姉妹対決×雪の女王

大浴場でのやり取りの後、ビションフリーゼ本家屋敷の敷地内外れにある広場へとやってきた影次たち。

敷地全域にかけられている結界魔法によって広場には雪の一粒さえ無く足元は手入れの行き届いた程良い硬さの土が敷き詰められている。



「ここはビションフリーゼ家のものが魔法の練習などに使用する修練場です。ここなら周りを気にせず思う存分魔法を使えるでしょう」



大規模な魔法を振るったとしてもこれだけの広さならば屋敷の外、街まで被害が行く心配も無いだろう。更に敷地内にかけられた保温効果の決壊魔法に加えてこの修練場を覆うように防御効果の結界魔法が重ね掛けされているらしく内側からの魔法を外に漏らさないようになっているらしい。



「ではお二人方の勝負、不詳この私ネージュと景品……エイジ様が見届け人を務めさせて頂きます。勝敗はどちらかの戦闘不能もしくは降参ギブアップによって決着となります」



「今聞き捨てならない事言いませんでした?」



「おっと失礼。口が滑りました景品様」



「後で怒られろあんた」



実際このビションフリーゼ姉妹の勝負は影次の処遇を賭けたものであるため景品というのはあながち間違いでは無いのだが……間違いでは無い分猶更実際口にされると複雑な気持ちになる。

本当ならばサトラたちもこの場に呼ぶべきだったのかもしれないがディプテス山の魔族たちの事も忘れてはならないので事後報告になってしまうだろうがサトラとシャーペイ〈と冬眠中のジャン)には街で留守番をして貰う事にした。



「ご安心くださいエイジさん。彼女は仕事以外には問題がありますがその分仕事だけは優秀です。公平な審判をしてくれると保証致しますよ」



「どうしようちょっとセツノさんちが面白そうに思えてきた」



緊張感のかけらもないやり取りが続く中、唯一マシロだけは会話にも加わらず表情を強張らせていた。


これから姉と戦うという事実にまだ現実味が沸かない。売り言葉に買い言葉で勝負を受けてしまったが、果たして自分が姉に勝てるのだろうか?いや、それ以前に勝負になるのだろうか?

学院所属の魔術師としての序列だけでもマシロは十三位に比べセツノは四位。まさに文面通り桁違いの相手だ。



(でも……でもやらなきゃ……。私が姉さんに勝たないとエイジが姉さんに……)



不安に押し潰されそうになる自分に必死にそう言い聞かせながらギュッと両手で杖を抱え込むマシロ。

対するセツノはネージュの悪ふざけに呆れ顔を浮かべているもののマシロとの勝負に対する緊張や気負いといったものは一切見られない。まるで最初から結果が分かり切っている、とでもいうような素振りにさえ思える程だ。



「さてと、そろそろ始めましょうか」



「ええ、いつでもどうぞ……!」



中央に引かれた中心線を境界とし、お互い修練場を半分ずつ陣取り中央に立つマシロとセツノ。

帽子を被り直し杖を構えるマシロ。一方のセツノは特に身構える事も無く静かに佇んでいるだけだ。



「念押しで確認します。本当に私が勝ったらエイジの事は諦めてくれるんですね?」



「ええ、エイジさんを力目当てに引き入れる事はすっぱりと諦めるし今後もしないと誓うわ。あなたこそ覚悟は出来ているのかしら。今のうちに最後のお別れを済ませておいた方がいいんじゃないの?」



「余計なお世話です。最後になんてなりませんから」



「お二人方とも準備は宜しいですね?それでは……始めてください!」



ネージュの合図と共に開始されたマシロとセツノ、ビションフリーゼ姉妹による影次を賭けた魔法勝負。

まずは先手必勝と言わんばかりにマシロが得意の氷魔法でセツノに攻めかかっていく。



いとまの夢へと誘わん、捉え捕えよ!凍結縛フリーズアンクル!」



杖の柄を突き立てた地面からセツノに向けて地を這うように氷が奔る。だが足を捉え身動きを封じようとするマシロの氷魔法はセツノに届く前に彼女の足元から凄まじい勢いで湧き出してきた大量の雪に阻まれ、マシロの氷はそのままセツノの雪に覆い尽くされてしまった。



「70点ってところかしらね。あなたの力はこの程度かしら」



「……っ!鋭き氷刃、駆けて廻れ!銀氷爪乱陣フロストリッパー!」



続けて今度は薄氷の刃を宙に生成しセツノに向けて放つマシロ。だがその魔法もセツノが指をパチンと鳴らすと同時に発生した吹雪によって押し返されてしまう。

どちらの氷魔法もマシロの術の中では威力の高いものだったのだが相対するセツノは未だ一歩も動いていない。それどころか指先だけでマシロをあしらってしまっている。



(学院序列四位……雪の魔女セツノ・ビションフリーゼ。もちろん簡単に勝てる相手だなんて思っていません……!)



自分の魔法を容易く破られてしまっても怯む事なく更に強力な魔法を詠唱し始めるマシロ。

相手が自分より遥かに格上だなんて最初から分かり切っていた事だ。今更実力の差がある事に驚いたりはしない。



「静謐なる白銀回廊、咲いて誇れ、抱いて眠れ!」



「構築が遅い」



セツノが軽く片手を振るうと激しい吹雪が詠唱途中のマシロに襲い掛かる。凄まじい猛吹雪をまともに浴びてしまったマシロは成すすべもなく簡単に吹き飛ばされてしまい雪が積もった地面を二転三転していく。

何とか体を起こし反撃に出ようとするマシロだったがいつのまにか足元に積もっている雪が蔦のように両足を這い上がり身動きを封じられてしまい、逃げる手段を奪われた状態で再度猛吹雪の直撃を受けてしまう。



「ぐっ……うぐぅっ……!!」



保温効果の結界魔法が掛かっている修練場はまるでディプテス山にも匹敵する激しい吹雪が吹き荒れ、修練場の半分、マシロがいる側にだけ既に膝まで届くほど深く雪が積もっている状態だ。

雪山では既に周囲にある雪を操っていたセツノであったが雪のない場所でも大気中の水分からこれだけの規模の雪を生成し自由自在に操る事が出来る。この圧倒的な魔力こそが現魔術師学院序列四位、シンクレル王国No4魔術師たる所以なのだ。



(姉さんの固有魔法オリジナルスペル、雪魔法……。汎用性も規模もコントロール技術も私の氷魔法より上……だけど瞬間的な威力ならっ!)



まだ汗一つかいていないどころか片手一本しか動かしていないセツノに対しマシロは吹雪によって体温も体力も著しく奪われている上に体のあちこちを激しく打ち付けて既にボロボロの状態だった。

だがここで諦める訳にはいかない。ここで自分が負けてしまったら……。



(エイジ……)



思わず修練場の外で自分たちの勝負を静観している影次の方へと視線を向けてしまう。

セツノに全く歯が立たない不安と恐怖からか、無意識に助けを求めてしまったのか。マシロの目に飛び込んできたのは悲痛な表情で、それでも黙って自分たちの勝負を見届けている影次の姿だった。



「マシロ……」



「思っていた以上に一方的ですね。まぁセツノお嬢様に叶う魔術師などほとんどおりませんし致し方ない事かと」



「……負けませんよ、マシロは」



実の姉に痛めつけられ続けるマシロの姿をただ黙って見ている事しか出来ない影次。こんな事態になったのも元はと言えば自分に原因があるというのに当の本人はこうして蚊帳の外で見物していることしか出来ない。

セツノが指を鳴らし、腕を振るう度に打ち付けられ、吹き飛ばされボロボロになっていくマシロの元に今すぐ駆けつけてやりたい衝動を懸命に堪えながら、影次に出来るのはただ目の前の姉妹の戦いから決して目を逸らさず見届ける事だけだった……。



「はぁ……はぁ……っ!」



「まだ続ける?力の差はもう嫌というほど分かった筈よね」



「そんなの……最初から、ずっと、前から……分かっていますよ……!」



初めて氷魔法に成功した時も、褒めてくれると思っていた父親から投げ付けられたのは「セツノはその程度の事などもっと簡単に出来た」という辛辣なものだった。

実力至上主義だったマシロの父は事あるごとにマシロとセツノを比較し、マシロを出来損ない呼ばわりし続けた。

当主である父のそんな態度に倣ってか、次第に周囲もマシロの事を一族の落ちこぼれとして蔑むようになり始め……決定的だったのがマシロに発現した固有魔法オリジナルスペル魔力譲渡マジックギフトという燃料替わり程度の役にしか立たないものだった事だ。



「私は……ずっと、ビションフリーゼ家の落ちこぼれ……。姉さんは……昔から跡取りとして父さんからも、みんなからも期待されてた人です……今更、比べるまでもありません……」



杖を支えにかろうじて立っているのがやっとといった状態のマシロ。もはや身も心もボロボロ、満身創痍もいいところだ。

姉の言葉一つ一つに思い出させられる幼少の頃からの苦い思い出の数々。半ば実家から切り離されるように街の片隅で一人暮らしをしていた事、少しでも姉に追いつこうと反対する父から逃げるように一般試験を受けて魔術師学院に入学した事、そして学院に入った後でも常に周囲からは「セツノの妹」と比較され続けた事……。



「私は……昔からセツノ・ビションフリーゼの妹としてしか見てもらえませんでした……。いくら努力しても、必死に勉強しても、周りは姉さんの妹ならそれくらい当然だと、姉さんはもつと凄かったと……。私にとって姉さんは、あなたは尊敬すべき魔術師で、憧れの人で……いつまでも、どこまでも私を縛り付ける呪いのような存在でした……!」



杖の柄から地面に魔力を注ぎ氷魔法を生成しようとするマシロ。だが既にセツノの雪魔法で覆われた地面には氷を作り出す事が出来ない。セツノの魔術によって生み出された雪に覆われた修練場全体がもはやセツノの魔力によって完全に支配された状態になっており、マシロはもう氷魔法を使う事さえ出来なくなってしまっていた。



「無駄よ。魔術師同士の戦いはその場をより制した者が勝つ。基本中の基本でしょう?この場は私の魔法が既に支配している。あなたの氷は、もう使えない」



「くっ……!」



「私が言うのも何だけどあなたの境遇には同情しない訳でも無いわ。けど私も当主という立場がある以上私情を挟む事は出来ないの。悪く思わないでね」



セツノが腕を振るうと空から降り続ける雪が空中で収束していき拳ほどの大きさの雪玉が生成されていく。圧縮され硬球のような強度になった無数の雪玉が立っているのがやっとの状態のマシロに降り注ぎ容赦なく全身を苛烈に打ちのめされていく……。



「うぐっ!くぅっ!?」



「意地を張るのも程々にしなさい。これ以上は大怪我じゃ済まなくなるわよ」



「ま……まだ、まだこれから……です……!」



「聞き分けのない子ね。エイジさんに良いところを見せたかったのだけど、これじゃあまるで私が悪者みたいで印象悪く思われるじゃない」



何度も一方的に打ちのめされ、それでも立ち上がり続けるマシロの姿は傍から見ている影次たちは勿論セツノの目にも痛々しいものだった。

セツノとしては少し実力差を見せつけてやればすぐにマシロが降参するものだと高を括っていたのだが、ここまでしぶとく食い下がってくるとは完全に計算外だった。

もはや戦闘不能にしてしまうしかないと判断したセツノは腕を頭上に掲げ今度は雪ではなく吹雪を収束させていく。圧縮されたそれは吹雪と言うよりもはや雪を含んだ嵐となり確実にマシロの意識を刈り取るに足りる威力にまで勢いを増していく。



「……これが最後よマシロ。降参しなさい」



それはセツノにとって姉として妹にかける精一杯の情けだった。

手も足も出ない一方的な展開、余りにも歴然とした力の差。身体に受けたダメージと同等、もしくはそれ以上に既に精神的にも押し詰められていたマシロは姉の言葉にとうとう心が折れてしまい、反射的に口から敗北を認める言葉を言いかけ……。




-それでも、少なくとも俺は君のお陰で助けられたよ-



かつて掛けてもらった、自分を救ってくれた言葉が不意に頭を過ぎり寸前のところで降参と言いかけた口を噤み、変わりにセツノの望まない言葉を返してやる。



「言った筈、です……まだ、これからだ、と……!」



折れる訳にはいかない。ここで負ける訳にはいかない。

例え相手が誰だろうと、例え姉が相手だろうと。今、この場で退く事だけは絶対に出来ない。

ここで負けたら何を失ってしまうのか、どれだけ大切なものを無くしてしまうのか。

失うものの大きさを考えればこの程度の痛みや苦しみなど大した事ではない。何度だって立ち上がれる。




(そんな心配そうな顔をしないでください……。大丈夫、ちゃんと思い出しましたから)



今にも飛び出して行きたい気持ちを必死で抑え込んでいる影次に一瞬視線を向け、残った力を振り絞り杖を構えるマシロ。

きっと自分は心のどこかでは、やはりセツノに勝てる筈が無いと最初から諦めていたのだろう。

きっと心のどこかでいざとなれば影次が助けてくれるだろうと都合のいい期待をしていたのだろう。



(本当につくづく自分が嫌になる……!これじゃあ昔と何も変わらないじゃない……)



ここで敗北してしまったら恐らくこの先もずっと、自分はセツノの影を追いかけ続け、その影に縛られ続けて生きていくのだろう。



(そんなの、まっぴらごめんです……!)



ここで敗北してしまったら影次はセツノの元へと行ってしまい、下手をすればもう二度と会えなくなってしまうかもしれない。



(そんなの、絶対にごめんです……!!)



絶対に許容出来ない事がある。絶対に許せないものがある。ならばどうすればいい?どうすれば姉の影を振り払う事が出来る?どうすれば影次を助ける事が出来る?


単純な話だ。今ここでセツノに勝てばいい。


自分を信じてくれたあの人を奪おうとするのなら許さない。力尽くで奪い返す。姉だろうが関係ない。




「……そう。手当てはきちんとしてあげるから安心しなさい」



降参を拒んだマシロに向けてセツノがゆっくりと掲げた腕を振り下ろし、荒々しく吹きすさぶ雪嵐がマシロへと目掛け放たれる。

直撃すれば間違いなく致命的な威力の凄まじい雪嵐が正面からマシロへと迫り……。


次の瞬間、マシロが放った氷魔法・・・・・・・・・・と真っ向から激突し、跡形もなく相殺され消し飛んた。



「……え?」



流石のセツノも何が起こったのか理解出来ず、止めを刺す筈だった雪魔法が破られた事が信じられないといった表情を浮かべる。

この修練場は先程も言った通りセツノの雪魔法によって一帯を掌握されておりマシロが氷魔法を使える状況では無かった。

マシロがセツノより高い魔力と精度を持っていれば支配権を上書きする事は可能だが実力の差からしてそんな事は出来ない筈だ。

ならば何故?マシロは今何をしたと言うのだろうか。



「な、何が起きているの……?マシロ、あなた一体何を……!」



周囲を舞う雪……正確には極小の氷の粒、雹となったそれらがマシロの振るう杖の動きに合わせて舞い踊る。足元に積もっていた雪が見る見るうちに凍て付いていき、セツノの作り出した白銀の雪景色がマシロの手によって氷の世界へと塗り替えられていく。



(大丈夫、もう不安な顔なんてさせません。あなたが……信じてくれる人がいる限り私はもう二度と折れません。二度と誰にも屈しません)



ボロボロになったローブの裾と帽子を直し杖を構えるとちらりと横目でセツノと同じように唖然とした表情を浮かべている影次を一瞥し、改めてセツノへと向き直る。

煌めく氷に覆われた大地。宵闇に街灯の光を水晶の如く煌めかせながら舞う雹。

今、この場を支配しているのは紛れもなくマシロ・ビションフリーゼの方だった。



「さぁ、ここからはクールにいきましょうか」

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