サブレーの報酬×凸凹パーティー打ち上げ会

 女王死蜘蛛クイーンデスパイダーを撃退した騎甲ライザーファング。だがこれで一件落着という訳にはいかない。何故ならまだ魔族が、処刑魔人ダブルメイルが残っているからだ。



「手助けしてくれたお礼でも言った方がいいかな?」



「あの害虫が邪魔ダったというだケだ。馴れ合うツもりは無い」



「奇遇だな、俺もだよ。……なら、続きといこうか」



 正直もう既にファングに残されたエネルギーはほんの僅か。とてもじゃないがダブルメイルと一戦交える余力は無かったが……それを悟られまいと気丈に身構えるファング。だがダブルメイルはファングの挑発には乗らず携えていた大剣を背に収めると踵を返してこの場から去ろうとする。



「興が削がレた。貴様との決着は次の機会ダ」



「待て! 君にはまだ聞きたい事があるんだ!」



 ウェルシュが追いかけようとするもダブルメイルは紫の炎を振り撒き、次の瞬間にはもう何処にもその姿は無くなっていた。

ファングも出来る事ならばみすみす逃がさずこの場で倒しておきたかったが既に戦えるだけの余力が残っていない以上、ダブルメイルの方から退いてくれたのは幸運だった。



(あの魔族……いや魔人と言ったか。僕の命を狙っていた筈なのにどうしてああもあっさり退いた……? まるで最初から殺せても殺せなくてもどちらでもよかったみたいに……)



「隊長!! ご無事ですかウェルシュ隊長!!」



 拍子抜けするほど簡単に引き下がった魔人ダブルメイルの行動に違和感を覚え訝しんでいたウェルシュに部下たちを引き連れたコギーがここ第二貯水池へとやってきた。



「やべっ」



「まずい、隠れろエイジ……!」



 第一部隊の騎士たちがやって来たので慌てて柱の影へと身を隠し変身を解除するファング影次。この後第一部隊から色々と追及される事はもはや避けられないだろうが、それでもなるべく決定的な瞬間を見られてしまう事は避けておきたい。



「良かった……ご無事で何よりです隊長。……魔獣はどうなったのですか?」



「ああ、そっちはもう片付いたよ。けど見ての通りだ、総員まずは貯水池ここの応急処置に当たってくれ」



 瓦礫と貯水が今も頭上から降り続ける貯水池は第一、第二と隔てられていた天井部分も半壊し繋がってしまっていた。ウェルシュの指示で女王死蜘蛛クイーンデスパイダーに破壊された柱や壁を土魔法で補修し始める第一部隊の騎士たち。



「コギー、攫われていた人たちは」



「全員無事に街で治療を受けております。先発隊の騎士たちも皆命に別状はありません」



「そっか、良かった」



 一先ずこれで一件落着、といったところか。パロマの街で起きていた連続失踪事件、そして地下水路で大量発生した魔獣。繋がっていた二つの事件の元凶である女王死蜘蛛クイーンデスパイダーは無事退治され、これでパロマの街も元通りの平和を取り戻す事だろう。


だが全てが解決した訳では無い。この地下水路でウェルシュは魔族の一人である魔人と、そして魔族をも倒す正体不明の黒い鎧。その両者と実際に遭遇したのだ。魔人は明らかに何者かの意図によってウェルシュを襲った。魔族か、もしくはそれに通じている者がウェルシュの命を狙っているのは間違いない。



(そしてもう片方の黒い鎧……騎甲ライザーとか言ったっけ)



 魔獣に攫われた人々を助けてくれただけでなくパロマの街をあの女王死蜘蛛クイーンデスパイダーから守ってくれたようにも見えた。かと言って単純に味方だと決め付けるほどウェルシュは短慮な人物では無かったが、それでもの人となりは大体分かった。



「コギー、サトラへの聴取の件だけど」



「はい、街に戻り次第すぐにでも」



「いや、事情が変わった。しばらくは彼女たちの好きにさせておこう。王都には僕の方から適当に言っておくよ」



「は?いえ、ですが隊長。お言葉ですがサトラは明らかに例の黒い鎧について何かを隠して……」



 当然のように意義を唱えるコギーを「いいからいいから」と諫めるウェルシュ。彼女の意見は至極尤もだが相手はあんな巨大な魔獣を跡形もなく破壊してしまうような正真正銘の怪物だ。下手に手を出して刺激した結果敵に回ってしまったりでもすれば魔族以上の脅威になり兼ねない。幸いにも今はサトラやマシロたちと良好な関係を築いて上手くやっているようだし、ならばもう少し様子を見ておくのが賢明だろうと判断したのだ。



(折角友達になれそうなんだし、しばらくはじっくりと友好を深めていくとしよう。君が力を貸してくれるなら百人力だよ騎甲ライザー。……いや、エイジ)









 その後のパロマの街はそれはもう大騒動だった。


自分たちの足元に巨大魔獣がずっと住み着いていたのだから驚くなという方が無理というものだろう。地下水路及び貯水池は早速第一部隊も協力の元で修復作業が開始された。

業者が言うには「もう少し遅かったら最悪パロマの街全土が崩落していたかもしれない」との事地下水路は修理と同時に大規模な補強工事が行われる事になった。



「いやぁまさかまさか。大量発生と失踪事件が同じ原因で、しかも地下水路にそのような巨大な魔獣が住み着いていたとは。何も知らずに今まで呑気に暮らしていたのかと思うとゾッとしますね…ポッポッ」



 報告にやってきたサトラたちから地下水路での出来事を聞いて羽毛を逆立たせ身震いする。シラコ日刊の社主サブレー。

地下水路での一件の翌日、サトラとマシロ、シャーペイは事件解決の報告のためパロマで起きていた異変の解決を依頼していたサブレーの元を訪ね地下水路での出来事、事件の原因を伝えた。



「昨日は何度か地震のようなものはありましたが、そんな巨大な蜘蛛が……しかも危うく街ごと崩落する危険があったなんて……」



「魔獣は全て討伐したのでご安心ください。けど本当にパロマの街が無事で良かった……。あの状況では住民を避難させる暇も無かったので」



「ポッポッ、まさか街の真下にそんなモノがいたなんて誰が想像出来ますか。あなた方には感謝しかありません。パロマの街の救世主は王立騎士団の麗しき騎士姫!いやぁ是非独占記事を書かせてほしいのですが」



 シラコ日刊のサブレーはこの調子でもう何度もサトラにインタビューを頼んでくるのだがその度に丁重に断っているサトラ。サブレーからの熱心な取材依頼にサトラが困惑しているとお茶請けに出された鳩の形のクッキーを齧っていたシャーペイがケラケラと笑いながら無責任に煽ってくる。



「キヒヒッ、別にいいじゃない取材の一つや二つくらい。サトちゃん美人なんだしこうバーンッて一面に写真載せたらきっと売れるよぉ?」



「ちょっとシャーペ……シャム!勝手な事を言わないでください氷漬けにしますよ」



「そう!絶対売れますよ!あの騎士姫ヴァルキュリアの独占取材記事というだけでも話題性満点なのにパロマの街で起きた謎の怪事件を解決に導いたその武勇を加えればきっと過去最大の売れ行きになること間違いありませんとも!」



「サブレーさんもその気にならないでください!」



 完全に面白がっているシャーペイを窘めるマシロだったがサブレー社主もすっかりその気になってしまっている。解決に導いたと言われているが今回の一件で自分は特に何の力にもならなかったと思っているサトラは苦笑いを浮かべるばかりだ。



「そ、それはそれとしてサブレー殿。頼んでおいた魔族に関する情報の件なのですが……」



「ポポッ?ああ、そうでしたそうでした。ええ勿論忘れていませんとも。ちゃあんと集めておきましたとも。それはそれとして。はいチーズ」



 パシャリとシャッターを切られ思わず反射的にピースサインを作ってしまったサトラたちにサブレーは予め用意していたものをデスクの引き出しから取り出しテーブルの上に積み上げる。パロマで起こっていた事件を解決する報酬としてシラコ日刊が集めた魔族に関連があると思わしき情報を集めた資料のファイルだ。……一体この量がどうやって引き出しに入っていたのだろうか。



「こ、こんなにあるのか……?」



「ポッポッ。古今東西の不思議な出来事や未解決事件、気になる噂まで一通り集めました。ですが魔族に関して出版社我々には何の情報も降りてこないので一体何が手掛かりになるか私たちには判断が出来ないもので……」



「それにしたってさぁ……わぁテーブルがミシミシ言ってるよぅ」



 サブレーが集めてくれた情報が記されたファイルを一つ手に取りペラペラと捲ってみる。確かに彼の言う通りシンクレル大陸全土の過去に起きた大事件から最近の街の噂まで様々な情報が集められている。



「ど、どうしますサトラ様、これ……」



「と、取り合えず一通り目を通すとしよう。サブレー殿、すまないがこちらの資料をお預かりしても」



「ええ勿論。皆さんのために集めたものなんですから全て差し上げますよ」



「わぁーい、これ全部アタシたちだけで持って帰らなきゃなんだぁ……」



 何はともあれこれで情報都市パロマにやってきた目的は果たす事が出来た。と言ってもこの膨大な量の資料から実際魔族の手掛かりになりそうなものをこれから吟味していかなければならない事を考えると少々億劫な気持ちではあるが、幸いにももう一つの目的・・・・・・・も解消されたのでじっくりと情報の選別をする時間は十分にあった。









 サトラたちがシラコ日刊本社に訪れていた同じ頃、影次とジャンはまさにそのウェルシュ当人と一日遅れの打ち上げ中だった。



「いやぁー、昨日は半日以上薄暗くて生臭い水路の中だったからお日様が眩しいのなんの。あれから宿で念入りに体洗ったんだけどさ、どう?まだ臭い?」



「うーん、しいて言うなら今食べてる炭火焼きの匂いが」



「ジャン、怪我の方はもういいのか?」



「第一部隊の治癒術士殿のお陰ですっかり良くなりましたぞ。この通り」



 繁華街のとあるレストランでテーブルを囲む影次とジャン、ウェルシュ。そしてキースホンド。

第一部隊からの聴取が突然無しになり身構えていた影次たちもすっかり拍子抜けしてしまい、サブレーへの報告と報酬である情報の受け取りをサトラたちに任せ昼食を取りに繁華街を歩いていた影次とジャンは同じように一人で街をフラフラしていたウェルシュと再会し、折角だからと共にやってきた店でキースホンドの姿を見付け、今のような状況に至ったのだった。

何か妙な縁でもあるのだろうか。



「……第一部隊は今地下水路の修復作業やら事後処理やらで忙しい筈だろう。隊長がこんなところで呑気にしていていいのか」



「大丈夫大丈夫。うちの副隊長は優秀だから。僕がいなくたって何の問題もないよ」



 ウェルシュが王子である事も第一部隊の隊長である事も知らない影次に聞こえないようキースホンドが小声で話しかける。どうやらこの隊長、職務を副官に押し付けスタコラ逃げて来たようだ。何というか、部下の苦労が目に浮かぶ。



「みんな昨日は本当にお疲れ様。いやぁあんな体験初めてだったよ。巨大蜘蛛に魔族に謎の黒い鎧!魔族には逃げられちゃったし黒い鎧もいつの間にかいなくなってたんだけど」



「ぶっ」



「げほっ!」



 昨日の大冒険を振り返り興奮気味にチキンソテーが刺さったままのフォークを振り回し熱弁するウェルシュに思わず同時に咽る影次とキースホンド。



「ご、ごめん……ちょっと喉に詰まっちゃって」



 流石にここで「その黒い鎧は今目の前にいるんだけどね。そう俺だよ俺。ハハハハハ」なんて言える訳もなく、突然話題に出され冷や汗をかきながら蜜ラムネの入ったグラスを煽る影次。



「すまん……気道に水が入ってしまったようだ」



 流石にここで「その魔族というのは何を隠そう今ここにいる俺の事なのだがな。ハハハハハ」なんて言える訳もなく、突然話題に出され冷や汗をかきながら安物の薄い蒸留酒を煽るキースホンド。



「それにしても昨日の今日で街の方々もまるで何事もなかったかのようですな。街のすぐ下にあのような巨大な魔獣が潜んでいたと知れば、ましてや危うくパロマの街が崩壊していたかもしれぬというのに」



「そこは流石は情報都市ってところだね。新聞社が事件を全部公表した時は僕も街中でパニックになると思ったのに。巨大蜘蛛を実際に見てみたかったって悔しがる人もいれば街で騎士を見掛ければ片っ端から質問攻めにしてくる人もいるし」



「何というかたくましい街だな。……まぁ、嫌いじゃあないが」



「はは、同感」



 全員こうして無事に戻って来られた事に、そして野次馬根性もといバイタリテイ溢れる愛すべきこのパロマの住民たちに、改めてグラスを合わせ乾杯する影次たち。




「ウェルシュはまだしばらくパロマに残るのか?何か第一部隊の聴取がいきなり取り消しになったってサトラが驚いてたけど、何かあったのか?」



「うん?あー……まぁ、街がこんな状況だからね。しばらくここに滞在して水路の復旧に助力するよ。……って、上司が言ってた」



 ウェルシュはこのまま影次に対し自分が王子である事も第一部隊の隊長である事も隠しておくつもりらしい。影次も地下水路では色々な事がありすぎてウェルシュの素性に気付く余裕も無かったので今も彼の事を第一部隊の一騎士だと思っている。



「……まぁ、隊長という地位はまだしも第一王子という身分は隠しておきたいというのは当然か」



「いえ、もし王子だと知られて気さくに接してくれなくなったら寂しいから、と仰っておりましたぞ?」



 自分の素性を影次には内緒にしていてほしいと頼まれていたキースホンドとジャン。ウェルシュの言葉がどこまで本気でどこまで冗談かは計り知れないが、頼まれた以上は悪戯にばらすような野暮はすまい。

第一王子ともなると気軽に友人も作れないのかもしれないのだから。



(などと、命を奪おうとした相手の友人関係を心配するというのも間の抜けた話だな……)



「どうしましたキースホンドさん。何か険しい顔して。ちょっと怖いよ?」



「いやいやキースホンドさんはあれが普通なんだよ。確かに怖いけど」



「お前たちこのチキンはいらないようだな」



 キースホンドのフォークが影次たちの皿の上から炭火焼きを奪い取りそのまま豪快に口の中に一口で押し込まれ、影次とウェルシュの悲鳴が店内に響き渡る。



「はっはっ、三人とも仲が宜しくて何よりですなぁ」



 残りのチキンを奪い合いテーブルの上でフォークを交える影次とウェルシュとキースホンドを微笑ましく眺めながらオオヒマワリの種のバターソテーを頬袋に詰めるジャン。


良い歳した大の男たちによる子供じみたじゃれ合いはこの後店の人に怒られるまで続いたのだった……。

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