活況の島×学院の調査隊

 観光都市ミラーノの本島にやってきた影次たち。入口からずらりと並ぶ屋台や露天には街の名物料理から装飾品など様々な品が並んでおり、街中のあちこちから軽快な音楽と人々の歓声が響いてくる。

まるでジェンツーの街で遭遇した祭典のような……いや、それ以上の賑やかさだ。



「凄い賑やかな街だけど、これって何かのお祭りっていう訳じゃないんだよな……?」


「ああ、ミラーノの観光地区はほぼ年中こんな調子だ。言うなれば毎日祭典が開かれているようなものだからな。初めて来た時は私も驚いたよ」



 本島に入った途端入口で街の商人たちから渡された大量のチラシで既に両手が塞がってしまった影次は予想の遥か上を行くミラーノの活気に完全に気圧されてしまっていた。

街の入り口は大きな噴水を中心に円状の広場になっており、ずらり露天商や屋台などが所狭しと並んでいる。入口の広場の向こうは緩やかな坂道になっており島の中心部へと続いているようだ。音楽や歓声は島の奥の方から聞こえてくるため、恐らくこの先は更に賑やかなのだろう。



「ねぇねぇエイジ! ここ温泉あるんだって温泉! 源泉掛け流しだって!」


「ふむふむ……中央広場にてポテトパイの大食い大会がやっておるそうですぞ。他にも腕相撲大会、ニジアジ釣り大会、ナイトメアヘルタヌキの鳴き声真似大会……節操ありませんな」


「ミス・ミラーノコンテスト? あぁ……王都の祭典でもこんな馬鹿馬鹿しいものがありましたね。え、筋肉自慢勝負? ベストカップルグランプリ? 何ですかやるならせめて一つにしましょうよ」


「何というか学園祭みたいなノリの街だな」


「ミラーノは王都の三倍近い広さなんだ、迷子になったら大変だぞ?」



 街の入り口である噴水広場を通り中心部へと向かい歩き始める影次たち。まずはこの街に来た目的である巨人像が発見されたという場所を目指し歩きながら活気溢れる商店の様子や他の街では見たことのない建物に目移りしてしまっている影次たちを窘め先導するサトラ。

影次は勿論の事、マシロやジャンもミラーノの街にやってきたの初めてだという事もあり、すっかり街の雰囲気に飲まれ観光気分になってしまっていた。



「エイジ、エイジ! 見てくださいあそこ!全国ご当地プリン詰め合わせセール中ですって!」


「エイジあっちあっち! 見てよタコのチップスだってさ! アハハ面白へんてこ美味しそうー」


「こらこら二人とも遊びに来たんじゃないと言っただろう。と言うかどうしていちいちエイジを引っ張るんだ。ほら、エイジも二人にきちんと言ってやって……」


「見ろよジャン土産物に木剣が売ってるぞ! 記念に一本買っていかないか?」


「いいですな。お、銘を入れて貰えるサービスがあるようですぞ」


「だから遊びに来た訳じゃあないと……! こ、こらみんな勝手に動き回るな! 迷子になったら大変だと言って……はしゃぎすぎだぞみんな!!」



 各々興味を惹かれる方へフラフラと行ってしまうところをはぐれないように引きずり戻すサトラ。まだ街の入り口だというのに、これでは先が思いやられると早くも疲れを見せるサトラに街の雰囲気に飲まれていた影次たちもようやく我に返る。



「も、申し訳ありません……私としたことがつい」


「キヒヒッ、観光都市とはほんとによく言ったものだねぇ。街の奥はもっと面白いものがありそうでワクワクするよ」


「はぁ……、まぁ、私も初めて来た時は似たようなものだったし気持ちは分かるが、仮にも騎士団の任務の一環で来ているんだ。くれぐれも分別はつけてくれ。……エイジも。子供じゃないとか言っていた割に随分はしゃいでいたように見えたが……?」


「ご、ごめん……まるで遊園地みたいだから変なテンションになっちゃってた」


「まったく、あんまり勝手な行動ばかり取るようなら首に縄をつけさせてもらうぞ?」


「流石にそんなシャーペイみたいなあ使いされるのはちょっと」


「どういう意味さそれぇ!」


「しかし観光地で売られている木剣というのはどうしてこう魅力的に見えるのでしょうな」



 その後も大道芸人の豪快なパフォーマンスや吟遊詩人による詩曲、地元の婦人会によるダンスなど様々な催しが幾多にも建てられたステージの上で繰り広げられる中央広場を超え、右からも左からもひっきりなしに店員による客引き合戦が繰り広げられる飲食店エリアを超え、広大なミラーノの街中を歩くこと二時間弱、影次たちの目の前にようやく海が見え始めてきた。



「や、やっと着いたか……もうヘトヘトなんだけど……」


「凄い人の量でしたね……中央広場なんてもう押し潰されるかと思いました……」


「毛並みとヒゲがボサボサになってしまいましたぞ」


「ちょ、ネズミ君静電気すごいから近付かないで……って痛ぁっバチッてきたよぅ!」


「はは、みんなもう少しだけ頑張ってくれ。この先が例の海岸だ」



 サトラの指差す方向には確かに「この先東部海岸」と書かれた立て札が掲げられていた。観光客のために開放されている、所謂いわゆる海水浴目的に来た人のための南部海岸。地元自由人たちが暮らす居住区にある西部海岸。そして漁業や海運業といった経済活動が行われている東部海岸。

今回謎の巨人像が発見されたのはその中の東部海岸の海底だ。



「あれ、何か向こうも凄い人集ひとだかりがないか?」


「そのようですな。港でも何か催し物が行われているのでしょうか」


「確かに魚市目当てに東部海岸にも観光客が集まることもあるが……昼間にあれだけの人が集まるのは珍しいな。何かあったのだろうか」



 様々な催しアトラクションで賑わう中央広場にも負けず劣らずの人集りが出来ている東部海岸へとやってきた影次たち。人混みの隙間からでは辛うじて海と船が見えるだけで何が起きているのか人集りの最後尾からではまったく分からない。



「全然見えないねぇ。エイジ、マーちゃん肩車してあげたら?」


「氷漬けにして魚市に陳列しますよ」


「スカートだから駄目だろ」


「そういう問題じゃなくてですね!」



 影次たちがじゃれ合っている間にジャンは海岸に人集りの中の一人に声を掛け、何故こんな大勢の人達が集まっているのかとなのかと尋ねてみる。



「失礼、これは一体何の騒ぎですかな?」


「えっ? ああ、何でもこの先の海の中で古代遺跡が発見されたらしいよ」


「そうそう。しかも馬鹿デカい像も見つかったとかなんとかって大騒ぎですよ。魔術師学院も大慌てで調査隊を王都から派遣してきたって……あ、ほら。噂をすれば」



 海岸に集まった人に話を聞いていたところにマシロと同じ学院の紋章が刻まれたローブに身を包んだ十名弱の集団が東部海岸へとやってきた。

あれが話題に出た魔術師学院の調査隊なのだろう。マシロとサトラ以外の学院関係者を知らない影次だったが調査にやってきた魔術師たちは今まで出会った騎士団員や冒険者といった者たちと比べ、何というか……。



「キヒヒ、何ていうか陰気な連中だねぇ。ジメっとしてるっていうか暗そうっていうか元気がないっていうかさぁ」


「まあ、否定はしません。魔術師のほとんどは研究ばかりで室内に閉じこもってばかりですから。私みたいに他所に出向したりするのは珍しいパターンなんです。とは言え彼らはこうして大陸中の遺跡を調査して回っているのでまだ活気がある方ですよ」



 海岸に到着したローブ姿の一団に入り口を塞いでいた野次馬たちが道を開けると礼を言う訳でもなく、海へと向かっていく魔術師学院の調査隊。だが最後尾にいた若い女性魔術師がふと野次馬の中に混ざっていた影次たちの姿に気付き、足を止めると影次たちの方へと近づいてきた。

いや、正確には影次たちではなくマシロに、だ。



「まさかあなたとここで会うとは思いませんでした」


「あなたは……確か前にどこかでお会いした事があるような……」


「王都の大図書館以来ですね、マシロ・ビションフリーゼ。その節はどうも」


「……あっ」

 


 マシロに声を掛けてきたのは以前魔族の魔法陣を調べるために必要な文献を求めて訪れた王都の大図書館でマシロの応対をした司書だった。しかもマシロとは学生時代の同期だ。王都で会った時もそうだったが、忘れていたどころか覚えてすらいなかったマシロとしては非常に気まずい。



「別にお気になさらず。あなたはほとんど同級生と関わかったですからね。……今この街ミラーノに来ているということは、あなたも例の海底遺跡が目的なのですか?」


「……すみません、現在私は王立騎士団第四部隊の一員、騎士団の任務に関する事なのでお答えは出来ないんです」



 マシロの元同期の調査隊員はマシロの傍にいた第四部隊副隊長であるサトラの姿に気付き、彼女の素性を知らないサトラたちと互いに自己紹介を交わす。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は魔術師学院考古学部調査委員会所属、テネリフェと申します」


「王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパードだ。一緒にいるのは協力者のエイジにジャン。それとシャム」



 サトラに続いてテネリフェと名乗った調査隊員に自己紹介する影次たち。マシロと同年代とは思えないほど落ち着き払ったクールな印象の彼女だったが、魔法学者のシャムという通例の肩書を使うシャーペイに対しては唯一反応を見せた。



あの・・セッター教授の助手を……。それはそれは、お察しします」


「あのお爺ちゃんどれだけなのさ」


「テネリフェ。お察しの通り我々はミラーノの海底で発見されたものについて調べに来た。君たちの邪魔はしないと約束する、私たちも同行させてはくれないだろうか」


「……ええ、構いませんよ。では付いてきてください」



 サトラの申し出にあっさりと首を縦に振るテネリフェ。冷静で冷たい印象を抱かせる彼女だったが思いの外親切な人なのかもしれない。



「頼んでおいて何ですがいいんですか? 部外者である私たちをそんな簡単に招き入れてしまって。上司に怒られたりしませんか」


あなたマシロは学院所属の魔術師なのですから部外者ではないでしょう。それに今回の調査隊の責任者はこの私なのでご心配なく」



 隊の責任者だというテネリフェの後を付いていく形で既に海岸へと向かっていったほかの調査隊員たちの元へと向かう影次たち。

先に魔術師学院の調査隊が調べ始めたとすれば騎士団の所属であるサトラたちの同席は許可を得られなかった可能性が高い。今回は思いもよらないところでマシロの人脈に助けられた。



「既に魔術師学園から調査隊が派遣されていたとはな。流石というか当然というか、楽員もやはりディプテス山のゴーレムとの関連性を考えたのだろうな」


「俺たちも噂の巨人像を調べられそうで良かったな。これもマシロの同級生のお陰か。肝心のマシロは全然覚えてなかったみたいだけど」



 サトラと話しながら影次は自分たちの前を歩くテネリフェに視線を向ける。

若くして調査隊の責任者を務めるという事は魔術師学院の中でもエリートと言えるだろう。同期のマシロと並んで歩いていると体格佇まいも同期とは思えないほど大人びている。肩口で揃えられたブラウンのショートヘア、学院所属魔術師の証であるローブも若干服に着られている・・・・・・・・感があるマシロに引き換えテネリフェが着るとシンプルナデザインながら何処か洒落て見える。



「無理もない。学生時代のマシロはあまり周りに関心が無かったようだからな。同期の繋がりというのはもっと大事にしておいた方がいいと思うのだが……」


「確かに学生時代の仲間って何だかんだその後もつるんだりする事あるよな。そういうサトラは、仲の良い同期とかいたのか?」


「私か? 士官学校の同期で一番仲が良かったのは、やはりコギーだろうか。エイジも情報都市パロマで会っただろう? 今は第一部隊の副隊長を務めているものだ。互いに副隊長となってからは頻度はめっきり減ったが今もたまに手紙のやり取りをしているんだ」



 確か第三部隊の隊長レイヴンも同期生と聞いた事があるが、やはりと言うか何というか名前は出てこないようだ。あれだけ分かりやすくサトラにご執心だったというのに。哀れ、レイヴン隊長。



「そういうエイジはどうなんだ? 私にばかり話させないでたまには君のことも話してくれないか」


「友達というか仲間というか、まぁずっと一緒につるんでた連中は結構いたな」


「そうか良かった、エイジも友人が沢山いたんだな。それを聞いて安心した。君は基本的に初対面では人当たりよく振る舞うが慣れると軽口が増える癖があるからな」


「お前は俺の保護者か何かなの?」



 そんな与太話を続けているうちに東部海岸へと到着した一行。実際には海岸というのは名ばかりで数多くの漁船や貨物船が停泊している光景は漁港と言ったほうが正しいだろう。

小さなものは個人所有の小型漁船から大きなものになれば豪華客船のようなサイズの貨物船までずらりと並んでいる姿はまさに壮観の一言に尽きる。

道を挟んで反対側にはサトラが言っていたように港で獲れた魚介を販売している魚市が見え、隣には食堂や屋台もあり店先で新鮮な魚や干物が焼かれており何とも言えない香りが漂ってくる。



「そう言えばこっち・・・って魚を生で食べたりするのか?」


「シンクレルではあまり一般的ではないが、なくはないぞ。ムラサメ公国やドラゴード共和国では当たり前のように食されているそうだが……それがどうかしたのか?」


「いや、無性に海鮮丼が食べたくなって、つい……。そう言えばサトラ、お母さんのところには顔を出さなくていいのか?」


「母上にはここに来る前に手紙を出してある。そもそもミラーノに来たのは任務の一環だ、優先すべきは私的な事情より職務に決まっているだろう。なに、もし時間が出来たらちゃんと顔を見せに行くさ」


「まぁ、別に無理強いする気は無いけど。会える時に会っておいて損は無いもんな。……ん? 何の騒ぎだ?」



 歓声のような雄叫びのような大きな声が聞こえてきたかと思えば漁港の一角でまた人集りが出来ている事に気付く影次とサトラ。先に行っていたマシロやテネリフェ、そして彼女が率いる調査隊の魔術師たちもこの人集りに道を阻まれてしまっているようだ。



「なんだ、一体どうしたんだ?」


「それが……あれを見てください」



 困惑した様子のテネリフェが指を差す方へと視線を向ける影次。彼女が指し示すのはこの場に集まった大勢の人々の先にある、防波堤の前に設置された屋台や露店の数々だった。



「さぁさぁ皆さん早い者勝ちだよ!! ミラーノ新名物海底巨人像まんじゅうだ! 今だけの限定パッケージ、これを逃せば二度と手に入らないよ!?」


「巨人像クッキーに巨人像キャラメル。巨人像モナカはいかがですかー? 今なら三点ご購入で割引となっておりますよー。お買い得ですよー」


「旅の記念にお土産に、ミラーノの巨人像ペナントと絵葉書はいかがッスかー! ……え? 違うッスよ海と巨人の絵ッすよ! どこが地獄の業火に焼かれる悪魔ッスか!!」



 ようやく目的地である、海底遺跡と巨人の像が発見されたという港に到着した影次たちを待っていたのは、早速街の名物として売り出してしまっている商人たちと、新たな観光スポットに集まった大勢の観光客や地元住人たちで賑わう光景だった。



「キヒヒッ、こりゃ凄いことになっちゃってるねぇー。どうする? これじゃあ調べたくても調べられないよ?」


「んー、取り合えずまんじゅうとクッキーは買っておくか」


「エイジも大概マイペースだよねぇ」

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