セツノの思い×マシロの想い

ビションフリーゼ本家屋敷の一室、当主であるセツノはドアをノックする音にベッドから体を起こすと「どうぞ」と来訪者を室内へと招き入れた。



「失礼します。具合はいかがですか?」



「流石にしばらく氷漬けだったのでちょっと風邪を引いてしまったようです。魔力もたっぷり奪われてしまいましたし、用事は済んだのですが王都に戻るのはもう少しここで養生してからにした方が良さそうですね。すみません、こんな格好のままで」



マシロとの姉妹対決に敗れたセツノは寝間着姿でベッドに居たままという無礼を部屋に来た人物、影次に頭を下げて詫びる。



「わざわざお見舞いに来てくださったんですね……と喜びたいところですけど、大方私が約束をきちんと守るかどうか確認しに来た、といったところでしょうか」



「そういう言い方をされるとまるで俺が酷い奴みたいじゃないですか」



「あら、幼気な娘を誑かして姉妹を争わせた元凶ではありませんか」



言い方はアレだが実際マシロとセツノが争った原因は自分である事は事実なので反論の余地もなく押し黙ってしまう影次にセツノはそんな様子をクスクスと満足気に笑っている。


古代兵器ゴーレムティターン撃破しビションフリーゼの街を守った影次とマシロ。エネルギー切れで消えてしまったダイライザーから地上数十メートルの高さで放り出された時は流石に死を覚悟したが……運良く柔らかい雪が積もった場所に落ちた事でこうして無事に街に戻ってくる事が出来た。


無茶をさせてしまったせいか『神の至宝』が反応しなくなってしまったお陰でディプテス雪原から街まで歩いて帰る羽目になった時も死を覚悟したが……サトラたちが迎えに来てくれたのでこうして無事に街に戻ってこれたのだった。



「ご心配なさらずとも、私はビションフリーゼ家当主の名の元に勝負をして、その結果マシロに負けたのです。口約束と言えど違えてしまえばそれは一族の名に泥を塗る事となりましょう。勿論あなたの事を王都に報告するつもりもありません。……安心なさいましたか?」



「ええ。もしあなたが勝負の結果を反故にするようだったらマシロの頑張りが無駄なものになってしまいますからね」



「あら、心配だったのはご自分の事ではなくあの子だったんですか。幸せ者ですね、あの子も」



「……折角ですし一つ聞いてもいいですか?」



「ええ、どうぞ何なりと。私に答えられることでしたら」



「セツノさんはマシロが嫌いなんですか?」



その質問はセツノも予想していたものだったが、いくらなんでもここまではっきりと直球で聞かれるとは思わなかったので一瞬目を丸くし……それでもすぐにクスクスと笑いながら



「好きか嫌いかで言えば勿論好きですよ?たった一人の妹ですもの。あ、その顔は信じていませんね?……まぁ無理も無いでしょうけど。あの子に対する私の言動を目にされていれば」



「すいません、部外者が口を挟む事では無いとは思うんですけど……」



「別に構いませんよ。マシロの方こそ私の事を嫌ってると思いますけど」



「うーん……嫌っている訳じゃないと思いますけどね。ただ、あなたに対して強いコンプレックスがあったのは確かでしょうけど」



あった・・・、と過去形にしたのは魔法勝負で姉セツノに勝利した事によりマシロの胸中でセツノに対する劣等感や羨望といった複雑に絡んでいたものがある程度晴れたからだ。

影次がこんな質問をしたのは言葉や態度とは裏腹にセツノもまたマシロに対し当主という立場とは別に思うところがあったのではないか、と感じていたからだった。



「エイジさんが引っ掛かっているのはズバリ私がどうしてわざわざマシロの勝負を受けたか、という事じゃないですか?」



「ええ、勝負なんてしなくてもセツノさんの権力ならマシロの処遇なんてどうにでも出来るでしょうし勝負の最中も勝つ事よりマシロの心を折ろうとしていたように見えました」



「言ったじゃないですか。あなたの前でいいところを見せたいって。確かに勝つだけなら簡単に終わらせる事も出来ましたけど……それではあの子も納得しないでしょう?徹底的に力の差を思い知らせて、私には勝てないと身に沁みさせようって。でもそんな風に甘く見てたら負けちゃいましたけどね」



妹に負けた、それも幼少時から一族の落ちこぼれと言われ続けていたマシロに。だがそれでもセツノの顔には屈辱や悔しさといったものは無く困ったような、同時にどこか嬉しそうな苦笑いを浮かべているだけだった。



「あの子、いつの間にかあんなに強くなっていたんですね。魔法の腕だけじゃなく精神的にも。本当に驚いちゃいました……」



「マシロは初めて会った時から強かったですし頼りになるやつですよ。俺なんかいつも助けられてばっかりですし」



「ふふ、姉なのに全然あの子の事知らなかったんですね、私。まぁ自業自得なんですけど。……私にもエイジさんみたいに信じてくれる人が居てくれたら、もっと違っていたのかもしれませんね」



そう寂しそうに呟くセツノの言葉が果たしてどこまで本心なのか、それは影次には残念ながら分からなかった。もしかしたらこれがセツノが初めて見せた素顔なのかもしれないし、これもまた影次の気を引こうとする演技なのかもしれない。

元舞台役者の影次だが演技力においてもセツノには叶う気がしない。つくづく今回はほとんどセツノの掌の上で踊らされ続けていたような気がする。

結局、影次は最後までこのセツノ・ビションフリーゼという女性の本性を理解する事が出来なかった。



「長々と居座ってしまってすみません。では俺はそろそろこの辺で失礼しますね。どうかお大事に」



「お心遣いありがとうございます。……そうそう、誤解されたままなのも嫌なので一つだけ」



体調も魔力も完治していないセツノの傍にいつまでも長居するのも悪いと席を立とうとする影次を、徐にセツノが呼び止める。



あの子マシロが私の事をどんな風に評したのかは知りませんが、私は決して天才なんかじゃありませんよ。親の期待に応えようとする事で手も頭も一杯のただの凡人です。生まれた時から次期当主になる事を決定付けられて親の敷いた道の上を必死に走り続けて……周りから出来損ないと蔑まれる妹を見下してちっぽけな自負心を保ち続けていたような……その程度の女です」



「……それでも、あなたの背中を追いかけてマシロは同じ魔術師の道を選んだんだと思いますよ。あなたのようになろうとして、あなたのように努力してきたんじゃないでしょうか。……すみません知ったような口を。それじゃあ失礼します」



軽く頭を下げて部屋を出ていく影次を見送り自室に一人になったセツノは再びシーツの上にあおむけに横たわる。

ビションフリーゼ家当主になるべく幼少の頃から他の生き方を選ぶ事も許されなかった人生が不幸だとは思っていない。当主としての生き方に誇りも持っているし自らも望んで選んだ道だ。


だけど、それでも心の何処かにやはりマシロへの嫉妬があったのかもしれない。

次女であるマシロには次期当主になる権利が無い。加えて彼女は早くから落ちこぼれとして扱われていた。……実の妹が冷遇されていた時もセツノは自身の事で手一杯で見てみぬふりを続けていたのだ。


しかし本当にそれだけだったのか?本当は次期当主というしがらみの無い妹が羨ましかったのではないか?

自分にはない自由を持っているのに自分の背中を追いかけてくる妹が疎ましかったのではないか?



(……なんて今更どうでもいいわね、そんな事。お互い無いものねだりしてるってだけよね……)



マシロがセツノの実力や才覚を羨んでいるようにセツノもまたマシロを羨むところもある。結局お互い様なのだ。ただそれを互いに伝え合うにはセツノとマシロ、姉妹の関係は些か歪み過ぎてしまったもかもしれない。

それこそ今更といった話だ。あるべき姉妹の姿に戻れるとは思っていないし望んでいる訳でもない。きっと自分たちはこれからも今まで通り歪な関係で在り続けるのだろう。



「それにしても血は争えないって言うのかしらね……。好みが似るのは」



「案外本気だったんですねぇお嬢様」



「きゃっ!?ちょ、ちょっとネージュあなた何処から……!」



「それは勿論、お嬢様がお目覚めになる前からこうしてベッドの下に」



次の瞬間、セツノの寝室にちょっとだけ不格好な雪だるまが出来上がったのは言うまでもない。











「お帰りなさい。……姉さんの様子はどうでした?」



「ただいま。って言うか気になるなら自分で行けばいいだろ。実の姉なんだし」



「嫌ですよ。もし再戦リベンジだなんて言い出されたら溜まったものじゃありませんし」



屋敷を出てマシロの家へと戻ってきた影次を家主であるマシロが出迎える。家の中には夕食の準備をしているマシロの姿しか無くサトラたちの行方を聞くと三人とも買い出しに出掛けたそうだ。

夕食なら今マシロが作っているように見えるのだが……何か足りないものでもあったのだろうか?



「セツノさんはちゃんと約束を守ってくれるってさ。俺のことも第四部隊の事も全部黙っておいてくれるってさ」



「どうだか……姉さんの事ですからいざという時の為に取っておこうとしているだけじゃないですかね」



「まぁそれは否定しないけど……何というかマシロが思ってるような人でも無い気がするけどな」



「エイジは姉さんみたいな人の方がタイプだそうですもんねぇ。やっぱりここに残りますか?」



セツノを擁護するような発言をした途端刺々しい口調になるマシロ。鍋を掻き混ぜている木べらがメキッ、と嫌な音を立てたのを影次は聞き逃さなかった。ニコニコと笑顔なのが猶更恐怖心を煽られる……。



「残る訳無いだろ。マシロが頑張ってくれたお陰で今まで通りみんなと一緒にいられるんだから。……本当にありがとうマシロ」



「……っ、で、ですからエイジの為にというだけじゃないって言ったじゃないですか。それにお礼を言うのは私の方です。エイジにはこの街を救って貰いましたし。良い思い出が無いとは言っても、やっぱりここは私の生まれ育った故郷ですから」



「ゴーレムを倒せたのもマシロとリザのお陰だけどな。それに……大切な仲間って言ってくれて嬉しかった」



「あ、あの時は勢いで口が滑ったと言うかその……わ、忘れて……」



相も変わらず率直に感謝の思いをぶつけてくる影次に対し思わず照れ隠しに言いかけた言葉を言い切る前に思い止まり、飲み込むと一度深呼吸してから改めて自分も素直な気持ちを伝えるべく言い直すマシロ。



「……ううん、覚えておいてくださいエイジ。あなたがまだ異世界人という引け目を持っているのは分かっています。だけど私も勿論サトラ様やジャンさんもみんな今ではエイジの事を大切な仲間だと、友人だと思っているんですから」



「ありがとう……。じゃあ改めてこれからも宜しく。相棒」



「……うん」



どちらからともなく差し伸ばした手を取り合う影次とマシロ。しばらくすると無性に胸の奥がむず痒くなってきてしまいごまかすように咄嗟に脈絡のない話題に切り替える事にする。



「そう言えばマシロ、今珍しく敬語じゃ無くなってたな。やっぱり普段はわざとなのか?」



「そ、そうでしたか?別に自分では特に意識しているつもりは無いんですが。昔から友達もいません出したし学院でも接するのは年長者ばかりでしたから癖みたいなものかもしれません。……あの、お気に障りましたか?エイジの方が五つも年上ですもんね」



「いや別に全然。俺そういうのあんまり気にしないし。むしろ敬語じゃない方が嬉しいかな。もうそこそこの付き合いなんだし」



影次としては本当に取り留めのない世間話程度の感覚で言ったつもりなのだが当のマシロは両手で頭を抱え唸り声を上げながら苦悶の表情を浮かべてしまっている。

セツノとやりあった時より苦しそうに見えるのは、流石に気のせいだろうか?



「あの、私も別に嫌という訳じゃないんですけど……その、何と言いますか……改まって喋り方を変えるのも……は、恥ずかしいというか何と言うか……」



「そ、そんな大袈裟な!?ちょっとした与太話のつもりで言っただけだしいつもの無駄口と思ってくれて……」



言いかけた影次の袖をマシロの小さな手が掴む。耳まで真っ赤に紅潮させたマシロが影次の手を引っ張りお互いの顔を近づけ……普段の彼女からは想像も出来ないか細く、小さな声で影次の耳元に囁き掛ける。



「ふ、二人だけの時になら……い、いい……よ?」



「え゛」



「って、な、ななな何を言ってるんでしょうかね私ったら!ね、姉さんに勝って街も無事で浮かれちゃってるみたいですね!?す、すぐに夕食の支度をしますからエイジはどうかゆっくりしててくだしゃい!」



「あ、はい。そうさせていただきますです」



今にも火を噴きそうな真っ赤な顔をしたまま作り途中の鍋へと慌てて戻っていくマシロ。影次もしばらく茫然としていたがマシロが木べらを回すたびに部屋中にひろがっていく甘い匂いがどんどん強くなっていき、思わず何を作っているのかと尋ねてみると……。



「これですか?よくぞ聞いてくれました。私が考案した特製プリンシチューです。私がここで一人暮らししていた頃にはよく作ってたんです。……うーん、甘さがちょっと足りないかな」



「ちょっと外で買い物してくるわ」



サトラたちが出かけていた理由がようやく分かった影次であった。








一方その頃マシロのプリンシチューから一時避難……もとい買い出しに出かけていたサトラ達も丁度必要な買い物を済ませマシロの家に戻ろうとしているところだった。

両手いっぱいに食料の入った紙袋を抱え帰路に付くサトラとジャン。二人から少し遅れて焼け焦げたガラクタのようなものを手に珍しく神妙な顔をしているシャーペイ。



「さてと、これだけ買えば十分だろう。そろそろ戻ろう、マシロが待っているだろうしな」



「ですな。あの嗅いでいるだけで胸焼けしそうなシチューも待ち構えておりますぞ」



「思い出させないでくれ……前に一度だけマシロが振舞ってくれた事があるんだが、相当なものだぞアレは」



「ハッハッ、それはそれはヒゲが縮こまってしまいますな。……どうしたのです?置いていきますぞシャーペイ殿」



「んー……?あぁうん今行くから待ってよぅ」



そう言いながらもシャーペイの視線は手に持っているボロボロのガラクタ……影次たちを迎えに行った際に拾ってきたゴーレムの破片の一部に注がれたままだった。



「本来ならば一部でもそうやって持ち帰ってきてはならないものなんだぞ?魔術師学院や錬金術組合アルケミーギルド、ゴーレムを調べたがっている人間は少なくないんだからな」



「まあまあ、魔族であるシャーペイ殿にしか分からない事もあるかもしれませんぞ?……正直そこまで期待はしておりませんが」



「ネズミ君てば相変わらず辛辣だねぇ。しくしく、アタシ悲しい」



「で、結局のところどうなんだシャーペイ。何か分かったのか?」



「何度も言うけどアタシ生き物弄るのは得意だけどこういう機械系は専門外だからねぇ、しいて言うなら見たこともない素材で見たこともない技術で見たこともない造りをしてる、って事くらいかなぁ」



要は何もわからないという事がわかった、という事か。専門外の分野と本人も公言していた通り下からまり期待はしていなかったが、それでもやはり溜息は漏れてしまう。



「はぁ……まぁそんな事だろうとは思っていたが」



「ですな。さぁ帰りましょう。もたもたしているとまた冬眠してしまいますぞ」



「キヒヒッ、帰ったら暖かいプリンシチューが待ってるよー」



影次たちが待っているマシロ宅へと再び歩き出すサトラたち。そんな中シャーペイはサトラとジャンに気取られないようこっそりとゴーレムの破片を自分の影の中・・・にしまい込んだ。

見たこともない素材、見たこともない技術、さっきサトラたちに言った事は決して嘘偽りでは無い。


だが見たことは無くてもとても近いものにシャーペイは覚えがあった。

それ・・と比べればゴーレムに使用されている技術はあまりにも低次元、原始的とも言えるレベルのものであったが、それでも根本的なところ……言うなれば製作者の色とでも言うべき部分において非常に酷似している未知の技術・・・・・をシャーペイはとても間近に心当たりががあった。




(ま、しばらくはナイショにしといた方が良さそうだよねぇ。どっち・・・もまだまだわかんない事だらけなんだし。

……けどもし気のせいじゃなかったとしたら一体どういう事なんだろうねぇ?ゴーレムと・・・・・騎甲ライザーが似てる・・・・・・・・・・なんてさぁ)

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