訪問、シェルパード家屋敷×宣教師ファルコ

「さぁさぁ皆さん我が家だと思って遠慮なく寛いでくださいね」



 庭園での昼食会の後、影次たちはサトラの母マリノアにシェルパード家の屋敷に招かれていた。

 食事の後ミラーノの街に滞在する間の宿を探しに行くと言ったところ「ウチに泊まればいい」とマリノアに提案され、遠慮する影次たちを他所にあれよあれよと押し切られてしまい、現在に至る。



「キヒヒ、宿代が浮いて良かったねぇ」


「出番がないってまたリザが拗ねそうだな」



 懐に仕舞っている『神の至宝』の中で無表情のまま不貞腐れるリザの顔が目に浮かぶ影次。

 招かれたマリノアの屋敷は以前訪れたマシロの実家、ビションフリーゼ家の本家屋敷にも引けを取らない立派な屋敷だった。入り嫁と言えどそこはやはり王族関係者という事だろうか、療養の為に避暑地に建てた別荘のようなものだと執事のボルゾイから説明されたが、別荘と呼ぶには余りにもスケールが大きいような気がする。



「旦那様が亡くなられた途端に手の平を返した不届き者どもから王都を出る際にたんまりとふんだくってやりましてね。なに、これでも全然足りないくらいですよ」


「もう、ボルゾイさんてば……。こんなに大きなお屋敷じゃなくても良いって言ったのに」



 マリノアの趣向なのか今まで訪れた貴族の屋敷のように絵画や彫刻といった調度品の類はほとんど置いておらず質素とは流石に言えないが上流階級の屋敷によくある絢爛さはあまり感じられない。

 だがその分シンプルながら手入れと管理の行き届いた汚れ一つ無い内装はこの屋敷の主と仕える者たちの人柄を反映しているかのように見える。



「使ってない部屋が沢山ありますから皆さん好きに使ってくださいね。ほんとに自分のお家だと思ってゆっくりしていって。私の事もママって呼んでいいですから」


「マッ……は、母上!」



 よほどサトラと会えたのが嬉しかったのか、娘が初めて友人(?)を連れてきた事が嬉しかったのか、もしくはその両方か。兎にも角にもマリノアのはしゃぎぶりと言ったら凄まじいものだった。


 リビングに通された後も影次たちはマリノアとボルゾイによる熱烈な歓迎を受ける事となり、アルバムをめくりながら幼少時から遡り赤裸々に語られるサトラのマル秘エピソードが始まると普段の凛々しさはどこへやら、サトラが顔を真っ赤にして必死に母を止めようとアルバムを奪い取る。



「は、母上!! あまり勝手に人の昔のことをですね……!」


「えー、可愛いのに……。あぁそうそう。それでサトラったらね? 初等部に上がって初めてお泊りする事になった時ね、私と一緒じゃないとやだー、ってワンワン泣いちゃった事があって。ねぇボルゾイさん? あの時はサトラをなだめるの大変だったわよね」


「ええ、よく覚えておりますとも。懐かしいですな……あの頃のサトラ様は奥様から片時も離れようともせず、さながらナイトメアヘルタヌキの子供のような可愛らしい御子でした。いや失礼、今も可愛らしいですよ、サトラ様」


「二人とも本当にその辺でもう……!」


「そうだ! 舞踏会でサトラが来てたドレスまだ取っておいてあるのよ。折角だから皆さんにもお見せしましょう? ほらほら」


「ちょっ、そ、それは流石に……ボルゾイさんも何とか言ってやってください!」


「お待ちください奥様。あれから何年か経っていますので着替える前に手直しする必要があるでしょう」


「それもそうだわ。だったらまずは採寸ね! さぁいくわよサトラ!」


「は、母上! だから私の話を……ま、マシロ! エイジ! たすけ……!」



 マリノアたちに引きずられ別室へと連れ去られていくサトラを、影次たちはただただ黙って見ている事しか出来なかった。連れていかれる寸前、出荷されるために荷馬車に乗せられた子牛のようなサトラの眼差しに何とも言えない罪悪感を覚えさせる。



「いやぁ、凄いママさんだねぇ。あのサトちゃんが完全に弄ばれちゃってたよ」


「サトラ様……すみません。無力な私を許してください」


「久方ぶりの母子の再会、母上様もよほど嬉しかったのでしょうな。サトラ様がどれだけ親御様に愛されておられるか、ひしひしと伝わってきましたな。……おや、エイジ殿どちらへ?」


「お手洗い。ちょっと道に迷う・・・・・・・・かもしれないけど」



 サトラとマリノアたちがリビングから居なくなり取り残されたところで徐にソファから立ち上がる影次。すると何故かシャーペイまで立ち上がり影次に付いてきた。



「キヒヒ、それじゃアタシもちょっくら迷子になってくるねー」


「ちょっと、二人ともどこに行く気ですか」


「明日になれば学院の調査隊が例の巨人像の解析作業に取り掛かるのです。となれば、我々が独自に調べられるのは今しか無い、という事ですな」


「……あっ」



 影次に言われマシロも自分たちが学院の調査隊に同行させて貰える事になったと言っても、それで満足いく調査結果が得られる保証は無い事に気が付いた。


 先程のテネリフェの態度からしても調査隊と共に海底の巨人像を影次たちにも調べさせてくれるかもしれない。だが彼女たちが所属する魔術師学院は本来サトラたち王立騎士団とはお世辞にも友好的な関係では無い。

 テネリフェは同行を許してくれたが、それもあくまで口約束。調査内容を隠匿されたり虚偽の情報を渡されてしまう可能性だってある。同行を許したのも影次たちの動向をすぐ傍で監視するのが目的かもしれないのだ。同行だけに。



マシロの同級生テネリフェを疑う訳じゃないけど、やっぱり直接この目で見てみないとな。それにもし本当に魔族に関係するものだとしたら俺たちだけで調べる方が色々と都合がいいだろ」


「そーゆーこと。日も暮れたら港も静かになるだろうし、ちゃっちゃと調べてくるよ。マーちゃんたちはアタシたちの分までサトちゃんの着せ替えショーを見ててよ」



 そう言ってリビングを出ていく影次とシャーペイの後姿を見送った後、マシロは内心複雑な思いを溜息という形で吐き出す。

 もし海底で見つかったものが本当に古代兵器ゴーレムだとすれば確かに間違いなく魔術師学院はその情報を秘匿し古代の技術テクノロジーを学院で独占しようとするだろう。

何故なら魔術師とは基本総じて利己的な者ばかりだからだ。勿論、マシロ自身も多少なりともそういった自覚はある。

 影次たちが調べようとするのを露骨に妨害したりはしないだろうが、当たり障りのない部分だけ見せられて終わり、後は調査隊にお任せください、なんて事も十分考えられる。



「確かにエイジの言う通り学院に邪魔されずに思う存分調べられるのは今しか無いですよね。はぁ……しばらく学院から離れていたからですかね。連中ならやりそうだって、本来なら私が真っ先に思いつく筈だったのに」


「そう御自身の古巣を悪し様に言うものではありませんぞ? 学院、騎士団、どこであろうと善人も悪人も居りましょう。エイジ殿もマシロ殿の御学友を疑っている訳では無いと仰っていたではありませぬか」


「そうですよね。少なくともテネリフェに悪意があるようには見えませんでしたし。でも……」


「ふむ、まだ何か懸念がおありなのですかな?」


「なんか、エイジとシャーペイってよく二人きりになるなぁって」


「……乙女心ですなぁ」








「キヒヒッ、思った通り。すっかり静かになったねぇ」



 日も沈み始めた東部海岸は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っており、今日の営業を終え店を閉じる商人たちの話し声もほとんど波の音に掻き消されてしまうほどだ。

 防波堤に沿って港の更に奥へと歩いていく影次とシャーペイ。海の方へと視線を向ければ今まさに水平線に日が落ちていくところだった。

 夕方から夜へと移り変わるほんの一時の境界の彼方、夕焼けが海へと溶けていき水平線が赤く染まる幻想的な光景に影次も思わず目を奪われてしまう。



「どしたの? 肌寒くなってきたし早く行こうよぅ」


「お前には情緒とか風情とかそういうものは無いのか」


「景色は所詮景色だよ。あ、ほらほら。あの辺なら人目にもつかなさそうだよ」



 舗装された陸地と海岸を仕切っていた防波堤が途切れ砂浜へと降りる影次たち。商店が並ぶ港にはまだまばらだが後片付け中の商店や海辺を散歩する観光客などの姿があったので港側から十分離れ、念の為に岩場の中に身を隠す。



「人気のない海岸の岩場に年頃の男女が二人きり。キヒヒ、なんだかイケナイ感じだねぇ」


「でも相手がお前だからなぁ」


「本気で白けられると流石にアタシも傷つくよぅ!」


「シッ、静かに。誰かいるぞ」



 日が落ち暗くなり始めた海岸、それも商店が立ち並ぶ人通りの盛んな港から離れた人気のない岩場で、影次たちの丁度前方に人影が見える。

 周囲も薄暗く、岩場の隙間からでは何をしているのかはよく分からなかったが、まるで人目を避けるような不審な行動を取っている人影に、様子を伺っていた影次とシャーペイも思わず顔を見合わせる。



「そう言えばミラーノの海岸で夜に怪しい連中の姿が目撃されたって話があったっけ。……あれがそうか」


「確かに怪しいよねぇ。こんな時間にこんな場所でコソコソと何やってんだろ? 魔族かな、密猟者かな?」


「どっちでも捕まえればいいだろ。行くぞ」



 不審な人影に気付かれないよう慎重に岩場の陰から忍び寄る影次とシャーペイ。どうやら相手は一人のようだ。マシロやテネリフェのように裾の長いローブ姿だが彼女たちのローブが黒なのに対しこっちは白、それも何処かで見覚えがある気がする。

 不審者の着ているローブをどこで見たのかと影次が記憶を手繰っているとパキッ、とシャーペイが足元に落ちていた貝殻を踏み砕いた音が静かな海岸に響き、当然不審者も近づいてきていた影次たちの存在に気付き振り返った。



「出たな密猟者!」


「出たな不審者!」



 ほぼ同時に身構え互いの声が綺麗に重なり合う。そして相手が振り返ったことでようやく、その見覚えのあるローブ姿について影次も思い出した。

 ローブの胸元に記された丸、半円、そして円弧が三角形に並んだ図形。影次も見覚えのあるこの紋章はシンクレル王国随一の規模を誇る三月みつき教会の紋章エンブレムだ。



「……えっ? 教会の人……?」


「密猟者……では、ないようですね、ですねえ」



 教会のローブに身を包んだ人物は突然背後から近づいてきた影次に向けて構えていた錫杖を下ろし頭に被っていたフードを外す。

 年齢は影次やサトラより少し上といったところだろうか。切れ長の細目と襟足で無造作に束ねられた薄紅色の長髪が印象的な男性だ。



「えっと……驚かせてすみません。最近夜になるとこの辺りで怪しい人がウロウロしてるって聞いていたので」


「あぁそうでしたか、そうでしたか。いえね、僕も同じ話を聞いたもので及ばずながら見回りをしていたところでして。こちらこそ脅かせてしまったようで申し訳ありませんでした。

 僕は三月教会所属の聖職者クレリック、宣教師のファルコと言います。どうぞお見知りおきを、どうぞ」


「あ、これはご丁寧に。黒野影次と言います」


「シャムちゃんだよー」


「クロードエッジ? もしや最近噂の吟遊詩人の詩に出てくる……」


「人違いです黒野です黒野。影次でいいです」


「エイジさんにシャムさん、ですね。お二人方もここには何故?」



 自己紹介が済むとお互い日暮れ時にこんな港から離れた人気のない海岸にいた理由を話す影次と宣教師ファルコ。ファルコの方は先程も言っていた通り街で不審者が出没するという話を聞き見回りをしていた、という事だ。



「俺たちはここの海底で見つかったっていう巨人像にちょっと興味がありまして。それで来てみたら怪しい人影が見えたので……こっちも不審者の話は聞いていたので、つい」


「はっはっ。お互い怪しいやつだと思った訳ですね、お互いに。そう言えば確かにこの東部海岸でそういったものが発見されたと昼間大騒ぎになっていましたね、大騒ぎに。でもそれはもっと先の、しかも海の底ですよ? まさかこんな夜にもなろうという時に海に入ろうとしていたのですか? 入ろうと」


「いやいやまさかまさか。どの辺りなのかなーって、興味本位で見に来ただけですよ」


「そうですよねえ。いくら何でも特別な魔道具も無しに生身で海底になんて行けませんもんねえ、いくら何でも」


「そりゃそうですよ。嫌だなぁ。はっはっはっ」



 影次たちをただの野次馬だと思ったらしく朗らかに笑うファルコに影次も笑って誤魔化していると脇腹をつんつんと隣にいるシャーペイに突かれる。



(で、実際はどうなの?)


(変身すれば水中でも二時間くらい余裕)


(キヒヒッ、安心の化け物ぶりだねぇ)


「うん? どうかしましたか? どうか」


「いえ、気にしないでください。この娘ちょっと電波なもので」


「ちょっ」


「そ、そうですか……それは大変ですね、それは」



 何とか誤魔化せたようだ。隣で不服そうに頬を膨らませているシャーペイの事は無視して影次は件の不審者についてファルコに聞いてみることにした。



「僕も数日前にミラーノに宣教に来たのでそこまで詳しくは知らないのですが、街の方が言うには大体一ヵ月くらい前から夜この辺りの海岸で不審な人影をちらほらと見るようになったそうで、ちらほらと。

 以前から密漁行為を働く者も少なく無かったので最初は近隣の漁師の方々も密猟者だと思って見回りをしていたそうなのですが、見回りを」



 だが、その不審な人影たちは密猟者にしては色々とおかしな点があったらしい。

 まず、密漁目的にしては竿や網、捕ったものを持ち運ぶ入れ物といった類の道具を一切持っていなかったという事。

 そして一番奇妙だったのは、その怪しい人影たちは船も使わず徐に海の中へと潜っていき、そのまま何時まで経っても海面に上がって来なかったというのだ。



「漁師さんも不審者が海に潜ってからしばらく隠れて様子を伺っていたそうなのですが、数時間経っても一人として姿を現さなかったそうです、一人も。こんなにも静かな海岸です、夜の真っ暗な海と言えど海中から出てくる人の水音を、しかも海に精通している漁師の方が気付かないとは思えません。とても奇妙だとは思いませんか、奇妙だとは」



 ファルコの話を聞きながら、その光景を頭の中に思い浮かべる影次。

 夜中、波の音だけが聞こえる静かな海。どこまでも広がる真っ暗な海の中へと、まるで何かに誘われるかのように一人、また一人と消えていき……そのまま誰一人として陸に戻って来る事は無かったという……


 普通に怖い。

 


「密猟者どころか完全に怪談話じゃないですか」


「キヒヒッ、確かに単なるホラーだねぇ」


「なので、その話を聞いて僕もこれはただの密猟者の類では無いと思いまして、こうして見回りを。もしこの海で命を落としてしまった者の魂が行く当てもなく彷徨っているのだとすれば、そのような迷い子を救済するのも聖職者クレリックの役目なので、なので」


「えっ……この世界ってそういうの・・・・・が実際にいるのか……?」


低級霊レイスとか屍人グールのこと? いるにはいるけど弱いし鈍いし火をつけたらよく燃えるし子供や主婦でも簡単に駆除出来るような雑魚だよ?」


「良かった、物理で何とかなるなら安心だ」


「いえいえ油断してはいけませんよ、油断しては。彼ら迷える魂は一人見かけたら三十人はいるというのが通説ですから」


「この世界の幽霊の扱い悪すぎやしませんか?」

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