調査開始×王立騎士団第一部隊
「キヒヒッ、向こうは最初からサトちゃんに事件を調べさせるつもりだったみたいだねぇ。どうする?副隊長サマ権限で強制的に情報提供させる?」
「そんな事出来る訳が無いだろう。出来たとしてもそうやって強引に引き出した情報にどれほどの信憑性があるかも分からないというのに」
「それ以前に騎士団と新聞社の間にますます軋轢が生じてしまうだけかと」
魔族に関する情報を得ようと
体よく街のトラブルを押し付けられたようにも思えるが魔族の情報を成功報酬にされてしまっては断る事も出来ない。
「流石はこの国有数の新聞社のトップ、って事か。でもいいじゃないか、どの道こんな話を聞いて放っておく訳にもいかないんだ。それにタダで情報を貰えるだなんて調子が良すぎるしな」
「ですな。我々は依頼を受け、あちらは報酬を支払う。こうして真っ当な手順を踏めばサブレー殿としてもいい加減な
「確かにな。それにエイジの言う通り住民を脅かす危機を見過ごす事など私には到底無理な話だ。パロマの怪事件、私たちの手で解決してみせようじゃないか」
魔族の情報のため、というよりどちらかと言うとパロマの街のために意気込んでいるサトラ。もしかしたらサブレーはサトラのこういった性格を見越した上で最初に事件の事を話したのだろうか……。だとするとやはり只者では無い、あの鳩人。
「街はずれの廃館での連続失踪事件と地下水路の魔獣の大量発生事件でしたね。まずはどちらを調べましょうか」
「なら、いっそ二手に分かれて調べるのはどうだ?五人でぞろぞろ歩き回るよりそっちの方が効率的だと思うけど」
「確かにな……第一部隊がこの街に到着すれば恐らく私たちはしばらく自由に身動きが取れなくなるかもしれない、下手をすれば問答無用で王都に連れていかれてしまう事も考えられるからな。その前に出来るだけの事はしておきたい」
影次の案を採用して失踪事件と大量発生事件、二つの事件にそれぞれ二手に分かれて調査する方針に決めるサトラ。そうなると後はメンバーの割り振り方だが……。
「地下水路には私が行こう。大量の魔物を相手にするのだから氷魔法が使えるマシロにも同行を頼みたい。逆にエイジの力では地下水路を崩落させてしまう可能性があるから君には失踪事件を頼みたいのだが」
「えっ」
「了解。……どうしたマシロ?床にプリン落とした時みたいな顔してるぞ」
「ならば私もエイジ殿と共に参りましょう。いなくなった人たちを探すのに私の鼻がお役に立てると思いますぞ」
「シャーペイも地下水路チームだな。魔獣が突然大量発生するには必ず何か原因がある筈だ。君の知恵が必要になるかもしれない」
「うぇ~……アタシお留守番してたいんだけどなぁ」
廃館の失踪事件には影次とジャン。地下水路の魔獣大量発生事件にはサトラとマシロ、シャーペイ。奇しくも男女別での編成となった。
一部このチーム分けに不満があるようだが……。
「あ、あのエイジ……。私が一緒じゃなくても大丈夫なんですか……?」
「ん?危なくなったらすぐ逃げるよ。それに万が一の事があってもエネルギー切れになる前に何とかするさ」
「……あぁそうですか。はいそうですか。ふーんそうですか」
「ま、マシロさん……?何か怖いんだけど。目が怖いんだけど」
マシロが怒っている理由が分からず困惑する影次。そんな彼の反応が益々マシロを不機嫌にさせてしまうのだが何故かサトラもジャンも助け船を出してくれない。シャーペイに至ってはケラケラと楽しそうに笑っている。後でしばき倒しておこう。
「さてと、後はもう少し事件の詳細を知りたいところだな。まずはそれぞれの事件について情報収集するとしよう」
「なら最初に異変に気付いた地下水路の点検業者の方に話を聞くのが一番ですね」
「失踪事件の方は廃館の近隣の住民方々に話を伺うのが良いでしょうな」
それぞれの事件を調べるに辺り当面の方向性が立ったところでここで二手に分かれ早速調査を開始する事に。マシロとシャーペイはまだ少々不服そうではあるが。
「本当に、本当にほんとに私が一緒じゃなくても大丈夫なんですね?いいんですね?」
「ああ、マシロはサトラの力になってあげてくれ」
「ふーん、そうですか……えぇ分かりました。分かりましたよーだ」
「だから何か怖いんだけど!?」
何故かご機嫌斜めなマシロと、それを可笑しそうに笑うシャーペイ、そして苦笑を浮かべるサトラたちと一旦別れ影次とジャンもまた謎の連続失踪事件の調査を開始する。
まず手始めに次々と人や早鳩が消えるという廃館付近に住んでいる住民に話を聞くために廃館のある郊外へと向かう事に。
「……俺、マシロを怒らせるような事言った?」
「ふむ、しいて申し上げるのならば自覚しておらぬ事自体が原因ですなぁ」
「うーん、マシロも年頃だもんな。思春期の娘は難しいって本当だな」
「本気で仰っておられるのでしたらエイジ殿も大概ですぞ?」
「もう知りませんっ!エイジなんか知りませんっ!」
「キヒヒッ、マーちゃんご立腹だねぇ。ま、あんま気にしない方がいいよ?」
「余計なお世話です首から上だけ氷漬けにしますよ」
「大惨事になるねぇ!?」
一方地下水路の魔獣大量発生事件を調べるサトラたち。さっきの影次の態度にマシロはまだご立腹な様子でシャーペイに対する当たりもいつもより刺々しい。……いや普段通りか。
地下水路の定期点検を担当している業者の事務所を訪ね三人がやってきたのはここパロマの街で最も高い塔のような建造物。シンクレル大陸全土において手紙や物資の運送を担っている早鳩便の本社だった。
「ここって早鳩便本社ですよね。水路の管理業者の事務所がここにあるんですか?」
「ああ、聞いたところによると早鳩便本社の一階は水路管理業者だけでなく財務業者や自警団、祭典企画部など様々な業者団体の事務所が入っているんだそうだ」
「それほとんど市役所だよねぇ。それにしても近くに来ると壮観だよねぇ、見てよあの早鳩の大群。ここから大陸中にバシュンバシュン飛んでいってるんだもんね」
早鳩便本社から矢継ぎ早に飛び立っていく光景は確かに壮観だ。鳥なのに羽を広げもせずに全身に魔力を纏って飛んでいくその姿はまさに弾丸の如くと言えよう。
少なくとも影次の知る鳩とは根本的なところから全く別物の生き物と言えるだろう。
早速事件の事を詳しく聞こうと被害にあったという業者を訪ねるサトラたち。実害を被った地下水路の管理業者たちは冒険者ギルドと違いサトラが騎士団の者だと聞いてもとても協力的に当時の事を語ってくれた。
「本当にもう突然の事だったんでどんな魔獣かとか全然……。あ、でも何か足が何本も生えてる気持ちの悪い感じだったような」
「気が付いた時にはもう水路の床も壁も天井もびっっっしりと……あぁ思い出すだけで今でも鳥肌が。って僕
「ワーッとなってガーッて来てウワーッって感じでギャーッて!」
被害にあった業者全員に話を聞いた結果、ほぼ全員まともに魔獣の姿を見ていないと言う事が分かった。照明があるとは言え当然地上に比べればずっと暗く狭い地下水路の中で突然魔獣に、それも水路を埋め尽くすほどの大群に遭遇したとなれば無理もない。むしろ全員こうし無事に戻ってこられただけでも奇跡と言えるだろう。
とは言え、それほどの魔獣の大群が街のすぐ下に蠢いていると思うとぞっとしない。いつ大量の魔獣が地下から街にまで出てきたら……間違いなく街中大パニックだ。
「結局話を聞いてもよくわからないって事が分かったねぇ。いっそ水路に殺虫剤でも撒く?」
「そんな事したら上の街まで大変な事になるじゃないですか。口と鼻だけ氷漬けにしますよ」
「ピンポイントに殺意高い部分だねぇ!」
「一度我々も確かめに行ってみた方がいいかもしれないな。百聞は一見に如かず、実際に現場を見に行こう」
業者に礼を言い早鳩便本社を後にしたサトラたちはその足で問題の地下水路へと向かい歩き出す。するとサトラたちの前に行く手を阻むように鎧姿の一団が現れ三人はあっという間に取り囲まれてしまった。
何者かと一瞬警戒するサトラだったが一団が身に纏っている鎧が王立騎士団のものである事、更にそれが第一部隊のものだと気付き腰に下げている剣に伸ばしかけていた手を下す。
「第一部隊……到着していたのか」
ここパロマの街に向かっているとは聞いていたが思っていたよりもずっと早い到着だ。流石は王家直属の第一部隊、使っている馬車も一級品なのだろう。万年資金不足の第四部隊にとっては羨ましい限りだ。
サトラたちを取り囲む騎士の中の一人が徐に歩いてきた。兜を被らず肩口できっちりと切り揃えた薄紅色の髪の若い女騎士だ。彼女が前に出るのと同時に周囲の騎士たちが一歩下がり傅く様子からして彼女が上官という事なのだろう。感情の一切を排したような鉄面皮、歩く挙動一つ取っても恐ろしく機械的な印象を抱かせる。
「第四部隊副隊長サトラ・シェルパード。ようやく会えましたね」
「第一部隊副隊長コギー・ペンブロークか。御無沙汰している。隊長殿もご壮健か?」
コギーと呼ばれた薄紅髪の女騎士はサトラの言葉にほんの一瞬顔をしかめ、またすぐに仮面のような無表情へと戻る。そう言えば第一部隊隊長の姿が見えないが、流石に王立騎士団のトップが軽々しく王都の外に出て来たりはしないだろう。
「貴女も隊長の居場所をご存じでは無いのですね。てっきり一足先に貴女に会いに行かれたのかと思っていたのですが」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まるでその口ぶりでは……」
はぁ、と溜息を漏らしコギーが首を振る。その表情は眉一つ動かぬままなので見ている側としては凄まじい違和感を覚えてしまう。
よく見ると周囲にいるコギーの部下たちも表情に困惑の色が浮かんでいたり苦笑いしていたりしている。一糸乱れず統制の取られた優秀な騎士たちだと言う事はその所作一つ一つから一目で分かるほどのレベルなだけに、何ともアンバランスな感じだ。
「街に入るところまでは御一緒だったのですが気が付いたらどこにも姿が見えなくなっておりまして。貴女のところでは無いとしたら若は一体どちらに……」
「あの人は相変わらずというか何と言うか……。自分がこの国の次期王だという自覚があるのだろうか」
「お見掛けしたら是非言ってやってくたさい。私がいくら言っても聞き入れてくださらないので」
(ねぇねぇマーちゃん。第一部隊の隊長さんて一体どんなやつなのさ)
(能力、人間性どれを取ってもとても素晴らしい方ですよ。……多少やんちゃな点はありますが)
(騎士団のトップがやんちゃってどうなのさ)
コギーと面識があるのはこの中では同じ副隊長であるサトラだけだったが初対面のマシロもシャーペイも彼女の日頃の苦労が何となく目に浮かび、心の中でお疲れ様ですと呟いておく。
サトラに促されマシロも学院から第四部隊に出向中の魔術師だとコギーに自己紹介をする。学院序列十三位でセツノの妹というだけあってコギーの方もマシロの事は名前だけは知っていたらしい。
「魔法学者のシャム」という表向きの設定で同じくシャーペイも自己紹介。セッター教授の助手だと名乗ると第一部隊からどよめきが走り、「それはお気の毒に…」だの「まだお若いのに苦労をしているんだな」だの口々に聞こえてくる。どんだけなんだセッター教授。
「ところでサトラ、貴女はここで何を?」
サトラたちが早鳩便本社から出てきたを疑問に思ったのだろう。コギーの問いにサトラは第一部隊が到着する前にシラコ日刊から聞いたパロマの街の怪事件について説明する。
魔物の大量発生に連続失踪事件。どちらも決して軽視出来ない案件なだけにパロマにはサトラへの聴取にやってきたコギーも事件を見過ごす訳にはいかないようだ。
「……事情は把握しました。ではこうしましょう。その事件の調査に我々第一部隊も協力しましょう」
「いいのか?いや、第一部隊が加勢してくれるというのならばこの上なく心強いが」
「隊長ならきっとこう仰るでしょうから。それに貴女には聞きたい事が多々ありますし行動を共にしていた方が効率的かと」
「分かった。では宜しく頼む、頼りにさせて貰うぞコギー」
万が一にもサトラが逃げたりしないように見張っておくという目論見もあるのだろうが、何にせよ王立騎士団最強最優たる第一部隊が力を貸してくれるというのだ、断る理由など無い。サトラが差し伸べた手に対しコギーもまた手を伸ばし握手を交わす。
「ところで……隊長殿の方はいいのか?あの方にもしもの事が国の一大事だぞ」
「既に専門の捜索隊を出動させています。それに貴女に対しての聴取は私に一任されておりますので問題は……無い筈がありませんが、あの方をいちいち心配していたら第一部隊は務まりません。そのうちフラッと戻ってくるでしょう」
「ま、まぁ……彼をどうこう出来る者などそういないだろうしな。しかし相変わらずなんだな……本当に」
(副隊長に一任しているって、最初から部下の目を盗んで抜け出す気満々だったんじゃないですか)
(そもそも失踪した時専門の捜索隊が作られてる隊長サマってどうなのさ)
一方その頃、絶賛放蕩中の第一部隊隊長はと言うと……。
「へっくしゅ!」
「うわびっくりした!大丈夫か?」
「ん、ごめんごめん。うーん……今頃色々言われてるんだろうなぁ」
「ちり紙使いますかな?ええっと確か懐に……はて、頬袋でしたかな」
「もう少し緊張感を持ったらどうだ。問題の館は目の前なんだぞ」
謎の連続失踪事件が起きているパロマ郊外の古びた廃館。誰も使わなくなってから何年の月日がたったのだろうか、庭は雑草が好き勝手に生い茂っており門は錆び、外壁はあちこち亀裂が走り崩れてしまっている箇所まである始末だ。
もし失踪事件など起こっていなくてもきっと近所の有名肝試しスポットになりそうな、そんな不気味な雰囲気が昼間からでも感じられる。
「さてと……それじゃあ気を付けていこうか」
次々と人や早鳩が消える廃館へと、影次とジャン、キースホンド。そして第一部隊隊長ウェルシュの四名が事件の調査に足を踏み入れて行った……。
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