パロマ出発×騎士姫の憂鬱

「やぁサトラ。今日出発するんだって?」


「ウェルシュ隊長。コギーも」



 買い出し中だったサトラにそう声をかけたきたのは王立騎士団第一部隊隊長であり同時にシンクレル王国王子ウェルシュと副隊長コギーだった。

第一部隊はまだしばらくこの街に残るそうだがパロマの街にやってきた目的を既に果たしたサトラたちはまさに今日、今から街を発つ準備をしている真っ最中だ。



「第一部隊はいつまでパロマに?」


「取り敢えず地下水路の修理が一段落したらかな。僕たちもあまりここに長居してはいられないからね。ずっと王都を空けておくのもまずいし。水路が今まで通り使えるようになったら僕らも引き上げるつもりだよ」


「何処かのどなたかが職務をほったらかしてすぐ居なくなったりしなければ数日中には我々も王都に戻る予定です」


「はは……だからそれ・・か」



 ウェルシュの腰に結びつけられた紐の端を握っているコギー。その構図はまるで目を離すとすぐいなくなる子供と母親……いや、犬と飼い主だろうか。ひもがつけられているのが首ではなく腰という辺りにコギーなりの配慮を感じる。

いや仮にも相手はこの国の王子なのだが……自業自得か。



「そうそう、もし伝えられる機会があればにお礼を言っておいてくれないか。お陰で助かった、僕も部下たちも街も、全部無事に済んだのは君が助けてくれたからだ、ってさ」



 ウェルシュが敢えてとはっきり名前を出さず曖昧な言い方をしているのは、つまりそういう事なのだろう。彼が何処まで知ってしまったのかは分からないが、敢えてこういう言い回しをしているのはウェルシュなりの配慮なのだ、それをサトラの方から掘り返すのは野暮であり藪蛇でしかない。



「……約束は出来ないが」


「勿論。もし機会があれば・・・・・・・・でいいよ。さてと、あんまり引き留めているのも悪いし、僕たちはそろそろ行くよ。他のみんなにもよろしくね」


「道中お気をつけて」


「ああ、ウェルシュとコギーも元気でな」



 サトラが買い出しの続きをするために繁華街へと消えていくのを見送るとウェルシュも自分たちを待っている部下たちの元へと向かい歩き始める。



「……本当に宜しかったのですか。例の黒い鎧……クロノ・エイジをこのまま野放しにして」


「ああ、彼の人となりはよく分かったしね。それで? 調査の結果はどうだった」


「隊長の仰る通りムラサメ公国からここ十数年シンクレル大陸への入国者は居りませんでした。密入国、という説も考えられるのでこれだけで彼がムラサメ公国の者では無いとは言い切れませんが」


「いや十分だよ。ま、悪人とは思えないし。サトラたちの事はこのまま好きにさせておこう。ただし動向は逐一掴んでおくようにね」


「了解しました、ウェルシュ隊長」



 偶然と成り行きとは言え互いに背中を預けた戦友の身辺をこうして裏で探っているのはウェルシュとしても正直後ろめたいものがある。だが彼は一兵という訳ではない、数多の部下を率いる騎士団の隊長であり、いずれはこのシンクレルという国を背負い立つ王子なのだ。私情はあくまで私情、するべき事を疎かにしていい理由にはならない。



(それに今は王都の内通者をどうにかする方が先決だしね……。さぁて、どうしてくれようか。あの狸親父)








 地下水路の一件から二日後、サブレーから報酬として魔族の手掛かり(仮)を受け取った影次たちはその日のうちにパロマの街を出発した。

聴取が無くなったと言えどいつまでも第一部隊の傍に居続けるのも色々と面倒なことになりそうなので出来るだけ早急にお暇させて貰うことにしたのだ。

逃げるような形になってウェルシュたちには申し訳ない気もするが……仕方ない。



「もう数日滞在しても良かったんだが、彼らの真意が掴めない以上今しばらくは距離を置いていた方がいいだろう。すまないなエイジ。折角友人が出来たというのに」


「いや、ウェルシュとは昼飯の時にちゃんと挨拶は済ませたし、そのうちまた会えるだろ」


「……そうだな。うん。きっと会えるさ。王都に行けば多分な」



 何せ相手はここシンクレル大陸を統べる国王の第一子だ。「王子に会いに来ました」と言って会える相手では無いが……いや、ウェルシュなら王城から抜け出す事くらいは平然とやってのけるかもしれないから怖い。

結局ウェルシュに頼まれた通り彼が往時でる事も第一部隊の隊長である事も影次には伏せたままだが果たしてあの放蕩王子は一体何を考えているのやら……。

マシロの姉であるセツノも結局影次の事は完全に諦めた訳では無いような素振りだったが更にここでウェルシュという新たな悩みの種が増えてしまった。



「で、そっちはどうだ? 何かそれっぽいものはあったか?」


「うーむ……何と言えばいいのやら、ですなぁ。未だ真相が明かされていない連続怪死事件や途中で犯人が忽然と消えてしまった鉄道襲撃事件などから彼是数か月ずっと閉店セール中の雑貨店の不思議など、ピンからキリまで、といった感じですな」


「っていうかいくらなんでも数が多すぎです! せめて新聞社の方でもう少し情報を吟味してから渡してくれてもいいじゃないですか」



 パロマを出発してから数時間、サトラと話していた影次が声をかけるとシラコ日刊から貰った大量の魔族の手掛かり(仮)を分析していたジャンとマシロがそれぞれ疲れの色が滲む声を上げた。

無理もない、何せ量が量なのだ。全員で取り掛かっても一日二日で目を通しきられるかどうか甚だ怪しいところだ。


 手掛かりになりそうな情報を選り分けている間ただじっと立ち止まっているのも不毛と、一行を乗せた『神の至宝』リザの馬車は情報都市パロマを出て一路南へと向かっている最中だった。

目指すは巨人の像が海底で発見されたと言う場所。情報を持ってきたのがシャーペイというところが若干……いや、かなり不安ではあるが他に手掛かりも無いので一応、念の為、取り合えず向かってみる事にした一行だった。



「巨人像が見つかったとされるのはシンクレルの南、地図だと……大体この辺りですね」



 サブレーから貰ってきた書類が散乱する荷台の中で広げた地図にマシロが指差したのはシンクレル大陸の南端に面する場所だ。



「シンクレル南部のカイト地方です。この辺りだとミラーノという大きな街があるのでそこを目指すとしましょう」


「パロマからだと丁度アルムゲートまで戻るのとほぼ変わらない距離だな。普通の馬車なら十日といったところか」


「お急ぎとあらば明日には到着出来るよう急ぎますが」



 次の目的地への日数を聞いて御者席で手綱を引いていたリザが荷台の影次たちの方へと顔を覗かせてきた。一体どれだけ飛ばすつもりなのだろうか……というか事ある毎にスピードを出したがっているように思えるのは気のせいだろうか?



「そんな急がなくても大丈夫だから。くれぐれも安全運転で」


「畏まりました。では五日で到着出来るよう努めさせて頂きます」


「くれぐれも安全運転で。くれぐれも」



 早速速度を上げ始めた馬車に不安を感じながら、改めて地図に目を落とす影次。

海底で発見されたという巨人像。もしそれがディプテス山で遭遇した古代兵器ゴーレムと同じものだとすればまた魔族が関与している可能性が高い。だとすれば夜な夜な海辺で目撃される不審な人影というのも単なる密猟者ではなく魔族という事も十分考えられる。



「この辺りの海辺一帯はミラーノという街と隣接している、もしディプテス山のようにゴーレムが突然動き出したりすれば街にどれほどの被害が出てしまうか想像も出来ないぞ」


「ああ、魔族がゴーレムを起こそうとしているのだとしたら絶対に止めないとだな」


「ほらぁアタシの持ってきた情報は役に立つでしょー? もっとシャーペイちゃんに感謝してよー」


「はいはい感謝してる感謝してる」


「微塵も心が籠ってないよぅ!」











 パロマの街を出発してから三日目の夜。シンクレル南部カイト地方へと入り馬車からコテージへと形を変えた『神の至宝』竜の宮殿で夜を過ごす影次たち。

人目に付かないよう街道を外れ雑木林の中に建てた小さな山小屋サイズの『竜の宮殿』の中で寝ていた影次が物音と気配に気付き目を覚ますと丁度外へと出ていくサトラの姿が見えたところだった。



「眠れないのか?」


「ああ、すまない。起こしてしまったかな」


「気にしなさんな。ほら、サトラの分」



 『竜の宮殿』の外、動物避けに焚いている火の前に座っていたサトラの傍へとやってきた影次は両手に持っていたカップの片方を手渡し、サトラの隣へと腰を下ろす。

夜空に白い湯気を立ち昇らせる暖かいコーヒーの入ったカップに口をつけ、息を漏らすサトラ。



「ありがとう、わざわざ淹れてくれたのか?」


「淹れたのはジャンだよ。熱いから気をつけてな」


「ふふ、後で礼を言わないとだ。ジャン殿も起こしてしまったみたいだな」


「私は夜行性なのでお気になさらずだとさ。マシロとシャーペイはぐっすり眠ってるよ」



 サトラの後を追い外に出る前に毛布に包まったまま重なり合って眠っていたマシロたちの姿を思い出す影次。あの二人も仲がいいやら悪いのやら……。



「カイト地方は1年かけて比較的暖かい気候なんだが、流石に夜になると少し冷えるものだな。エイジは大丈夫か? 寒くないか?」


「平気だよ。適合手術を受けてから風邪一つひいた事ないしな」


「またそんな反応に困る事を……」


「はは、色々と都合のいい体で便利だよ」



 本気で言っているのか単なる自嘲なのか、影次の言動から本心を窺い知る事が出来ないサトラはハァ、と深く溜息をつくとまだ中身が半分ほど残ったままのコーヒーのカップで影次のカップを小突き、相も変わらず我が身に頓着の薄いこの困った異世界人に苦言を漏らす。



「そうやって己を平然と軽んじてしまうのは君の直すべき悪癖だぞ」


「悪い、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……」


「ならエイジにはジョークのセンスは無いな。君がいつも皆を守る為に奔走してくれているように、みんなも君を守りたいと思っているという事をくれぐれも忘れないでくれるか」


「ごめん……ああ、でもこんな体になった事は別に後悔してないんだ。色々便利っていうのも本音だしな」


「その体になった事、か。悔やんでいるのはその後という事かな?」



 サトラの言葉に影次は苦笑いを浮かべコーヒーを煽るだけで何も答えない。そんな影次にサトラも少し踏み込みすぎてしまったとそれ以上の追求はしなかった。

影次が何故平然と己が身を危機に晒してまで人を助けようとするのか。単なる正義感だけではない、もっと複雑で歪な何かがあるように思えてならない。

だがそれは影次の方からいつか語られる事を待てばいい。そう思いサトラは代わりに今度は自分の話を影次に語り始めた。



「実は今向かっているミラーノの街には個人的にちょっと縁があってな。ほら、前に少し話しただろう?私の母が今海沿いの町で暮らしていると」


「確かパーボ・レアルでそんな事言ってたっけ。じゃあそのミラーノってところにサトラのお母さんが?」


 以前サトラの口から聞いた身の上話の中にあったサトラの母親の事を思い出す影次。王族の血筋だったサトラの父親が亡くなった途端に平民の出というだけの理由で王城から追い出されたという、思い出すだけでも気分の悪くなる話だ。



「ミラーノは通称観光都市と呼ばれているくらい観光事業に力を入れている街でな。それこそ一年中何かしらの催し物が行われて賑やかな街なんだが、地元の住民が住んでいる居住区はとても閑静で同じ街とは思えないくらい穏やかなところなんだ」


「へぇ、まぁ観光地ってそんなものなのかな」


「海や山に囲まれて空気もとても綺麗でな。私の母のように療養の為に他所から移り住む人も少なくないそうだ。霊脈というんだが特に台地や海に潤沢な魔力が含まれている場所らしい」



 霊脈。以前ドラゴンヴァイエストが療養していたエルフの森も確かそう呼ばれていた事を思い出す影次。魔力という概念を未だ良く認識出来ていないので取り合えず避暑地のような場所をイメージしてみる。……温泉でくつろぐドラゴンという絵が浮かんできてしまった。



「なら久しぶりにお母さんに会えるって訳だ。良かったじゃないか」


「あ、ああ……そう、だな」



 いつも明朗なサトラにしては珍しく歯切れの悪い返事だ。もしかしたらマシロとセツノのようにサトラも肉親の間に何か確執を抱えているのだろうか。



「私は結局母の願いを裏切って騎士になってしまった身だ。正直母上には合わせる顔が無くてな……。いや、別に仲違いしているという訳じゃあないんだ、誤解しないでくれ。ただ父が病死してからというもの母はすっかり心が弱くなってしまって、私はそんな母を遠い地に置き去りにしてしまったんだ」


「でもそれは騎士になってお母さんを追い出した連中を見返してやろうって理由だったんだろう?」


「母はそんな事を望むような人じゃない。あの頃の私は自分の事ばかりで周りの事なんて何も見えてなかったんだ。自分の力を見せつけてやろう、そんな浅ましい自己顕示欲に駆られていたに過ぎない。母がどれだけ寂しい思いをしていたかも考えずにな」



 マシロが姉であるセツノに対し劣等感を抱いていたように、サトラもまた母親に対し未だ強い罪悪感を抱いていたのだ。幼くして両親を失い肉親のいない影次はサトラの気持ちを理解できる等と無責任な事は言えなかったが、過去の自分の過ちに今も後ろめたさを感じているのは、影次もサトラと同様だった。



「なら、その気持ちをお母さんに伝えてあげればいい。折角これから会いに行けるんだ、丁度良い機会だと思えばいいじゃないか。サトラは二度と取り返しのつかない事をした訳じゃないんだ、今からでもやり直せるさ」


「そうだろうか……? うん、そうだな。エイジの言う通りだ。ミラーノに着いたら少しだけ私に時間をくれないか。決心が鈍る前にきちんと母上と話をしようと思うんだ」


「ああ、元気な顔を見せてあげたらいい」


「そうさせてもらうよ。それにしても……」



 カップの中に残っていたコーヒーを口にしながら隣でともに焚火に当たっている影次の姿を碧眼に映しまじまじと不思議そうに見つめるサトラ。影次も思わず至近距離にサトラの端整な顔が迫り後ずさりながら真っすぐに向けられるサトラの視線にむず痒さを覚えてしまう。



「それにしても?」


「いや、他人の事はこんなに良く気が回るというのに、どうして自分の事となると無頓着なのだろうかと思ってな。まぁ、そういうどこか放っておけないところも君の魅力なのかもしれないが」


「人の事をまるでたらし・・・みたいに言わないでくれない?」


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