争奪戦×魔人の誤算

騎甲ライザーとしての力を知られてしまいサトラやマシロと離されビションフリーゼ本家屋敷へと連行されてしまった影次。

屋敷で彼を待ち受けていたのは苛烈な尋問でも厳しい拘束でもなく心配りの行き届いた極めて快適な待遇の数々であった。

そして今、ビションフリーゼ家自慢の大浴場にて何故か当主であるセツノと裸の付き合いをしている真っ最中なのだが……彼女の口から出たのはこの状況下で更に影次を困惑させる内容だった。



「……あの、今なんて?」



「ですから、ビションフリーゼ家うちに婿入りしませんか?と申し上げたのです」



「一体全体何がどうしてどうなったらそういう事になるんです!?」



影次が戸惑うのはごく当たり前の事なのだが一方のセツノはまるで世間話でもしているかのような態度で救い上げたお湯を肩にかけ、そのまま湯船の中で手足を大きく伸ばし体を解しながら平然と説明を続けた。



「私の夫となれば他の貴族や諸々の連中も易々と手を出せなくなるでしょうし、何より夫が妻に協力するのは至極自然な事。あなたが懸念しているような戦争の道具にされるような心無い扱われ方も避けられましょう」



「こう言っちゃ何ですがあなた自身が俺を兵器扱いしないという保証はありませんよね」



「あら、それを言ったらマシロやサトラ様だって保障なんてものは無いのでは?」



嫌味のつもりだったのだが逆にぐうの音も出ない反撃を受けてしまった。確かにサトラたちとはお互いの信頼の上という形のない不確かなものの上で今の協力関係が成り立っていると言えよう。

だがその信頼はこれまで共に過ごした短くも濃密な月日によって培われ、築き上げられてきたものだ。そしてセツノとの間にはそれが無い。影次が彼女を今一つ信用出来ない理由の一つ・・がまさにそれだ。



「その点に関しては残念ながら私を信用してくださいとしか言いようがありませんね。まぁ難しいとは思いますが。でも私だってこれでも血の通った人間です、自分の伴侶を道具や駒のように扱ったりなどするものですか」



(いやぁ……あなただったら必要とあれば平気で兵器扱いくらいする気がしますけどね)



〈平気と兵器。今のは一種の言葉遊びと認識しましたが〉



(ステイ)



最近どうにも様子がおかしいというか人間臭くなってきたと言うか……。『ルプス』の挙動はさておき最初は流石に冗談と思っていた影次だったがセツノは影次が脳内で一人漫才をしている事など露知らずこの提案に置ける影次のメリットを提示し始めた。



「当然エイジさんの今後の暮らしも全て当家が保障致します。決して良からぬ目的にあなたの力を利用する事もしないとお約束します。無益な争いの中にあなたを放り込むような真似はビションフリーゼの名に誓い決してさせません」



要は影次の凄まじい力がビションフリーゼ家にあるという事。その事実こそが何より重要なのだ。

圧倒的な力を保有している相手には周囲も不用意に手を出そうとはしない。何故なら誰しも報復によって生じる被害を恐れるからだ。持っている力が強大であればあるほど、それは行使せずとも手にしているという事実そのものが他者を警戒させ抑止力となる。

セツノが影次に求めているのはそういった意味合いでのなのだ。



「そう言えば……差し支え無ければで宜しいのですがお聞きしても宜しいでしょうか?エイジさんのお力というのは、その……他にも同じ力を持った方がいらっしゃるのですか?」



セツノからの当然の疑問に影次は静かに首を横に振って答える。知る限り騎甲ライザーの力を持っているのはこの世にたった二人。そのうちもう一人は別世界現代だ。絶対にないとは言い切れないが影次と同じ力を持つ者がいる可能性は限りなく0に近い筈だ。



「それにしたってご当主様自らそんな身を差し出すような真似を……。こういう事はきちんとお互い好き合った者同士で色々と育み合って……」



「あら、政略結婚なんて珍しくも何ともないじゃないですか。特に貴族なんて恋愛婚の方が稀有ですよ?」



思わぬところでカルチャーショックだ。そう言えば王族の血縁のサトラも婚約者がいたと言っていたような。

初心な夢想家ロマンチストじゃあるまいし22歳にもなって思わず中学生のような事を言ってしまった事に湯船に沈んでいく影次。出来ることならお湯じゃなくて穴に入りたい。



「ふふっ、別にそう落ち込まなくても。素敵な恋愛観じゃないですか」



「ゴボボボゴボゴボボ(忘れてください……)」



「それに政略や打算は抜きにして、私個人としもエイジさんとなら吝かではありませんし……ね?」



終始セツノのペースに翻弄され続けてしまっている影次。もはや何を言っても何をしても彼女の上手は取れないと諦めてしまい彼女の冗句にも若干投げやり気味に返す事しかできなかった。



「はいはい、冗談半分からかい半分と受け取っておきますよ」



「あらつれない。エイジさんはマシロみたいな子の方がタイプですか?」



「いや、どちらかと言えばセツノさんみたいな……」



「悪かったですね。タイプではなくて」



突然背後から聞こえた聞き覚えのある少女の声に影次と、そしてセツノも自分たちの背後に立っている少女のほうへと振り返る。

二人が浸かっている湯船の前に仁王立ちして冷ややかな目で影次たちを見下ろしていたのは他でもなく、湯浴み着姿のマシロだった。



「あらマシロ。いつの間に」



本当に気付かなかったのか気付かないフリをしていたのか、セツノは台詞とは裏腹に特に驚いた様子も見せない。そんな姉と影次の間に文字通り割って入り湯船に浸るマシロ。

じっくりと暖まっていた筈なのにマシロの氷のような視線が向けられると背筋に寒気を覚えるてしまい影次。

何なんだこのカオスな状況は。



「はぁ、ネージュの悪ふざけね?」



「ええ。屋敷を尋ねたら二人ともここだと。「面白そうだからマシロお嬢様もどうぞ」と快く通してくれました。すみませんでしたね、何やらお邪魔だったみたいで」



「邪魔だと思うのなら遠慮して欲しかったね。ねぇエイジさん?」



「俺に振らないでください」



湯浴み着を纏っているとは言えど布一枚姿の年頃の女性と至近距離で混浴している状態の影次は背を向け目を閉じ頭の中で素数を数える事に必死だった。



「良いところだったみたいですね。邪魔をしてしまってごめんなさい」



「おかしいなぁ風呂に入ってるのに寒気がするぞ」



気付けばいつの間にか湯船の中でマシロとセツノに挟まれる形になってしまっている。逃げ場も逃げるタイミングも完全に失ってしまった影次は頭の中で円周率を数える事に必死だった。



「エイジさんを取り返しにきた、って顔ね。正直あなたが本家屋敷ここに自分から来るとは思わなかったわ。てっきりあなたにはそんな気概なんて無いと思っていたけど少しは成長したのかしら」



「……お願いです姉さん、エイジから手を引いてください。確かに王都に報告を上げなかった事については非を認めます。ですがそれは混乱を避けるためでもありましたし何よりエイジ自身の事を考えて……」



「心配しなくても今後はビションフリーゼ家が責任を持ってエイジさんの身の安全を保障するわ。環境も権限も、私のほうが第四部隊あなた達よりもずっと力になれる。それともエイジさんがあなた達の方につくメリットをきちんと提示出来るの?」



「そ、それは……」



「呆れた。何の考えも無しにただ駄々を捏ねに来たという?。……さっき言った事は撤回するわ、やっぱりあなたは何も成長していない。何の力も無い何も出来ない子供のままなのね」



「セツノさん、その辺に……」



自分を挟んだまま言い争いを繰り返すビションフリーゼ姉妹のやり取りにそれまで口を挟まずに黙り続けていた影次だったが余りにも一方的にマシロをとぼし続けるセツノの口ぶりに我慢出来なくなり諫めようとするが、そんな影次の事を言われっぱなしにされていたマシロ自身が制止した。



「エイジは黙っていてください。これは……私と姉さんの問題ですから」



「違うわ、これは私とエイジさんの問題。あなたには関係のない話でしょう?」



幼い頃から決して敵う事の無い絶対的な存在として羨望と劣等感の入り混じったコンプレックスを姉に対して抱き続けていたマシロ。そんな彼女がこうして姉セツノに面と向かって意見する事自体、本来ならば相当の苦痛や恐怖を伴う事だろう。

だが、それでもマシロはセツノから目を反らす事も逃げる事も、そして引き下がる事も無く辛辣な言葉を浴びせるセツノに対し真っ向から牙を剥いた。



「……のは…………です」



「え?」



「関係ないのは姉さんのほうだと言ったんですよ!言わせておけばいきなり横から割り込んできて好き放題に……。いい歳して何でも自分の思い通りに行くなんていつまでも思わないでください!」



「い、いい歳……」



生まれて初めて姉に向ける怒声。セツノもまたこうして真っ向から感情をぶつけてくるマシロは完全に想定外だったのだろう、それまでの冷徹な表情も崩れ茫然としてしまっており、今度は逆に妹からの一方的な口撃を受ける事となった。



「エイジは私……私たちの大切な仲間です!特別な力があるとか無いとかそんなのどうだっていいんです!姉さんは偶然利用価値の高い駒を手に入れられる機会チャンスとでも思っているんでしょうけど……あなたのような人にエイジを渡すなんて絶対に出来ません!」



「吠えるのは結構だけど、なら第四部隊あなた達が彼の存在を今まで内輪に潜めていた事を王都に報告してもいいのかしら。大人しくしているならこちらとしても余計な波風を立てないように配慮するつもりだったのだけど」



「好きにしてください。けどその時は私も姉さんがエイジを自分の家で独占しようとしていた事を告発させて貰います。その若さで当主になったやり手の姉さんの事を好ましく思っていない貴族の方々もさぞ多いでしょうね。ただでさえ敵も少なくない中で国家反逆の疑いなんて、例え噂でも困るんじゃないですか?」



「……さっき撤回するって言った事を撤回するわ。しばらく見ないうちに随分たくましくなったみたいね」



「こうして言葉がきちんと通じるだけ、魔族に比べれば姉さんの方がずっとマシですから」



マシロが自分に歯向かうなど夢にも思っていなかったセツノだったが意外にも怒りや失望といった感情は全く見せず、むしろどこか楽しそうな素振りさえ感じられる。

一歩も引かないマシロに対しセツノは思案を巡らせ……逆にマシロの反抗を利用する手を思いついた。



「ならこうしましょう。マシロ、あなた私と勝負しなさい」



「姉さんと……勝負?」



「ええ。それでもし私が負ければエイジさんの事は諦めるわ。今回私は何も見なかったし聞かなかった事にする。それでどう?」



「じゃあ……姉さんが勝った場合はどうなるんですか」



「今後一切エイジさんに関わらないと誓いなさい。もちろんあなただけじゃなくサトラ様も、第四部隊の関係者も含めてね。それからエイジさんにはさっきのお話を正式に受けて貰いましょうか。

どう?あなたに私とやりあう度胸は無いかしら」



ビションフリーゼ姉妹のやりとりを静観していた影次だったが突然矛先を向けられ慌ててセツノの方へと向き直り……彼女が湯浴み着一枚の姿だという事を思い出しすかさず両手で目を隠す。

さっきの話・・・・・を知らないマシロは売り言葉に買い言葉で肝心の内容を確認せずにセツノの挑発に乗ってしまい……。



「……わかりました。その話お受けします。私が姉さんに勝てばエイジから手を引いてくれるんですね?」



「ええ。ビションフリーゼ家当主の名に賭けて誓うわ。エイジさんもそれでいいですね?」



「えっ、いや全然よくないんですけど……」



「どこを向いて喋ってるんですかエイジ。あなたにとっても凄く大事な話なんですよ!」



「取り合えず風呂から出てちゃんと服着てからにしない!?」








side-???-



「ぶぇっくしょん!!」



止めどなく吹雪が吹き荒れるディプテス山の奥深くに死霊魔人アッシュグレイのくしゃみが木霊する。

遥か古から眠り続ける古代兵器の所在を突き止めたは良かったのだが、それ以降完全に行き詰ってしまっていた。



「ウォルフラムがいてくれりゃあ色々調べてくれるんだろうけど魔人でもなきゃこんな所にそう易々とは来れねぇしなあ。っておいステークあんまイタズラするんじゃねえよ」



数百年はゆうに超えるであろう年月によって出来上がった分厚い氷の中に眠り続ける古代兵器。その氷をさっきから槍で突いて削り続けているのはもう一人の魔人、狂乱魔人ナイトステークだった。



「あぁぁ刺したい刺したい刺したい刺したい串刺し串刺し串刺し串刺し刺す刺す刺す刺す貫く突き刺す風穴開ける……」



「俺が言うのも何だけど相当ヤバいなコイツ……」



いつまでもこんなところにいてこれ以上欲求不満が募り続ければ冗談抜きで同族だろうがお構いなしに襲い掛かってきそうな気配だ。とは言えこの場を今離れる訳にもいかずアッシュグレイは目覚めさせ方のわからない古代兵器といつ凶行に奔るかもしれない同僚、二つの問題を抱え頭を悩ませていた。



「はぁ……こんな危ない奴とこんな寒いところでドン詰まりなんてなぁ。ジェンツーじゃ結構遊べて愉しかったのによぉ」



「はぁ……前に刺したドラゴンの感触は良かったなぁ。この前のナントカライザーってのも刺し心地最高だったし……。なぁアツシュ、ちょこっとだけ串刺しにさせてくれない?」



「串刺しにちょこっともクソもあるかバカ」



断られるとまた目の前の氷の壁をガリガリと槍の穂先で突き続けるナイトステーク。今はまだ我慢出来ているがこの調子だと遠くないうちに本当にアッシュグレイを刺しに来そうな様子だ。

良い玩具を見つけたと思ったが動かし方どころか起こし方が分からなければ古代兵器も単なるオブジェでしかない。そもそも起動させる事が出来たとしても制御方法が分からなければ意味が無いのではないだろうか?



「ん?なぁアッシュー。おーい」



「何だよ刺させろなんつーのはゴメンだぞ。俺ぁ今それ・・の扱い方を考えてんだよ」



「いや、氷が割れ始めたんだけど。しかも何か中で動いてないか?これ」



ナイトステークの言う通り分厚い氷に亀裂が生じている。槍で延々と突いていた部分からヒビが入っており、そこから連鎖的にどんどん大きく、深く広がっていく。

巨大な岩壁のような氷が崩れ始め魔人たちの頭上に次々と大小様々な氷の破片が落石のように降り注ぐ中、確かに深い深い氷の奥底で眠りについていたそれ・・が明らかに動き出しているのがアッシュグレイにもはっきりと見えた。



「お、おいおいおいおい……。お前何やってんだよ。ろくに使い方もわかってねぇのに何起こしてんだよ!」



「ハッハッ!凄いな、これが大昔の戦争で使われたっていう破壊兵器か……!」



氷壁が砕け、眠っていたものの双眸に光が灯りその腕が、足が動き始める。

長い年月をかけた作られた分厚い氷と雪の戒めが解き放たれたそれ・・はゆっくりと巨木のような指を氷壁にかけて身を起こす。

麓の街に住む者達も誰もがディプテス山脈の一部だと思っていた雪山の一つが崩れ落ち、その中からまさに言葉通り山のような巨体が現れた。

ブリキ人形のような外殻に太く雄々しい四肢。その無骨な姿はまるで分厚い鎧を着込んだ重兵士にも見える。



「マジかよ……コントロール方法もわからねぇのにどうするんだよこれ……」



目覚めたばかりのせいか鋼鉄の巨兵は今はまだ鈍く鈍重な動きではあるが完全に覚醒し本来の力を発揮したら一体何が起こるのかは魔族であるアッシュグレイたちにも想像がつかない。

だからこそ発見した後も不用意に手を出す事無く慎重に様子を伺っていたのだがナイトステークの暴挙のせいで完全に計画が台無しだ。



「いいねぇいいねぇ!このデカさ!刺し甲斐があるってもんだ!」



「言ってる場合か!俺らもさっさと逃げるんだよステーク!あんなの手に負えるかってんだ!!」



かつて人類と魔族の間で起きた大規模な戦争の最中でその力を振るったと言われる古代兵器。いくつもの街を焼き滅ぼし焦土と変え、ドラゴンすらも退けたと言われる破壊と殺戮の為に造られた巨人。


人造巨人ゴーレムティターンが今、永き時を経てシンクレルの地で眠りから覚めたのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る