地下貯水池×超巨大魔獣
「えっ……?ここって水を溜めこんでく場所だよね?何でこんな大量の瓦礫の山があんの?」
「……あの上の穴の真下ということは上から落ちて来たという事か?しかし、見た限り建物……それも相当大きな、下手をすると館くらいの大きさはあるぞ」
「こんな大きなものが上から降って……って、さっきの物音ってもしかしてこれじゃないですか!?」
パロマの街の地下水路を進み続け奥にある貯水池にやってきたサトラたちが見たのは上から地盤ごと落下してきたと思われる建物らしきものの残骸だった。
先程地下水路に響き渡った轟音もこれが落下した際のものだろう。それにしてもこれだけの質量のものがあの高さから落ちてきたとは……下手をすればこの地下水路そのものが崩落し全員生き埋めになってしまってもおかしくはなかっただろう。
「瓦礫の上に火を起こした痕跡がありますね……それもまだ真新しい。ついさっきまで誰かがここにいたのは間違いないようですね」
「血の跡もあるな。何が起きればこんな事になるというんだ……まさかこれも
「どうでしょう。今の時点では何とも言えませんね……。とにかくもう少し奥に行ってみましょう。さっきまでここに誰かいたのならまだそう遠くには行っていないかもしれません」
貯水池に積み上げられていた瓦礫の山を一通り調べ終えたサトラとコギーは謎の残骸と
副隊長コンビが方針を固めるとマシロとシャーペイも二人の後について広大な地下水路貯水池の中を中心部に向かって更に奥へと向かっていく。
「貯水池の中心って確か浄化装置があるんだよねぇ?じゃあこの下に溜ってる水をその装置で綺麗にして上の街でみんなが使ってるんだねぇ」
「そういう事です。ほら、見えてきましたよ。あれがその浄化装置で……」
しばらく歩いているうちに貯水池の中で天井に向かって何本も伸びる柱の中に一つだけ中心部分が発光しているものが見え始める。地下水路の水をろ過しパロマの街の住人たちが日常生活に使う生活用水へと浄化するための装置が埋め込まれた柱だ。
だが、近づいていくに連れ照明魔法の光によって浮かび上がってきたその光景は再びマシロを絶句させ……次の瞬間貯水池中に響き渡るかのような悲鳴を上げさせるものだった。
「これは……!」
「マーちゃんじゃなくてもコレはちょーっと気持ち悪過ぎるよねぇ。キヒヒッ、夢に出てきそう」
「これが……大量発生の元凶ですか」
貯水池中心部の浄化装置が埋め込まれている柱に、
ただしその大きさは先程遭遇したものと比べ更に巨大……いや、同じ生物とは思えないほどの異常なサイズだった。
先に遭遇した
胴回りは悠々と柱よりも何倍も太い。それどころか足の一本一本が柱とほぼ同じ太さだ。恐らく全長は20m以上はあるだろう。
「き、気持ち悪い気持ち悪いっ!!」
マシロの悲鳴に特大サイズの
「まさか装置の魔力を餌にしているのか、あの蜘蛛は。魔力を食らう魔獣なんて聞いたことが……」
「あのまま好き勝手に食べさせ続けてたら数日も持たずにあの装置駄目になっちゃうだろうねぇ。キヒヒ、大変大変。あの装置が壊れたら街中の蛇口から汚い水が出てきちゃうねぇ」
「何にせよあんな巨大な魔獣をのうのうと街の下に居座らせてはいられません。それに、向こうも我々を見逃すつもりは無いようですよ」
コギーの言う通り浄化装置の魔力を啜り続ける
「うひゃあ、あのデッカいのだけでもヤバそうなのにまたウジャウジャ来たよ。ほらマーちゃん出番だよっ!」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪……はっ!?そ、そうですねそんな事言っていられませんにぇ!」
「強がって頑張ってるのは偉いと思うけど噛んじゃったねぇ」
「二人ともじゃれるのは帰ってからにしろ!来るぞ……っ!」
超巨大蜘蛛の先兵たる夥しい数の小蜘蛛がサトラたちへと押し寄せる。まるで津波のような
「キヒッ!ホントにこれならエイジたちのほうに付いていきたかったよぅ!!」
「何を今更……、それにエイジの方だって今頃大変な事になってるかもしれないじゃないですか……!」
「ぺっ、ぺっ!!」
「大丈夫か、みんな」
一方その影次たちもまた、サトラやマシロが
廃館ごと突然真下に深々と落ちてきた影次たちは、ここがサトラや第一部隊が調査に向かった地下水路だと気付く暇も無く突然どこからともなく伸びてきた白い触手のようなものに絡めとられ、ここまで引きずられてきたのだった。
落下の衝撃から先に意識を取り戻していた影次とキースホンドと違い、気絶したままだったジャンとウェルシュは目を覚ましたら得体のしれないものに物凄い勢いで何処かへと引き摺り込まれていく真っ最中という状況だったのだ。パニックになるなという方が無理だろう。
各々何とか途中で手や足に絡みついてきた触手のようなものを切断して逃れる事が出来たのだが……一体どれぐらい引き摺られたのだろうか、全く現在地が分からない。足元には相変わらず水が溜まっているがさっきの場所よりは水量が少ないのか浅かった。
「洞窟……ダンジョンではないようだな。それにしても広いな……奥行きも高さも相当あるぞ」
「匂いが凄いね。カビ臭いというか生臭いというか。あ、今照明魔法で灯りを作るよ」
ウェルシュが作った光源で自分たちが引きずり込まれた場所を確認する面々。明らかに人工的な石造りの広い空間。高さも広さも、ついさっき自分たちが廃館ごと落ちてきた場所とほぼ変わらないように見える。
「しかし本当に匂いますな、ヒゲがヒクヒクして止まりませんぞ。……如何なされましたかなエイジ殿」
「いや、さっき絡みついてきたこれなんだけど。……これ、もしかして糸か?」
キースホンドに負傷の手当てをしてもらいジャンとウェルシュを起こそうとした矢先に突然自分たちの体に巻き付いてきたもの。ジャンたちのように武器の類を持っていなかった影次はジャンに切って貰い助けられたのだが……ズボンにこびり付いていた残骸を指でつつくと粘り気の強い不快な感触が指先に絡み、伸びる。
「ふむ、確かに糸ですな。それもこれは……蜘蛛、ですかな」
「確かに
足に巻き付いていた白い触手のようなもの……蜘蛛の糸らしきものを短剣で切り落としながらキースホンドは改めて自分たちが引きずり込まれてきた場所をぐるりと見まわしてみる。
自分たちが落ちてきたところもそうだが人工的な造りの縦にも横にも大きく広さを取った空間。街外れの廃館から真下に落ちてきたのだから少なくともさっきまで影次たちがいた場所はパロマの街の地下、ということだ。街の地下にある、人為的に作られたこれだけの規模の空間と言えば一つしか思い当たらない。
「ここは恐らくはパロマの地下水路の中だ。この開けた空間はきっと貯水池だろう」
「地下水路、って……それって確か」
「ええ、サトラ殿らが調査に向かった場所ですな。確か魔獣が大量発生しているという」
思わず顔を見合わせる影次とジャン。それならばすぐ近くにサトラやマシロがいるという事だろうか。
いや、それ以前にここが地下水路だとすれば、連続失踪事件と魔獣大量発生事件は別々に起きたものではなく原因を同じくした一つの事件ではないだろうか。
そしてその予想はすぐに的中する事となる。照明魔法を上方に向けたウェルシュが決定的なものを発見したからだ。
「みんな上だ!上を見てくれ!」
「な、何だよこれ……」
ウェルシュの言葉に魔法の灯りに照らされた貯水池の天井の異様な光景に思わず絶句する影次。
広大な貯水池の天井部分にびっしりと張り巡らされていたのは影次たちに絡みついてきたものと同じ糸で作られた巨大な
「あれは……まさか行方不明になった被害者たちなのか?何ておぞましい……」
「どうやら、事件の犯人もお出ましのようだよ」
巣に近づいてきた影次たちに気付いたのか、それとも
ただし、そのサイズは一つ上の第一貯水池でサトラたちが遭遇したものより更に倍以上大きく、広大な貯水池の天井の三割近くを占める。もはや魔獣というより怪獣と呼んだ方がいい大きさだ。
「て、デカ過ぎるだろ!?一応聞くけどこの辺では蜘蛛ってあれくらいの大きさが一般的とか……」
「そんな訳あるかっ!!」
影次の質問にキースホンドとウェルシュの声が綺麗に重なり合い、貯水池に響く。
その声を不快に思ったのかどうかは分からないが巨大蜘蛛は影次たちの身長の倍はある複眼を足元にいる小さな獲物たちに向け、次の瞬間天井に張り付いていた足を離しその巨体を反転させ、影次たちの頭上から床の上へ地響きと水飛沫を上げながら着地する。
「どうやらまだまだ餌が欲しいって感じだね……さてどうする?何か良い手はあるかな銀級冒険者殿」
「そんな都合のいいものがあれば既に講じている、騎士殿」
(エイジ殿……ここでは)
(ああ、
巨大蜘蛛が前足を大きく振り上げ、次の瞬間影次たち目掛けて振り下ろす。
固く尖った前足の先端の爪が軽々と石造りの床を粉砕し貯水池を揺るがす。かろうじてその一撃を避けた影次たちに向かって今度は口から白い弾丸のようなものを次々と発射する巨大蜘蛛。
「糸だ!あの大きさをまともに食らったら一巻の終わりだぞ!!」
キースホンドが叫ぶ通り人間の体よりずっと大きな糸の塊が放たれてくるのだ、掠っただけでも糸の強力な粘着性で体の自由を奪われてしまうだろう。まともに食らってしまえば最悪窒息……いや、直撃の衝撃だけでも十分死に至るだろう。
「あの大きさでは手に負えん……!一旦逃げるぞ、走れっ!!」
「に、逃げるって言ってもどこに……」
「ここが貯水池ならここに来るための水路がある!遉にんな大きさじゃ水路の中までは入ってこれない筈だよ!!」
巨大蜘蛛の振り下ろす前足と吐き出される糸弾から逃げながら四人は広大な貯水池を壁に向かって走り出す。照明魔法を頼りに糸に触れないよう、雲の爪を掻い潜りつつ貯水池への入り口になる通路を探す。
「……あった!みんな急げ!!」
巨大蜘蛛が足を振り下ろす度に貯水池そのものを崩落させかねない衝撃が走り、全力で走り続ける影次たちは揺さぶられ、よろめく。それでも懸命に水路を何とか見つけ、力を振り絞り一目散に駆けていく。
だが水路まであと僅かというところで蜘蛛の放った糸弾の一つがジャンのすぐ傍で弾け、飛び散った糸がジャンの足を絡めとった。
「ジャンっ!!」
「心配いりませぬぞ。何のこれしき……っ!」
腰から剣を引き抜き足についた糸を切り落とすジャン。だがほんの僅か足を止めたその隙を逃さず巨大蜘蛛がジャン目掛けて足を振り下ろす。
幸いにもかろうじて直撃を避けたジャンだったが蜘蛛の巨大な爪を咄嗟に剣で受けた事により勢いよく吹き飛ばされ、剣を手放し足元に貯まる水の上を二転三転と跳ねていく。
「ジャンっ!?大丈夫かジャン!!」
「な、なんの……毛が濡れて気持ち悪いだけですぞ……」
強がってはいるがすぐに立ち上がれないでいるジャンに向かって止めとばかりに再び足を振り上げる巨大蜘蛛。そうはさせるかとキースホンドが背中から大剣を抜き放ち蜘蛛の前足の一つを横薙ぎに切りつける。
「こっちだバケモノ!!」
更に二回、三回と足に大剣を振るい続けるキースホンド。その攻撃は巨大蜘蛛にとって然したるダメージにはならなかったが煩わしいと思ったのか、振り上げた足の矛先をジャンからキースホンドへと向け直す。
蜘蛛がターゲットをキースホンドへと変え、意識が彼に向けられた隙に逆方向から影次が回り込みジャンが落とした剣を拾い上げると逆手に構え槍投げのような構えで大きく振りかぶる。
「おいデカ蜘蛛!!こっち向きな!!」
叫ぶや否や巨大蜘蛛目掛けてジャンの剣を投げつける影次。騎甲因子によって常人り強化されている影次の腕力によって勢いよく投擲された剣は巨大蜘蛛の複眼の一つに深々と突き刺さった。
巨大蜘蛛からすれば投げつけられた剣など小さな棘も同然の大きさではあったが、それでも目玉の一つを潰された事により怯んだ素振りを見せる。
「今のうちだ走れ!!通路に逃げ込むんだ!!」
影次とキースホンドが左右からジャンに肩を貸し地下水路の中へと駆け込んでいく。影次たちが水路に入るのと同時に蜘蛛の爪が影次たちを追いかけてくるが水路の入り口は蜘蛛の足先よりずっと小さく、硬い爪によって水路の入り口が砕かれるだけで影次たちまでは届かなかった。
「ふぅ……危なかったな。ごめんジャン、剣投げちゃって」
「なに、お気になさらず。あんなものそこいらで購入した安物ですぞ」
「動かないで。今治癒魔法をかけるよ。……肋骨が何本かやられてるね、致命傷ではないけど軽い怪我じゃないな。僕の魔法じゃ応急処置が関の山だし、ジャンさんをこれ以上戦わせる事は出来ないね」
ジャンは大丈夫だと強がるものの影次が脇腹を小突くと「ヂィー」と悲鳴を上げたのでやはりジャンは戦闘不能と思って良いだろう。剣も影次が投げてしまった事だし。
「しかし参ったな。行方不明者の居場所が分かったというのにあんなモノが待ち構えているとは……。それに貯水池への入り口も塞がれてしまったしな」
蜘蛛の爪で貯水池への入り口部分は完全に瓦礫で埋まってしまっていた。瓦礫を退けて道を拓くよりはこのまま水路を進んで別のルートからあの巨大蜘蛛のいる貯水池に戻る方が現実的なようだ。
とは言え地図も持たない影次たちは今自分たちがどこにいるのかも地下水路の道も分からないのだが……。
「サトラやマシロも今ここに来てるなら、もし合流出来ればいいんだけどな」
「地下水路と言っても相当広い上に道も複雑だ、そう都合よくいくとは思えんが……」
「まあまあ、他に充ても無いんだし取り合えずエイジの仲間と会える事を期待しつつこの先を進んでみようよ」
そうして再びキースホンドを先頭にしてウェルシュが灯りを作り、負傷したジャンを影次が支えながら貯水池から水路を進んでいく影次たち。
自分たちがさっきまでいた第二貯水池の真上、第一貯水池でそのサトラとマシロたちも今まさに巨大蜘蛛と交戦中だとは、当然知る由もなかった……。
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