情報都市パロマ×ギルドと新聞社

「さて……、待たせてすまない。このまま情報都市パロマを目指すとバーナード隊長と王都に手紙を出してきた。ここから馬車を乗り継いでいけば私たちも十日以内には到着出来るだろう」



ビションフリーゼの街を出てから三日目の朝。ディプテス山を越えネザーランド地方まで戻ってきた影次たちは近くの小さな街に立ち寄りセツノに借りた馬車を返却しパロマの街がある方向に向かう馬車を探している最中だった。



「ねぇねぇマーちゃん今どの辺?まだまだ掛かりそう?」



「ジェンツーやネザーランドの南側を迂回する形でこう来てますから……そうですね、サトラ様の言う通り十日前後といったところでしょうか」



地図を広げ現在地を確認すると目的地までの距離と要する日数を算出するマシロにシャーペイが唸り声を上げる。

そこに馬車の手配に行っていたジャンと影次が戻り、二人の口から更にシャーペイを唸らせる知らせが気化された。



「すみませんな。やはりパロマまでの長距離を行けるような馬車は無いそうですぞ」



「この街の三月協会にも聞いてみたんだけど馬車は全部巡礼で使っちゃってるってさ」



「やはり難しいか……時間は掛かってしまうが行商の方に同乗させてもらい乗り継いでパロマを目指す、というのが一番だろうな」



「それ何か月かかるのさぁ……あーあ、こんな時にあの超便利ドラゴンアイテムが使えたらねぇ」



不満気にジタバタと手足を振り回して鬱陶しく駄々を捏ねるシャーペイの首根っこを掴み上げ大人しくさせる影次。最近気付いたのだがこの魔族こうすると何故か静かになるのだ。



「無理なものは無理なんだ、仕方ないだろ……って、うん?何か懐がモソモソするような……」



懐で何かが動いている奇妙な感触を覚える影次。すると上着の内ポケットに仕舞っていた『神の至宝』が突然勝手に飛び出してきたと思うと次の瞬間、見慣れた形の馬車と見慣れない姿の見知った人物(?)が影次たちの前に現れた。



「およびでしょうか?」



『神の至宝』に内包されている『竜の宮殿』が変化した馬車と、その前に直立不動の姿勢で立っているメイド服姿の女性……もとい幼女。

面影のある顔立ちに髪の色、そして頭の角。影次だけでなく他の全員が同じ事を思っただろう。


リザが、ちっちゃくなってる。



「このようなみっともないすがたでもうしわけありません。かみのしほうのまりょくをいちじるしくしょうひしてしまいげんざいまりょくをすこしでもおさえるためにこのようなすがたをとらせていただいております」



「あぁ……えっと、要するに省エネモードって事かな」



先日のゴーレムに対抗するために『神の至宝』を影次のいた世界に存在した巨大ロボ騎甲巨神ダイライザーに変化させた後遺症のようなものなのだろう。やはり相当な無茶をさせてしまったようだ。二十代

半ばといった風体だったリザが今は幼児になってしまっている。感情が全く読めない無表情だけは相変わらずだが。



「おまたせしてしまいもうしわけありません。あるていどまりょくもかいふくしましたのでここからはわたくしにおまかせください」



そう言うとリザ(小)はピョン、と軽快に馬車の御者席へと飛び乗る。見た目幼女がいかつい魔導馬を操り馬車を引くその光景は中々にシュールだ。……騎士団や自警団に見られたら間違いなく職質案件だろう。



「だ、大丈夫なのか?リザ殿の力を借りる事が出来れば確かにこの上なく心強いが……」



「ごあんしんください。ばしゃはいままでどおりのままですから」



「『竜の宮殿』の中に預けていた荷物も全てそのままですな。いやはや有り難い。これで物資を買い足す必要もありませんな」



「せきにんをもっておにもつおあずかりさせていただいておりました」



「キヒヒッ、それにしてもまた素っ頓狂な事になってるねぇ。ほんとにちっちゃいねぇ~」



「じょうしゃきょひさせていただきます」



「何でアタシだけ!?」



縮んでしまった事はさておきリザが、『神の至宝』が復活してくれたのは確かに心強い。これで移動に関する問題は無事解決だ。後は目的地である情報都市パロマを目指すだけだ。



「おまかせください。みっかいないにみなさまをおとどけしてみせましょう」



「絶対飛ぶ気だろそれ。安全運転、くれぐれも安全運転でお願いします」



「にとろぶーすと、なるものをためしてみようとおもったのですが……」



「また勝手に俺の記憶覗いたな!?」








情報都市パロマ。


シンクレル大陸南部カノコモリ地方最大の都市でその二つ名の通りシンクレル大陸中のあらゆる情報が集まる場所として有名な街だ。

その理由として挙げられるのはやはり新聞社の存在だろう。国中に出回っている新聞を制作している社の本部本社のほとんどがここパロマの街にあり各地で記者たちが集めてきたニュースがこの街からシンクレル中に出回っているのだ。


そしてもう一つ、輸送業最大手である早鳩便はやはとびんもまた、ここパロマにその本社を構えているのだ。

手紙から荷物まで特別な訓練を受けた早鳩で全国各地、それこそ絶えず雪が降り注ぐディプテス地方まで迅速に届ける早鳩便もまた、今や人々の暮らしには無くてはならないものとなっていた。

勿論上記の新聞社も作成した記事を各地に届ける手段としてこの早鳩便を活用しており、この両社がパロマを情報都市と言わしめているのだった。



「みなさまぜんぽうをごらんください。ぱろまのまちがみえてまいりました」



幼女モードのリザの示す先に目的地である情報都市パロマが見え始める。街を囲む街郭よりも高い塔のような建物が遠目にもはっきりと見えるのが印象的だ。



「まさか五日で到着するとは……『神の至宝』、つくづく凄い代物だな。ドラゴンの宝は伊達ではないということか」



「そりゃちょっとした川や森を飛び越えたりして一直線に進んできたもんねぇ。アタシ途中で何回振り落とされたっけ」



「七回目までは数えておりましたが覚えておりませんな」



「あれだけ安全運転って言ったのに……」



「うぷっ……ちょ、待って何か出そう……」



想定していたよりもずっと早く到着出来たのは喜ばしいのだが復活直後ということで張り切ったリザの爆速運転によって全員街に入る前に既に色々とボロボロの状態だ。特に影次が。



「もうしわけありません。しょうしょうとばしてしまいましたか」



「ば、馬車ってドリフトしたり出来るもんなんだな……うっ!」



「喋らないでゆっくり休んでてくださいエイジ。ああもう……真っ青じゃないですか。プリン食べます?」



「今そんなもん食べたら絶対吐く……」



瀕死状態の影次を荷台に転がしたまま街の入り口の門で入市手続きを済ませる一行。街によっては入市の際に多少の税金を徴収される場合もあるのだがここパロマは入り口で署名をするだけで通れる簡単なものだった。誰でもはいれるようにして他の街の情報が入りやすいようにしているそうだ。


試しに「でもそれだと良からぬ輩が入り込んでしまうのでは?」と聞いてみると入口の受付は「それはそれで新聞のネタになりますから」と笑いながら答えてくれた。逞しいというか何というか……。



「ようこそパロマの街に。……第一部隊の方ですか?いえ、まだこちらには来られてませんね」



「騎士に獣人貴族にムラサメ人とはまた珍しい組み合わせですね」



「おや、お兄ちゃんのお手伝いかな?偉いねお嬢ちゃん」



無事手続きを済ませパロマの街に入った影次たち。比較的自由人差別意識が多いないシンクレル大陸にしては珍しく街中で獣人の姿が見られる。それどころか周囲を見渡すとエルフのように耳の長い人や子供のような背丈の老人なと様々な種族が入り混じって生活している。



「パロマは情報の流通を活発化させるために訪れる人の種族や出身に一切干渉しないんです。シンクレル全土でも多分この街くらいでしょうね」



「へぇ……いいなぁこういうの。ファンタジーって感じで」



「影次の黒髪もシンクレルでは相当珍しいがここパロマでは誰も気にしていないしな。流石に本物のムラサメ人はいないだろうが」



「こちらにはもっと珍しい魔族まで居りますがな」



「ちょ、ネズミ君まるでアタシを珍獣みたいに」



まるで高層ビルのような巨大な建物があちこちに立ち並ぶパロマの街並みはこれまで訪れた街のどれとも違う独特な雰囲気があった。

街の中心部分に象徴シンボルのように聳え立つ塔のような建物がシンクレル全土で活用されている早鳩便の本社。影次たちが見上げている間も建物の窓から絶え間なく早鳩が飛び立っていく様子が見られる。

そして早鳩便本社に次いで細長く伸びている建物がパロマを情報都市たらしめている新聞社だ。

ビルのように縦に長い形の建物をしているのは各地の記者たちから送られてくる早鳩便を受け入れやすくする為らしい。

大陸中に流通している早鳩と情報の原点、それがこの情報都市パロマなのである。



「この街は早鳩便で成り立っていると言っても過言じゃなくてな。ほら、その証拠に街のマークも鳩を象ったものになっているんだ」



「その街のマークが付いてるの焼き鳥屋なんだけど……いいのかあれ」



しばらく街の中を歩きながらその独特な街並みを見て回る影次たち。あちらこちらで紙の束を抱えて忙しなく走り回っているのは記者だろうか。ちらほらと冒険者らしき人たちの姿も見られ、今一このパロマの街は一般的な街のような生活感といったものがあまり感じられない。



「リザ殿のお陰で随分早く到着出来た事だし、第一部隊が到着するまで早速情報収集するとしよう。パロマには教会も常駐の騎士団も無いので尋ねるとしたら冒険者ギルドか新聞社辺りかな」



「で、まずはどっちを訪ねるんだ?」



「そうだな、新聞社は約束もなしに突然訪ねても難しいだろうからな。冒険者ギルドに向かうとしよう」



確かに騎士団の副団長と言えど事前の約束も取り付けずに訪ねても相手にも都合というものがあるだろうし、何より失礼に当たる。異世界と言えど事前の約束アポイントメントが大事なのは同じということだ。



「サトちゃん騎士団の副団長サマなんだから権力行使すればいいのに。あ、下手なことすると面白おかしく記事にされちゃうか」



「ここに魔族がおりますぞー、と叫んだら街中の記者様から突撃インタビューでしょうなぁシャーペイ殿」



「ネズミ君もしかしてまだメイプリルの件根に持ってる?根っこな事件だっただけに」



「ハッハッ、頭から齧りますぞ?」



ジャンとシャーペイのじゃれ合い(?)はさておきパロマの街の冒険者ギルドを目指す事にした影次たちは案内板を頼りに商業区や新聞社などが軒を連ねる情報区からやや離れたところに建てられた古びた商館のような建物へとやってくる。

看板が掲げられているのでここで間違いは無いようだが、外観はどう見てもさびれた酒場といった風だ。

まるでこんな辺鄙な場所に追いやられてしまっているかのような、港湾都市シーガルにあった冒険者ギルド本部を知ってしまっていると否応にも心の中で比較してしまう。



「本当にここでいいのか?でも看板にはちゃんと書いてあるな。冒険者ギルドってもっとこう……街の中にどっしり構えられてるイメージだったんだけど」



「この街を取り仕切っているのはギルドでも教会でも無く新聞社なんですよ。シンクレルでも二大大手と言われているカワラ新聞、シラコ日刊のトップがパロマの代表を務めているんです。そもそも新聞社とは新聞組合ニュースギルドがギルド連盟から脱退し独立して立ち上げた民間企業なんです」



「同じ組織にいてはギルドに対し贔屓目を持ってしまいかねない。私情が入れば伝えるべき真実が曇ってしまう。新聞組合ニュースギルドはそう言って中立な立場からあらゆる組織に対しても俯瞰的に報道すべく独立企業となったんだ。

だがギルドはそんな彼らを裏切り者として忌み嫌い、今でもギルドと新聞社はお世辞にも良好とは言えない関係が続いている、という訳さ」



マシロとサトラの説明を聞いてパロマの冒険者ギルドがこんな街はずれに追いやられている事にも納得する影次。新聞社が事実上牛耳っているこの街において、因縁の相手であるギルドは非常に肩身が狭いという訳なのだろう。



「ん?でも街には普通に冒険者も沢山いたぞ」



「それは新聞社の違いだな。ギルド連盟を脱退して作られた元祖新聞社であるカワラ新聞と違い十数年前にカワラ新聞から更に何名かが独立した比較的新しいシラコ日刊は冒険者にも友好的なんだ。

冒険者も新聞社に対し確執を抱いているのは今や一部の年長者くらいなもので若い冒険者の中にはそもそもギルドと新聞社の確執事態知らない者もいるくらいだしな」



「成程、この街はこの街で色々とある訳だ」



この街の事情を聴きながら取り敢えずは冒険者ギルドを訪ねようと力を入れると簡単に外れてしまいそうなボロボロの扉に手をかけようとした、その時……。



「ふぎゃん!?」



まさに今開けようとしていた扉が跳ね飛ばされ建物の中から屈強な男が勢いよく飛び出し……もとい、吹き飛ばされてくる。

軽鎧姿という格好からして恐らくは冒険者のようだが鼻血を流し完全に気を失って地面に転がっている。よく見ると前歯も折れている。可哀想に。



「そちらから売った喧嘩だ。文句は言わせんぞ」



冒険者らしき男を殴り飛ばした張本人らしき声がドアを失った冒険者ギルドの中から聞こえ、ゆっくりと大柄な体躯が建物の中から姿を見せる。

大小様々な傷が刻み込まれた鎧に身を包み背には身の丈程の大剣を担いだ、右目の眼帯が印象的な偉丈夫。影次たちにとっても馴染みのある人物の姿だった。



「あれ、あの人……」



「うん?君たちは……」



そこにいたのは顔馴染みの銀級冒険者、キースホンドその人だった。

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