合流×事件の真相
影次たちが第二貯水池で巨大蜘蛛に遭遇していた頃、その頭上にある第一貯水池でもまたサトラとマシロ、シャーペイ。そして第一部隊副隊長コギーの四人が影次たちが遭遇したものとはまた別の巨大蜘蛛と交戦している真っ最中だった。
「鋭き氷刃、駆けて廻れ!
「焔よ、災い隔てる盾となれ!
津波の如く襲い掛かる夥しい数の
サトラも剣を振るい大量の
「次から次へと……これではキリがないぞっ!」
「サトラ様、少しだけ時間を稼いでください」
「……っ!ああ、頼む。思い切りやってくれマシロ!」
マシロの言葉を聞いてすぐに意図を察したサトラは詠唱を始めたマシロに蜘蛛を近づけさせまいと更に激しく、速く鋭く剣閃を振るう。
コギーもすぐに最上級魔法を唱え始めたマシロに気付き剣技に火炎魔法を織り交ぜて巨大蜘蛛が放つ糸や
「天に霜晶地に絶氷。無常の刹那に暇の夢を。
杖を構えるマシロの周囲の空気が急速に冷え始め、大気中にうっすらと霧のような微細な氷が舞い始める。同時に足元を浸している貯水池の水がマシロを中心に凍てつき始め、それを合図にサトラとコギーが巻き込まれないようにすかさずマシロの後ろへと飛び退く。
「
本能的に脅威を察知したのだろう。マシロに向かって
だが蜘蛛の毒牙が届く前に、既にマシロの最大級凍結魔法が発動し貯水池の中に文字通り貯めこまれていた水が凍り付き、それは氷の蔓となり蜘蛛の大群を飲み込みながらみるみる成長していきながら鮮やかな氷の華となって咲き誇っていく。
それは
「はぁ、はぁ……よ、よかった……成功して」
広大な貯水池を丸々、まさに言葉通り氷漬けにしたマシロ。流石に魔力の消耗が激しくぺたんとそのまま氷が張った足元にへたり込んでしまう。
以前は
「これほどまでの規模の氷魔法は見たことがありません……。あの巨大な魔獣をも一撃とは」
流石のコギーもあれだけいた大量の蜘蛛を大小まとめて氷漬けにしたマシロの魔法にその仮面のような表情に驚きの色を浮かべていた。……見間違いかと思うほどの僅かな変化ではあったが。
「この巨大蜘蛛が大量発生の原因だったのか。だがこれでこれ以上
「キヒヒッ、そうはいかないみたいだよ?」
蜘蛛はこのまま放っておいても氷と共に砕けて消えるだけだ。これで事件解決、サトラだけでなくマシロも、そしてコギーもそう思いかけていたところにシャーペイが水を差してきた。
サトラたちが必死に戦っている間もひたすら逃げ回っているだけで何もしていなかったシャーペイだったが氷漬けにされた
「この蜘蛛オスだよ?まだこの地下水路のどっかにコレのつがい……つまり子蜘蛛を産んでるメス蜘蛛がいるんじゃないかなぁ」
「まさか、これと同じような巨大蜘蛛がもう一匹いると言うのか?」
「キヒヒッ、大きさまでは分からないけど。でもパパがこのサイズなんだからママもそれと同じくらいの大きさって考えるのが自然じゃない?」
「……いい加減な事言ってるんじゃないでしょうね?」
「こーゆー生き物はアタシの専門分野っ!いい加減でも適当でもないよぅ!」
信憑性はさておき本当にシャーペイの言う通りだとしてもマシロは魔力のほとんどを使い果たしてしまっており今のサトラたちではさっきと同様、もしくはそれ以上の巨大蜘蛛を相手にするだけの戦力は残っていない。
「流石に今の戦力でこれ以上奥に進むのは無謀ですね……。先発隊の安否は気になりますが、私たちも一旦外に出て態勢を整えた方がいいでしょう」
消耗も激しくこれ以上探索を続けるには戦力が心許なくなってしまった一行はコギーの言う通り一度外に出ようとこの貯水池へと入ってきた入口へ引き返していく。
「んっ?」
「どうかしたのか、マシロ」
「いえ、何か足に……って、きゃああああっ!?」
だが、そんなサトラたちの虚を突くかの如く貯水路の奥の暗闇の中から突如白い触手のようなものが足元から伸びてきたかと思った次の瞬間、魔力を大量に消費し弱っていたマシロの足に絡みつき、そのまま彼女の体を貯水池の奥へと引きずり込もうと引っ張っていく。
「マシロっ!!待っていろすぐに助けて……っ!」
何処かへとマシロを連れて行こうとする白い触手……蜘蛛の糸を切り離そうと仕舞ったばかりの剣を再び引き抜き引きずられていくマシロを追いかけるサトラ。だがそんなサトラへも同様に触手のような糸が貯水池の奥から次々と伸び、襲い掛かる。
「邪魔だっ!マシロっ、マシローっ!!」
自分も同じように捕え、連れ去ろうとする糸を切り払うので精一杯になってしまうサトラ。そうしているうちにマシロの姿はあっという間に闇の中へと連れ込まれ、消えてしまった……。
「このっ!マシロを返せっ!!」
追いかけようにも矢継ぎ早に、まるで矢雨のように猛烈な勢いで次々と襲い来る糸の触手を防ぎ、避けるのがやっとの状態のサトラ。コギーの方もサトラと同様に糸に捕まらないよう防御に徹する事に必死という様子だ。シャーペイはいつの間にかずっと後ろのほうまで避難している。
勢いが止まる事なく襲い掛かってくる蜘蛛の糸に対しサトラもコギーも次第に捌き切れなくなり始め、足に糸が巻き付き、それを切り落とそうと振り上げた剣を握る手に別の糸が絡みつく。そうなってしまえば成す術も無い。四肢に、腰に、首に、次々と糸が巻き付き体の自由が奪われる。
何とか抜け出そうと藻掻くがべったりと体に張り付いた糸によって手も足もびくともせず剣を振るう事も出来ない。
獲物の動きが止まると糸はそのままマシロを引きずり込んでいったようにサトラとコギーを貯水池の奥底へと引っ張り始める。
(くっ……!どうすれば……っ)
一切抵抗する術も無く引きずられ始めるサトラ。流石に死を覚悟し始めたその時、突然自分の体を引っ張っていた糸が切断される。
「良かった、危機一髪ってところだったみたいだな」
「え、エイジ!?ど、どうして君がここに……」
「まぁこっちはこっちで色々あったんだよ。って話は後だ。糸を切るから動くなよ」
手にしていた短剣でサトラの手足に巻き付いていた糸を切る影次。サトラが振り返ると自分と同じく糸に連れ去られかけていたコギーもキースホンドによって糸を切り落とされている。
獲物を持ち帰ろうとしていたところを邪魔立てされ機嫌を損ねたのか、灯りも届かず闇が広がる貯水池の奥から再び幾つも伸びてくる白い触手のような糸。だがそれらもウェルシュが唱えた火炎魔法によって悉く焼き尽くされていき、分が悪いと思ったのか糸の襲撃は突如としてピタリと止まる。
「やぁコギー。危ないところだったね。怪我はないかい?」
「た、隊長……?何故こんなところに」
「うーん、こっちはこっちで色々あったんだよ。ねぇエイジ」
「本当に色々あって大変だったよ……サトラの方も大変だったみたいだけど」
ウェルシュに振られた影次は頷きながらサトラの体に残っている糸を切り落とし、短剣を鞘に納めると柄を向けてキースホンドへと差し出す。見覚えのないものを持っていると思ったらキースホンドから借りたものだったようだ。
「ありがとうキースホンドさん。助かったよ」
「そのまま持っていろ。こうして役に立っただろう?」
返却しようとする影次にそう言って貸し与えた短剣を持たせるキースホンド。彼としては丸腰の影次を心配しての事なので返されても困るというのが本音なのだが……。
「いやぁ助かったよ~。でもなんでエイジたちが地下水路にいんの?そっちの失踪事件はもう片付いたの?」
「片付いたというか、ここからが本番というか……」
連続失踪事件を追っていた筈の影次とジャンが地下水路にいる事に驚いているのはシャーペイだけでなくサトラも同じだ。そして何故かキースホンドまで同行しているし、どういう経緯があったのか第一部隊隊長のウェルシュまで一緒ときた。しかも何やら仲も良さそうに見える。
一体全体何があってこんな組み合わせになっているのやらさっぱりなサトラだった。
「ご無事で何よりですぞサトラ殿」
「ジャン殿も……と言いたいところだが怪我をしているな。骨をやられたか……」
「ははっ、情けない話ですが私はもうお力にはなれそうにありませんな」
早速ジャンに治癒魔法をかけるサトラだが思いの他ジャンの負ったダメージは深く、かろうじて自力で歩く事は出来るが流石に戦闘は不可能だ。サトラの治癒魔法も痛み止め程度にしかならずしっかりとした治療を受ける必要がある。
「あれ?マシロは?」
マシロの姿が見当たらない事を不思議に思い影次が周囲を見回しながら誰に向けてという訳でもなくポツリと呟く。
凍り付いた足元の貯水。氷漬けにされた蜘蛛の群れ、そして巨大な氷華の中に閉ざされた巨大蜘蛛。こんな事が出来るのはマシロしかいない。だが当のマシロの姿が見当たらない。
「それが……」
サトラはつい今し方、この巨大蜘蛛を倒した直後に伸びてきた糸によってマシロが貯水池の奥へと連れ去られてしまった事を話した。
「マシロが……?」
「ここが第一貯水池とするとさっきまで俺たちがいたのが第二貯水池だな。なるほど、あそこにいたバカデカい蜘蛛は
サトラたちの話を聞き影次たちは先程遭遇した巨大蜘蛛こそが地下水路で大量の魔獣を発生させている元凶だと確信する。そしてさっきサトラたちを連れ去ろうとした白い触手のような糸……。行方不明者の目撃証言とも一致する。
つまりパロマの街で起きている地下水路の魔獣大量発生事件も廃館での連続失踪事件も同一犯、根底は一つの事件だったという事になる。
「あの巨大蜘蛛がさっきみたいに糸だけを外まで伸ばして街の人をここまで引きずり込んでたって事か……。こんな地下の奥から廃館にあったあの穴を通って郊外とは言え街の中にまで……」
「もしかすると廃館を落としたのもあの蜘蛛の仕業かもしれんぞ。あれだけの図体だ、それくらい出来ても不思議ではないだろう」
今度は影次たちが失踪事件を追っていくうちにこの地下水路までやってきた経緯をサトラたちに説明する。サトラたちの話と照らし合わせると影次たちが遭遇した巨大蜘蛛こそ、パロマの街の住人や早鳩を襲いこの地下水路に大量の子蜘蛛を発生させている真犯人で間違いなさそうだ。
「
マシロの氷魔法で氷漬けになった
「エイジ、どこに行く気だ?」
「決まってるだろ」
一人貯水池の奥へ行こうとする影次をサトラが引き止め、ウェルシュやコギー、コースホンドたちに聞こえないように小声で耳打ちする。
「焦るのも無理はないし、今すぐ助けに行きたいというのは私も同じだ。だが
「蜘蛛に捕まった人たちはまだ生きていた。今なら攫われたパロマの人たちも第一部隊の先発隊も助けられるかもしれない」
だがそれでも影次は何の躊躇いも無く蜘蛛に捕らえられた人々を助けに行こうとする。助けられる人がすぐ傍にいるというのに、自分の身可愛さに踏み留まる訳にはいかない。自分は騎甲ライザーなのだから。
「……ごめん。出来るだけサトラたちに迷惑が掛からないようにはするつもりだ。もしもの時はサトラたちはずっと俺に騙されていたっていう事に痛ふぁい!」
言い終える前にやや強めに頬を引っ張られてしまう影次。引っ張り上げているサトラは影次に対し怒るというより呆れているような表情を浮かべていた。
「馬鹿な事を言うな。こちらに都合よく君を切り捨てるような真似が出来る筈無いだろう。今更水臭い事を言わないでくれないか」
「ご、ごふぇん……」
「それに言っただろう?今すぐ助けに行きたいのは私も同じだと。……シャーペイ!みんなを転送魔法で入口まで送ってくれ!私たちはマシロや捕らえられた人々を救出に行く!」
思いもよらないサトラの言葉にジャンの治療にあたっていたウェルシュとコギーが驚く。一方そう言われたシャーペイはようやく地下水路から脱出できると嬉しそうに顔を輝かせている。
「いってらっしゃーい。ま、気をつけてねー」
「ご武運をお祈りしておりますぞ」
「ああ。さぁエイジ、みんなを助けに行くぞ」
そう言って影次の肩を叩きマシロが引きずり込まれていった方向へと走り出すサトラ。影次もまたジャンとシャーペイに振り返り「任せた」と一言告げるとサトラを追って走る。
「無茶ですサトラ!たった二人でなど無謀過ぎます!!」
「戻れ二人とも!!」
制止しようとするコギーやキースホンドの声も届かず照明魔法の光が届かない闇の中へと消えていくサトラと影次。次第に凍てついた蜘蛛たちが氷と共に砕け始め凍り付いていた足元がまた元の貯水へと戻っていく中、残されたウェルシュやキースホンドたちは影次とサトラが走り去っていた方向を向いたまま呆然と立ち尽くしてしまっていた……。
そんな彼らを尻目に早速足元に魔方陣を描き地下水路の入口へと繋がる転送魔法の準備に取り掛かるシャーペイ。
「ん?みんな帰らないの?じゃあアタシだけ帰ってもいい?」
「あなたはそろそろ場の空気を読む事を覚えた方が良いですぞ」
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