの仲間だからという事で特別に許可をしてくれた、あくまで彼女の厚意なのだ。



「そう、だな。騎士団だって色々方々でろくな噂を聞かないけどみんながみんな嫌な奴って訳じゃないもんな」


「ぐっ……現役騎士団員の私の目の前で言うか? 一切反論の余地も無いのが辛いんだが」


「冗談だよ。魔術師学院だってマシロやセツノさんみたいに話せば分かってくれる人たちかもしれないし」



 とは言え今まで出会った学院の関係者と言えばマシロとセツノくらいしか知らない影次は学院の人間が基本的にどういった者たちなのかは分からなかったので、所属する術師を全員マシロに置き換えて頭の中で思い浮かべてみる事にした。

 ……プリンの奪い合いをする大量のマシロたちという光景が浮かんだ。



「毎日プリン大戦争だな」


「君は一体何を想像しているんだ……」



 夜も更け、明日は当初の目的である海底の巨人像の調査もあり朝も早いので帰ろうとする影次だったが、徐に後ろから袖を握られ再び足が止まる。



「歩きながらでいい、少し話さないか?」



 波と風の音だけが響く静かな夜の浜辺、月明かりに映える銀色のドレスに身を包んだ艶やかな金髪の麗しい淑女からの誘い。当然断る理由も無いので二人並んでゆっくりとマリノア邸に向かい歩き始める。

 砂を踏む音すらはっきりと聞こえるほどの浜辺の静けさに普段とは全く印象の違うサトラの姿を否応にも意識させられてしまい、どうにも落ち着かない影次は何か話題はないかと思考を巡らせる。



「お母さんとは話せたのか?」


「近況報告くらいはな。後はエイジも見ていた通りの調子だったからな……ただ、着せ替えられてる時にまだ騎士を続けているのか、というような事は遠回しに言われたよ。やはりと言うか、母上は私が騎士団にいる事を快くは思ってくれていないようだ」


「一人娘が危険な仕事についてるんだ、母親の気持ちとしては当然だろうさ」


「ああ、それは勿論分かっている。ただ、母上は私が騎士でいるのは自分たちを追い出した王都の連中への報復の為なんじゃないかと思っている節があるみたいでな。当然私にはそんなつもりは無いが……いや、騎士を目指すようになった切っ掛けとしては、多少そういった気持ちもあったのは否定しないが」


「マリノアさんからすれば、少なからず自分のせいでサトラが騎士なんて危ない仕事をしているんじゃないか、って感じるところがある訳か」


「最初のきっかけはどうであれ、私が騎士を続けている事と母上の事は関係ないとは何度も言ったんだが……どうにも今一つ分かって貰えなくてな。っと、すまないな、君に愚痴を言っても仕方ないのに」


「ははっ、俺で良けりゃ話くらい幾らでも聞くよ」


「……何だか君にはみっともない話ばかり聞かせてしまっている気がするな」



 夜風が強くなり波飛沫が影次たちの足元まで届く。サトラは潮風に煽られて乱れてしまった編み込みを解き、月明かりに照らされた長い金髪ブロンドが宵闇に煌めく星々のように輝き、靡く。



「みっともなくなんてないさ。騎士を目指したのだって元々はお母さんのためだろう? サトラは立派だよ。少なくとも俺はそう思うけどな」


「本当に君はそういう事を臆面もなく……」


「それに引き換え俺は誰かのためになんて、考えられなかったからな。仲間を皆殺しにしたアイツ・・・に復讐する事しか頭になくて、他の事なんて何も考えなかった。そんな単純な馬鹿だからあっさり騙されて仇をとるべき相手も見誤って……。ほんと、サトラとは大違いだ」


「……そうか、それ・・が君の切っ掛けか」



 みっともない話ばかりを、と言った自分に対する気遣いの意もあるのだろう、思わぬ機会に不意打ちに聞かされた影次の過去の一端。語る当人はいつもの飄々とした様子ではあったがサトラは影次の表情や声色の中に僅かに滲む、強い後悔の念を見逃さなかった。



「……俺は結局ヒーローの、アイツ・・・の真似事をしてるだけだ。それで何かが償えるなんて思っちゃいないけどな。だからサトラは本当に凄いと思うし、尊敬してる。自己満足のごっこ・・・をしてるだけの俺とは正反対だよ」


「買い被りすぎというものだ。私とて騎士としてこう在りたいという理想に準じてそれらしく振舞っているだけだ。そういう意味では私も所詮自己満足だよ。……それと、だ」



 サトラが振り返ったかと思った次の瞬間、彼女の両手が影次の両頬へと延び、細く長い指が添えられ夜風よりも少し暖かいサトラの体温が伝わってくる。


……と思っていたら思い切り頬を引っ張られた。



「いふぁいいふぁい!」


「君は! 本当に! そういうところはどうしようもないな!」



 頬っぺたを思い切り左右に引っ張られる影次だったがご立腹の様子のサトラを見て抵抗すまいと彼女の手を振りほどこうと上げかけていた両手を下ろす。



「君が元の世界でどういった経緯で、どういった理由があって、そして何があったのか、君が語ってくれない以上私には詳しいことは分からない。だがそれでも君が強い後悔や自責の念を抱えているというのは私にも分かる。だがそれこそ切っ掛けは何であれという話じゃあないのか?」



 サトラの語気が強まる。同時に頬を引っ張る指にも更に力が加えられる。このままではジャンのように頬袋が伸びてしまいそうだ。



「過去は過去だ。過ぎてしまった事は悔いても変わる事は無い。君が私を立派だと言ってくれたように私だって君の事を立派だと思っている。元の世界で何があったにせよ、この世界での君は紛れもない英雄ヒーローだ。

 ……だから、あまりそうやって自分を卑下しないでくれ。君の事を大切に思っている者が報われない」


「……ごふぇん」


〈訳。ごめん、と言っています〉


「私を慰めるために自虐してみせたつもりだったのだろうけど失言だったな。反省したまえ。もう少し自分を大事にしたまえ」


「ごふぇんふぁふぁい。あとふぉろふぉろはなしふぇ」


〈訳。ごめんなさい。あとそろそろ離して、と言っています〉


「うむ、わかればよろしい」



 引っ張られていた頬がようやく解放されると、失言の代償としてちょっとひりひりする影次の両の頬に今度はそっと優しく、サトラが手を伸ばす。

 長年剣を振るい続けてきたせいでタコの出来た手の平としなやかな長い指、サトラという人物を如実に表していると言っても過言ではない力強さと優しさを併せ持つ手が、影次の頬を包み込んだ。



「私だって君の事を尊敬しているし一人の人間として好ましく思っているんだ。……あまり悲しい事を言わないでくれないか」


「悪かった。本当に反省してる、ごめん」


〈訳。悪かった。本当に反省してる、ごめん、と言っています〉


「『ルプス』、ステイ!」

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