魔人と王子と異世界人×シャーペイの耳寄り情報

 シラコ日刊にてサブレー社主から魔族の手掛かりになりそうな情報を報酬として受け取ったサトラたちは情報が記された大量のファイルを抱え、独占インタビューをとせがむサブレーを振り切って出版社を後にしたのだった。



「それにしても第一部隊は……と言うかウェルシュ隊長ですか。一体何をお考えなのでしょうね。てっきり地下水路の件が片付いたら騎甲ライザー影次の事を追求されると思っていたのに、突然もうその必要は無くなった、だなんて」


「さぁてな。あの人の考えだけはどうにも読めないからな。エイジやジャン殿と一緒に行動していたようだが、その時に何かあったのかもしれないな」


「いつの間にか仲良くなってましたもんね。エイジはウェルシュ隊長がシンクレルの王子だと知って……ないでしょうね、きっと」


 地下水路での巨大蜘蛛や魔族との戦いで騎甲ライザーの存在を実際に目の当たりにしたウェルシュが何の追及もしてこない事に当然疑問を抱くサトラとマシロ。問い詰められるのも困るがこうして何もないというのも、それはそれで不気味なものがある。



「実際その目で見て、彼を味方だと判断してくれたのか、もしくは何か考えがあって私たち共々泳がせているのか……。後者だとすると、私たちとの繋がりどころかエイジが騎甲ライザーだということまでバレていると思って間違いないだろうな」


「姉さんみたいにあからさまに何か企んでます、って態度を取ってくれたら分かりやすいんですけどね」


「はは、確かにな。とにかくウェルシュ隊長が何も言ってこない以上私たちの方から下手に蒸し返さない方がいいだろう。どんな考えがあるのかは分からないが、しばらくは今まで通り自由にさせてもらうとしよう」



 ウェルシュがサトラへの追及を取り止めた理由は果たして影次に対する友情故なのか企みあっての事なのか、それを確かめる術が無い以上このまま現状維持、引き続き独自に魔族の足取りを追い続ける方針で旅を続ける事にする。何となくウェルシュの掌の上で泳がされているような気もするが、少なくとも今のところウェルシュが自分たちの敵に回る心配は無いと判断するサトラ。

あくまで今のところ・・・・・、ではあるが……。



「……あれ、そういえばシャーペイはどうした? いつの間にか姿が見えなくなっているが」


「えっ? あ、本当にいない! また勝手にフラフラとあれは……!」


「まぁ、彼女もエイジがいる限り悪さはしないだろう。お腹が空いたらまたひょっこり戻ってくるさ」


「猫じゃないんですから……。どうせこの資料の山荷物を持ち歩くのが嫌で逃げたんでしょう。帰ってきたら叱らないと。取り合えずご飯は抜きですね」


「猫扱いしているのはマシロもじゃないのか?」








「さてと、流石にそろそろ戻らないとコギー……同僚に叱られそうだし僕はそろそろ行くとするよ」


「俺もこの後野暮用があるので失礼する」



 昼食を共にした後、店を出たところでウェルシュとキースホンドはそれぞれ用事があるという事で影次たちと別れる事になった。ウェルシュはまだしばらくはパロマの街に残り地下水路の復旧の手伝いをするそうだがキースホンドは今日パロマを発つらしい。

なので今のうちにと借りていた短剣を返そうとする影次だったがキースホンドは首を横に振ってそれを断る。



「選別代わりだ。それはエイジにやろう。どうも君は危なっかしいからな。それくらいは持っておけ」


「えっ、いやでもこれどう見ても安そうには見えないんですけど……」


「昔組んでいた一団パーティーの仲間と揃いで作ったものだ。俺が持っていても使う機会はあまり無いからな、遠慮せず貰ってくれ」



 昔の仲間……。キースホンドのかつての仲間たちの顛末を聞いた影次は当然そんな大切な仲間たちとの品は貰えないと断ったが魔獣が巣食う危険な場所に手ぶらで飛び込んで心配をかけさせる奴が悪い、黙って受け取れと強引に押し切られてしまい、有難く受け取る事にした。



「ありがとう。大切に使わせてもらいますよ」


「所詮は道具だ、短剣それも飾りにされるよりは残分に振り回されるほうが幸せだろうしな。それと俺に敬語を使う必要は無いぞ。知らぬ顔でも無しに、命を預け合った仲だ」


「それじゃあお言葉に甘えて。ありがとう、また何処かで会ったら一緒に飲もう。キースホンド」


「顔はいかついけど良い人だね。僕もまた会えるのを楽しみにしてるよ」


「貴方の行く先にご武運をお祈り致しますぞ」



 影次やウェルシュ、ジャンと握手を交わし去っていくキースホンド。彼の巨体が町の雑踏に消えていったところで今度はウェルシュが影次とジャンの手を取り固く握り締める。



「じゃあ僕もこれで。色々あって大変だったし死ぬかと思ったし不謹慎かもしれないけど、君たちと組んで楽しかったよ。また会おうエイジ。ジャンさん」


「俺も楽しかったよ。あんまりサボり過ぎないようにな。騎士団クビになっても知らないぞ」


「ウェルシュ殿もお達者で」



 ウェルシュとも別れた影次とジャンはサトラたちと合流する為に待ち合わせ場所の『竜の宮殿』リザの馬車へと街の入り口に向かって歩き始めた。



「パロマの街も無事だったし第一部隊の件も何だかよく分からないけど有耶無耶になったし、これで後は魔族の情報が得られたら言う事無いんだけどな」


「さてさて、そこはどうでしょうなぁ。実際我々が直接赴いて調べてみなければ真偽は分からぬでしょうしな。ともあれ、サトラ殿たちもサブレー殿から件の情報は頂いてられる頃でしょう。他に手掛かりも無いのですし頂いた情報を拝見致しましょうぞ」



 それもそうだと馬車へと向かい歩きながら、影次は今回パロマの街で起きた出来事に内心違和感を拭い切れずにいた。


まず第一部隊の動向。地下水路の事件が解決するや否やの突然の聴取撤回だ。実際に第一部隊ウェルシュの前に騎甲ライザーとしての姿を晒したにも関わらず、だ。

第二にその地下水路にいた巨大な魔獣。あんなものが長い間ずっと街の真下に蔓延り続けていたとは考え難い。何処か別の場所からやってきたか、元々あそこにいた死蜘蛛デスパイダーを何者かがあのような姿に変貌させたか……。何にせよ自然にあの巨大魔獣が発生したとは考え難い。


密かに誰かの思惑が働いているような、得も言われぬ後味の悪さを感じずにはいられない影次だった……。








side-???-



 影次やウェルシュたちと別れパロマの街を出たキースホンド。街道を外れ人気のない茂みへと入っていくと彼の前にフードとローブで顔と姿を隠した人物が待ち構えていたとばかりに現れた。



「王子の暗殺は失敗したようですね、処刑魔人」


「ノイズか。まぁ元より奴の小間使いなどしてやる義理も無い。それに暗殺の成否など俺達には何の支障も無いだろう?」


「確かにそうですが、では何故悪戯に王子に内通者のヒントを与えたのですか?」



 ノイズと呼ばれた若い女性……目深に被ったフードから声でしか判断できないが、彼女の問いにキースホンドはそれこそ何の問題があるとばかりに肩を竦め吐き捨てる。



「奴は所詮手駒の一つ。俺たち魔族との繋がりが露呈したとしても破滅するのは奴一人。俺たちに何の痛手がある?尤も、奴は愚かしくも自分が俺たちを利用していると勘違いしているようだがな。……それよりもだ。ノイズ、あの馬鹿げたサイズの死蜘蛛デスパイダーは一体何だ。俺はあんなもの聞いていなかったぞ」


「貴方があの街に到着する数日前から人工魔獣化の魔石の試験テストを行っていたのですよ。結果は貴方もご覧になった通り、ただ無作為に体が大きくなっただけで大したデータは取れませんでしたが。貴方のお陰で廃棄処分の手間も省けました、礼を言いますよ処刑魔人」


「チッ……またいつもの実験とやらか。こうしたとばっちりも少なくないんだ、もう少しこちらの事も考えてくれ」


「こうした地道な実験の積み重ねによって得られるデータが創造主様マスターのお役に立つのです。貴方もその研究の成果によって更なる力を授かったのではありませんか」



 ノイズの言う通り、つい先日彼女に召集されたキースホンドを含む魔人|五名は自分たちに魔人としての力を与えた創造主マスターの手により強化を施されていた。事実キースホンド、処刑魔人ダブルメイルも騎甲ライザー相手に以前よりも良い勝負が出来るようになったのはつい先日実感したばかりだ。



「……まだまだ足りん。もっと強くならなければあいつには勝てん。何故マスターはあれを野放しにし続ける。報告はしてあるのだろう」


創造主様マスターには創造主様マスターの、我々などには推し量れないお考えがあるのでしょう。貴方はそのような考えずにただ従っていればいいのです」


「フン、まぁいい。俺は俺の目的を果たせればそれでいい。お前たち魔族が何を企んでいようが正直興味はない」


「準備も整いつつあります。例の計画を実行に移す日も近いでしょう、貴方もそのつもりで」



 吐き捨てるキースホンドの態度にもノイズは怒る訳でもなく、フードの下に隠されている顔から表情を伺う事も出来ないまま一方的に要件を伝えると、音もなく茂みの奥へとその姿を溶かし、消えていく。



「例の計画……魔族の企みも次の段階に進むという訳か」



 それが一体何を意味するのかを知るキースホンドはこの先そう遠くないうちに起こるであろう、このシンクレルを、いや世界を揺るがす事件を思い浮かべる。



(今更だな……。人を辞め魔に堕ちた風情で何を悔いるというのだ……)









 『竜の宮殿』馬車に戻りサトラたちと合流した影次とジャンの目に飛び込んできたのは荷台を埋め尽くすほどの資料の山だった。



「うわ、何だか凄い事になってるぞ」


「荷台の底が抜けないか心配ですな」



 この大量の資料をここまで運んできた当のサトラとマシロは流石にへとへとになって御者席にもたれてぐったりとしている。お疲れの二人によく冷えた蜜ラムネを渡していると荷台からリザがひょっこりと顔を出してきた。



「ご心配なく。この馬車はドラゴンが乗ってもビクともしない造りになっております」


「そりゃあドラゴンの宝だもんな……って、まだちっちゃいままなのか」


「申し訳ありません。まだ回復にはお時間を頂く必要が……」



 巨大ロボットダイライザーを異世界で再現するという壮絶な無茶をさせたせいで『神の至宝』に宿る案内人であるリザは幼女化してしまっていたのだ。だが幾分か回復したのだろう、パロマの街に来た時は園児くらいの背丈だったのが今は小学生くらいにまで大きくなっているし口調もほぼ元に戻っていた。



「お荷物は『宮殿』の中に収納しておきましょう。このままでは皆様が乗るスペースが確保出来ませんし」



 言うや否や積み込まれていた大量の資料が荷台の床にズブズブと沈み飲み込まれていく。何ともシュールな光景だがあれだけの質量をこうも簡単に収納出来るというのは便利を通り越してもはやチートだ。

前に興味本位で最大積載量を訪ねたら「ドラゴンより軽ければ大丈夫」だそうだ。今度ドラゴンヴァイエストに会ったら体重を聞いてみよう。



「しかし凄い量だな……言ってくれたら俺たちも運ぶの手伝ったのに。あ、食料買ってきたけどサトラもマシロも昼はもう食べたのか?」


「ああ……私たちはサブレー殿のご相伴に与ってきたので大丈夫だ。流石に少し腕が痛いな」


「早鳩の卵で作ったプリンなんて凄く珍しいものを食べさせて貰いました。エイジたちは?」


「ああ、俺たちもさっき食べてきたよ。偶然キースホンドさんやウェルシュとも会ってみんなで一緒に」


「それはもう賑やかな昼餉でしたぞ」



 買ってきた食料を荷台に積むとシャーペイの姿が見当たらない事に気付く影次。一瞬サトラたちに聞こうとするが、どうせお腹が空いたら勝手に戻ってくるだろうし放っておくことにする。



「エイジ、たいちょ……ウェルシュさんは何か仰ってましたか?」



 出版社からここまで膨大な量の資料を運んできたせいで筋肉痛になりかけている腕を伸ばしながら訪ねるマシロ。質問の意図を訝しみながらも彼女の腕を引っ張り柔軟を手伝いながらウェルシュとのやり取りを思い返してみる。



「うーん……サボってばっかりいるから同僚に叱られそうだ、とか言ってたな」


「しっかり叱られた方がいいですあの人は。あいたた、もうちょっと優しく引っ張って」


「はいはい。それでそっちは? 何か物凄い量だったけど、あれ全部シラコ日刊から貰ってきた魔族の手掛かり候補なのか?」


「古今東西、過去数十年まで遡ってありとあらゆるそれらしい・・・・・案件を集めてくれたそうだ。あの量を分析し選別すると思うと少々気が滅入るが……あぁ、効くなそれ……」



 同じくお疲れ様なサトラは影次に肩を揉まれて途中から気の抜けた声を上げてしまう。すらりと細く華奢にさえ見えがちだがそこは騎士、しっかりとした筋肉のハリが指を押し返してくる。……随分肩が凝っているのは持ち前のスタイルのせいだろうが。



「これからどうなさいますかな? 情報のより分けには時間が掛かるでしょうし、このままパロマにもう少し滞在致しますかな?」


「それでもいいんだが……第一部隊もまだしばらくこの街にいるそうだしな。聴取を受けずに済んだとは言え疑いが晴れた訳では無いだろうし、出来れば今は彼らから距離を置きたいものだ……あぁそこそこ。もう少し強くしてくれて構わないぞ」


「はいはいお客さん肩凝り酷いっすね」


「エイジ、こっちもお願い出来ますか」


「はいはい順番……って、何でそんな怖い顔してんの?」


「やっほーただいまーお腹すいたよぅー……え、何この状況」



 だらしのない顔をしているサトラの肩を揉む影次と睨んでいるマシロ、そしてそんな三人を微笑ましく見守っているジャン。そんな四人の元に案の定シャーペイがお腹が空いて戻ってきた。



「お帰りなさいシャーペイ氷漬けにしますね」


「いきなり何だよぅ! 酷いよマーちゃん!」


「お前今までどこで何してたんだよ」



 シラコ日刊のサブレーから受け取った大量の資料を持ち運ぶという肉体労働から逃げ出したシャーペイに当然の如く非難の目が向けられる。



「ち、違うよ違うよ! 別に荷物運ぶのが面倒くさいから逃げたんじゃないってば! 折角シャーペイちゃんが耳寄りな話を聞いてきたっていうのにさ!」


「シャーペイ殿が仰られると胡散臭さが倍増しますな」


「やっぱり氷漬けにしましょうか」


「まぁまぁ、取り合えず聞くだけ聞こうじゃないか。駄目で元々と云うじゃないか」


「フォローしてくれてるつもりかもしれないけどサトちゃんの言い草も大概酷いからね!?」


「で、何だよその耳寄りな胡散臭い話って」



 日頃の行いによる自業自得なのだが全員からぞんざいな扱いをされて不満の声を上げるシャーペイに、このままでは話が進まないと影次が尋ねる。シャーペイは「胡散臭いは余計だよ」と一言前置きを置いてから話し始めた。



「街の記者が話してるのを聞いた話なんだけどさ、南のほうにある海沿いの街で最近変な事が立て続けに起きてるんだってさ。夜な夜な怪しい男たちが海の中へと消えていくとかなんとかって」


「いや、それって単に密猟者か何かじゃないか?」


「キヒヒ、不審に思った街の漁師が後を追って潜ったら海底に物凄い大きさの巨人の像が沈んでたのを見た、って言っても?」



 海底に沈む巨人の像、そう聞いて影次もサトラたちもまず思い浮かべたのはディプテスの雪山で遭遇した古代兵器・・・・の事だった。

もしシャーペイの話が事実だとすればその海に眠っているものの正体は、そして怪しい男たちというのはもしや……。



「キヒヒッ、どうどう? 俄然気になってきたんじゃない? これは確かめてみる価値はあるんじゃないかなぁ」


「でもなぁ……情報源がお前っていうだけで信憑性が奈落に落ちるんだよなぁ……」


「温厚で優しいシャーペイちゃんだってそろそろ怒るよぅ!?」

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