ミラーノの聖女×母子の再会

 観光都市ミラーノの東部海岸、海底で謎の巨人像が発見されたという目当ての場所へと、王都から派遣された魔術師学院の調査隊と共にやってきた影次たちだったが、時既に遅く、東部海岸の漁港は観光客や地元住民が集まり大騒ぎになってしまっていたのだった。

 騒ぎの原因は海底で発見された巨人という話題性に目をつけ便乗し商売を始めた商人たちだ。謎の巨人像まんじゅうやら巨人像クッキー、ペナントやシャツや何故か木剣まで港の前で数多の露店が開かれ、それらを目当てに大勢の人が集まっていた。



「何をしてるんですかこの人たちは!?」


「海の底で発見された謎の遺跡に像、確かに話題性としては抜群ですし商売としては見事ですな」


「感心している場合じゃないぞジャン殿。これでは我々も学院の調査隊も立ち入れないぞ」


「……っていうか、露天商の中に見覚えのある顔が見えるのは俺の気のせいか?」



 テネリフェたち魔術師学院の調査隊も何とかこの人込みをどうにかしようとしているが、如何せん集まった人の数が数だけにどうする事も出来ない。人払いをするどころか逆に言葉巧みに商品を買わされてしまっている者までいる有り様だ。



「これは困りましたね。少し時間を置いて落ち着くのを待った方がいいかもしれません」


「もし海底で見つかったというものが本当に古代兵器ゴーレムだとすれば危険どころの話ではないというのに。テネリフェ、ここはきちんと説明をして……と、いうのはやはり悪手ですよね」


「ええ、そんな事を知れば街中でパニックが起きてしまいます。そうでなくても既に耳聡い人はディプテス山のゴーレム事件との関連を疑っているようですし」



 テネリフェもこの状況にはお手上げの様子だ。これだけ大勢の人で賑わっていては魔術師学院や騎士団の肩書を出したところで引き払ってはくれないだろう。

 かと言って正直に事情を説明してしまえば更なる大騒ぎになってしまう。いっそこの人集りを無視して調査を開始して……いや駄目だ、野次馬が殺到して調べられるものも調べられなくなるのが目に浮かぶ。



「おっ! 奇遇っスね第四部隊の皆様方」


「本当にな。今度はミラーノこの街で商売してるのか」



 港で商売をしている露天商の中に顔見知りの姿を見つけた影次。シーガルやパーボ・レアルで会った旅の露天商オボロだ。彼もまた近付いてきた影次に気付いたようで思わぬ再会に人懐っこい笑顔を浮かべる。……どうにも胡散臭さを感じてしまうのは何故だろうか。



「あれ、皆さんもお目当ては例のアレっスか? 海底で発見されたっていう巨人像。いやいや、みなまで言わなくても結構っスよ察します察しますとも」


「そうしてくれると助かる。で、これどうにかならないか? こんなに人が集まってたら調べたくても調べられなくてさ」


「俺に言われても困るっスよ、こっちも流行りに便乗して売ってるだけなんで。そういう事は観光地区を統括してる管理組合に言って貰わないと。もしくはこの大人数がすんなり言うことを聞くような相手じゃあないと……」


この街ミラーノの責任者である組合の方々には事前に話を通してある筈なのですが」


「あー、じゃあ組合からお達しが回る前に商売始めたんでしょうね。知りませんでした、後から聞きましたって言い張って売れるときに売れるだけ売ろうって魂胆ハラじゃないスか? 俺もそうですし」



 責任者と話はつけてあるというテネリフェに対し肩を竦めケラケラと軽快に笑うオボロだがその商売の仕方はグレーゾーンギリギリ……いや、片足アウトに突っ込んでいる気がする。とは言え商売人にとっては商売が第一。影次たちに都合があるように彼らにも彼らの都合がある。


 影次たちもテネリフェら調査隊の面々も、調査対象を目と鼻の先にしながら困り果てていたところに、露店が並ぶ防波堤前に設置された簡易ステージに地元商人の一人がマイクを片手に上がり、やや芝居がかった口調でこの場に集まった人たちに向けて語りかけ始めた。



「遠路遥々お越しくださった方々も我らが同郷の方々もお集まりありがとうございます! 本日は突然ながらここ東部海岸の海底深くにおいて古の巨人像、および未知の遺跡が発見されたという朗報を祝う場を設けさせて頂いた事をお許しください。今日はまさにこのミラーノの街に新たな一ページが刻まれた記念すべき日! どうか今日というこの日を皆さん一緒に喜び合おうではありませんか!」


 男は商店街の会長か何かなのだろうか、やたら慣れた様子で集まった観衆を煽り焚き付け、地元商人たちや噂を聞いて商売に来たオボロたち露天商たちも大袈裟に歓声を上げる。集まった観光客たちもその場の雰囲気に触発され益々の盛り上がりを見せていく。



「こうなっちゃったらもう手がつけられないな……。落ち着くまで待つしかないか」


「ですがそれだと一体いつまで掛かるか分かりませんよ。店の方だって少しでも多く売ろうとするでしょうし。下手をすれば一日、二日こんな調子かもしれないじゃないですか。それにしても……テネリフェ、街の責任者の方には学院から調査隊が来ると伝えているんですよね?」


「その筈ですが……誰も騒ぎを止めに来ないということはおそらくミラーノの組合もこれ・・を黙認しているのだと思います。街としても本音は折角の商売の好機を調査隊に水を差されたくは無いでしょうし」


「街の経済第一、観光都市ミラーノ側としては当然でしょうな。はてさて、しかしどうしますかな、やはり大人しく待っておりますかな」



 次の瞬間、ステージを取り囲む観衆たちによる一際大きな歓声が上がる。驚いた影次たちも何事かと視線を向けるとマイクを持った男に促されるように今度は別の、金髪の女性がステージへと上がってくる姿が見えた。

 腰まで届く流れるような金髪プラチナブロンドの若い女性。熱狂する人々の圧にやや困惑した表情を浮かべているものの控え目に言葉を選んでも絶世の美女、そう喩えても何ら差し障りのない美貌の持ち主だ。



「皆さんご注目ください! ここで思わぬサプライズゲストの登場です! 毎年行われているミス・ミラーノコンテストにおいて前人未到の五連覇を成し遂げ唯一の殿堂入りを果たした生ける伝説! ミラーノが誇る美の女神! ご紹介します、ミラーノの聖女、マリノア・シェルパード!!」


「あ、あはは……ど、どうもー」



 盛大に紹介を受けたマリノアが困り顔のままステージの上から小さく手を振ると海面をも揺るがしかねない大歓声が響き渡る。



「お美しい方ですな。思わず毛並みがぞわりとしましたぞ」


「確かに……。写真撮影とかサインとかっていいのかな」


「エイジは一体何を言ってるんですか」



 思わず見惚れていたところをマシロに太ももを抓られ我に返る影次。心無しかマシロだけでなくその隣にいるテネリフェの視線も酷く冷たいような気がする。



「いてて、冗談だって……。っていうか余計大騒ぎになっちゃったけど、どう収拾つけるんだこれ。……ん? マリノア……シェルパード……?」



 ふと、ステージ上で懸命に観衆たちに手を振っている女性と、茫然とした様子のサトラと交互に視線を移す影次。あ、似てる。



「な……っ」



 かれこれ半年近い付き合いになる影次も、それよりも長く彼女を知るマシロも見たことのない表情を浮かべ、わなわなと震えるサトラ。みるみるその表情が赤くなっていき……思わず影次たちは咄嗟に両手で耳を塞ぐ。



「何をしているんだあの人は!?」








 ミラーノに向かう道中、母親に一筆したためるか否か逡巡し、中々踏ん切りがつかず、結局街道に設けられた郵便箱にサトラが手紙を投函したのは一行が街に到着する前日の事だった。

 そのため手紙が届くのと同じタイミングで本人もまたミラーノに到着した……などという事情もマリノアが当然知る筈もなく、思いがけないタイミングでの娘との再会にマリノアがはしゃぐのも無理のない話だった。



「本当にもう、本当にこの子ったらもう! びっくりしたわよ! 皆さんの前で大きな声出しちゃったじゃない!」


「そ、それは確かに悪かったと思っていますが……母上こそ何をしてるんですか。そもそも何ですかミス・ミラーノとは。それも殿堂入りまでして」


「わ、私だって自分から参加した訳じゃないのよ? だって街の皆さんが是非って言うから……。あと優勝したら商品券頂けるっていうんだもん……」



 サトラの実母、マリノアに招かれ影次たちはミラーノの居住区にある彼女の自宅へとやってきていた。色とりどりの料理が並べられたテーブルがあちこちに設置された広大な庭園と奥にそびえ立つ大きな屋敷は影次たちがやってきた頃には既に多くの地元住民たちによってこちらも賑わいを見せていた。



「ちょうど今日はご近所の皆さんを昼食にお招きしようと思っていたの。そのお買い物の最中に商店街の会長さんに一言だけでいいからってお願いされちゃって……。そうしたらサトラがいるんだもん。本当にママびっくりしたわよ」


「びっくりしたのはこっちです……まったく。まぁ、お元気そうで何よりです、母上」


「あら、いつもみたいにママって呼んでくれないの? あ、皆さんの前だから?」


「マ……母上っ!!」



 何とも珍しい光景だ。普段の質実剛健といったサトラは何処へやら。完全に母、マリノアのペースに乗せられてしまっている。



「あの、本当に私たちもご一緒して宜しいのですか……?」


「もちろん! お料理も飲み物もいっぱいありますから遠慮なんてなさらないで。サトラがお友達を連れてくるなんて、もうママ感激よ」


「あ、いえ。私は友人ではなく部下なのですが……」


「キヒヒッ、アタシに至っては捕虜だもんねー」


「俺とジャンは……友達でいいのかな?」


「すんすん、この芳醇な匂いはニジアジですかな?」



 丁度近隣の住人たちを招いての食事会を開く予定だったというマリノアに誘われご相伴に預かる事になった影次たち。屋敷に着いてからも久しぶりに会ったサトラにべったりとくっついて離れようとしないマリノア。傍から見ると母子というよりまるで姉妹のようだ。



「それにしてもサトちゃんのママさん若いよねぇ。義母とかじゃなくて実のお母さんなんでしょ? サトちゃんの方が年上に見えなくない?」


「何というか可愛らしいお母さんだな。もっとキリッとした人を想像してたけど」


「キヒヒ、ふにゃふにゃだねぇ」


「それにしても流石はサトラ様のお母様ですね。これだけの人々に慕われておられるなんて」



 マシロの言う通り立食パーティー会場と化しているシェルパード家屋敷庭園には先程ステージ上に立っていた商店街の会長を始め近所の一般住人から漁港、観光地区の代表といった街の著名人など多様な面々が集まっている。

 問題であった東部海岸の騒ぎもマリノアが商店街と掛け合ってくれたお陰で今日一日だけという事で落ち着き明日には海底の調査が出来るそうだ。



「折角の機会なんですからテネリフェも来れば良かったのに」


「向こうも仕事で来てるんだし仕方ないだろ」



 テネリフェたち魔術師学院の調査隊は明日からようやくちゃんと調査ができると聞くとマリノアの誘いを丁重に断り去って行ってしまった。マシロとして名前すら覚えていなかった同期にまだ申し訳ない気持ちがあったのでもう少し話をしたかったのだが……。



「私、やっぱり嫌われてるんでしょうね……」


「さぁてな。明日また会えるんだし、その時に話せばいいんじゃないか?」


「絶対嫌われてますよ。だって私学生時代はほとんど同級生と喋らなかったんですよ? 周りからすれば飛び級で入学してきた生意気で愛想も態度も感じも悪い嫌な子供って思われていたでしょうね」


「あ、マシロって飛び級だったのか。通りで……」



 同期だというテネリフェと並ぶとマシロの方が色々な意味で子供っぽく見えたのは単にテネリフェが落ち着きのある大人びた性格だからだと思っていた影次だったがマシロの話を聞いて合点がいった。成程、同期といっても同い年では無いという訳だ。



「通りで? なんですか?」


「なんでもないです。はい」



 マシロはまだまだこれから育ち盛りという事だ。セツノを見る限り十分将来性にも期待が出来る。……とは流石に口に出さず胸の中にしまっておく影次。だからそう怖い顔で睨まないでほしい。結構気にしているというのは分かったから。



「皆さん楽しんで頂けていますか? 何か足りないものはありませんか?」



 ご近所さんや街の各種代表たちへの挨拶回りをしていたマリノアがサトラと共に影次たちの元へとやってくる。連れ回されている間色々あったのだろう、マリノアとは正反対にサトラはすっかり疲れ果てた様子だ。



「改めまして。サトラの母のマリノア・シェルパードと申します。皆さんにはいつもいつもうちのサトラがお世話になっております」


「魔術師学院から第四部隊に出向中のマシロ・ビションフリーゼです。こちらこそ、サトラ様にはいつも良くして頂いて……」



 マシロに続いて影次たちもそれぞれマリノアに自己紹介すると今度はブラウンの紳士服スーツに身を包んだ如何にも紳士然とした初老の男性がグラスを乗せたトレイを片手にやってきた。



「お久しゅうございますサトラお嬢様。しばらく見ない間にまた大きくなりましたね」


「ご無沙汰しています。みんな紹介しよう、こちらは王都にいた頃から私や母の世話係を務めてくれているボルゾイさんだ」


「ボルゾイと申します。以後お見知りおきを。それにしてもお嬢様がご友人をお連れになるなど、初等部の時以来ではございませんか? ふふ、今でも鮮明に思い出せます。あの頃のサトラお嬢様はママ、ママとマリノア様から離れようとなさらず……」


「こ、こちら私や母の世話係を務めてくれているボルゾイさんだ!」


「いや、聞いたし」


「ママっ子だったんだねぇサトちゃん」

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