魔蜘蛛×混迷の地下水路

 魔獣が大量発生しているという地下水路で無数の死蜘蛛デスパイダーに遭遇したサトラたちと第一部隊。大量発生しているという話ではあったもののこれほどまでの数は流石に予想外だ。特に雪国育ちで蜘蛛という生き物に免疫のないマシロは水路中に響き渡るほどの悲鳴を上げ完全にパニックになってしまっている。



「な、なんですかなんですか何なんですかあれ!!気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!!」



「ま、マーちゃん落ち着いて!こういう時こそマーちゃんの氷魔法の出番でしょ!」



「あ、あああ足があんな沢山モゾモゾして毛がわさわさして……」



「あー、駄目だこりゃ。サトちゃん駄目だ!マーちゃん使い物にならない!」



 サトラたちに迫りくる水路を埋め尽くすほどの大量の死蜘蛛デスパイダー。パニックに陥るマシロとは正反対に訓練と統率の行き届いている優秀な王立騎士団第一部隊は死蜘蛛デスパイダーの大群にも怯む事無く的確に剣や魔法で一匹ずつ確実に仕留めていく。サトラとコギーの副隊長コンビも最前列で剣を振るい次々と襲い来る蜘蛛を切り伏せる。



「一匹一匹は大した脅威では無いが……流石にこうも数があると骨が折れるな……!」



死蜘蛛デスパイダーの牙には微量ですが神経毒があります。この大きさのものに噛まれれば流石に無事では済まないかもしれません」



 サトラの言葉通り死蜘蛛デスパイダーはそもそも一般人でも駆除出来る程度の害虫だ。それが十倍近い大きさになったころで一匹二匹ならどうにでもなるのだが……如何せん何十、下手をすれば何百という数になれば話は別だ。

更に死蜘蛛デスパイダーが口から吐き出す糸は伸縮性と粘着性が強く下手に剣に絡めば武器を、手足にくっつけば未動きを封じられてしまう厄介なものだった。



死蜘蛛デスパイダーの糸には火炎魔法で対処を!魔法班は前衛の援護に専念し確実に一匹ずつ始末するように!虫型魔獣は生命力が強い、撃ち漏らしが無いよう十分注意してください!」



 コギーの指示通り鎧や剣に付いた死蜘蛛デスパイダーの糸を焼き切りながら各個撃破していく第一部隊の騎士たち。首を落とされ、体を両断されてもまだしばらくピクピクと不気味に動き続ける死蜘蛛デスパイダーに追撃で剣を突き立て息の根を止める。

だが死蜘蛛デスパイダーの群れはあまりにも数が多く、奥から次々と湧き続け次第にサトラたちも押され始める。

矢継ぎ早に吐き出される糸に火炎魔法での迎撃も追いつかなくなり糸に絡めとられ身動きが取れなくなる騎士も次々に続出していき、じわじわと形勢が悪化していくサトラたち。



「やはり数が……どうするコギー、このままでは」



「仕方ありません、全員一度退いて態勢を整え……」



「皆さん下がってください!!」



 コギーが一時撤退の指示を出しかけたその時、ようやくパニック状態から落ち着いたマシロの声が地下水路に響く。サトラや第一部隊の面々が示し合わせたように即座に水路の端に体を寄せるのと同時に死蜘蛛デスパイダーの群れへと目掛けてマシロの氷魔法が迸る。



いとまの夢へと誘わん、捉え捕えよ!凍結縛フリーズアンクル!」



 足元を流れる水は勿論、通路や壁まで瞬く間に凍て付いていき死蜘蛛デスパイダーの大群が氷漬けにされる。マシロの氷魔法によって凍結された死蜘蛛デスパイダーたちはしばらくすると氷ごと粉々にに砕け散り、氷粉となって跡形も無く消えていった。



「……はぁ~、び、びっくりしました……すみません見苦しい姿をお見せしてしまって」



「なに、あれは驚くなという方が無理というものだ。私とて一瞬ぞっとしたよ」



「流石は学院序列第十三位、低級魔獣とは言えあの数をこうも簡単に……お見事です。最初からこうして腕前を振るって頂ければ言うことは無いのですが」



「うぐっ……」



死蜘蛛デスパイダーの大群に情けなく悲鳴を上げ怯えてしまっていたマシロとしてはコギーの皮肉に返す言葉も無い。尤もコギー本人は皮肉のつもりで言っている訳では無いのかもしれないが……。



「これで終わり、と考えるのは楽観的過ぎるだろうな。先に進むとしよう。くれぐれも油断せず行こう」



「キヒヒッ、奥にはもっとでっかい蜘蛛がいるかもねぇ?どうするマーちゃん」



「その時はあなたを放り投げて食べられてる間に退治しますよ」



「アタシの方からからかっといて何だけど血も涙も無いねぇ!?」



 死蜘蛛デスパイダーの群れを退けたサトラたちは地下水路を更に奥へと進んでいく。奥へ行けば行くほど水路の中の灯りは弱くなっていき照明魔法が無ければ満足に視界も確保出来ない状態だ。原因は壁面にべったりとこびりついた蜘蛛の糸だ、これが水路の照明にまでへばりついており光を遮断してしまっていたのだった。



「相変わらずの腕前ですね、サトラ」



「コギー、君の方こそ。流石は第一部隊副隊長だな」



「……少しだけ安心しました。やはり貴女はシンクレルに反旗を翻すような人ではありませんね。こうして肩を並べて剣を振るえばそれくらいは分かります」



魔法で造った灯りを頼りに水路を進みながらコギーが隣を歩くサトラに途中で腰が折れてしまっていた水路入り口での話の続きをし始める。



「貴女は一体何を隠しているんですか、サトラ。貴女が我が身可愛さにつまらない保身に走る人では無いという事は理解しているつもりです。貴女が甘んじて疑いを掛けられようと秘密にしようとしているものとは一体何なのですか」



「そ、それは……」



「嘘や隠し立てが下手な貴女がそうまでして守ろうとしているのですから、きっと例の黒い鎧という者も信用に足る相手なのでしょう。ですがこれはあくまで私の私見、貴女がそこまで大切に思っているのならば、猶更全てを話すべきでは……」



「お話のところ申し訳ありません副隊長!先に調査に入った先発隊を発見致しました!」



またも部下が報告にやってきた事で話が中断されてしまった。とは言え先に地下水路に入り連絡が途絶えていた騎士たちが発見されたというのだ。勿論優先すべきはそちらに決まっている。



「この話はこの件が片付いてからゆっくりとするとしましょう」



「ああ、そうだな。まずはこの地下水路の異変をどうにかするのが先決だ」



報告に来た部下と共に発見されたという先発隊の元へと駆けるサトラとコギー。その後ろを少し遅れてマシロとシャーペイも追いかけていく。



「あの第一部隊の隊長さん、いかにもな堅物って感じの見た目の割に結構話が分かる人みたいだねぇ」



「コギー副隊長はサトラ様の士官学校時代の同期なのだそうです。任務上第四部隊を、サトラ様を疑いこそしてもコギー副隊長本人としてはやはりサトラ様が心配なんでしょうね」



「サトちゃんも良いお友達がいるもんだねぇ。マーちゃんは友達いなさそうだけど」



「ここの水路の水で氷漬けにしてあげましょうか」



「絶対やだよこんな汚い水!!」






 水路の奥で発見された先発隊の騎士たちは死蜘蛛デスパイダーの糸によって拘束された状態だったが幸いにも誰一人として犠牲者は出ていなかった。ただし神経毒に侵されてしまっていたのでこれ以上の探索は流石に無理と判断され、毒の回りがまだ浅く何とか自力で歩けるという事もありコギーは一緒に来た部下を数名付けて地下水路の出口へと向かわせると自分たちはこのまま先を進む事に決める。



「先に水路に入った彼らの証言からも、やはりこの地下水路で大量発生しているのは死蜘蛛デスパイダーで間違い無いようですね。大きさといい数といい、自然にこんな事が起きるとは些か考え難いですが…」



「今救出したのは先発隊の第三陣だったな。先の一陣、二陣も同様の状況に陥っていると考えていいだろうな……時間も経ってしまっているし心配だな」



「ええ、ですがかと言って焦りは禁物です。我々まで同じ轍を踏まないよう慎重に進みましょう」



更に先を進んでいくと今度は先発隊の第二陣を発見する。先程の第三陣よりも発見が遅れたせいもあってこちらの騎士たちはさっきの人たちよりも毒の進行が深く体を縛っていた糸を外しても最早自力では立ち上がる事も出来ない状態だった。




「最初に水路に入った第一陣の安否が気になりますね…第二陣があれだけ弱ってしまっていた訳ですし」



死蜘蛛デスパイダーが最初に襲ってきたっきり姿を現さないのも気になるな。まさかあれで全部とは思えない……。もしかするとこの一件、何か作為的なものがあるのかもしれないな。どうするコギー、このまま先を進むか?」



 先発隊の騎士たちを救助し出口まで移送するために連れて来た部下たちを使い、サトラたちを含めても既に地下水路に入ってきた時の半分近い人数になってしまっていた。

サトラがコギーに先発隊救出の続行の有無を尋ねたのはこの少人数でまたさっきのような大量の、もしくはあれ以上の数の死蜘蛛デスパイダーに遭遇した際の危険性リスクと、そんな大量の魔獣がうごめく水路の奥で恐らくは糸と毒で身動きが取れなくなってしまっているであろう先発隊の第一陣の安否を天秤に掛ける必要があったからだ。


サトラならば当然救出作業を続行するところだが救出対象は第一部隊であり、救出に向かっているのもまた第一部隊だ、ならば別部隊所属のサトラではなく当然同部隊の副隊長であるコギーの指示に従うのは道理というものだろう。


 サトラに進退を問われたコギーは数秒の思案の後でサトラや部下たちへと振り返る。先発隊の命と人員の減った状態で捜索を続け二次災害を起こしてしまう危険を天秤に掛けた結果、一度外に出て準備を整えてから改めて救助に向かう道を選択した。

そしてコギーがまさに今その指示を下そうとした瞬間……。



「な、なんだっ!?」



「地震……?まさか崩落……!?」



 突然水路の中に重く響き渡る轟音。そして数瞬遅れてやってくる凄まじい衝撃の波に地下水路が大きく揺さ振られる。水路を流れる水が飛沫を上げて舞い散りあまりの衝撃にサトラやマシロたちもよろめく。

最初は地震と思ったが振動はそれっきりで、何より今響いてきた大きな音は何だったのだろうか。まるで何か巨大なものが上からこの地下に落下してきたかのような……。



「い、一体何が起きているというんですか……



「どうするコギー?ここは一旦私たちに任せて第一部隊は先に外に出て態勢を整えてくるというのはどうだろうか」



益々この奥で何か途轍もない事態が起こってしまっている気配が色濃くなる。撤退命令を出しかけていたコギーも今の出来事にこの先にいるであろう先発隊の安否が急激に不安になってしまう。

そんな彼女を見兼ねたサトラは第一部隊だけ地下水路から撤退し自分たちが先発隊の救助に向かう事を提案した。



「サトラ、いくら貴女でも流石に三人だけでは無謀が過ぎるというものです」



「なに、勿論無茶をするつもりはないさ。それにマシロもいてくれるし、いざとなったら私たちもすぐに逃げるよ」



サトラに視線を向けられマシロも杖を握り直し、頷く。狭い水路の中では少人数の方がマシロも存分に氷魔法を振るうことが出来る。今回のような大量の敵を一度に広範囲に攻撃できる氷魔法を得意とするマシロの頼もしさは確かにコギーとしても認めるところではあるが……。



「えー……アタシも戻りたいんだけどなぁ」



「どうせあなたの事ですから抜け目無く出口に転送魔法を仕掛けているんでしょう?あなたはいざという時のための脱出手段です。一緒に来てもらいますよ」



「アタシめっちゃ便利な扱われ方してない!?ねぇサトちゃんからも何とか言ってやってよマーちゃん酷いんだよ!?」



「はは、頼りにしてるぞ」



「くすん……こんな事ならエイジと一緒に行けばよかったよぅ」



「……わかりました」



 サトラの提案にしばらく考えてからコギーは部下である騎士たちに地下水路から撤退し入口で待機している隊員たちと合流し救助隊を再編成するよう指示を出す。

コギーの命令に第一部隊の騎士たちが元来た道を振り返り出口へと走っていき……副隊長であるコギーだけが、その場に残る事となった。



「私も一緒に行きましょう。貴女やマシロ・ビションフリーゼの実力を疑っている訳ではありませんが、もしサトラ、貴女に何かあっては我々が遠路このパロマの街までやってきた意味が無くなってしまいますので」



「そうだな、第一部隊に無駄足を踏ませてしまう訳にはいくまい。副隊長殿の腕前、頼りにさせてもらおう」



 サトラたちが一緒とは言え王立騎士団のトップである第一部隊の副隊長自らこの危険極まりない状況に部下も付けず単身残るという判断は些か軽率とも思ったサトラだったが、自身も副隊長という肩書きながら毎回こういった危険な状況に首を突っ込んでいる以上他人の事だけあれこれ言うのも卑怯な気がするのでここは素直に彼女の助力に感謝させて貰う。



(……表情全然変わらないから分かり難いけど、もしかしてアタシたちの事心配してくれてるのかな?)



(恐らくは……。一見事務的で冷たい人に見えますけど良い人みたいですね)



「そこ、聞こえていますよ。たった四人でこの広い水路を探索しなければならないんですから気を引き締めて頂かなければ困ります」



コギーに注意されてしまい身を縮こませるマシロとシャーペイ。コギーのような怒る訳でもなく苛立つ訳でもなく淡々と問題点を指摘する叱責が一番心にクるものがある。



「んじゃ、アタシが照明魔法担当するからマーちゃんは蜘蛛がウジャウジャーって来た時にすぐ対処出来るようにしててねー」



「い、言い方をもう少し考えてくださいっ。思い出したくないんですから……さっきの光景を」



 魔法で灯りを作ったシャーペイ(コギーの手前学者のシャムさん)を中心にサトラを先頭に、最後尾をコギーとして水路の奥へと進んでいく四人。そのまましばらく警戒を怠らず歩き続けるが死蜘蛛デスパイダーはあれから一匹も姿を見せてこない。だが同時にコウモリやネズミの一匹も見かけないということは、死蜘蛛デスパイダーは姿を潜めているだけで間違いなくまだこの水路の中にいるという事だ。



「随分歩いてきましたが先発隊の姿はまだありませんね。地図上ではそろそろ第一貯水池に着いてしまいますが……」



コギーの言う通り、水路を進み続けると街の地下とは思えない広い空間へと出てきたサトラたち。足元には爪先が浸かる程の水が溜まっており遥か頭上の天井からこの広大な空間を支える柱が何本も立っている。何故か天井の一部に大きな穴が空いており、そこから薄っすらと日の光が差し込んできていたが……。



「ここが第一貯水池ですね。特に何の痕跡も……って」



「これは……一体何がどうなっているんだ」



天井の穴から光が差しているいるとは言えほとんど暗闇同然の貯水池の中を照明魔法の出力を上げて照らし出すと、そこにはどう考えてもこんな場所にあるのはおかしなものが四人の目の前に浮かび上がる。


サトラたちが目にしたのは、貯水池の中で残骸と化した古い廃館の成れの果て……地上から落下し砕け散り、無残な姿へと変わり果てた瓦礫の山だった……。

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