廃館探索×影次とキースホンド

 連続失踪事件の現場である廃館の中へと踏み込んだ影次たち。永らく使用されていない館の内部はまさに廃館と称するに相応しい有り様だった。

木材は朽ち金具は錆び、かつてはこの館を照らしていたであろう絢爛なシャンデリアは無残に天井から地面に落ち床に穴を開けめり込んでいる。

締め切られたカーテンの傷んだ布地の隙間から外の明かりが僅かに差し込むだけで、ただでさえ積もりに積もった誇りが舞い上がって曇る視界が更にこの暗さのせいで悪化してしまっていた。



「ちょっと待ってくれるかい。今灯りを作るから」



ウェルシュの照明魔法で照らされ館の内部が明るみになり、館というよりもはや単なるゴミ屋敷同然の光景に埃を吸い込まないよう口元を抑えながら奥へと進んでいく。周囲を警戒しながら館の中へと消えていった被害者たちの痕跡を探し始める影次たちだったが、それらしい痕跡も無ければ人や動物の気配も、何も無かった。



「こうも埃っぽいと匂いも辿れませんな……カビ臭くて鼻がムズムズしますぞ」



「野盗の類が居ついているような痕跡も無いな。これだけ埃が積もっていれば足跡くらいはある筈なんだが……」



 館の中の匂いを探ろうとして埃ほ吸い込んでしまい鼻をヒクヒクさせるジャンと自分たち以外の足跡が床に無い事を訝しむキースホンド。だが目撃情報によれば被害者はこの館の中に引きずり込まれていったのだ、必ずどこかにその痕跡がある筈だ。



「エイジ、あまり離れないようにしてね。被害者たちは抵抗する暇も無く連れ去られているんだ。ここはみんなで固まって行動した方がいい」



「確かに。ミイラ取りがミイラになったら笑い話にもならないもんな」



当然被害者たちの居場所を見つけるために四人バラバラに館の中を探すのが効率的なのだが……突然どこからともなく人が浚われ、消えてしまうような事件だ。別々に行動して一人ずつ消えていく、なんて事になってしまえばただ犠牲者の数を増やしてしまうだけだ。



「ウェルシュ殿こそ重々気を付けた方がいい。相手が何であれ、灯りを持っている者は狙われやすいものだ」



「ああ、気を付けるよ。それと、キースホンドさんも呼び捨てにしてくれて構わないよ?エイジみたいにさ」



「……考慮しておこう」



「連れないなぁ、折角こうして縁あってともにパーティーを組んでいるっていうのに。ねぇエイジ?」



「キースホンドさんはウェルシュと違って真面目なんだよ」



 ウェルシュが王子である事も第一部隊隊長である事も知らず歳も近いという事で言われるままあっさり呼び捨てになった影次と違い素性を知っているキースホンドは「はいそうですか」という訳にもいかない。

むしろ一国の王子を相手に学友のようなノリで気さくに接している影次に内心冷や冷やしているくらいだ。

ちなみにジャンは「私はこういうキャラなのでお気になさらずですぞ」、らしい。



「床もボロボロで随分脆くなっていますな。床板が完全に腐って傷んでおりますぞ」



「キースホンドさんは特に気を付けないと。ただでさえガタイあるのに重い鎧着てるんだし」



「あはは確かに。落ちたら僕たちじゃ引っ張り上げられないかもね」



「だからもう少し緊張感をだな……」



学生のようなノリでやり取りする影次たちを窘めたいのだが軽口を叩きながらしっかりと周囲を警戒しており油断も隙も見えないウェルシュには注意のしようがない。流石は王立騎士団最強の第一部隊を束ねる男というべきだろうか。



「そう言えば今更だがエイジ、君は大丈夫なのか?見たところ丸腰のようだが……魔法が使える訳でも無いのだろう?」



 ウェルシュの素性を知っているキースホンドとしては当然騎士でも冒険者でもない影次がこの何が起きるかもわからない危険な状況に、当たり前のように同行している事に疑問を抱いてしまう。

以前港湾都市シーガルでも盗賊団討伐に参加していたが剣も魔法も使えないという彼の事がつい心配になってしまう。個人的に彼という人物を好ましく思っているからこそ、猶更だ。



「えっ?あー……大丈夫。自分の身を守れる程度は自信があるつもりですから」



流石に「いざとなったら異世界の英雄ヒーローに変身出来ますから。ハハハ」とは言えないので適当に言葉を濁し笑って誤魔化す影次。短剣の一つでも携帯しておいた方が良かっただろうか。



「そうか……?まぁ、くれぐれも無理はしないでくれ」



流石に「いざとなったら人ならざる者魔人に変身して助けてやれる。ハハハ」とは言えないのでそれ以上深く追及はしないキースホンド。短剣の一つでも渡しておいた方が良かっただろうか。



「ご安心くだされエイジ殿の事は不詳このジャンが命に代えてもお守り致しますぞ。どうか軍用艦に乗った気でいてくだされ」



「気持ちはありがたいけどちゃんと自分の身は自分で守れるから。あと気持ちが重い」



周囲への警戒は怠らずそんなやり取りを繰り返しながら廃館の中を調べ続ける四人。上の階もあるが階段も崩れ落ちてしまっており、それ以前に屋根もボロボロで下の階からでも上階が丸見えになってしまっている。



「これは……」



 何かに気付いたキースホンドに呼ばれ床を調べていた彼の元へと集まる影次たち。永い年月を経て積もりに積もった埃を手で払うと埃の下から床の上に何か大きなものを引きずったような痕跡が現れる。跡は館の入り口の方向から伸びており、恐らくは引きずり込まれた被害者の痕跡なのだろう。



「上から落ちてきた埃で隠れてしまっていたみたいだね。それにしてもよく見つけたものだ。流石は銀級冒険者、頼りになるなぁ」



「茶化すな。跡は奥の方に続いているようだ、辿ってみるぞ」



 床に積もった埃を払い被害者が引きずられていった跡を追いかけていく影次たち。床の上に残る痕跡は一つではなく他にも幾つもの跡が残っおいる。この痕跡の数がここで姿を消した人たちの数という事なのだろう。

跡を辿り廃館の奥へと進んでいく途中で影次は足元に違和感を覚え思わず足を上げて靴の裏を覗き込む。まるで誰かが吐き捨てたガムでも踏んでしまったかのような、何とも言えない不快な感触だ。



「どうかなさいましたかな?」



「いや、何かネバネバしたものを踏んだみたいで……何だこれ」



靴の裏にへばりついた白いものを近くに落ちていた木片で削ぎ落す。改めてよく見てみると被害者たちが引きずられていった痕跡の上に同じような白いものがいくつも残っているのが分かる。



「白っぽい、触手のようなもの……これ、もしかして」



「おい!こっちに来てくれ!!」



足元のものに気を取られている間にキースホンドとウェルシュは痕跡を辿り既に館の更に奥まで進んでいたらしい。自分たちを呼ぶ声に影次とジャンも逸れない慌てて追いかける。

影次たちが合流するとキースホンドたちは丁度廃館の中心の辺りで立ち止まっており、何か見つけたのかと思い影次が後ろから覗き込む。



「な、何だこれ……」



 かつては絢爛な夜会が開かれていたであろう大広間ホールらしい場所。その床に巨大な穴が開いているというなんとも異様な光景だった。

いや、穴というよりは床が丸ごと喪失してしまっていると言うべきだろうか、穴は横幅は勿論ながらその深さも尋常では無くウェルシュが照明魔法を近づけても底が全く見えないほどだ。



「床に残っていた痕跡はここで途切れている。連れ去られた被害者たちは恐らくこの穴の先、という事なのだろうな」



「流石に何の準備も無く飛び込むのは自殺行為だね。それにしても一体何が起きてるっていうんだろう……」



「想像もつきませんな。ううむ、何やらこの奥から生臭い匂いがぷんぷんしますぞ」



「どう見ても普通じゃないよなこれ……」



 人為的なものとは到底思えないが、かと言って自然にこんな大穴が出来上がるとも考え難い。キースホンドの言う通りこの先に行方不明の被害者たちが、そして彼らを連れ去った元凶がいるのだろう。

どこまの深さかも分からない穴の中にこのまま無策で飛び込む訳にも行かず準備を整えてから改めて来ようと一旦廃館から退く事にした影次たちは入ってきた道を戻り外に出るべく館の入り口に向かい歩き出す。



「思っていた以上に大変な事が起こっているみたいだね。街に戻ったら部隊を集めて捜索隊を編成して……ん?今ちょっと揺れた?」



廃館の入り口に差し掛かったところで足元から振動を感じ取る一行。地震……にしては何処か揺れが不自然だ。まるで地面の下から何かに揺さぶられているかのような……。

そう疑問に思った次の瞬間、ガタンと凄まじい音と衝撃が館に走り突然足元から床が消え影次たちは一瞬中に浮き上がる。



「な、なんだ!?」



「何が起きて……、っ!?みんな!何かに掴まれ!!」



床が消え自分たちが浮き上がったのではなく、この廃館そのものが突如として落下している。建物自体が、それこそ地盤ごと真下に向かって真っ逆さまにだ。

慌てて手近な手すりや柱にしがみ付く影次たちごと廃館はどんどん速度を増して地面の下へと落ちていく。元々崩壊寸前だった壁や天井が振動と衝撃に耐えきれず影次たちを飲み込まんと頭上から容赦なく降り注ぐ。



「このままじゃあ……くっ!騎甲変身っ!!」



〈Get! set! PowerfulStorm!〉



崩壊しながら奈落の底へと落ち続けていく廃館から翠玉エメラルドのような眩い光が迸り、嵐のような暴風が吹き荒れ落ち行く館を包み込んでいった……。











(……生きている……のか?)



 完全に瓦礫の山と化してしまった廃館の中で意識を取り戻したキースホンド。体の上に積もっていた瓦礫を振り払いながら体を起こし周囲を見回すが真っ暗で何も見えない。かろうじて頭上、自分たちが今まさに落ちてきた方をを見上げるとうっすらと日の光が見える程度だ。


しかしここは一体何処だ?廃館の地下室にしてはあまりにも深すぎるし広すぎる。高さもそうだが相当な広さの空間だ。足元に湿りを感じ手で触れてみると爪先に届く程度まで浅く水が溜まっている。



(随分深く落ちたようだな……、流石にこの高さではあそこから登るのは無理だな)



日の光があんな遠くに見える高さをあんな勢いで落ちてきてよくこうして無事でいられたものだ。落下している最中に突然凄まじい風が吹き荒れたような気がしたが……。



(エイジや王子は無事だろうか……いや、王子に関しては無事ではない方が都合がいいか)



 そもそもキースホンドがパロマの街にやってきたのはウェルシュの暗殺をダレスから依頼されたからだ。影次やジャンの安否も心配だが第一部隊の隊長がわざわざ部下も連れずに一人で、しかもこんな近くにいるのだ。この機会を逃す訳にはいかない。



「……いたな」



暗闇に目が慣れ始めると自分と同じようにがれきの山に埋もれているウェルシュの姿を見つける。好都合な事に落下の衝撃で気絶してしまっているようだ。

標的を仕留める絶好の機会に腰から短剣を引き抜こうとするキースホンド。この状況だ、落下した際の事故に見せかけて始末する事など容易い。だが……。



「うぅ……っ」



気を失っているウェルシュの反対側から聞こえた呻き声に振り替えるキースホンド。そこには同じく気絶しているジャンと、頭から血を流している影次の姿があった。



「エイジ!……くそっ!」




キースホンドは引き抜いた短剣と目の前の標的ウェルシュをしばらく見比べてから……影次の元へと駆け寄り傷に触らないように慎重に影次の体を抱き起す。



「キース、ホンドさん……?よかった、無事みたいで……他の、みんなは……?」



「ああ、俺も二人も大した怪我はしていない。だが君の傷が……」



「大丈夫……放っておけば治りますから……」



「そんな訳があるか。じっとしていろ、応急手当くらいしか出来ないが何もしないよりはマシだろう」



 そう言ってキースホンドは自分たちとともに上から落ちてきた廃館の残骸から適度な大きさの木片を集め、足元は水が溜まっているので瓦礫の上に木片を重ねると懐から燐寸マッチを取り出し焚火を起こし、まずは光源を確保する。

灯りの元で影次の頭の傷を診ると瓦礫か何かで額の端をかなり大きく切ってしまっていたが傷自体はさほど深いものではなく出血は派手だが深刻な怪我では無かったようだ。



〈骨、脳共に問題なし。自己修復を開始します〉



(ライザーシステムのエネルギー残量は?)



〈残り約70%。エネルギー補充の目途が無い状況ですので極力温存する事を推奨します〉



廃館ごと落下してきた際、咄嗟に変身し穴の底に衝突する寸前でトルネードブラッドでブレーキをかけた影次。多少の減速は出来たがそれでも落下の勢いを完全に食い止める事は出来なかったが……それでも何もしなければあの質量、あの高さでの落下の衝撃では全員命は無かっただろう。



(……見られてないよな?)



気絶しているウェルシュはいざ知らず、手際よく応急手当をしてくれているキースホンドも特に変わった様子は無い。あんな状況で、しかも降り注ぐ瓦礫でお互いの姿もまともに見えなかったのだ、影次が変身した瞬間は目撃されずに済んだようだ。



「よし、これでいいだろう。傷は深くは無いが頭を強く打っている、くれぐれも無茶はしないようにな」



「大丈夫、骨も脳も異常は無いそうなんで」



「……誰に聞いたんだ?」



「えっ?あ、えっと……い、いつもそんな風に包帯やら傷薬やら持ち歩いてるんですか?」



 頭に巻かれた包帯を摩りながら話を逸らす影次にキースホンドは一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが「これくらいは冒険者の基本だ」と言って懐から最低限の道具が入った布袋を取り出し見せてくれた。



「いつどこで何が起こるか分からない生業だからな。俺は魔法の類はろくに扱えんから猶更灯りや傷の手当に必要な道具は欠かせないので常に切らさないように気を付けている。パーティーを組んでいる冒険者ならば、それほど必需品という訳でも無いのかもしれないがな」



「そう言えばキースホンドさんはいつも一人ですよね。他の冒険者とは……」



組まないのか、と聞こうとして影次は彼がパロマの冒険者から疫病神・・・と呼ばれていた事を思い出し、言いかけた言葉を飲み込み口を噤む。

そんな影次にキースホンドは道具袋を仕舞いながら気にするなと苦笑いを浮かべ、自ら他の冒険者から忌み嫌われている理由を語りだした。



「もう何年も前の話だが、俺も信頼できる仲間たちとパーティーを組んでいた時期があってな。……だがとある依頼でパーティーは全滅。かろうじて俺一人がほかの仲間たちの犠牲と引き換えに生き延びる事が出来た。

……以来俺は冒険者の間で「仲間を見捨てて逃げた裏切り者」だの「冒険者の面汚し」だの呼ばれているという訳だ。最近は専ら「疫病神」という呼ばれ方が多いな。まあ、そんな酒の肴にもならんつまらん話だ」



 まるで世間話のような口ぶりで自身の過去を語るキースホンド。廃館の木片を燃やしている小さな焚火の灯りに照らされるその表情からは彼が今胸中にどんな感情を渦巻かせているのかは推し量ることは出来ない。

だが、影次は何となくそんなキースホンドの境遇を他人事のようには思えなかった。



「しんどいですよね、自分だけ生き残るっていうのも」



「……そうか、君も君で色々あるんだな」



「ま、人間生きてりゃ誰だってそれなりに色々ありますよ」



「はは、確かにな」



お互い似たような境遇である事を知り顔を見合わせ思わず笑いあう二人。

騎甲ライザー影次処刑魔人キースホンド、目の前にいる男が自身の宿敵である事など、この時はまだ知る由も無かった……。

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