第一部隊隊長ウェルシュ×処刑魔人、再び

「サトラ……なんて馬鹿な事を」



 この状況下で二人だけでここにいた巨大蜘蛛より更に大きな蜘蛛が待ち構えているところへむざむざ飛び込んでいくなど、少なくともコギーの知るサトラ・シェルパードという騎士はそんな短慮な人物では無かった筈だ。



「まぁ、仲間が目の前で魔獣に連れ去られたんだ、冷静さを欠いてしまうのも無理は無いかもしれないね……。コギー、君は怪我をしてるジャンさんと一緒に転送魔法で脱出してくれ。待機している者たちの中からすぐに動けるものを集めて救出部隊を再編成した後、またここに戻ってきてくれ」



「まさか、ウェルシュ隊長は残るおつもりなのですか。なら私も……」



「君まで残ってしまったら誰が外にいる者たちに指示を出すんだ。大丈夫、捕まった人たちを助けるだけだ、無理に正面からあの蜘蛛とやりあう気はないよ」



「お、お待ちください!」



 コギーが慌てて止めるのも当然だ。ウェルシュは単なる騎士団一部隊の長というだけではない。彼はれっきとしたこのシンクレル王国の第一王子でもあるのだ。本来なら単身こんな危険な場所にいる事自体大問題だというのに。

こちらの制止も聞かずウェルシュもまた影次とサトラを追っていってしまい途方に暮れてしまうコギー。一瞬追いかけるべきかと思ったが自分一人ではウェルシュを守るには力不足だ。むしろ騎士団最強の剣士であるサトラと一緒にいてくれる方がまだ安心かもしれない。



「やれやれ、彼はこの国の王子だという自覚が無いのか」



「返す言葉もありません……」



「仕方ない、ならば俺も残ろう。第一の副隊長殿は王子の言う通り外に戻って準備を整え直してきてくれ」



 背中の大剣を担ぎなおし腰に下げていた道具袋からランタンを取り出し影次やウェルシュを追いかける準備を始めるキースホンド。彼が銀級、腕利きの冒険者である事はコギーも知っていたが同時に評判も耳にした事があり、自分たちの隊長でありシンクレルの王子であるウェルシュの事を任せていいものかと、コギーとしては安易にキースホンドを信じる事は出来ない。

 だが逡巡する彼女とは裏腹にジャンはキースホンドを信用し影次たちの事を彼に託した。



「エイジ殿たちの事、どうかよろしく頼みますぞキースホンド殿」



「ああ、頼まれた」



 ランタンに明かりを灯すとウェルシュを追ってキースホンドもまた、ジャンやコギーたちを残し貯水池の奥へと駆けていく。そうして残されたのはジャンとシャーペイ、そしてコギーの三人だけとなった。



「で、どうするの副隊長さん?こっちはいつでもいけるけど?」



「……お待たせしてしまって申し訳ありません。お願いします」



地下水路の入り口に繋がる転送魔法の魔法陣を書き上げたシャーペイに声を掛けられ、今自分がするべき事はやはりウェルシュの言う通り一刻も早く外で待っている部下たちと合流し部隊を整え蜘蛛に攫われた人々を救出擦する事だと結論を出すコギー。魔方陣の中に入るとシャーペイが転送魔法を発動させ三人の姿が光に包まれ、瞬く間に貯水池から消えていく……。



(隊長……ウェルシュ様……。どうかご無事で……)








(行ったか……)



 ウェルシュを追いかけるふりをしてジャンたちが地下水路から転送魔法で外へと消えていったのを見計らいキースホンドは徐に眼帯を外し眼球の代わりに魔石の埋め込まれた右目を晒す。

 こんな絶好の機会はまたとない。この状況ならばウェルシュを暗殺するどころか死蜘蛛デスパイダーにやられたという風を装う事も簡単だ。

 懸念があるとすれば影次やサトラたちを巻き込みかねないということか。王都の腐りきった連中と違い獣人に対し差別意識も持たず行く先々でこうして人助けに奔走する彼らの事は好ましく思っている。

 だからこそさっきジャンに「よろしく頼む」と言われた時は少し、胸が痛んだ。



双着そうちゃく



懐から取り出した魔石を無造作に足元に落とし、砕け散った魔石の欠片がキースホンドの体を包み込む魔法陣となって彼の姿を紫と銀、二色の鎧を継ぎ接ぎしたような異形の姿へと変貌させる。

 冒険者キースホンドのもう一つの顔。魔族が一人処刑魔人ダブルメイルへと。



「さてト、処刑……ならぬ暗殺開始とイくとするか」



 パロマの街に来た本来の目的であるウェルシュを暗殺するべく改めて彼を追いかけ始めるダブルメイル。

 出来る事ならば影次たちに知られぬまま速やかに済ませたいものだ。もしこの姿を目撃されたならば……もし影次たちが自分の前に立ちはだかったのならば……その時自分はどうするのだろうか。



(……何を今更、か。俺はもう選んでしまったんだ……人である事よりも、魔族となる事を)







 第一貯水池の端、丁度自分たちがここに入ってきた入口から反対側の壁面にやってきた影次とサトラは地下水路の更に奥へと続く通路への入り口から巨大蜘蛛が待ち構えているであろう下階を目指し先へと進んでいく。

 また突然蜘蛛の糸が襲ってくるかも分からないので十分に警戒しながらも地下水路の地図を頼りに下の第二水路へと向かっていく。



「はは、これで益々第一部隊から疑われてしまうな」



 巨大蜘蛛へとたった二人で満足な準備も無しに突っ込んでいこうというのだ。仮にも騎士団の一部隊の副隊長を務める人物がとるべき行動だとは到底思えない。コギーやウェルシュはきっと今頃血迷ったかと思っているだろうな、と苦笑いを浮かべるサトラ。

 だが無理矢理だろうが強引だろうが、こうでもしなければこの状況で第一部隊の目から逃れる事は出来なかっただろう。もし彼らとともに一旦態勢を整えなおすべく外に出ても彼らの監視下に置かれ続けるのは想像するまでもない。



「聡明な彼らの事だ、今頃はシャーペイの転送魔法で外に出ているだろう」



「なら、気兼ねなく変身出来るな。待ってろよマシロ……騎甲」



左手に『ファングブレス』を出現させ影次が騎甲ライザーへと変身しようとしたその時、二人を追ってきたウェルシュの姿が照明魔法に照らされ見えてきた。



「う、ウェルシュ隊長!?何故……っ」



「何故って、そりゃあ二人が心配だからに決まってるだろう?コギーやジャンさんは先に外に戻らせたからきっとすぐに部隊を率いて助けに来てくれるよ」



 まさか一国の王子であるウェルシュがこんな危険な状況で部下の一人も残さず単身残るとはサトラも完全に想定外だった。今頃コギーがどれだけ胃を痛めているのかと思うと流石に同情してしまう。



「いくらなんでもたった二人でなんて無茶にも程があるよ。……サトラ、いくら部下が連れ去られたと言っても君のような優秀な騎士が、らしくもない」



「それは……」



 ウェルシュが王子であるどころか第一部隊の隊長である事も知らない影次の目には別部隊とは言え仮にも副隊長という肩書きであるサトラが叱責されているその光景は違和感を覚えるものだったが、第一部隊の副隊長、確かコギーといったあの女性とは何やら親しそうな様子だったのでウェルシュとサトラも友人か何かなのかもしれない、と勝手に納得する事にした。



「サトラをそう責めないでくれ。今すぐ助けに行こうって俺が無理を言ったから付いてきてくれただけで……」



「エイジ……、君だってあの蜘蛛の馬鹿げた大きさは見ただろう?マシロさんが心配なのは分かるけど君は冒険者でも騎士でも無いんだ。君を放っておいて外に戻るなんて事が出来る訳ないだろう。僕は騎士だ、君のような一般人を守る義務がある」



「ご、ごめん……」



 今度は影次がお説教される番のようだ。影次がウェルシュの素性を未だ第一部隊の一騎士としか思っていない事など知らないサトラは何やら親しい友人のようなやり取りの二人の様子に怪訝顔で首を傾げてしまうが、きっと人当たりの良い影次の事だからこの短い間で打ち解けたのだろう、と勝手に納得する事にした。


 ウェルシュやコギー第一部隊の目から離れた隙に変身してマシロたちを助けに行こうとしていた影次だったがウェルシュが心配して追ってくるとは……。気持ちはありがたいのだが第一部隊である彼の前で変身してしまえばサトラたち第四部隊と騎甲ライザーの繋がりがバレてしまう。

 止む無く三人で第二貯水池を目指し水路の奥へと進んでいく。薄暗く狭い水路の中では分かりにくいが通路は下り坂になっており道もまっすぐでは無く緩やかな曲線を描いている。第一貯水池から入ってきた入口から丁度ぐるりと半周して真下の第二貯水池へと続いている造りになっているようだ。



「……いたぞ」



 第二貯水池への入り口に着いた影次たち。巨大蜘蛛を刺激しないよう照明魔法の光を絞りつつそっと中の様子を入口から伺ってみると天井に張り巡らされた糸によって形成された巣に、上の第一貯水池で見たものより何倍も大きな巨大蜘蛛の姿が確認できた。



「しかし本当にデカいな……あんなのが一体どこから入り込んで……いや、地下水路の中で成長したのか?」



「エイジ、捕まった人たちの姿は確認出来るか?」



「ちょっと待ってくれ……ああ、見つけた。天井の巣に繭みたいにされて吊されてるな」



 照明魔法の届かない天井付近の様子も騎甲因子によって強化されている影次の目にははっきりとまではいかないものの巨大蜘蛛によってここまで連れ去られてきた人々の姿が見えていた。

 糸で雁字搦めにされ藻掻いている鎧姿は第一部隊の騎士たちだろう。そしてそのすぐ傍に同じくぐるぐる巻きにされ懸命にじたばたしているマシロの姿も確認出来た。



「マシロも見つけた。今のところ元気そうだな」



 とは言っても蜘蛛がその気になれば捕まったマシロたちは抵抗する術も無く今すぐにでも腹の中に収められてしまうだろう。捕らえられた人々の安全を考えれば一刻の猶予も無い事には変わりない。

 巨大蜘蛛も今は大人しくしているが影次たちがすぐ傍まで来ている事には間違いなく気付いている筈だ。何せこの地下深くの水路から地上まで糸を伸ばしパロマの住人を引きずり込むような化け物だ。恐らくはこの地下水路全体が巨大蜘蛛の縄張りと化している。



「しかしどうする?被害者たちを発見出来たとは言えあんなところに吊るされていては助ける事も難しいぞ」



「あの柱によじ登れば傍まで近づけそうだね。捕まっている人たちの近くまで行ければ後は一人ずつ糸を切り離して助けられるかもしれない」



 そう言ってウェルシュが指さしたのは上の第一貯水池にもあった、天井を支える為に貯水池の中に点々と建てられている柱だ。当然柱は足元から天井まで繋がっているし整備の際の為のものだろう、簡易的ではあるが梯子も取り付けられている。



「問題は……あのデカ蜘蛛がそんなチマチマとした救出作業を黙って見逃してくれるか、って事だな。どのみちあのデカ蜘蛛はここで倒しておかないと。いくらなんでもあんなのが街のすぐ下にいるのは危険すぎる」



「それに捕らえられているのは一人二人じゃあない。やはりここは応援を待つのが得策か……」



 天井に張り巡らされた蜘蛛の巣にぶら下げられている被害者たちはマシロや第一部隊の騎士たちも含めれば二十人近くいる。あれだけの数を巨大蜘蛛がいる中影次たち三人だけで救出するのは現実的では無い。

 蜘蛛の糸に捕らわれた人たちを見上げているとマシロも下の方に見える照明魔法の光に気付き影次たちの姿を見つけたようだ。生憎手足同様に口も糸で封じられているので何を言っているのかは分からないが影次たちに向かって一際懸命にじたばたと藻掻いて見せている。



「マシロも今のところ無事のようで何よりといったところだな。……どうしたエイジ」



「いや、マシロの様子が……」



 最初は助けを求めているのだと思ったが折角大人しくしている巨大蜘蛛がすぐ傍にいるのに刺激しかねないような行動をマシロが取るとは思えない。あれはまるで影次たちに何かを必死に伝えようとしているかのような……。



「二人とも上だ!!」



 ウェルシュの言葉に上を見上げる影次とサトラ。入口から覗き込んでいた二人の丁度死角になっていた真上の壁面に、いつの間にか大量の死蜘蛛デスパイダーが音もなく集まっていたのだ。



「い、いつの間に……っ!?」



「水路に引き返さず貯水池の中に入るんだ!狭いところであの数に一斉に襲われたら一溜りもないぞ!」



 ウェルシュの言う通り頭上から雨のように降ってくる死蜘蛛デスパイダーを避け元来た地下水路へ引き下がるのではなく広々とした貯水池の方へと踏み込んでいく影次たち。それに反応し天井でじっとしていた巨大な親蜘蛛、女王蜘蛛クイーンデスパイダーもゆっくりとその巨体を動かし始め、自分の巣に引っかけていた足を離し溜まっていた貯水が天井まで届く程の飛沫を上げて降り立つ。

 片側の複眼の一ヵ所には先程影次が投げつけたジャンの剣がまだ突き刺さっているのが見える。


 女王蜘蛛クイーンデスパイダーが大人しくしていたのは休んでいた訳でも眠っていた訳でもない。影次たちに向けて既に子供たちを仕向けていたのだ。前方を女王蜘蛛クイーンデスパイダー、後方には夥しい数の死蜘蛛デスパイダーに挟み込まれる形となってしまった影次とサトラ、ウェルシュ。



「参ったな……これって絶体絶命ってやつじゃないか?」



「何を呑気な……いくらなんでも蜘蛛の餌になった死に方は遠慮したいんだが」



(ウェルシュの前だけど……もうそんな事言っていられないな。仕方ない)



 背後から死蜘蛛デスパイダーの群れが一斉に飛び掛かり、前方の女王蜘蛛クイーンデスパイダーの口から雪崩のような大量の糸が吐き出される。

前後から迫りくる脅威に剣を構えるサトラとウェルシュ。影次もこの状況では止むを得ないとその左手に『ファングブレス』を出現させようとし……。


影次が変身しようとしたその時、飛び掛かってきた死蜘蛛デスパイダーの群れが突然紫の炎に飲み込まれ、耳障りな断末魔の鳴き声を上げ焼き尽くされていき、女王蜘蛛クイーンデスパイダーの吐いた糸も紫炎に包まれ瞬く間に燃やされてしまう。



「な、何だ、何が起きたんだ?」



 絶体絶命の窮地を何者かの助けによって逃れた影次たち。死蜘蛛デスパイダーを焼き払ったその人物が、影次たちがやってきた水路からゆっくりと姿を現す。蜘蛛の残骸を未だ焼き続ける紫色の炎に照らされ貯水池の中で浮かび上がったその姿は、紫と銀の鎧を継ぎ接ぎしたような異形のものだった。



「何者なんだ……?僕たちを助けてくれたのか?」



 一瞬死蜘蛛デスパイダーから影次たちを助けたようにも見えた二色の鎧の怪人。突然現れた異形の者にウェルシュも一瞬敵か味方か判断が出来ないでいたが、一方同じく二色の鎧の怪人とは初見であるサトラは隣にいる影次の様子から現れた相手の素性を既に察していた。



「エイジ、まさかあれは……」



「ああ……処刑魔人、ダブルメイル……!」



 幾度となく騎甲ライザー影次の前に立ち塞がる魔族の幹部級である魔人の一角。

 捕らわれたマシロや騎士たち、そしてパロマの住人たちを救出するべく女王死蜘蛛クイーンデスパイダーに挑まんとする影次たちの前に魔人という更なる難関が現れたのだった……。

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