乱戦×ウェルシュの矜持
突然現れた異形の怪人を敵か味方かとウェルシュが判断するよりも早く怪人、魔人ダブルメイルの大剣が自分目掛けて迷いなく振るわれる。ほんの一瞬反応が遅れたウェルシュは咄嗟に自分の剣でダブルメイルの剣を受け止めるが魔人の膂力は凄まじく受け止めた瞬間凄まじい剣撃の重さに片膝を付かされてしまった。
「ほう、よク受け止めタものだ。並みの使い手デは剣を折ルか受け止め切レずに真っ二つになッているところダというのに。第一部隊隊長の肩書は伊達デはないようだな」
「何者って聞きたいところだけど……敵、って事でいいのかな……っ!?」
相手はこちらの素性を知っているようだがウェルシュは目の前の異形の怪人を知らない。明らかな敵意と殺意から間違いなく味方ではないという事だけは理解出来るが……。
異形の鎧の怪物という特徴から一瞬こいつこそがサトラが報告に挙げた件の魔族をも超える力を持った黒い鎧なのかと思ったウェルシュだったが、いくらこの地下水路の貯水池が薄暗いとは言えどう見ても襲い掛かってきた怪人の鎧は黒では無い。
「逃げろウェルシュ!そいつが魔族だ!」
「ああ、なるほどやっぱりね……っ!」
サトラの言葉で自分の推察が裏付けられる。今まさに剣を交えているこの怪人こそ、今まで長らく沈黙し続け歴史の中のみの存在として語り継がれていた伝説の存在、魔族なのだ。
ダブルメイルが剣を握っている手に力を籠めると受け止めていた剣が押し込まれ自らの顔に刃先が迫り焦るウェルシュ。彼の窮地に助太刀にサトラも助太刀に入ろうとするが
「俺の目的ハあくまでこの男一人ダ。邪魔立てしなケればお前たちに用は無い」
「そう言われて黙って見てるとでも……うわっ!?」
「他人の心配ヨり自分の心配をしロ」
ウェルシュを助けにいこうとする影次だったが
「狙いは僕って訳か、魔族がどうしてわざわざ僕を狙うんだい……っ!?」
「己が立場を顧みず軽率ナ行動が過ぎタな王子。お前が消えテくれる事を願っテいる者は少なクないという事だ」
「へぇ……!てっきり知る必要はない、とでも言われるかと思ってたけど案外お優しいんだね、魔族っていうのも」
互いに剣をぶつけ合うウェルシュとダブルメイルだったがウェルシュは押し切られる前に自分から剣を引き、鍔迫り合いの状態から突然相手が力を抜いた事でダブルメイルがバランスを崩した隙に身を捻ってダブルメイルの剣から逃れた。
側面へと回り込むウェルシュに追撃を仕掛けようと振り下ろしかけた大剣を掲げ直し今度は横薙ぎに振るわんとするダブルメイル。だがそれよりも早く既にウェルシュは魔法の詠唱を終え反撃の準備を整えていた。
「爆ぜろ炎!穿ち貫く楔となれ!
ウェルシュの手から放たれた炎はその名の通り形状を細く長く変えていき、また煌々と燃える炎の色もまた赤から白へと変わっていく。
ダブルメイルの振るった大剣とウェルシュの放った火炎魔法が真っ向から激突し激しく火の粉を周囲にまき散らす。至近距離でぶつけた中級の火炎魔法でも、魔人の鎧には傷どころか焦げ跡一つ付いておらず飛び散った火の粉を手で払っているダブルメイルにウェルシュも思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
「参ったな、剣で多少威力を削がれたと言っても無傷とはね……」
「流石だナ。コネで第一部隊のトップを務めている訳デは無いよウだ。だが、ただノ人間ではこれが限界とイったところだロう」
剣も魔法も通じず打つ手のないウェルシュに容赦なくダブルメイルの剣が振るわれる。何とか剣で受け止めたウェルシュだったが魔人の膂力は凄まじくガードの上から容易く吹き飛ばされてしまい、貯水地の水を撒き散らしながら二転三転と転げていく。
「がはっ……!ゲホッ!」
「恨むなら獅子身中の虫を、あの狸を恨ムんだナ。王子」
「……っ!?」
「さぁ、処刑開始ダ」
何とか立ち上がろうとするウェルシュの元へと大剣を振りかぶりながら近づいていくダブルメイル。体中を強く打ち付け手足が思うように動かせないでいるウェルシュはダブルメイルが自分目掛けて権を振り下ろそうとする様子をもはや黙って見ていることしか出来ず……。
「ウェルシュ!!」
突然、自分とウェルシュの間に
「……言った筈ダ。邪魔立てしなケればお前たチに用は無いと」
「そう言われて見殺しにする訳が無いだろ」
「え、エイジ……駄目だ、逃げるんだ……」
騎士としての矜持か、満足に立ち上がる事も出来ないながらも自分を庇おうとする影次を魔人の手から逃がそうとするウェルシュ。だが影次もそんな彼を見殺しになど当然出来る筈が無い。
目の前で救える命があるのなら躊躇う理由は無い。ウェルシュを救うために覚悟を決め、ダブルメイルと戦う為に彼の目の前で変身しようとする影次。
「……チッ」
だが、ダブルメイルはそんな影次を見て振り上げていた大剣をゆっくりと降ろしてしまった。
意外な反応に変身しようとしていた影次も思わず唖然としてしまうが、後ろのほうから響くサトラの悲痛な叫び声にすぐに我へと返る。
「エイジ!ウェルシュ!気をつけろ蜘蛛がそっちに行ったぞ!!」
振り返るとサトラの言う通り
影次は咄嗟にウェルシュを抱えると迫りくる巨大蜘蛛に対し敢えて自ら飛び込んでいき、前足を掻い潜り巨大蜘蛛の腹の下へ潜り込んでそのまま後方へと走り抜ける。
「蜘蛛を俺に押し付ケるか……やってクれるじゃアないか」
まんまと
「害虫風情が。俺を餌扱いスるか」
ダブルメイルの兜の額に埋め込まれた宝石からビームのような熱線が放たれ
「仕事の邪魔ダ。まずは害虫駆除トいこうか」
「ゆっくり呼吸を整えてくれ……うん、幸い骨も内臓も大丈夫そうだ」
「ありがとうサトラ。もう大丈夫だよ」
ダブルメイルと
「そんな体で魔族と魔獣を相手取るのはいくらなんでも無茶だウェルシュ!ここはコギーが戻ってくるのを待って……」
「それまでどうにかしてあの魔族を足止めしておく必要があるだろう?あんな巨大な魔獣だけでも大事件だっていうのに、もし魔族までパロマの街に放ってしまえばどれだけの犠牲が出てしまうか」
「だが、貴方はそもそも……」
このシンクレルという国において実質国王に次ぐ権力を持つ第一王子であるウェルシュにもしもの事があれば、サトラが言わんとする事はウェルシュ本人とて重々承知の上だ。
だが今ここにいるのは第一王子ウェルシュ・S・テリア・シンクレルではなく王立騎士団第一部隊隊長ウェルシュであった。王とは名ばかりの虚飾の玉座に連なる事を否とし、自ら守るべき者の為に剣を振るう事を決めた、一人の騎士であった。
「僕は騎士だよサトラ。僕には無辜の民を守る義務がある。それに僕一人いなくなろうとも
「ウェルシュ……」
「それに立場を心配するなら君だって本来騎士なんてやらせてるのはとんでもない事だろ?お互い様じゃないか」
そう言われるとサトラとしては言い返す言葉が無い。ウェルシュと比較すれば吹けば飛ぶような取るに足らない身分とは言え、サトラもれっきとした王族に連なる血縁なのだから。
「……分かった。なら止めはすまい。だが私も付き合わせてもらうぞウェルシュ。私も騎士の端くれなのでな」
魔族と巨大蜘蛛相手に自分一人加わったところで焼け石に水だとは思いながらも彼を一人でむざむざ死地に送り出す訳にも行かずサトラもまた剣を握り立ち上がる。
そんなサトラを頼もしく思いながらウェルシュは今度は影次へと向き直ると、騎士でも冒険者でもない一般人(と思っている)影次をこの危険極まりない状況下にある貯水池から逃がそうとする。
「エイジ、君はどこかに隠れてじっとしていてくれ。じきにコギーも部下を連れて来てくれるだろうから、それまでここは僕たちに任せて離れたところで身を潜めていてくれないか」
「分かった。ここにいても邪魔になるだろうし。二人とも、どうか無事で」
「……頼んだぞ、エイジ」
「ああ、
ウェルシュの指示通り素直にこの場から避難するべく二人の元から走り去る影次。すれ違いざまにサトラと視線が重なり合い無言で頷き合う。
最初にこの第二貯水池に入ってきた通路は
なので影次は一旦瓦礫で塞がれてしまった通路まで走るとウェルシュやダブルメイルから十分に離れた事を確認して、更に念の為に柱の陰に隠れると左手に『ファングブレス』を出現させる。
〈ようやく出番ですか。待ちくたびれました〉
「お前本当に最近おかしくないか?」
このところ日に日に良くも悪くも感情豊かになりつつある気がする制御AI『ルプス』の開口一番の軽口に呆れつつも『ファングブレス』を展開、黄色いボタンを押すとブレスを閉じ右手を突き出し誰が見ているという訳でも無いがお決まりのポーズを取る。
〈Riser up! Thunder!〉
「騎甲変身!」
〈Ready! go! HighpaceSpark!〉
球状の光に包まれた影次の体が体内に埋め込まれた騎甲因子によって変容していき、『ライザーシステム』が漆黒の鎧と化してその身を覆っていく。
光の球がガラスのように砕け散るのと同時に影次の姿は異世界の
「さぁ、ここからはハイペースに行こうか」
「ほウ、あのまマ逃げていれば良かッたものを。わざわざ戻ってクるとはな」
動かなくなった
だが巨大魔獣の脅威が去ったとしても目の前には更に強大な魔族という驚異が立ちはだかっているのだ、とてもじゃないが安心など出来る筈もない。
「君みたいな危険な奴を野放しにして我が身可愛さに逃げられる訳が無いだろう?それに君には色々と聞きたい事もあるしね」
「ご立派ナ事だ。だが生憎こちラにはお前ラ人間と語り合う事ナど無いのでナ」
「サトラ、くれぐれも無理はせず時間稼ぎに徹するようにね。コギーたちが来てくれるまで何とか持ち堪えられればいいんだ」
「分かっている。上の巣にはまだ大勢の捕らえられた人たちがいる事だし……?」
そう言いながら頭上へと視線を向け貯水池の天井一面に張り巡らされている巨大蜘蛛の巣に捕らえられているマシロや第一部隊の兵士を含む被害者たちの様子を確認しようとしたサトラの目に、天井でチカチカと光る何かが縦横無尽に飛び交う奇妙な光景が飛び込んできた。
「あれは……一体なんだ?」
釣られて思わずウェルシュ、そしてダブルメイルすらサトラと同じように上を見上げると。蜘蛛に連れ去られてきた被害者の姿がいつの間にか巣から消えてしまっていた。
魔獣に連れ去られてきた人たちはどこへ消えたのか、一体何が起きたのか、その疑問の答えをダブルメイルはすぐに知る事となる。
「ライザー稲妻スパイク!」
「……っ!?」
電光石火。サトラとウェルシュの脇を雷を身に纏ったファングが駆け抜け処刑魔人目掛け目にも止まらぬ痛烈な飛び蹴りを叩き込む。
咄嗟に大剣を盾にし受け止めたダブルメイルだったが凄まじい衝撃に今度は自身が防御の上から吹き飛ばされる事となった。
「貴様……っ! またシても邪魔をスるかっ!」
「何度だって邪魔してやるよ。お前らが何の罪もない人たちを苦しめる限り、何度だってな」
忌々しい宿敵の登場に声色に怒気が籠るダブルメイル。一方でウェルシュもまた魔族とはまた異なるもう一人の異形の怪人の登場に驚きを隠せないでいた。
「黒い、鎧……まさか、あれがサトラの報告にあった……」
魔獣と魔人、果てはシンクレルの王子までが会するパロマの街の地下の貯水池に、異世界の
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