連続失踪事件×凸凹パーティー結成
サトラたちが地下水路の事件を調べるために早鳩便本社を訪れていた頃、影次とジャンもまた連続失踪事件について件の廃館近くの住民たちに聞き込みをしている最中だった。
だがあちこち話を聞いて回ってみたものの誰の口からも「突然姿が消えた」という証言ばかりでそれ以上詳しい事は何も分からなかった。
「いつの間にか隣にいた友人がいなくなっていた」、「ほんの少し目を離した隙に姿が消えた」、等々。共通しているのは「突然、音も無く姿が消える」という事くらいで手掛かりになりそうな情報が全く得られない。
「まるで神隠しだな……。抵抗したような痕跡も無いって事は誘拐とかの類いじゃあなさそうだけど」
「魔獣……も考え難いですな。街は魔獣除けの結界がありますし。となると……よもや魔族の仕業ですかな」
「怪しいものは何でもかんでも魔族のせい、っていうのも安直じゃないか?せめて誰か一人くらい消える瞬間を見た人がいればなぁ……」
近所の聞き込みからは何の情報も得られず一旦繁華街に戻る影次たち。新聞社でさえ事件の詳細を掴めていないのだ、調べ事に関しては素人である影次とジャンが早くも調査に行き詰ってしまったのも無理のない話ではあった。
「よし、取り合えず駄目元で酒場に行ってみようか」
「おお、気分転換に一杯やるのですな?付き合いますぞ」
「昼間から酒飲んでどうするよ。情報収集の定番だよ、酒場っていうのは色んな人が集まるから色んな話が聞けるんだとさ」
と言っても現代にいた頃に少し嗜む程度にやったゲームの知識なのだが何の当てもない以上行き当たりばったりで行動するよりはずっとマシだ。
早速繁華街で飲み屋を探し始める影次たち。高級そうな店は……駄目だ、貴族や見るからにセレブな人たちばかりで事件について知っていそうな人がいない。大陸中に支店を出している格安店は……駄目だ、昼間から飲んだくれてるどうしようもない連中ばかりで事件について知っていそうな人がいない。
「……こんな時間から飲み屋を探しているのか?」
繁華街に軒を連ねる酒場を見て回っている影次たちに大柄な体躯の眼帯男が声を掛けてきた。シラコ日刊を紹介してくれた顔見知りの冒険者、キースホンドだ。
「違いますって。これは立派な事件の捜査の一環で……」
「事件の捜査?君たちは新聞社に話を聞きに行ったのではなかったのか?」
「いえ、それが実はですな……」
かくかくしかじか。シラコ日刊のサブレー社主からパロマで起きている怪事件とそれを自分たちが調査している事をキースホンドに説明する影次。
「はは、サブレーにまんまと乗せられてしまった訳か。多少胡散臭いところはあるが仕事に関しては信用できる。きっと君たちに役立つ情報を用意してくれる筈だ」
「へぇ……シラコ日刊の社主さんとは親しいんですか?」
「俺は少々事情があって他の冒険者とはあまり良い関係では無くてな。なのでこの街ではギルドを頼れないので新聞社から仕事を受けているんだが……何度か仕事を引き受けているうちに、な。
それよりさっき失踪事件がどうとか言っていたな?その話ならそれらしい事を言っている男を見掛けたぞ」
まだ同じ場所にいるかどうかは分からないが、と言い加えるキースホンドに是非と案内を頼み、影次たちがやってきたのは……やはりと言うか何というか、酒場だった。
「情報収集の定番だ、酒場っていうのは色んな人が集まるから色んな話が聞けるからな」
「ゲームの知識も捨てたもんじゃないんだな……」
「さっきから酒の匂いを嗅ぎ続けておるので本当に一杯やりたくなってきましたぞ」
年季の入った造りの酒場は日当たりの問題なのか昼間にも関わらず店内は薄暗く、カウンターやテーブルで酒を煽っている常連らしき客たちは皆お世辞にも行儀の良い輩には見えなかった。案の定店に入ってきた影次たちたちに周囲から棘のある視線が集まっていく……。
「おい、
「少し話を聞きたいだけだ。長居はしない」
パロマの冒険者らしき客の一人が早速キースホンドの姿を見て突っかかってくる。キースホンドはそんな男の敵意にも気を留めず店内を見回し、目当ての男の姿を発見すると影次とジャンと共に向かっていく。
「あん?何だよ
「例の廃館の話を詳しく聞きたい。タダでとは言わん」
「はっ!誰がてめぇなんぞに」
どうもキースホンドの評判の悪さは冒険者の間では相当のようだ。
知りうる限りキースホンドという人物は外見は少々厳ついが親切で面倒見も良く、実直で頼りになるという印象しか無いので彼に問題があるようには思えないのだが……。
話を聞くにも取り付く島のない態度の男に詰め寄ろうとするキースホンド。だがそんな彼を影次が制止し「ここは任せて」と男の前へと立つ。
「あなたが巷で噂の失踪事件について何か知っていると聞いたのでお話を伺えないかと……。お願いします、何か知っている事があれば教えて貰えないでしょうか。俺の連れが、弟が居なくなってしまったんです……」
(そうなのか?)
(いえ、ただの即興劇ですぞ)
「弟には来月式を上げる婚約者が故郷にいるっていうのに、俺が旅行になんて誘ったばっかりにこんな事に……!ああ、あいつにもしもの事があったらと思うと、俺はもういてもたってもいられなくて……!お願いです、どうか、どうか何か知っている事があれば!何でもいいんです!」
ガラの悪い男から話を聞き出そうと突然失踪事件の被害者の身内という役を演じ始めた影次に思わず小声でジャンに耳打ちするキースホンド。一方影次の演技にもどんどん熱が入っていき若干身振り手振りが大袈裟に思えなくも無いがそれは演技だと分かっているからだろう。現に話を聞いているガラの悪い男の方は影次の即興設定を鵜呑みにして目頭を押さえ涙を堪えている。
「グスッ……ちくしょう目に汗が入りやがった、オラ聞きたい事があんだろ?そこ座れや」
「あぁ、ありがとうございます!ありがとうございますっ!弟を無事に故郷に連れて帰らないと寝たきりの母にも合わせる顔が無くて……」
「やめろぉ!何でも話してやっからこれ以上泣かせんじゃねぇ!!」
(……彼は詐欺師か何かなのか?)
(いえ、ただの元舞台役者ですぞ)
廃館で人が消える瞬間を目撃したという男から話を聞いた影次たち。何も注文せずに店を出るのも失礼なのでミルクとサラミを頼み軽く腹を膨らませてから退店する。うん、普通に酒が飲みたい。
-確かに見たんだよ、あのボロ館の中から白くて長い触手みてぇなモノが伸びてきて人が引きずり込まれていくところを。あっという間だったけどハッキリこの目で見たんだ!-
酒場で聞いた男の目撃証言。もしその話が事実だとすればこれは失踪事件などでは無く何者かの手による誘拐事件という事になる。
そして、白っぽい触手のようなものを伸ばすという証言に影次もジャンも、そしてキースホンドも心当たりが一つあった。
全身を薄汚れた包帯で包み、それをまさに触手のように自在に操る魔族の一角、死霊魔人。
(アッシュグレイ……この街でもアイツが悪巧みしてるっていうのか?)
(アッシュグレイ……まさかあのバカまた勝手な事をしているのか?)
まさかお互いに同じ容疑者を思い浮かべているとは露知らず考え込む影次とキースホンド。
この失踪、もとい誘拐事件が魔族の仕業となると目的は何なのだろうか?彼らは以前に人間を魔獣に変貌させていた。まさか同じような事をこのパロマの街で行おうとしているのだろうか。
「ここで考えてもらちが明かないな……。実際に現場に行ってみよう。もし考えてる通りの事態が起きてるんだとしたら一刻も早く解決しないと街が危ない」
「俺も同行しよう。あのバ……いや、このパロマには色々と世話になっている人もいる。及ばずながら手伝わせてくれないか」
キースホンドの申し出に当然影次もジャンも断る理由など無く心強い助っ人を歓迎する。一方のキースホンドは純粋な善意からの協力では無く、もしアッシュグレイが何かまた悪さをしているのだとしたら自分の仕事の邪魔になりかねないので様子を見に行きたいという目的によるものなので自分が加勢すると聞いて喜ぶ影次たちの反応に少々心苦しく思ってしまう。
「では早速……と言いたいところだが、三人では若干心許ない気もするな。エイジ、ジャン。君たちは魔法は使えるのか?」
「親指が手から離れたように見える魔法なら少々」
「初歩の照明魔法くらいですな」
尋ねたキースホンドもまた魔法に関しては門外漢なので、どうやらこのチームには魔法担当が足りないようだ。何者かの手によって起きている事件となった以上廃館の中では何が起きるか分からない。物理攻撃オンリーのメンバーでは対処しきれない事態に陥ってしまったら致命的だ。
「なら、僕も付いていくよ」
突然背後から声を掛けられ振り返る影次たち。いつからそこに居たのだろうか、どこかで見覚えのある鎧姿の青年が自分に気付いた影次たちにひらひらと手を振りながらにこやかな笑みを浮かべている。
冒険者たちが着用している武骨な鎧とは全く別物の洗練された鎧。影次もよく知る鎧、王立騎士団に属する騎士のものだ。とは言え彼が今着用しているのは
「あれ、あなたは確か……」
「やっぱり。どこかで見た顔だと思ったけど前に王都で会ったよね。ほら、ポテトパイの」
「ああ、ポテトパイの!」
自分とそう年も変わらないであろう若い騎士にそう言われて影次もはっきりと相手の顔を思い出した。王都に訪れた際、帰り際に土産物を物色していた時に知り合った親切な青年だ。
確か名前は……何だったっけか。
「エイジ殿、こちらの方はご友人ですかな?」
面識のないジャンが騎士の青年に会釈しながら影次に尋ねる。キースホンドは……何故か青年の顔を見て固まってしまっている。まるで鳩が
「ああ、前に王都でちょっとな。奇遇ですね、こんなところでまた会うなんて」
「僕もびっくりしたよ。と言っても君は確か旅人と言っていたし何所で会っても不思議じゃないか。僕もついさっき仕事でパロマに来たばかりでね。何か縁があるのかもね」
キースホンドに続いてこれまた思わぬ再会だ。彼はさっき影次たちが立ち寄った酒場に偶然居合わせていたらしくパロマで失踪事件が起きている事を聞いて影次たちの後を追いかけてきたそうだ。
「君たちはこの町で起きている事件を調査しているんだろう?これでも僕も騎士の端くれ、事件と聞いて見過ごす訳にはいかなくてね。是非協力させてくれないか」
(どうしますかなエイジ殿。このタイミングでパロマに居られるという事は恐らくこの御仁は第一部隊の方ですぞ)
(やっぱりそうだよなぁ……いや、でも今は事件の解決を最優先にしたいしな。この人は悪い人じゃなさそうだし)
(確かに。既に被害者も出ている訳ですし先ずは早期解決、ですな。それに第一部隊の方に好意的な印象を持って頂ければ後々我々の都合の良い方へ事が運ぶかもしれませんぞ)
(流石に俺はそこまで強かには考えてないんだけど……)
青年騎士の申し出にアイコンタクトで相談し合う影次とジャン。何が起きるか分からない廃館、しかも
事件解決に繋がるのなら喜んでと青年の申し出を受け、握手を交わす。
「改めて。王立騎士団所属のウェルシュだ。よろしく」
「黒野影次。前にも言った通りしがない風来坊です。で、こっちが……」
「エイジ殿の忠実なる従者、ジャン・ガリアンフォードと申します。以後御見知り置きを」
「友人っ!のジャン君です。で、そちらにいるのが知人の冒険者で……」
影次に矛先を向けられ、それまで茫然としていたキースホンドがハッと我に返り、咳払いをしてから改まって同じく青年、ウェルシュに自己紹介する。
「冒険者ギルド所属のキースホンドだ。王立騎士団の助力とは心強い。頼りにさせてもらおう」
「キースホンド……
(……どうしてこうなった。いや、だが標的の方からやってきてくれた事を好都合と捉えるべきか)
このパロマの街にやってきた目的を思い返しながら影次たちと同じように握手を交わすキースホンド。
そう、暗殺対象である王立騎士団第一部隊隊長、そしてこのシンクレル王国で国王に次ぐ権威を持つ王子、ウェルシュ・S・テリア・シンクレル本人と……。
「さてと……それじゃあ気を付けていこうか」
パロマの街の郊外、謎の連続失踪……正確には連続誘拐事件が起きている問題の廃館へとやってきた影次たち四人。蝶番が外れ扉が傾き剥き出しになっている館の入り口へと慎重に近づいていく。目撃者によれば突然白い触手のようなものが伸びてきて人を引きずり込んでいったというのだ、決して油断は出来ない。
(『ルプス』、中の様子を
注意しながら廃館の中に入っていき、『ルプス』に建物内の構造や生体反応を調べさせる影次。
だが、何故か『ルプス』は影次の呼びかけにも応答しない。『ライザーシステム』自体は問題なく起動しているのだが……というか起動していなかったら影次はとっくにこの世界の言語が不自由になってしまっている筈だ。
(『ルプス』?おい『ルプス』。おーい、起きてるか?返事くらいしてくれー)
〈…………お待たせしました。建物内の
やや遅れてようやく『ルプス』からの返事が脳内に聞こえてきた。日頃世話になっている自動翻訳機能と騎甲ライザーに変身する機能は問題ないようだが、それ以外の機能にエラーが起きているらしい。
〈先の
(オンラインゲームのメンテナンス告知みたいに言うなよ……。やっぱり相当無理させたんだな、悪い。じゃあ地道に自分の足で探し回るとするか)
〈ファイトー〉
(お前本当に最近何かおかしいぞ!?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます