第一部隊副隊長コギー×地下水路の魔獣

影次たちが廃館に入った頃、サトラとマシロ、シャーペイも副隊長コギー率いる第一部隊と共にパロマの街の地下区画に降り、突然の魔獣大量発生が起きているという地下水路の入り口にやってきていた。

部下の騎士たちを数名に班分けしまずは先発隊として向かわせるとコギーは周囲に人目もないここなら、と早速自分たち第一部隊がここパロマまでやってきた本来の目的、サトラへの聴取を始めようとする。



「では、話を聞かせて頂けますかサトラ・シェルパード。魔族について、貴女方が知っている事を全て」



「勿論だ。王都がようやく本腰を上げてくれるのなら私も協力は惜しまない」



第一部隊副隊長コギーにこれまで遭遇した魔族について、そして魔族によって引き起こされた事件について語り始めるサトラ。既に王都に報告したアルムゲート森林ダンジョンの一件の後の事を、次々と現れた幹部級と思わしき存在、魔人の事を。魔族が人間を魔獣化させた事や特殊な石に魔獣を封じ込める技術がある事も、全て話した。

当然影次の素性についてや、後ろにいる魔法学者のシャムを名乗る女性も立派な魔族だという事までは言えなかったが……。



「人間を魔獣に変えてしまう……それに魔獣を内包し自在に任意の場所に解き放つことの出来る技術……。それが事実ならば魔族の脅威は我々が認識しているよりもずっと深刻ではないですか」



「私も遭遇した事件については逐一早鳩便で我が隊の上官であるバーナード隊長に報告していたのだが、王都には何も届いていなかったのか?バーナード隊長の方から王都にも一報があった筈だと思うが……」



サトラの疑問に感情の見えないコギーの鉄面皮がほんの僅かに揺らぐ。どうやらあまり表立って口外したくない事情があるようだが……。そんな様子にコギーが返答するより先にサトラが察してしまった。



「まさか、報告を受けていた上で今まで何も動いていなかったというのか?それはいくら何でも楽観視が過ぎるだろう!魔族の存在は現実のもの、既にあちこちで連中の毒牙に掛かった者もいるんだぞ!?」



「……弁明のように聞こえるかもしれませんが、どうやらバーナード隊長から王都に上げられた魔族に関する報告が国王陛下や我々第一部隊に届く前に何者かによって握り潰されていたようなのです。先日のビションフリーゼの街でのゴーレム騒動でようやく我々も事態の深刻さに気が付いた、というのが本当のところで……」



にわかには信じがたいが魔族の存在を未だに信じておらず眉唾物と思っている人物が騎士団の上層部にいるという事だろうか。もしくは、魔族の存在を認知していながらわざとその存在を広めさせまいとしたのか……。

もし後者だとすれば、考えたくはないがその人物は騎士団の中にいながら魔族の仲間、協力者という事ではないか。



「サトラ、貴女の懸念は御尤も。ですがこの件に関してはウェルシュ隊長も御存知です。あの方には何かお考えがあるようなので王都こちらに関しては我々に任せて頂けないでしょうか」



「ああ、それは第一部隊にお任せする。どの道私では話も聞いて貰えないだろうしな」



騎士団の内部に魔族に与する者がいる。思わぬ衝撃の事実に驚かされたがコギーが、第一部隊がサトラから聞きたい話というのはここからが本題だった。



「魔族が本当に恐るべき人類の脅威である事はよく分かりました。……それでは、その魔族を各地で悉く打ち破っているという正体不明の黒い鎧についても、お話を聞かせて頂けますか」



来た。と思わず後ろにいるマシロに視線を向けそうになってしまうのを堪えるサトラ。予想はしていたし、疑われるのも無理もない話だとは分かっている。何度も魔族に遭遇し、その度に魔族を倒し自分たちを救ってくれる謎の怪人。何も知らない、けどいつも助けられている。そんな都合のいい話があるものか。少なくともサトラがコギーの立場だとしたら、俄かには信じられないだろう。



(キヒヒッ、サトちゃん大丈夫かなぁ?あんまり嘘ついたりするの得意じゃないでしょ)



(余計な事はしないでくださいね。水路に流してから凍らせますよ)



(アタシにも街の皆さんにもご迷惑だよぅ!)



心配するマシロとシャーペイを他所にサトラは第一部隊からそういった疑いを掛けられる事は事前に予想していたので予め用意していた返答で応じる。



「報告した通り例の黒い鎧に関しては私たちも詳しい事は分からない。ただ幾度となく私たちや街の人々を守ってくれた事から少なくとも敵では無いとは思うが……」



「それこそ楽観視が過ぎるのではありませんか?普通に考えれば魔族同士の仲間割れ、といったところが妥当ではありませんか」



あっさりとコギーに切り捨てられ言葉に詰まってしまうサトラ。

確かに彼女の言う通り魔族同士のいざこざで結果的に自分たちが救われた形になっている、という風に言えばコギーもまだ納得するだろう。

そもそも人類の脅威たる魔族をも凌駕する強大な力を持った正体不明の存在が都合よくサトラたちの味方をしてくれているという話自体、信じろという方が無理なのだ。



「その黒い鎧もいつ我々人類の敵となってもおかしくはないでしょう。安易に味方と考えず魔族の一匹として警戒するべきでは」



「それは……」



コギーの言う通り謎の黒い鎧、つまり影次を悪者にしてしまえば彼女を始め第一部隊から疑いの目を向けられる事も無くなるのかもしれない。

だが黒野影次という人物を知ってしまった今となっては、サトラにはもう彼を心無い怪物として扱う事など絶対に出来なかった。例えそれが一時の、ただの方便だったとしてもだ。

別の世界から来た身でありながら自分たちの為に、この世界の人々のために何度も命を掛けて戦ってくれている彼の事を身勝手な都合で怪物呼ばわりする事など出来る筈が無かった。


黒い鎧影次を魔族の一味呼ばわりするコギーに何か言い返そうとするも、影次を悪く言えないせいで反論の言葉が出ないサトラ。そんな逡巡する彼女の様子にコギーもまた、サトラがまだ何か自分たちに隠している事があるのだと確信する。



「正直に答えてくださいサトラ。貴女は、黒い鎧が何者なのか本当は……」



「お話のところ申し訳ありません副隊長!」



コギーがサトラを追求しようとしたまさにその時、第一部隊の騎士の一人が慌てた様子でコギーの元へとやってきた。



「水路に突入した第三陣から緊急救援要請の合図を確認!先の第一陣、第二陣は反応無し!既に第四陣の突入準備も整っておりますが……ご指示を」



地下水路の調査に入った第一部隊の騎士たちが次々と消息不明になっているようだ。王立騎士団でも屈指の優秀な騎士たちが集められた第一部隊が、大量とは言え街の地下水路に沸くくらいの魔獣相手に次々とやられているというのは、流石に異常事態だ。地下水路に大量発生したという魔獣とは、一体どれだけのものだというのだろう。



「二班はこのまま入り口で待機を、一斑は私と一緒に先発隊の救助に。魔法班は一人が照明、もう一人が攻撃魔法を担当するように。残りの者は魔法班をカバーを」



「はっ!!」



コギーの指示に瞬時に編成を整えいつでも地下水路に突入できる用意を作る第一部隊。流石は王立騎士団最強最高の舞台、その練度も一級と言えよう。

だが、そんな彼らが悉く消息を断っているこの地下水路……一体何が待ち受けているのだろうか、第一部隊の優秀さを目の当たりにすればするほど、不気味さが増してくる。



「コギー、私たちも一緒に行こう。元々この件は私たちがシラコ日刊から受けたものだ。このまま黙って見ている訳にもいかない」



「サトラ……、そうですね、騎士団最強の騎士姫ヴァルキュリアに学院十三位の国家魔術師が力を貸して頂けるというのならば心強いことこの上ありません」



「さっきも言ったが元は私たちが受けた依頼だ。むしろ第一部隊の手を煩わせてしまってすまない。マシロたちも準備はいいか?」



振り返ったサトラに無言で頷くマシロ。シャーペイは……フードを被っているのでよく見えないが癒そうな顔をしている気がする。まぁ問答無用で連れていくが。



「よし……何が起こるか分からない、気を引き締めていくぞ!」



コギー率いる第一部隊と共にパロマの地下水路へと足を踏み入れるサトラたち。

街が出来た時からこれまでの長い年月、パロマに暮らす人々の生活を支えてきた地下水路。トンネル状の古い石造りではあるが定期的なメンテナンスを怠っていない事もあってか年季は感じるものの造りそのものは非常にしっかりとしている。ただ流石に中に入ると早速独特な生臭さが鼻につくが……。

入口から近い場所はまだ外の光が差し込んでいるので問題ないが段々と先に進んでいくに連れ水路の中は壁に点々と設置されている小さな照明が唯一の光源となり、途中から一気に視界が悪くなる。



「魔獣もそうだが害虫やネズミも多いそうだ。みんな、気を付けてくれ」



「キヒヒッ、ネズミ君がいたら「出てこないでくださいますかな」って説得して貰えたのにねぇ」



「動物と獣人は全くの別物ですよ。そんな失礼な事言ってると本当に齧られますよ?」



外の光も届かなくなり、ぼんやりと周囲の人物の姿がかろうじて見える程度の視野になってきたので照明魔法で明かりを確保する。魔力の灯りで照らされた水路の中は壁一面水垢や苔にまみれ、通路の足元もねっとりと粘度を帯びた泥がこびり付いており、とてもじゃないがお世辞にも奇麗な場所とは言えない光景だった。

水路も濁り切った泥水が流れているだけだ。時々足元をチョロチョロとドブネズミが走り抜けるが……あまり可愛げのある見た目では無かった。あれならジャンの方が遥かにキュートだ。



「うげぇ汚っ」



「業者が定期的に点検しているとはいえ彼らも別に清掃業者では無いからな。まぁ、仕方あるまい」



「えぇ……パロマの人たちってこんな泥水使って暮らしてるの?お腹壊さない?」



「このまま使っている訳無いでしょう。奥にある浄化装置でろ過しているんですよ」



水路を流れる水の見た目と匂いにひきつった表情を見せるシャーペイにマシロが地下水路の地図を広げ中央のあたりを指し示しながら説明する。



「元々は地下水脈のみを使用していたそうですが街の人口が増えていくにつれ水源が足りなくなり浄化装置を設置して生活排水や雨水なども利用するようになったそうです。丁度このあたり、浄化装置が設置されている中心部が雨水や地下水を貯めている貯水池ですね」



マシロの説明にコギーが加わり地下水路の中央部分に上下に並んで描かれた二つの円状の空間を指さす。上に描かれているのが第一貯水池、そして下が第二貯水池。昔大雨に見舞われた際貯水池に入りきらなかった水が街中に溢れ出し大きな被害が出た事からこうして水を貯める場所を増設したそうだ。



「……そろそろ第三陣の救援要請があった辺りですね。各自十分に警戒してください」



「確かに、何か嫌な気配を感じるな」



照明魔法の灯りの届かない真っ暗な水路の奥からただならぬ気配を感じとる騎士団副隊長二人。他の第一部隊も既に武器を構え警戒態勢に入っており、それに遅れてマシロも杖を構える。



「気をつけろ。奥に何か・・いるぞ」



一行は足を止め、水路の奥にいる何者か・・・の気配に身構える。次第に暗闇の向こうからガサゴソと物音が聞こえ始め、それは段々と、サトラたちの方へと近づいてくる。

魔法の光に照らされた水路の中、姿の見えぬ相手からの明確な殺気を肌で感じ取ったサトラが剣を掲げるのと同時に、闇の向こうから黒い影が勢いよく一行に向かって飛び出してきた。



「はぁっ!」



照明魔法の光で露になったその姿を目視するより早く飛び掛かってきた魔獣を両断するサトラ。一閃の元に切り捨てられた魔獣は真っ二つになって落下し通路の上に、一行の足元に転がっていく。

両断されながらもまだビクビクと小刻みに足を震わせキィキィと耳障りな鳴き声を上げるそれ・・に思わずマシロが悲鳴を上げかけてしまう。



「ひっ!……な、なな何ですかこれ……!」



「何って、どう見ても蜘蛛だよねぇ?赤黒い体毛に金色の複眼……、うわ、まだ動いてるよきっしょ」



ようやく動かなくなった蜘蛛を改めて観察するシャーペイ。彼女の言う通り毒々しい赤黒色の体毛に覆われた蜘蛛だ。足も一本一本が太く、口元には鋭利な牙が大きく突き出しており見るからに凶悪な風貌をしている。



「これは……まさか死蜘蛛デスパイダーか?だがこんな大きさのものなど聞いた事が無い」



コギーがそう驚くのも無理はない。彼女の言う死蜘蛛デスパイダーとは本来ならせいぜい10cm程度のサイズの生き物なのだ。だが今目の前にいるクモの死骸は人間の子供程度の大きさ、軽く見積もっても1mはある。



死蜘蛛デスパイダー?何やら随分な名前ですが、そんなに恐ろしい生き物なんですか?」



蜘蛛自体は勿論見た事はあってもこんな色の、しかもこんな大きさの蜘蛛を見るのは初めてだったマシロ。

大嫌い、という程では無いものの虫の類は元々好きではなかったので突然この大きさの蜘蛛に飛び掛かられ思わず鳥肌が立ってしまった。



「ああ、マシロは雪国育ちだからあまり見た事が無いのか。こういう水気の多い場所や湿度の高いところを好む蜘蛛だ。分類上は魔獣だが本来は手のひらにも収まるほどの大きさで人が噛まれたとしてもせいぜい少し腫れる程度だ。

毒々しい見た目と虫や小動物の死骸によく群がる事から死蜘蛛デスパイダーなどと大袈裟な名前をつけられているが実際特にそこまで危険な生き物という訳ではない。筈なんだが……」



「そうですね。家の中で見かけたらスリッパで退治出来るくらいのものです。ですが……」



「どう考えてもこの大きさサイズは異常だよねぇ。……ん?もしかしてここで大量発生しているのって……まさか」



ガサゴソと、またも水路の奥から物音が聞こえる。何かが動き回っているような耳障りな音が、またサトラたちの方へと段々と近づいてくる。だがさっきとは違い音はどんどん大きくなっていく。

音はどんどん数を増やしていく。がさがさ、がさがさと。次第に水路の中に反響するほどに。次第にその気配を色濃くしていく。



「おいおい……まさか、だろ」



「ひ、ひぃぃっ!?」



その光景に思わずサトラも一歩後ずさる。マシロも……今度ははっきりと口から悲鳴が漏れてしまう。

水路の奥、申し訳程度に壁に設置された照明に照らされ姿を現したのは先程と同様のサイズの死蜘蛛デスパイダーだった。

ただその数は通路は勿論壁にも、天井にも、更には水路を流れる汚水の中にも、びっしりと。サトラの行く手を先も見えない程の数の死蜘蛛デスパイダーが遮り、水路を埋め尽くしていた。


間違いない、大量発生しているという魔獣はこれだ。すぐ上は何も知らずに大勢の人々が暮らしているというのにこれだけの数の、しかも異常なサイズの死蜘蛛デスパイダーが水路に巣食っていたというのか……。



「先発隊はこいつらにやられたという訳ですか……」



「キヒヒッ!流石に気持ち悪すぎでしょ」



「……来るぞっ!!」



サトラの言葉を合図に次の瞬間、視界を多い尽くすほどの蜘蛛の群れが雪崩のようにサトラたちへと襲い掛かっていった……。

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