観光都市ミラーノ×騎士姫の母
「見えてきたぞ。あれがミラーノだ」
だが通称観光都市と呼ばれているにしては、聞いていた程の賑わいでは無いように思えたが……。
「ここはただの入口だ。ほら、そろそろだぞ」
「な、なんだこれ……!」
馬車が街に近づいていくに連れて見えてきたのは海の上に架けられた大きな橋。海岸から真っすぐに伸びるその橋は彼方に見える大きな島まで続いていた。どうやら海岸線の建物はあくまでミラーノの玄関口に過ぎず、街の主体は橋の向こうにある島そのものらしい。
「あの島が丸ごと一つの街なのか……いや、流石に驚いた」
「街の規模だけで言えば王都よりも上だからな。シンクレル大陸最大の街。それがここ観光都市ミラーノなんだ」
まだまだ遠くにあるにも関わらずミラーノの島…もとい街は確かにサトラの言う通り王都シンクレルを含む今まで訪れたどの街よりも広大だ。島には海岸からも見える大小さまざまな建造物が建ち並んでおり、ミラーノという街の繁栄ぶりが文字通り見て取れる。
海岸にあるミラーノへの入市受付へと向かう影次たちだったがそこは流石観光都市というべきか。既に手続きを待つ馬車が長い行列を成しており海岸に渋滞を作ってしまっていた。
「ミラーノは観光地としてもシンクレル大陸一だからな。ほぼ一年中こうして国中から人が集まってくるんだ。しかしこれでは街に入るのに時かなり間がかかりそうだな」
「えー……アタシ待つの嫌いなんだけどなぁ。エイジだってそうでしょ?」
「ラーメン屋の行列ならいくらでも待てるけどな」
「らーめん?」
このまま列に並んで手続きを済ませ街に入れるのに何時間掛かってしまうだろうか。ずらりと並ぶ観光客たちの馬車の行列に一行が途方に暮れていると二つある入市の受付口のもう片方が空いている事に気付くマシロ。混雑しているのは馬車で街に来た人たちで、空いているのは徒歩でやってきた入市希望者用の受付のようだ。
「そういえばあっちもあったな。ミラーノと言えば馬車で来るのが当たり前のようなものだから忘れていたな」
「ここはシンクレル大陸の最南端、中々歩いてここまでやってくる方もおりませんからな。我々も馬車を降りてあちらの受付で入るとしますかな」
「そうだな。リザ、悪いけどここで降ろしてくれるか?」
「畏まりました。では私は大人しく一人寂しく枕を涙で濡らしながら留守番をしております」
「人聞きが悪いにも程がある」
リザなりの茶目っ気のつもりなのだろうが鋼鉄で出来ているんじゃないかというくらいの無表情のまま言うので凄まじくシュールな絵面だ。もしかしたら本当に毎回留守番で寂しい思いをしているのだろうか……?
馬車もろとも姿を消すリザ。宝玉の形へと戻った『神の至宝』を仕舞うと早速ここからは徒歩でミラーノを目指す影次たち。
長蛇の列を作る馬車の受付を他所に徒歩での入市受付にて手続きを行っていると書類に書かれたサトラの名前に気付いた係員が声をかけてきた。
「シェルパード……もしやあなたはマリノア様の?」
「ええ、この街には母が」
「おお! ではあなたがかの御高名な
「そんな大袈裟な。母の事をご存じなのか?」
「それは勿論。私は地元の者なのですがマリノア様にはいつもよくして頂いて……。ここへはお母様に会いに? マリノア様もきっとお喜びになられることでしょう」
実際ミラーノの街に来たのは魔族の手掛かりを探す目的なのだが、取り敢えずこの場はそういう事にしておこう。
「サトラ殿の御母上は随分有名なのですな。いや、それ以前にこの街に御母上が居られるとは知りませんでしたな」
「アタシも初耳だよー?」
受付を済ませ海岸から島へと続く長橋を歩き始める一行。当然の如く話題は先程のサトラと係員のやり取りに関してだ。
サトラの母親がこの観光都市ミラーノにいる事を初めて聞いたジャンとシャーペイは驚いた様子を見せるがマシロだけは事前に知っていたようで、自分と同じく特に反応を示さない影次を不思議に思ったようだった。
「エイジ、もしかして知っていたんですか? サトラ様のお母様がミラーノに居るという事を」
「ああ、一昨日サトラから聞いた」
「ふぅん……」
「何で不満そうな顔をするんだ?」
「いえ別に。仲が良いようで何よりですねと思っただけですよーだ」
もしや嫉妬しているのだろうか。だとしても一体どちらに対してなのやら……。
「見てよエイジ。ほらほら、海だよ海!」
「海ならシーガルでも見ただろ。そんなにはしゃぐ程か?」
「わかってないなぁ。あの時は結局海にはいかなかったじゃないかぁ」
「ふむ、どうにも海風というのは苦手ですな」
長橋は海の真上に架けられているので当然視線を左右に向ければそこに広がるのは一面の大海原だ。柵から身を乗り出し間近に潮の香りを感じはしゃぐシャーペイ。一方ジャンは潮風で毛並みがべたつくのだろう、さっきから頻繁に毛繕いを繰り返している。
「はしゃぐ気持ちはわかるがここには観光に来た訳ではないんだ。あまりのんびりしていると島に着く前に日が暮れてしまうぞ」
「えー、観光都市なのに観光しないなんて街に失礼だよぅ」
「どういう理屈ですか」
「まぁ、シャーペイの気持ちもちょっと分かるけどな」
橋の下に見える海は太陽の光に照らされ眩しく輝いており、水中を泳ぐ魚が橋の上からでも見える透明度はまるで海というより天然の水槽のようだ。魔族の手掛かりを探すという目的さえ無かったら影次としてもこの奇麗な海で一遊びしていきたい気分だ。
「こらこら、エイジまでそんな事を……。何度も言っているが我々は遊びに来ているんじゃないんだぞ?」
「分かってるって。俺だってそこまで子供じゃないよ」
苦言を漏らすサトラにそう言って笑い飛ばす影次だったが、その発言は本島に足を踏み入れた途端撤回する事となった……。
side-観光都市ミラーノ-
歓声と楽音が鳴りやまぬ賑やかな観光地区から離れたところにある地元住民や他所の街からの移住者が暮らす居住区。木々のさざめき、波の
一年中絶え間なく祭り騒ぎのような観光地区とは正反対とさえ言える穏やかな時間が流れる居住区の中央にある集会場からは今日も地元住民たちによる行列が出来ていた。
無論街の入り口で入市手続きを待つ馬車の列とは比較にならないが、もはやこの光景は
「はい、もう大丈夫よエノさん。もう無理はしたら駄目よ」
「あぁ腰が、腰がこんなに楽に……!」
「次はシーマおばさまね。あら、またやっちゃったの?」
「おぉ……マリノア様の治癒魔法はやっぱり効くわねぇ」
「まったくじゃ。ワシもほれこの通り! 今ならギガントオックスだってぶん投げられそうじゃ!」
「そ、それは流石に無理だからやめてねエノさん」
集会場に集まっていたのは老化による体の不調を訴える高齢者から怪我や持病を抱えるものたちなど様々だ。そしてそんな彼らに一人ずつ親身に話しかけながら治癒魔法を掛けている金髪碧眼の女性。
彼女こそ王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパードの実母、マリノア・シェルパードその人であった。
「本当にいつもいつもすみませんねぇ。こんな事しか出来ませんがどうかお受け取りください。うちの畑で今朝採れたものです」
「そんな、悪いわ。いつも言ってるけど私は別にそんなつもりじゃあ……」
「よろしかったらこちらもどうぞマリノア様。昨日息子と釣ってきたニジアジです」
「じゃあウチからはこれ! 魚にピッタリの白
「だ、だからそんな気にしないでいいんだってば。私はただ……」
「だったらワシの牧場の卵とミルクも」
「いやいやそれならこっちは引き立てほやほやの小麦を」
「何を、だったらこっちは……」
「皆さんお気持ちだけで! お気持ちだけで結構ですから!」
マリノアが住民たちの心遣いに嬉しく思いながらも困っていると暖かな日差しの下にも関わらずきっちりとブラウンの
「はっはっはっ、これまたどっさりと頂いてしまいましたなあ」
「はぁ……別にお代なんていらないと言ってるのに。いつもいつもこんなに沢山貰いすぎて何だか悪いわ」
「仕方ありません。毎日無償で治療をして貰えるのですから。ここは素直にお気持ちとして有難く受け取っておきましょう」
「もう……、別に私はそういうつもりでやっている訳じゃないのに」
「はっはっ、でしたらまたいつもの様に。この頂いた食材を使った昼餉に皆様をご招待すると致しましょう」
「ふふ、そうね。また賑やかなお昼になりそうね。今日は……ニジアジのクリームソース煮込みってところかしら? まだお昼だけど折角だし頂いた
彼女、マリノア・シェルパードがここ観光都市ミラーノにやってきたのは七年前の事だ。
元々は王都シンクレルの一般庶民、ごく普通の街娘に過ぎなかった彼女であったがその平凡だった日々は一人の男性と恋に落ちたことで一変する事となった。
相手が王族の血縁者だという事は結婚を申し込まれた際に告白され、その時は驚きはしたもののマリノアの気持ちは変わる事は無かった。
そして彼女は庶民の出でありながら王族関係者の妻となり、王都シンクレル王城にて暮らし始め、程なくして夫との間に女児を授かり、家族三人王都で幸せなに暮らしていた。
だが、そんな日々も夫が病に倒れた事で彼女の人生は再び一変する事になる。
床に伏せる夫が日に日に弱っていく中、愛する夫の命の灯と反比例するかのように王城内での彼女の立場は劣悪なものへとなっていった。
元々庶民の出であるマリノアを快く思っていなかった者たちはここぞとばかりに彼女を乏しめ、追い詰めていった。
そして夫が病死するや否や、悲しみも癒えぬままマリノアは王城から半ば強引に追い出されてしまったのだった。
ミラーノの街に移り住んだのも心身共に弱り果てていた母を案じた
今では街の代表のような立場になってしまい、年配の方の中には顔を合わせる度に拝んでくる者までいる有様だ。
「私のしている事なんてただの自己満足だというのにこんなに良くしてもらって……、皆さんが思っているような立派な人間ではないというのに。ねぇボルゾイさん?」
「ですが大勢の方が奥様に救われているのもまた事実ではありませんか」
「ただ毎日何もする事が無かったから思い付きで教会の真似事を始めただけよ。他人のためじゃない、偽善よ」
「結構ではありませんか。何も成さずに
ボルゾイと呼ばれた壮年の紳士はそう言ってマリノアが胸中に抱えていた後ろめたさを一笑する。彼は元々夫のマリノアの夫の従者だったのだが夫亡き後もこうして療養先にまで付いてきてくれる程に忠を尽くしてくれている。マリノアからすれば彼にはどれだけ感謝の言葉を並べても足りないくらいだ。
「おお、そうそう危うく忘れるところでした。奥様にお渡しするものがございまして」
「さ、流石にこれ以上野菜や肉は貰えないのだけれど……」
「いえ、お手紙が届いておりました。それも、お嬢様から」
「サトラから?」
ボルゾイが懐から一通の手紙を取り出しマリノアに手渡す。封を切り娘からの久しぶりの手紙に目を通していくに連れ、マリノアの表情が変わっていく。
「サトラお嬢様からは、何と?」
「あの子ったら……、騎士団の任務で近々
口では不満気な風にしているものの、目を輝かせ何度も何度も娘からの手紙を読み返しているその姿は長年仕えているボルゾイでなくとも喜んでいるようにしか見えない。まるで誕生日にずっと欲しかった玩具を買い与えられた子供のようなにはしゃぐマリノアの様子にボルゾイも目を細め我が事のように嬉しく思っていた。
「お手紙は時折送られてきますが実際にお会いになるのは……ああ、もう一年近く前になってしまいますか。お嬢様も今では一部隊の副隊長、かの
「昔からお転婆な子だったけど、まさか本当に騎士になってしまうなんてね……。それもすっかり有名人だもの。本当に、こっちの気持ちも知らないで……」
「ではお嬢様がいつ来られても良いように準備をせねばなりませんな。戻ったばかりで申し訳ありませんがもう一度買い出しに行って参ります」
「ああ待って。だったら今度は私も一緒に行くわ」
残念ながらボルゾイの予想とは裏腹に既に当のサトラはまさに今、この瞬間ミラーノの街に到着していたのだが、当然そんな事を知る由もない二人は数日中のうちにやってくるであろうサトラを出迎える為の準備を整えるべく商店が揃う観光地区へと向かう。
「そう言えばボルゾイさん。今日は特に街の方が賑やかのようだけれど、何かあるのかしら」
「ええ、何でもここ最近海底で巨大な石像が発見されたそうで大騒ぎになっておりまして。遺跡のようなものも見つかったそうで既に魔術師学院の方々が調査を始めているそうです」
「あらまあ。サトラも何だか良いタイミングねぇ。あの子が来たら折角だし一緒に見物に行ってみましょうか」
まさにその海底で発見された石像を調べに、しかも既にこの
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