騎士団会議×王都に巣食う影

side-王都-



「……以上がビションフリーゼの街から届いたセツノ・ビションフリーゼからの報告だ。既に同じものが魔術師学院並び各ギルドにも届いているそうだ」



王都シンクレル王城内部の会議室では現在アルムゲートの第四部隊を除く第一から第三部隊の隊長が揃い緊急会議が開かれていた。

セツノが王都に早鳩便で送ったビションフリーゼの街で起きたゴーレム事件に関する報告書は騎士団や学院、そしてギルドを震撼させるには十分過ぎる内容だった。遥か古代に存在したと云われるゴーレムが実在したというのだから無理も無い。



「魔族の次はゴーレムとはなぁ。一体どうなってんだ。さしずめ次は月の女神様でもご降臨か?」



「茶化すなレイヴン。あの女狐が与太話をわざわざ送ってくるとは考え難い。魔族が実在したのだ、ゴーレムが現存していたとしても不思議はなかろう」



「分かってるってダレス殿。あんたと違って俺は実際に魔族と対面してるんだぜ?」



第二部隊隊長ダレス・ハーフシェルが読み上げたセツノの報告に茶々を入れ窘められたのは第三部隊の隊長レイヴン・スケアロウ。そしてこの場にはもう一人王立騎士団の部隊を率いる隊長の姿があった。



「そう言えばレイヴン隊長は芸術都市パーボ・レアルで魔族とやりあったんだったね。確かに魔族にゴーレムと御伽噺の中だけのものだと思っていたものが現実に現れているんだ。本当に女神様だっているかもしれないね」



会議室の上座に座っている二十代前後程の金髪碧眼の青年がレイヴンの軽口に便乗する。彼こそ全騎士団長の中で最年少ながら王立騎士団のトップである第一部隊の隊長であり、同時にこのシンクレルという王国の次期国王となる第一王子であるウェルシュ・S・テリア・シンクレルその人だった。



「お戯れを……。魔族もゴーレムもその存在を現す文献があまりにも古く信憑性が希薄だっただけの事。しかしこうして次々と前時代の脅威が蘇っている以上我々としても本格的に何か対策を講じなければなりません」



「対策も何も僕らは魔族に関する情報をまだほとんど持って無いんだよ?兎にも角にもまずは情報だ。魔族に対して何が必要なのか、彼らの目的は何なのか、最低限この二点は知っておきたいよね」



「仰る通りかと。レイヴン、お前は一度魔族と遭遇しているのだろう?何か掴んで無いのか」



ダレスに矛先を向けられずともレイヴンはパーボ・レアルでの一件を改めて思い出しているところだった。街中に溢れかえる死霊兵スケルトンの大群、歯牙にもかけられなかった騎士団、嘲笑う異形の怪物。結局あの事件を解決したのも自分たち第三部隊ではなくサトラたちだ。自分たちは何も出来ず魔族に対し無力だった苦い記憶が蘇る。



「……騎士十数名が手も足も出なかった。街全体を魔物で溢れ還らせるような正真正銘のバケモノだ。言葉は通じたんで会話は出来たが……とてもじゃないがお友達にはなれそうにないな、あれは」



「成程、厄介な相手という事だな。一匹相手でその有り様だ、もし魔族が我々同様軍勢となって攻めて来れば……あまり考えたくはないな」



「うーん、やっぱりまずは情報が欲しいね。学院は……協力してくれれば心強いけど難しいだろうね。ギルドも率先して騎士団に助力してくれるとは思えないし。はぁ…こういう時にはつくづく組織間の連携の無さを痛感させられるねえ」



ここ数百年シンクレル大陸では領地間での小さな争いはあれど大きな戦争は起こっておらず諸外国との関係も良好な状況が続いていた。

だが外部からの脅威も無く平穏な日々が続いていく内に次第に大陸を三分する各勢力、つまり騎士団、魔術師学院、ギルドの間で次第に勢力争いが起こり始めたのだった。


今では騎士団と魔術師学院は王都の政治にすら介入するようになりどちらがこの国の事実上の実権を握るかと腹の探り合い、足の引っ張り合いが繰り返されており、ギルドはギルドで各地方でのまとめ役のような立場を担っており騎士団や学院が王都の外まで勢力を伸ばそうとするのを阻止している状態だ。



「いっそギルドや学院も魔族に実際に襲撃されでもすればね……縄張り争いしてる場合なんかじゃないって分かってくれれば話は早いんだろうけど」



「目の前で燃え上がってからようやく火事だと気付く。そういうもんですよ。ま、実際俺もこの目で見るまでサトラの言ってた事を半信半疑に思ってましたしね」



「サトラ……、サトラ・シェルパードの事だよね。確か彼女たちの舞台が初めて魔族と遭遇したんだったよね」



レイヴンの言葉に何か思いついたウェルシュはそう言って確認を取るとダレスは無言で首を縦に振る。

アルムゲート森林のダンジョンを調査中の第四部隊が遭遇した魔族。そして彼女たちはその後も何度か魔族と遭遇、交戦していると報告されている。



(一度彼女に話を聞いてみた方がいいな。サトラは何か隠している事がある気がする……)










side-影次-



「うーん……やっぱり駄目だ。うんともすんとも言わない」



「そうか。参ったな、ここからアルムゲートまでどうやって戻るか……」



ゴーレムとの戦闘後完全に沈黙してしまった『神の至宝』は一日経過しても『竜の宮殿』もリザも一切反応を見せずにいた。

結局ドラゴンが目撃したという魔族とは恐らくはあの狂乱魔人ナイトステークの事だったのだろう。その魔族たちも既に逃げてしまい、影次たちは魔族に関する手掛かりを完全に失ってしまったので一度今までの事を報告しにアルムゲートに戻ろうと思っていたのだが、今まで移動手段として非常に心強かった『神の至宝』が使えなくなってしまいこの雪に閉ざされた街で足止めされる事になってしまったのだった。



「流石に無茶をさせ過ぎたか。悪い事しちゃったな」



影次が現代で使用していた巨大ロボ、騎甲巨神ダイライザーを再現させた負荷なのだろう。マシロやシャーペイ曰く一時的に休眠状態に入っているのだろう、と言う事らしい。

すっかりただの水晶玉になってしまった『神の至宝』を突きながら影次とサトラはすっかり途方に暮れてしまっていた。



「今回のゴーレムの一件は既に王都にも報告されているそうだ。魔族が突然ディプテス山に眠っていたゴーレムを目覚めさせ街を襲おうとしたと、セツノ殿はそう伝えたらしい」



約束を守りセツノは影次たちの関与は王都には黙っておいてくれたようだ。これで余計な面倒は避けられそうだが帰還するための交通手段が無いままなのは依然変わらずだ。



「ゴーレムの残骸の調査に騎士団だけでなく魔術師学院も錬金術師組合アルケミーギルドも冒険者ギルドもこぞってここに来るそうだ。彼らの調査が済むのを待って帰りの馬車に同乗させて貰う、という手もあるが……」



「でもそれだと第四部隊が何でここにいるのかって追及されないか?」



「当然そうなるだろうな……。かと言って普通の馬車でディプテス雪原を超えるのは相当難しい。どれほど掛かるかわからないがやはりここはリザ殿が復活するのを待つべきだろうか」



「その必要は無さそうですよ」



影次とサトラが話し合っているところに食料や雑貨の買い出しに外に出ていたマシロたちが帰ってきた。

旅の道中に必要な荷物も『神の至宝』の中に収めたままにしてしまっていたのでまた新たに買い足す必要があったのだ。



「マシロ、どういう事だ?」



「姉さんがビションフリーゼ家の専用馬車を用意してくれるそうです。道中調査隊に鉢合わせないように雪原では無くディプテス山を越えてジェンツーの方にいけるルートも教えてくれました」



「セツノさんが?ありがたい話だけどそこまでして貰っていいのか?」



「これからこの街にはゴーレムの事を調べようとする大勢の人たちが押しかけて来るんです。流石に姉さんも対応に追われて王都に戻る暇なんて無いでしょうし、その間どうせ使わないなら私たちに使わせてくださいとお願いしたら二つ返事で了承してくれましたよ」



「キヒヒッ、よく言うよお姉ちゃんニコニコしてたけど目ぇ笑って無かったよねぇ」



何はともあれここは素直にセツノの厚意(?)に甘えるとしよう。ビションフリーゼ家の専用馬車はディプテス地方の厳しい環境にも負けない寒さに強い特殊な馬で深い雪の中でも険しいディプテス山の山道でも普通の馬車の何倍もの速度で走れるらしい。

……リザが聞いたら妙な対抗心を燃やしそうなので内緒にしておこう。



「セツノ殿には改めてお礼を言わねばなりませぬな。いやはや流石はマシロ殿の姉君ですな、妹思いの良い御方ではありませぬか」



「どうだか……私の為というよりどこかの誰かさんに良く思われたいだけなんじゃないですかね」



今回ほとんど冬眠していたのでビションフリーゼ姉妹の複雑な関係を知らないジャンの言葉に何故かマシロの冷たい視線が影次に向けられる。誤解だ、というか理不尽だ。



「とにかくセツノ殿のお陰で移動手段の目途もついた。準備が整い次第明日にでも出発するとしよう。バーナード隊長には手紙で大まかな報告はしておいたがやはり直接お話ししたいからな」



「確かに土産話には事欠かないよなぁ。ガーネットベアーのシチューの事とか」



「真っ先に思い浮かぶのがそれなんですかエイジは……」



「勿論、魔族やゴーレムやプリンシチューの事も話すつもりだよ」



「私のシチューは事件扱いですか!?」











side-王都-



王都シンクレルの郊外にある三月教会王都支部の裏手。数多の死者が静かに眠る霊園でダレス・ハーフシェルは一つの墓石の前で黙祷を捧げている最中だった。

王城での会議を終えた後、部隊を副官に任せ一人街外れの人気も無い霊園に訪れたのは純粋に今日が身内・・の命日という事もあるが……。



「聞いたぞ。古代兵器ゴーレムとはまた随分と大騒ぎを起こしてくれたものだな」



「アレは我々とシても想定外の事態ダ。それにニンゲンの技術力でアレを解析スるのは不可能だロう」



霊園のどこからともなく聞こえてくる耳に強い違和感を感じさせる曇った声。ダレスは姿も見えない相手の弁明を一笑に付すと墓石に添えられていた花を乱暴に掴み、そのまま無造作に放り投げてしまう。



「お陰で王家の若様が本格的に魔族の調査に乗り出し始めた。あの方は凡王と違い亡き前王女に似て聡明な人物だ。私も今まで以上に動き難くなるだろう」



「それデ?我々に泣き付イて来たト言う訳か、第二部隊隊長殿ハ」



「調子に乗るな。困るのは貴様たちとて同じ事だろう。ウェルシュ王子は学院やギルドとの協力関係を築く事まで視野に入れておられる。もし万が一にでもそんな事になればシンクレルという一国そのものを敵に回す事になりかねんぞ」



「ならバどうすル。王子を亡き者トするノか?」



「近々王子自ら魔族の調査に出るそうだ。王子は目下お前たちと度々遭遇している例の第四部隊の一行と接触を図ろうとしておられる。……詳しい情報が手に入り次第、また連絡する」



姿無き声の問いには答えずダレスは一方的に用件を伝えると踵を返し墓石の前から去っていく。

ダレスの姿が見えなくなると声の主……処刑魔人ダブルメイルが物陰から姿を現し内通者ダレスが去っていった方を一瞥すると魔人としての姿を魔核に戻し表向きの姿、銀級冒険者キースホンドへと戻る。



「……本当に変わらんなあの男も」



無残に散らばった花を拾い集め墓石の前に元の形に添え直すキースホンド。泥や埃で汚れている墓石を拭い綺麗にしてから膝をつき、胸の前で手を合わせ黙祷を捧げる。特に何の教徒という訳でも無いのであくまで形だけではあるが……。



「俺の方はすっかり変わってしまっただろう?……だが俺は後悔などしていない、あの男には必ず報いを受けさせてやる。例え奴が君の父親だとしても、な」



墓石に刻まれたダレスの娘、そして自分のかつての仲間の名に触れようとしたところで思い止まり、伸ばしかけた手を降ろすキースホンド。


彼女に触れる資格などもはや今の自分には無い。この手は既に多くの血で汚れてしまっている、この体は既に人成らざる者のそれだ。

だが後悔はしていない。後悔などする筈がない。凡てはの男、ダレスに報いを受けさせるため。そしてこの腐りきった国を壊すため。



「用は済みましたか?処刑魔人」



「ああ、もう済んだ」



「では行きましょう。創造主様マスターがお待ちです」



「了解だ。……双着そうちゃく



虚空に空いた黒い大穴から音も無く現れたローブに身を包んだ人物が現れ、呼ばれたキースホンドは魔核を取り出し再び処刑魔人ダブルメイルへと姿を変える。

魔人へと変身した際の余波で墓に添えた花が飛び散ってしまい霊園に色鮮やかな花びらの雨が舞い、降り注ぐ。まるでここに眠る魂たちへの鎮魂の儀式かのように……。



「……まタな、ソニア」



土の下で静かに眠り続ける仲間に暫しの別れを告げローブの人物と共に虚空に空いた穴の中へ消えていくダブルメイル。

騎士団長と魔人、各々の思惑は既にこの王都シンクレルを内からじわじわと蝕んでいる事など、まだこの時は誰も知る由も無かった……。

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