氷華爛漫×甦った巨人

修練場に吹き荒れていたセツノの雪魔法による吹雪は雪が凍結し雹となり、セツノのコントロールを離れマシロの手に完全に掌握されてしまっていた。

場の支配権を奪い返そうと試みるセツノだったが既に一度完全にこの一帯を覆い尽くした自身の雪魔法をそっくりそのまま奪い取られてしまったせいで再度一から雪魔法を発動させる事が出来ない。

マシロの心を折るために実力の差を見せつけようとしたのが完全に裏目に出てしまった。



「ありえない……あなたの魔力で私の魔法を上書きする事なんて出来る筈が無い……!マシロ、あなた一体何をしたというの!?」



思わぬ反撃どころか形勢逆転もいい所だ。困惑している間にいつの間にか足元にまでマシロの氷が広がってきておりセツノは両足の自由を奪われてしまう。

魔力量も、それを操る技術も何もかもマシロよりセツノの方が上なのは紛れもなく事実だ。だからこそ今起きている事がセツノにはどうしても信じられなかった。自分より魔術師としてはずっと格下であるマシロが何故、自分の魔法を塗り替えられたのか……。



(……違う。魔法の上書きじゃない……?)



未だ信じられない事態に混乱しながらも冷静に状況を分析し始めるセツノ。マシロの魔力で自分の魔法を超える事は不可能の筈。これは慢心でも驕りでも無く魔法そのものの法則、ルールのようなものだ。

これは正攻法による魔法の上書きでは無い、もっと別の異質な何か。そう考えた時にセツノが思い当たったのがこの異変が起き始めた前兆、雪が雹になった時の光景だ。



(確かあの時マシロは私の雪を氷に……。雪を、氷に……!?)



術を上書きされたのならばセツノの降らせていた雪は止み、それからマシロの氷魔法による雹が降り始める筈だ。だがマシロはセツノの雪を凍結させ雹に変化させた。これは本来あるべき魔術師の扱う術の摂理から外れたものだ。つまり……。



(上書きしたんじゃない……!あの子は私の魔法を盗んだ……いいえ、奪い取ったというの!?)



それはマシロ自身も意図的に行った事では無かった。

セツノに勝つためにただひたすら無我夢中で氷魔法を発動させようとセツノの魔力に塗り潰された中で起きた偶然の産物だった。

セツノの魔力によって作り出された雪の上でいくら魔力を注いだところで氷の欠片一つ作れず、それでも必死に魔力を練り続けるうちにセツノの魔力に跳ね付けられ続けていたマシロの魔力がふとした拍子にセツノの魔力に入り込んだ・・・・・のだった。


それはセツノはおろか他のどんな魔術師も知らない未知の感覚。マシロしか知りえない技術。

他者に自分の魔力を分け与える、今までマシロが虐げられ続けてきた象徴とも言うべき忌まわしい固有魔法オリジナルスペル魔力譲渡マジックギフトだった。



「天に霜晶地に絶氷。無常の刹那に暇の夢を。覚醒めざめて眠れ、あがないひれ伏せ!」



マシロの氷魔法に染め上げられた修練場はもはやマシロの世界だった。

魔力譲渡マジックギフトは他者に魔力を分け与えるだけの魔法だと誰もが思っていた。当のマシロ自身でさえも。


だがその本質は魔力を与える際に自身のと他者の魔力を繋ぎ合わせるという性質にこそあった。

それは言い換えれば自分以外の術者の魔力に入り込む事ができるという事、引いては他者の魔法に侵入し操る事も作り替える事も出来る事になる。影次のいた世界風に言うならば他人の魔法に対ハッキングするようなものだ。


更にマシロの場合影次のライザーシステムという魔力とは根本的に異なる異質の存在に対し何度もエネルギー代わりに魔力を投与し続けてきた事により培われた繊細なコントロール技術と経験値があった。

ライザーシステムに比べれば他人のものとは言えど同じ魔力同士、接続する事などそう難しいことではなかった。



魔力譲渡マジックギフトなんてとんでもない……あの子の魔法の本質は譲渡なんかじゃあない、魔術支配キャストドミネイション……!」



魔力の差も技術の差も覆し無に帰す魔法。

魔術師にとって天敵ともいうべき魔法。

まさに魔術師殺しと呼ぶべき魔法。

マシロの詠唱に呼応し凍り付いた地面から氷で出来た小さな花が幾つも芽生え、セツノの周囲を囲むようにして花々がみるみる大きく成長していきセツノの体を蔓や蔦で縛り上げていく。



「まさか、そんなまさか……!わ、私が……マシロに……」



「誘うは真白の世界!芽吹き開いて咲き誇れ!」



何故自分が負けるのか、どうしてマシロに敗北するのか信じられないといった表情を浮かべたまま成す術もなく氷の花に埋め尽くされていくセツノ。氷花はセツノの体を封じ込めるのと同時に彼女の魔力を吸い上げ、それらを養分として更に大きく花開かせていく。



「私が負けるというの……?あの子に……!あのマシロに……!?」



氷華庭園ガーデンオブクリスタニア!!」



修練場に煌めく大輪の華が咲き乱れる。

氷で作られたきらびやかな華々の中でセツノは自分がマシロに負ける事実を信じられないまま凍り付き冷たい氷の中でまるで時を止められたかのように動かなくなってしまった。


セツノの戦闘続行不能は一目瞭然。ビションフリーゼ姉妹の魔法勝負は圧倒的な実力差を覆しマシロの勝利で幕を降ろしたのだった。







「マシロ!!」



「……大丈夫ですよ。そんな大袈裟な」



決着が付くや否や今にも倒れてしまいそうなマシロの元へと慌てて駆け寄っていく影次。勝利したものの肉体的なダメージは明らかにマシロの方が大きく体中打ち身や擦り傷だらけの状態だった。

元はと言えば自分のせいでこんな事態になってしまったと、マシロにこんな思いをさせてしまった事を謝ろうとする影次だったがマシロの小さくか細い手がそんな胸中を察したかのように影次の口を塞ぐ。



「謝らないでください……エイジの為だけに戦った訳じゃないんですから。姉さんとは、いずれこうしてきちんと向き合わなければいけなかったんです……。これで私も、少しは自分に自信が持てそうな気がします」



未だ氷の大華の中に閉ざされたままのセツノを振り返るマシロ。セツノの事はあのままで大丈夫なのかと聞いてみると氷の華はセツノの魔力を吸い尽くしたら勝手に砕け散るそうなので命の危険は無いらしい。

「風邪くらいは引くかもしれませんけどね」と悪戯ぽく笑う彼女に影次もようやく肩の力が抜け、釣られて吹き出してしまった。



「エイジの事だからいつもみたいに自分の事なんて何も考えずに助けに来てしまうんじゃないかと気が気じゃ無かったですよ」



「本当はそうしたかったけどな。でも、俺の知ってるマシロはセツノさんが言うような弱い人間じゃなかったし、マシロの事何も知らないくせに好き勝手言いやがってやっちまえマシロ。って思ってたよ」



「あはは、やってやりました。でも魔術師としての力量はやっぱり姉さんには遠く及びません。今回勝てたのもまぐれのようなものですし多分同じ手は二度と通じないでしょうね」



氷華の中のセツノは自分がマシロに敗れた事を信じられないという表情のまま静止し続けている。

そんな姉に対しマシロの胸にはもう怖れも妬みも無く、偉大な魔術師への尊敬の念と感謝の気持ちを込めて帽子を取り、小さく頭を下げた。



(ありがとうございました姉さん……。私はもっともっと強くなります。いつか必ず、姉さんよりも)



「えっと……これで一件落着でいいのかな?後になって勝負を反故にするなんて事は無いよな」



「ご安心ください。セツノお嬢様はビションフリーゼ家の名に誓い今回のマシロお嬢様との勝負を敢行致しました。不本意な結果になったからと誓いを違えるのは当主としてあるまじき振る舞い。そのような事をなさるお方ではありませんよ」



氷漬けにされたセツノを撫でくり回していた執事のネージュがそう言って今回の勝負の結果を保証してくれる。これで影次は今まで通りマシロやサトラたちと共にいられるという事だ。

全てはこんなにボロボロになるまで姉であるセツノに立ち向かってくれたマシロのお陰だ。自身の軽率さから彼女を傷付ける事になってしまった自責の念から改めてマシロに謝ろうとする影次だったが、寸でのところで言いかけた言葉を飲み込み、別の言葉を選ぶ。



「本当に、俺はいっつもマシロに助けられてばっかりだな」



「で、ですから私はあくまで私自身の為にですね……」



「だとしても。お前に救われたのは事実だよ。ありがとう、マシロ」



「……うん」



面と向かって率直に感謝の意をぶつける影次に対しマシロは気恥ずかしくなり素直に受け止められず咄嗟にひねくれた態度を取ってしまうが、何度か視線を右に左にと行き来させたり上目遣いで影次の顔を覗き込んでは逸らしたりと繰り返すと帽子を目深に被り顔を隠しながら小さな声で……。



「……あなたが私を信じて見守ってくれていたから諦めず戦えたんです。あなたの前でみっともない姿は見せられないって、格好つけてただけです」



「何だって?よく聞こえない」



「き、聞こえないように言ったんですっ!!二度と言いません!!」



「理不尽」



「ほらほらそんな事より帰りますよ!今頃サトラ様も心配なさっているでしょうし……」



「マシロ!!エイジっ!!」



「ほら、言ってる傍からサトラ様の声が……って」



一瞬空耳かと思った二人だったがこちらに向かって酷く慌てた様子で走ってくる人影は紛れもなくサトラ本人だった。



「屋敷の人にマシロたちはここにいると聞いてな……!突然の無礼をどうか許して……」



屋敷の主であるセツノに連絡も無しにやってきた非礼を詫びようとするサトラだったが肝心の当主が氷の華の中に活けられてしまっている状態な事に気付き……。



「ど、どういう状況なんだこれは」



「マシロがセツノさんに勝ってくれたから問題は万事解決、って状況かな」



「全然話が見えないんだが……い、いや今はそれどころじゃない!その話は後で聞くとして、今すぐ来てくれ!!」



てっきりサトラは自分たちの事を心配して来たのかと思っていた影次とマシロだったが尋常では無いサトラの様子に何が起きているのかと兎にも角にも言われるまま街の方へと向かい走り出す二人。

一人残されたネージュは氷漬けにされた主人セツノをしばらく眺め……一頻り堪能してから本人に聞こえないのを良いことに不満の言葉を漏らした。



「ちいっ、ギリギリ裾の中が見えない」








「なっ……」



「何なんですかあれは!?」



サトラ本家屋敷を出た影次とマシロが目にしたのは街中からもよく見えるディプテス山脈、そこに連なる山の一つが地響きを鳴らし動いているという余りにも異様過ぎる光景だった。



(山が動いて……?いや違う。あれは……)



この距離からでは雪の影響もあってうっすらとした輪郭しか見えないので分かり難いが目を凝らすと人の形のように見える。文字通り山のような大きさのとてつもなく巨大な何かが動いているのだ。

動きはゆっくりとしたものではあるがサイズがサイズだ。手を足を少し動かすだけで街の方にまで激しい地響きや衝撃が伝わってくる。

さっきまで結界の張られたビションフリーゼ屋敷の修練場にいた影次たちはマシロとセツノの魔法勝負の真っ最中で音も振動も掻き消されてしまっていた事もあり今の今まで大騒ぎの街の様子に全く気付かなかったのだった。




「あそこはディプテス山の辺りだ……。まさかこれも魔族の仕業なのか」



「無関係……って訳じゃ無いだろうな。本人に聞いたほうが早いだろうけど」



あの魔族、狂乱魔人ナイトステークが雪山にいたのもあの巨人が関わっている可能性が高い。巨人が魔族のものなのか、ただ利用しようとしているのかは分からないがこんな街の目と鼻の先であれだけの巨体が暴れ出しでもすればどれほどの被害が出るかも想像が付かない。


現に街の住人たちも肉眼で見える距離に突然現れた山のような大きさの巨人にパニック状態になってしまっておりあちらこちらで悲鳴が上がっている有様だ。

無理もない、街を一歩出れば激しい吹雪と一面雪だらけの銀世界だ。不用意に街を出れば今度は遭難してしまうのが関の山なので避難したくても出来ないのだ。



「行くのだろう?少しだけ待っていてくれ。急いで山に入るための装備を持ってくる」



「頼んだ。マシロはその体じゃあ……」



今のままの服装ではとてもじゃないが寒さの厳しいディプテス山には入れないので入山のための準備をサトラに任せると影次は先程までセツノと魔法勝負を繰り広げていたマシロの怪我を気に掛けるが、当の本人は力強く拳を握って心配いらないとアピールして見せる。



「勿論行きますよ。魔力も姉さんからたっぷり吸い取りましたし傷も大した事はありませんから」



「ふわぁ……なんか街中騒がしいけどどしたの?あ、マーちゃんボロボロじゃんキヒヒッ変なの」



「あなたも黙ってついてきなさい氷漬けにしますよ」



「状況が何一つわからないのに理不尽っ!」



雪山に行くための防寒具を持って戻ってきたサトラとこの騒動の中今し方まで呑気に寝ていたシャーペイと共に突如出現した謎の巨人の元へ向かうべくデイプテス山へと急ぐ影次たちだった。








side-???-




「ヤバいっ!ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!」



一方意図せずして古代兵器ゴーレムの眠りを覚ましてしまった死霊魔人アッシュグレイ狂乱魔人ナイトステークは必死にゴーレムから逃げ回っている真っ最中だった。


ナイトステークの槍もアッシュグレイの包帯もゴーレムの装甲に傷一つつける事が出来ず、頭上から振り下ろされる巨大な拳や踏み潰さんとする足から逃げ惑う事しか出来ない魔人達。

封印の解き方が悪かったのか、敵味方を識別する術を持たないのか、ゴーレムは目覚めるや否や足元にいたアッシュグレイたちを攻撃し始めた。



「最悪だ!マジで最悪だチクショウ!何もかも台無しじゃねぇか!」



「確かにヤバいな、俺の槍が全然通りゃしない。ああ、尚更刺し貫きたい……!」



「言ってる場合か!さっさと逃げるんだよ!!」



折角これまで麓の街の人間たちにすら隠し続けてきた古代兵器がまさかの暴走だ。もしこの巨大兵器を自分たちのものに出来れば色々と面白い事になると楽しみにしていたアッシュグレイだったが完全に目論見が崩れてしまった。

コントロールは不可能。かと言って止める事も破壊する事も出来ない。逃げるだけで精一杯だ。

巨人ゴーレムの動きは鈍重なものではあったが素早さを補って余りある大きさ故にゴーレムの射程から抜け出すのも一苦労だ。しかも心無しか段々動きが速く、活発になってきているように見える。



「おいおい、今までは寝起きで寝惚けてたってのかよ……」



「あの滅茶苦茶固い体をグサッとやりたいズブッと刺したいあれだけの大きさだ一体どれだけ穴開けられるんだろうなぁ……あぁ興奮してきた溜まらん」



「踏み潰されるだけだっつってんだろこのイカれ魔人!!」



深く降り積もった雪に足を取られ思うように走れず焦りを募らせながら手に負えない同僚を半ば引き摺りゴーレムから逃げ続けるアッシュグレイ。

だが最悪な事に魔人たちが逃げているのはディプテス山を降り街に戻る際の下山ルートであり、当然このまま行けばゴーレムは一直線に麓のビションフリーゼの街へと降りて来てしまう事になる。

もしこの巨大ゴーレムが街まで来てしまえば逃げ場もなく非難出来ていない街の住人たちは一溜りも無い。無論、そんな事は魔人にとっては知った事では無いのだが。



(よし……街が見えてきた。これでゴーレムの標的が移ってくれたりすりゃあ御の字なんだけどな)



ビションフリーゼの街の人々を囮にして時間を稼ぎ、その間に逃げようと企むアッシュグレイ。

だが次の瞬間、そんな劣悪な思惑を抱く魔人の頭上を漆黒の流星が凄まじいスピードで通り過ぎていった。



〈Blaze! vanishingbreak!〉



「ファングスパート!!」



右足を煌々と深紅に染め上げた騎甲ライザーのキックがゴーレムの腹部に突き刺さり分厚い山のような巨体に衝撃を奔らせ、大きくよろめかせる。

破壊するまでには至らなかったがゴーレムは足を止め、足元の標的を魔族たちから新たに現れた黒い異形の戦士へと移し変え魂無き無機質な双眸を輝かせる。



「随分とまたデカい相手だけど……取り合えずワイルドに行こうか」



街へと到達しかけていたゴーレムの前に雪に包まれた白銀の雪山の中でその黒い鎧を鮮明に浮かび上がらせ、異世界のヒーロー騎甲ライザーが立ち塞がった。

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