雪の街出発×王都からの手紙

街の入り口にセツノが用意してくれたビションフリーゼ家専用馬車に荷物を積み終え出発の準備が整った影次たち。

道中でゴーレムの調査にやってくる騎士団や他の組織関係者たちに遭遇し要らぬ面倒になるのを避け、この街に来る際に通ってきた開通したばかりのジェンツーのトンネルでは無く険しいディプテス山を越えてアルムゲートの街を目指す予定だ。



「荷物はこれで全部ですな。いつでも行けますぞ」



「あ、もう少し待ってください。サトラ様がまだ戻ってきていません」



アルムゲートのバーナード隊長からの手紙が届いたとの連絡を受けて受け取りに行ったサトラが戻るのを待つ影次たち。積み荷は万全、雪の厳しいディプテス山を越える為の防寒具も万全だ。特にジャンはまた冬眠しないよう念入りに着込んでいる。着込み過ぎてどこが顔でどこが手足かも分からない程だ。



「ようやくこの寒い街からオサラバ出来るねぇ。ま、これからもっと寒い山を越えてかなきゃなんだけど」



「ならシャーペイだけここに残るか?セツノさんに頼んでやるぞ?」



「キヒヒッ、その気持ちだけありがたく受け取っておくから勘弁して」



「多分姉さんも「こんなのいらない」って言うと思いますよ」



「マーちゃんが雪よりも冷たい!」



サトラを待っている間シャーペイで遊んでいるとセツノとネージュが影次たちの見送りにとやってきた。二人とも手には大きな紙包みを抱えておりそれ・・からふわりと胃袋に響く芳醇な香りが漂ってくる。



「良かった、まだいらっしゃったのですね。大したものではありませんが皆さんで召し上がって頂ければと思ってお弁当をご用意してきました」



「作ったのは私ですけどね。お嬢様は仕上げにパセリを散らしただけじゃありませんか」



セツノたちからの贈り物は焼き立てのパンと熱々のシチューだった。容器は保温効果のある魔石で作られているらしく寒さの厳しい雪山の中を行く道中において何とも嬉しい餞別だ。



「わざわざすいません。あ、これってもしかして……!」



「ふふっ、エイジさんにも大好評だったガーネットベアーのシチューです。皆さんでお楽しみください。私たちはしばらくはこの街にいる事になりそうですが落ち着いたらまた王都に戻る予定です。

今度は王都にある私の屋敷に遊びに来てください。いつでも歓迎しますから」



「姉さん近いです」



影次とセツノの間に文字通り割って入るマシロ。まるで番犬のように自分を威嚇するマシロにセツノも怒る訳でも無くクスクスと笑っており、むしろそんな妹の反応を楽しんでいるようにさえ思える。



「……エイジからは手を引くという約束じゃなかったんですか」



「あら、ちゃんと聞いて無かったのかしら。私は力目当てに引き入れ・・・・・・・・・る事は諦める・・・・・・と言ったのよ?」



「なっ……!そ、そんなの詭弁じゃないですかっ!」



「詭弁も立派な弁の内よ。少しは成長したかと思ったのだけどやっぱりまだまだね。まぁ、そういう事だからせいぜい頑張りなさい。言っておくけど私は負けっぱなしで終わるつもりは無いわよ?」



「こ、こっちだっけ絶対に負けませんよ……っ!」



そんなビションフリーゼ姉妹のやり取りを遠巻きに生暖かい目で見守っているジャンたち。今回の一件でマシロとセツノの関係も少しは改善されたのならば良いのだが……何だか別の意味で今まで以上にこじれてしまったようにも思える。

その姉妹をこじれさせている張本人はと言うとビションフリーゼ姉妹が自分の事を取り合っている事もそっちのけで手土産に貰ったガーネットベアーのシチューに大はしゃぎしている。



「いやはや流石と言いましょうか。これもエイジ殿の人となりという事なのでしょうなぁ」



「まぁエイジって人当たりは良いからねぇ。本人はシチュー掲げてひゃっほーとか言っちゃってるけど」



「一人の男を実の姉妹で奪い合う……いいですね、凄くいいです。お茶とクッキーを用意して特等席でじっくり見ていたいですね」



「聞かれてたらまた雪だるまにされちゃうよ執事さん」



「すまない遅くなってしまって……。うん、どうしたんだみんな。何か面白いものでもあるのか?」



そこに手紙を受け取り戻ってきたサトラが合流し、シチューの容器を抱えてご機嫌の影次とその横でセツノに食って掛かっているマシロ。そしてそんなやり取りを生暖かい目で見守っているジャンたちの様子を交互に見比べ……怪訝そうに首を傾げた。










「色々とお世話になりました」



「いえいえ。道中お気をつけてお帰りくださいサトラ様。エイジさんも、皆さんも。マシロも元気でね。プリンばかり食べていないようにしなさい」



「卵は栄養価が高いんです育ち盛りなんです。……姉さんもお元気で」



馬車が走り出し街を出ていく影次たちを手を振って見送るセツノとネージュ。彼らの姿が見えなくなったところでネージュが懐から一通の手紙を取り出しセツノに手渡す。



「サトラ様へのものと一緒にお嬢様へのお手紙も丁度届いておりました。ご確認ください」



「あら何方からかしら。心当たりがありすぎて分からないわね」



これからゴーレムの残骸を調べに来るギルドか魔術師学院か、この街の統治者であるセツノへ許可を求める手紙はこれからうんざりする程届くのだろう。だが、今日届いたこの手紙はギルからでも学院からのものでも無かった。



「ふふ、間が良いんだか悪いんだか」


手紙の中身を確認したセツノは思わず苦笑を浮かべ、読み終わったそれをネージュに返す。封筒に書かれていた差出人の名前はウェルシュ・S・テリア・シンクレル。王立騎士団第一部隊隊長にしてシンクレル王家の正統後継者たる王子その人だった。



「王子からのラブレターですか。お嬢様も隅に置けませんね」



「本当にそうだったら光栄なのだけれど。残念だけど王子の目当ては私じゃなくてサトラ様みたいよ」



手紙に書かれていたのはサトラが来たら王都に出頭する事、それが難しいのであれば滞在中の街で待機している事、そういった旨を伝えてほしいという内容だった。

第二、第三部隊では無く王家直属の第一部隊直々のご指名。考えられる理由と言えば魔族に関する事しか無いだろう。



「ゴーレムなんてものが出てきたからようやく王都も本腰を上げた、ってところかしらね。気持ちは分からなくも無いけれど呑気というか何というか」



「如何なさるおつもりで?」



「サトラ様たちはこの街には来てないって事にさせて貰いましょう。ゴーレムの出現とサトラ様たちの関連性を追求されたら面倒な事になりそうだし。知らんぷりで通しましょう」



「面倒な事というよりお嬢様に都合の悪い事では?折角サトラ様やエイジ様に恩を売った形に出来たのに台無しになってしまいますものね」



「嫌だわネージュ。その言い方だとまるで私が腹の黒い女みたいじゃない」



実際そうではありませんか、と口を開いた次の瞬間。ビションフリーゼの街の入り口に雪だるまが一つ出来上がった。













「出頭命令?第一部隊の隊長から直々にですか!?」



「ああ、バーナード隊長に第一部隊からそういった指示が降りたらしい。今回のゴーレムの一件で王都の騎士団も本格的に魔族への対応に乗り出したそうだ。今更、という気持ちは無くもないがな」



ビションフリーゼの街を出発した影次たちは馬車の荷台の中でアルムゲートのバーナード隊長から届いた手紙の内容をサトラから聞かされているところであった。

現状最も魔族に遭遇、交戦しているサトラたちから詳しい話を聞きたいという事らしいのだがバーナード隊長の手紙によると王都の騎士団は第四部隊と騎甲ライザーの関係を疑っている節がある、という事だ。



「現時点ではあくまでバーナード隊長の勘らしいが、実際他の隊長たちからそう疑われても不思議ではないだろう。魔族と唯一渡り合える存在……影次の存在が知られてしまえば王都の騎士団たちはそれこそサトラ殿と違い手段を択ばず確保しようとしてくるだろうな」



「姉さんの次は騎士団ですか。モテモテで良かったですねエイジ」



「アハハハ、嬉しくて泣きたくなるよ」



魔族の情報、そして魔族をも凌駕する異形の黒い鎧騎甲ライザーを求めてアルムゲートにやってきた第一部隊に対しバーナードは「サトラたちが今各地で魔族に関する情報を集めて回っている」と説明したらしく、第一部隊の矛先がサトラに向けられたらしい。

ちなみにバーナード自身は詳しい話はまだ聞いていないから分からない、と堂々と白を切ったそうだ。

いざという時に責任逃れする為か自分たちとの関係が影次の枷にならないようにとの配慮なのか……何となく前者の気がするが。



「で、どうするのサトちゃん。大人しくお縄に付くの?アタシはオススメしないけどねぇ」



「別に良からぬ事をしている訳じゃないんですよ。でもサトラ様、シャーペイの戯言はさておき私も素直に呼び出しに応じるのは危険な気がします。

王都に報告したアルムゲート森林のダンジョンとレイヴン隊長と共に遭遇したパーボ・レアル、この二度の魔族との遭遇で二度とも私たちはエイジに……王都の言うところの正体不明の黒い鎧に助けられているという事実を向こうがただの偶然だと思ってくれるとは……」



「ふむ、普通に考えればサトラ殿たち第四部隊の関係者……繋がりのあるものと思うのが自然でしょうな。ともすれば騎士団としては何としてもその繋がりを突き止めようとするでしょうなあ」



マシロやジャンの言う通り、命令に応じ出頭しても影次の事を追求されてしまう事になるだろう。そうなれば影次の正体や素性も当然調べられ……異世界から召喚魔法でやってきた事まで知られてしまうかもしれない。

最悪の場合シンクレル王国が召喚魔法を用いて異世界の技術を自国の軍事力に利用しようとする可能性も考えられる。



「だが流石に無視する訳にも行かないだろう……それに対魔族の件に中心となって動いているのはダレス隊長でもレイヴン隊長でもなく第一部隊の隊長だそうだ。あの人ならこちらの話もちゃんと聞いてくれるかもしれないな」



「なぁ……第一部隊の隊長はそんなに評判良いのか?」



「ええ。サトラ様やエイジと同じくらいの歳で王立騎士団のトップに立っているようなお方ですからね。頭脳明晰で文武両道。聡明な人格者として有名です」



マシロの説明を聞きながら影次は何となく頭の中で進学校の生徒会長といった風のイメージを思い浮かべる。サトラだけでなくマシロまでこう評価するくらいなのだからきっと本当に出来た人物なのだろう。



「それと魔族に関する手掛かりを失ってしまった事も伝えたところバーナード隊長からパロマの街に行ってみてはどうかという提案があった」



「情報都市パロマ。私たちも活用している早鳩便の本部や多くの新聞社があるその名の通り各地から様々な情報が集まる街です。確かに情報収集にはうってつけの場所ですね」



影次がちらりと視線を向けると再びマシロが詳しい説明をしてくれる。



「パロマとなるとここディプテス地方からですとかなり距離がありますな。ではまずは近くの街でパロマを目指す旨をアルムゲートに伝えるとしましょう」



「王都にも連絡をしないとな。この辺りの街で待機したり直接王都を目指すよりお互いパロマを目指し落ち合うほうが第一部隊も私たちも都合がいいだろう」



「よし、それじゃあ次の目的地は決まりだな」



情報都市パロマ。途絶えてしまった魔族の手掛かりとなる情報を求め影次たちは一先ずそこを目指す事となった。

とは言えまだまだこの極寒のディプテス山を越えるには時間がかかり、雪道を走り続けてから数時間、荷台の中にサトラやシャーペイ達の静かな寝息が聞こえ始める。

ちなみにジャンは散々着込んだにも関わらず結局真っ先にスヤスヤと眠りに落ちてしまった。冬眠してしまわない事を祈ろう。



「そういえばこの馬車ってどうすればいいんだ?返しに行かなきゃいけないだろ」



「ディプテス山を抜けたら近くの街を探して乗り換えましょう。このたちは私たちが降りれば勝手に姉さんのところに帰っていきますから」



揺れる荷台の中でサトラたちが寝ている中、起きていた影次とマシロは退屈しのぎに他愛のない会話をしていた。



「御者さんも要らないなんて賢い馬だよなぁ」



「ですね。シャーペイより頭が良いんじゃないですかね」



「……ところでマシロ」



「はい?」



「何か遠くない?」



いつもなら影次の隣が定位置のマシロなのだが何故か今は荷台の隅に座っていた。別にマシロがどこに座ろうが彼女の自由ではあるのだが、何となくわざと距離を取られているように思える。



「そうですか?エイジの気のせいじゃないですか」



「いや、まぁ別にいいんだけど……もしかして俺、気付かないうちにマシロの事怒らせた?」



「ち、違います違います!そんな事ありませんから!」



慌てて否定するマシロだが気のせいというのは勿論真っ赤な嘘だ。意図的に、わざと離れているのだが決してそれは怒っている訳でも影次を嫌っているからという訳でも無く、むしろその逆・・・だ。


今回の一件、姉セツノとのやり取りで完全に自身が胸の内に抱いていた想いに気付いてしまったマシロ。

今まで無自覚に何かと影次の隣にいたのだが一度気持ちを自覚してしまったら変に意識してしまい、ご覧の有り様だ。



(……一体いつからだろう?)



ネザーランドの街で彼が自分たちの元を去ってしまうんじゃないかと不安に駆られた時だろうか。


ジェンツーの街で傷付き、苦しむ彼の姿を見て少しでも力になりたいと思った時だろうか。


それとも、あの森のダンジョンで彼に助けられた時だろうか。


思い返せば返すほど心当たりが有り過ぎて恥ずかしくなる。当の影次はそんなこっちの気持ちも知らずに既にお土産に貰ったシチューの方に関心が移ってしまっている。

何となくムシャクシャするから後で一番大きな肉を奪い取ってしまおう。



「……ねぇエイジ。魔族の事とか全部片付いたら……また一緒にあの街に行ってくれますか」



「そうだな、今度はゆっくり観光目的で行きたいな。その時はマシロが案内してくれるんだろ?」



「うん。雪ばっかりな街だけどエイジに見せたいものとか連れていきたい場所とかいっぱいあるから」



「あぁ、楽しみにしてるよ。その為にも頑張らないとな。……それにしても」



「なに?」



「敬語じゃないマシロって何かむず痒くなるな」



この後、次の街に到着するまでマシロが全然口を利いてくれなくなった。

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