シラコ日刊新聞社×パロマの怪事件

「キースホンドさん!?」



「奇遇だな。こんなところでまた会うとは」



以前港湾都市シーガルやダンジョン化した礼拝堂でも出会った銀級冒険者、キースホンドは影次たちに気付くと険しかった表情を緩め挨拶代わりに小さく手を上げてみせる。


冒険者であるキースホンドが冒険者ギルドにいても何の不思議も無いのだが同じ冒険者をたった今殴り飛ばしたように見えたのだが……。

そして彼の背後、建物の中から殺気立った視線を向けている他の冒険者たちの様子から察するにどうやら訳ありのようだ。



「ギルドに用事があって来たのだろうがあまりお薦めは出来んぞ。この街の冒険者ギルドは新聞社だけでなく騎士団に対してもあまり良い感情を持っていないからな」



キースホンドの言う通り建物の中からひしひしと感じる敵意に満ちた視線はキースホンドだけでなく王立騎士団の制服を着ているサトラにも同じく向けられていた。あの雰囲気ではとてもじゃないが歓迎はされないだろう。



「確かに……話を聞いて貰えそうな感じではないようだな」



「お互い目的があってこの街に来た訳だ、場所を変えて少し話さないか。情報交換といこうじゃないか」



港湾都市シーガルでは冒険者ギルドと協力して盗賊団を討伐した影次たちだったがあれはあくまでも例外中の例外、冒険者と騎士団の関係性はパロマの冒険者たちの反応の方がむしろ一般的なのだ。

冒険者ギルドでは情報を得られそうにないと判断したサトラは一先ずキースホンドの誘いに乗り、影次たちはキースホンドとともに街の中心部へと戻っていく。



「久しぶりですねキースホンドさん。本当にビックリしましたよ」



「そちらも元気そうで何よりだ。あのダンジョン化していた礼拝堂の一件以来か」



繁華街で比較的空いている食堂に入りテーブルを囲むとまずは影次たちとの再会を素直に喜ぶキースホンド。勿論思わぬ場所での再会を喜んでいるのは影次たちも同じだ。

影次たちにとっては数少ない友好的な冒険者である彼とこの街で出会えたのは幸運と言えるだろう。



「俺は腹が減っているので食事を注文させて貰うがサトラ殿たちはどうする?パロマの鳥料理は絶品だぞ」



「早鳩便の街の名物が鳥料理っていいのかな……」



「流石に早鳩を食べる訳じゃありませんよ。硬くて筋ばってて美味しくないそうですから」



「いや味の問題じゃなくて……いいや、これも文化の違いか」



折角なので影次たちもキースホンドと一緒に少し遅めの昼食を取る事に。新鮮生みたて玉子のふわとろオムレツに塩を振っただけのシンプルな炭火焼き。キースホンドの言う通り確かにどれも絶品としか言いようのない味だ。



「しかし騎士団の一行がわざわざパロマに何の用があったんだ」



「それは……」



「任務の内容を話す事は出来ないんだ、すまないな」



キースホンドの質問に思わず顔を見合わせるとそんなあやふやに濁して返す影次とサトラ。いくら何でもここで馬鹿正直に「実は魔族の手掛かりを探しに来たんですよ。あ、今伝説の魔族が蘇ってってあちこちで悪さしてるんですよ。ちなみに俺異世界から来ましたハハハ」とは言えない。余計な混乱……いや大騒ぎになってしまうのは目に見えている。



「それもそうだ。いや、野暮な事を聞いてすまなかった」



「そういうキースホンドさんこそ、パロマの街には何しに?」



「それは……こっちも依頼の内容を話す事は出来ないんだ、すまんな」



逆に同じ質問を投げかけられ一瞬焦るキースホンドだったが影次たちと同じように適当に言葉を濁して返す。ここで馬鹿正直に「実はこの街にやってくるという王立騎士団第一部隊隊長の命を狙っているんだ。実は何をかくそう俺は魔族の一員でなハハハ」とは言えない。余計な混乱……いや大騒ぎになってしまうのは目に見えている。



「要は君たちはこの街に情報収集にやってきたのだろう?ならば冒険者ギルドではなく新聞社を訪ねるといい。シラコ日刊の社主とは顔馴染みでな、俺で良ければ話を付けようか」



「いいのか?それは実に有り難い!」



「なに、知らない間柄でも無いのだしこれくらいはどうという事は無いさ。新聞社連中はいつでも忙しないからな、一から会う約束を取り付けるのも時間が掛かるだろう」



つくづくこの街でキースホンドに出会えた事を幸運に感じる影次たち。持つべきものは人脈というべきか、彼のお陰でパロマでの活動は幸先の良いスタートになりそうだ。



「本当に感謝するキースホンド殿。何と礼を言えばいいか……」



「気にするな。かの騎士姫ヴァルキュリアに恩を売れたというだけでこちらとしても儲け物だ」



「そう言えばキースホンドさんは冒険者ギルドで何を?」



炭火焼きに塩を振りながら影次はふと先程の光景を思い出し、訪ねる。騎士団や新聞社と冒険者ギルドの不仲は聞いたがキースホンドも冒険者だ、その彼がパロマの冒険者ギルドと何やら険悪そうな雰囲気だった事が気になっていた。



「……この街パロマには少々面倒な依頼で来ていてな。一応この街のギルドの様子も見ておこうと寄ってみたら、君たちも見ての通りの有り様だ。駆け出しの頃から世話になっているシーガルのギルド本部はまだしも、基本的に俺は同業者からはあまり評判がよくなくてな」



「へぇ……何だか意外ですね。顔は怖いけど良い人なのに」



「こんな稼業だ、続けていればそれなりに色々とあるのさ。それと顔は余計なお世話だ」



「あ、ちょっ」



影次が塩を振り切り分けていた炭火焼きにフォークを突き刺し一口で頬張るキースホンド。大きな肉塊を豪快に噛み締めるその食べっぷりにもう一皿同じものを注文し、改めて一口大に切り分けていき……横からフォークを伸ばしてきたシャムさんシャーペイの頭を叩く。



「キースホンド殿のお陰で目途が立ちそうですな。あとは第一部隊の方々を何事も無く乗り切れれば、ですかな」



「そっちの方が大変そうですけどね。あ、すみません早鳩卵のプリンもう一皿、三皿追加でお願いします」



「マシロ殿も別の意味で大変な事になりそうですぞ」



サラダを頬袋いっぱいに詰め込みながらさっきからプリンしか食べていないマシロの更にそっと野菜を取り分けるジャンであった。









食後、早速パロマの街の二大新聞社の一つシラコ日刊へと向かった影次たち。建物に入ってすぐ目の前に設置されている受付でまずは影次たちが社主と会えるように掛け合うキースホンド。数分のやり取りの後受付の係員と話をつけたキースホンドが入り口で待っていた影次たちの元に戻ってきた。



「待たせたな。丁度今なら手が空いているそうなので会ってくれるとの事だ。運が良かったな」



「本当に何から何まで有り難い。心から感謝する、キースホンド殿」



「気にするなと言っただろう」



「顔が怖いとか言ってすみませんでした」



「蒸し返すな。中々良い性格をしているんだなエイジ」



改めて感謝の言葉を並べる影次たちにキースホンドはぶっきらぼうに手を振って一言「健闘を祈る」とだけ残して去っていく。何と渋く颯爽とした後ろ姿だろうか……おとこの背中とはきっとああいうものを言うのだろう。


シラコ日刊社の入り口でしばらく待っていると建物の奥から社員がやってきて影次たちを応接室へと案内してくれた。

新聞社というから影次としてはてっきり書類や原稿が山積みになっている雑然としているようなイメージを思い浮かべていたのだが……シラコ日刊の社内は雑然どころか綺麗に整然とされており掃除も隅々まで行き届いているので窓や床も眩しいくらいにピカピカだ。新聞社というより一流企業のオフィス、といった方が似合うだろう。



「やぁやぁお待たせして申し訳ありません。ようこそシラコ日刊へ。私シラコ日刊の代表取締役のサブレーと申します。以後お見知りおきを、ポッポッ」



応接室で影次たちを待っていたのはここシラコ日刊の社主……つまり創設者でもある代表サブレーだった。

シンクレル大陸における二大新聞社の一つのトップという事でもう少し年配の人物を想像していた影次だったがサブレーは見たところ影次やサトラとそれほど変わらない年齢、多く見積もってもせいぜい三十代くらいに思える。……多分。



「……鳩人?」



鳥獣人族ピヨボルトですな。獣人には様々な種族がおりますが彼にはその中でも特に一人一人個性豊かな容姿をしておられるのです」



同じく獣人であるジャンに説明してもらい改めてシラコ日刊のサブレー社主の方に目を向ける影次。

先程「多分」と評したのはサブレーの姿が何というか……

一言で言うと人間サイズの鳩だったからだ。



「ポッポッ、そちらの方は鳥獣人族ピヨボルトを見るのは初めてですか?」



「え、ええ……すみません失礼な態度を」



「ポッポッポッ、なぁにシンクレルでは私のような鳥獣人族ピヨボルトは確かに珍しいですからね。お気になさらず。ささ、お掛けください」



サブレーに促され応接室のソファに腰を降ろすとテーブルを挟んで反対側にサブレーも座る。声や口調から察するに、どうやらサブレーは男性のようだ。……見た目は人間大の鳩がシャツとネクタイを身に着けているだけのファンタジー感溢れるものではあるが。



「……そう言えばここって異世界ファンタジーだったっけ」



「どうしましたかエイジ。そんな遠くを見るような目をして」



「王立騎士団第四部隊、お噂は兼ね兼ね。お会いできて幸栄です」



両翼の羽を器用に指のように動かして名刺を配るサブレーに早速サトラたちはパロマにやってきた経緯と目的を説明する。

勿論魔族や影次に関する事は言えないので事前に手紙でバーナードと打ち合わせた通り「治安調査で各地を回っている」という設定で新聞社で何か不可解な事件や出来事についての情報が入っていないかと尋ねる。



「あります。ありますとも丁度仰るような案件がズバリ。しかもこの街で」



「この街?パロマで何か事件が起きてるんですか?」



「ええ起きてますとも起きてますとも。まさしく今この瞬間にも」



サブレーはそう前置きを入れてからこのパロマの街で起きている二つの事件・・・・・の詳細を語りだした。


まず一つ目は街はずれにある古びた廃館で起きている謎の失踪事件。

住宅街から離れた郊外にある、昔とある貴族が別荘としてパロマの街に建てた館の付近で早鳩が突然いなくなるという出来事が始まりだった。

今はもう誰も使っていないはずの廃墟と化した館の近くを飛んでいた早鳩が立て続けに何羽も姿を消し、更に不振に思った付近の住民や記者たちもまた、その廃館に向かってからというもの行方不明になっているそうだ。



「当然冒険者ギルドに相談もしたんですが生憎と新聞社うちと彼らの関係はあまり良好とは言えなくて……。ちゃんとした調査もして貰えず困っているのですよ。うちの記者も既に何人かその廃館を取材に行くと出て行ったきり戻ってきていません」



「それは結構な大事件じゃですか。既に被害者も出ているっていうのに……同郷の人が犠牲になってるのをギルドは何とも思わないんでしょうかね」



「騎士団の方にも相談したのですが大方冒険者ギルドと似たような対応をされてしまいまして……。そちらの街のギルドに頼めばいいだろう、と。見ての通り私は獣人族ですし、尚且つ新聞社の人間ですので快く思って貰えなかったようで……ポポッ」



「同じ騎士団の者として心から申し訳ないと思う……。助けを求める民を多少毛色が異なるというだけで無下にするとは、度し難い連中だな……」



この街の冒険者ギルドと騎士団の体たらくに呆れ果て、思わず溜息を漏らすマシロとサトラ。だがパロマで起きている事件はもう一つ、サブレーは続けて次の事件について語り始めた。


二つ目は街の下にある地下水路で魔獣が大量発生しているという事件。

パロマの街の地面の下にある地下水路に最近今まで見たことも無い魔獣が現れるようになったそうだ。

最初に異変に気付いたのは定期点検にきた業者たち。暗闇の中突然襲われその時は幸運にも犠牲者は出ずに済んだのだがそれ以来地下水路の中にはそれこそ生半可な冒険者すら迂闊に立ち入る事が出来ないようになってしまったというのだ。



「バロマの地下水路は何度も改修工事を繰り返し迷路のようになっている上に大量発生した魔獣はどうもこの付近では見かけた事がない類のものだそうで……こちらの件には冒険者ギルドも一応動いてはくれたのですが、あまりの数にお手上げだったようでして」



「キヒヒッ、流石に自分たちがいる街の真下で魔獣がウジャウジャいるってなったら重い腰も上げるって事だね。現金というか何というか。いいねぇパロマのギルドの人たち、良い感じにクズって感じで」



「これまでも何匹か魔獣が住み着いた事はありましたがどれも小さなものだったり大した脅威では無かったのですが、今回のように大量発生した事はパロマ始まって以来初の出来事でして……ポポッ」




「魔獣除けの結界は地下には効果が薄いと聞いた事がありますが、そこまでの大量発生は流石に不気味ですな。足元に巣食う得体も知れぬ物たちがいつ街にまで毒牙を向けてくるかと気が気では無いでしょう。心中お察ししますぞ」



サブレーの話を聞いて何故か楽しそうにケタケタと笑うシャーペイと、反対に同じ獣人であるサブレーの心労に心を痛めるジャン。

謎の失踪事件に魔獣大量発生事件。どちらも決して軽視出来ない深刻な問題だ。



「どうする?ぶっちゃけ俺たちが求めてるのは魔族に関する情報であってこの二件はパロマの街の問題のようだけど」



「こんな話を聞いて見過ごせる筈が無いだろう?エイジだって同じだろう、意地悪を言わないでくれ」



「ははっ、サトラならそう言うと思った。なら決まりだな」



影次としても当然街の人々を脅かしているこの二つの事件を無視するつもりは無い。振り返るとマシロやジャンも頷いており異論は無い様子だ。シャーペイの意見は無視する。



「ありがとうございます。ポポッ、本当にありがとうございます!本当に助かります。では皆様がご所望している魔族の情報は事件解決後の報酬代わり、という事で」



「えっ?」



余りにも自然に言うものだからうっかり聞き流してしまうところだった。影次たちの驚く様子を見て悪戯に成功した子供のように満足気に笑っているサブレー。流石はシンクレル二大新聞社のトップの一人、彼もまた中々の食わせ物のようだ。



「……そう言えば芸術都市パーボ・レアルの一件では普通に記者たちもいましたしね……新聞社が既に魔族の存在を掴んでいても不思議では無かったですね」



「最初から俺たちがここに来た目的も全部分かっていた訳ですか。まったく人が……鳥が悪いというか」



「ポッポッ、お気を悪くなさらないでください。勿論きちんと皆様のお役に立ちそうな情報は集めておきますので」



魔族の手掛かりを求め情報都市パロマへとやってきた影次たちは、こうしてこの街で起きている二つの怪事件の解決に当たる事となったのだった。

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