影次とセツノ×捕らわれたライザー

「エイジが……セツノ殿に?」



雪山から戻ってきたマシロたちを出迎えたサトラは影次のライザーとしての正体がセツノにバレてしまった事、そして身柄をそのままセツノに確保され連れていかれてしまった事を聞きマシロたちの無事に喜ぶのも束の間、一転してその表情を曇らせた。



「申し訳ありません……」



「なに、マシロが謝る事はないだろう。セツノ殿相手に隠し通すのは難しいとは思っていたしな。それに……いつかはこういう事になるんじゃあないかとは前々から考えてはいた」



助けられた恩があったからとは言えサトラたち王立騎士団第四部隊がこれまで影次の存在を王都に報告せず秘匿していたのは紛れもない事実だ。現状人類の脅威である魔族に対する唯一と言っていい対抗戦力たる騎甲ライザー影次という戦力を隠していたのだ、反逆の意図有りと捉えられたとしても仕方がない。

無論サトラたちにそんなつもりは無い。影次がシンクレルという国に軍事力として利用などされないように、という配慮からの行動だったのだが……。



「セツノ殿はこれからエイジをどうするつもりなのだろうな。やはり自家の戦力にしようというのだろうか」



「正直姉さんが何を考えているのか私には分かりません……。でもこのまま姉さんの好きにさせてしまえばエイジはもう……」



「だからってさぁ、お姉ちゃんに逆らえるの?あっちの言い分は別に間違っちゃいないんだしさぁ。下手に歯向かったら第四部隊自体が罪に問われちゃうだろうしねぇ。あ、だからエイジは大人しく言いなりになった訳だ。キヒヒッ、マーちゃんサトちゃんたちがエイジの足枷になっちゃってるんだねぇ」



「……まったくその通りだ。返す言葉もない」



一応はビションフリーゼ家の人間であるマシロはいざ知らず遠縁ながらも王家の血族であるサトラまでももし国家反逆の罪に問われればもんだいは騎士団の一部隊では留まらないだろう。下手をすればシンクレル王家そのものに大きな混乱を起こさせてしまいかねない。

だからこそ影次はセツノに従う道を選び、サトラたちもまたそれに異を唱える事が出来ずにいたのだった。



「エイジ……今頃無事でしょうか。まさかとは思いますが酷い目にあわされたりしていなければいいんですが……」



「セツノ殿の事だ、下手な扱い方はしないとは思うが……心配だな」



「案外マーちゃんたちといる時より快適に過ごしてたりしてねぇ。キヒヒッ」










その頃、マシロたちが身を案じている当の影次本人は……。



「美味っ!」



「お気に召して何よりです。雪の下でじっくりと旨味を蓄えた味の濃い野菜はこの街の名産の一つなのです」



「こんな甘みの強いキャベツは初めてですよ。スープにも旨味がたっぷり染み出してそれがロールキャベツによく染みて……」



「失礼します。こちらルビートマトと煮込んだガーネットベアーのシチューになります。バゲットと一緒にお召し上がりください」



「おお……あのいかつい熊がトロトロに……」



ビションフリーゼ本家屋敷にて、セツノから豪勢かつ快適な待遇を受けている真っ最中だった。

卓に並ぶ絢爛な料理の数々は決して金銭にものを言わせた派手なだけのものでは無く腕のいい料理人が丹精込めて仕上げた品だと言う事がその味から雄弁に伝えられる。

晩餐に誘われた時は最初断ろうとした影次だったが既に食堂から漂う芳醇かつ甘美な匂いに堪えられず、こうしてセツノと食卓を共にしている状況へと至っていた。



(うん、食べ物に罪は無いしな。うわぁ熊肉が口の中で蕩ける……今まで異世界こっちで食べた肉の中で一番かもしれないな)



「喜んで頂けて何よりです。葡萄酒ワインはいかがでしょう?ビションフリーゼ領の葡萄は厳しい寒さに晒されているので甘味が強く飲み易い葡萄酒ワインになるんです。野菜や熊肉との相性もそれはもう抜群で……」



「お言葉に甘えて是非、一杯」



(うん、酒に罪はないしな。それに今は取り合えずセツノさんの機嫌を取っておいた方がいいだろうし)



ネージュが葡萄酒ワインを注いでくれたグラスに口をつけながら向かい合う形で食卓を囲んでいるセツノの様子を伺う影次。うん、確かに甘くて口当たりが良い。

雪山での一件から街に戻ってきた後もセツノからの詮索や質問は一切無く、まるで大事な客人をもてなすような厚遇が続くばかりだった。



「今湯殿の準備をさせていますのでお食事が済んだ後は是非当家自慢の大浴場をお楽しみください。吹雪でおからだも冷えてしまったでしょうし」



「いや、こうして暖かい食事を頂いているだけでも十分ですしそこまでは流石に……」



「ふふ、何ならお背中流しましょうか?」



「本当ですかお嬢様!?」



クスクスと笑いながらからかうセツノの軽口に鼻息を荒くしてネージュが食いつく。次の瞬間敏腕執事の体が雪に包まれ圧縮され……暖かな食堂に場違いな雪だるまのオブジェが出来上がった。



「……こほん、失礼しました」



「……いえいえ、お構いなく」



「エイジさん達はジェンツーからいらっしゃったのでしたね。確かあそこはつい先日までお祭りだったそうで……」



咳払い一つ、何事も無かったように微笑むセツノにどうリアクションしていいのかと影次が戸惑っているとそんな心境を見透かしたかのようにセツノが当り障りのない話題を振ってきた。



「ええ、トンネル開通記念の祭典の真っ最中に偶然訪れて。祭典が終わるまでトンネルが使えないという話だったので折角だからと堪能してきました」



「私も公務が無ければ行きたかったのですけれど……。ジェンツーの街には有名な劇団があるのですがご存じでしたか?」



「ご存じというか、実際観たと言うか……」



流石に「その有名劇団相手にポンコツ劇団と一緒に舞台勝負してました」とも言えず適当に言葉を濁す影次。苦い結末になってしまったが、今頃ムジナたちは元気だろうか?ショウフクの語彙は増えただろうか?



「エイジさん達はあちこちの街を旅して回っているそうですね。私なんて年に数度こうして故郷と本家屋敷の様子を見にこの街に来る事以外はほとんど王都に籠りっきりですよ。宜しければ旅のお話を聞かせて頂けませんか?」



「それくらいお安い御用ですよ。ただ俺たちも観光で行っている訳では無いのでセツノさんが聞いて楽しい話があるかどうか……。そうだなぁ、シーガルは港町だけあって新鮮な海の幸が美味しかったしパーボ・レアルはサンドイッチが絶品だったな。ネザーランドは屋台料理が……」



「えっと、観光では無いんですよね?」













「……やっぱりこのまま指を咥えて黙っているなんて出来ません」



ビションフリーゼの街のマシロの家。今後の事をどうするか、アルムゲートのバーナード隊長にどう報告すればいいのか、サトラが思慮に耽っていると徐にマシロが立ち上がり帽子と杖を持って夜も更けた中雪が降り続ける外へと出ていこうとする。



「待てマシロ。どこに行く気だ」



「決まってます姉さんのところです。エイジを解放して貰えるよう何とか姉さんを説得してきます」



「落ち着け。気持ちは分かるが説得すると言ってもどう彼女を納得させるつもりだ?それに話なら私が……」



「サトラ様は第四部隊の副団長。……それに王家の血縁者でもあります。エイジだけでなくサトラ様の首根っこまで姉さんに掴まれてしまう事になれば事態は益々悪化してしまうかもしれません。

ですからここは私が姉さんと話をしてきます」



サトラの言う通りマシロに何かしらの策があるという訳では無い。説得するとは言ったもののそんな生易しい相手では無い事は誰よりもマシロ自身が一番よく知っている。

だが、それでも今この状況で動けるとしたら、動くとすれば他の誰でも無く自分しかいないのだと、不安を振り払うようにマシロは杖を握る手に力を込める。



「キヒヒッ、実の妹だからって温情をかけてくれるタイプには見えなかったけどねぇ。それにもしかしたらエイジもマーちゃんたちよりお姉ちゃんの方が良いって言うかもしれないよ?」



「……かもしれませんね。事実私たちはこうしてエイジの足を引っ張ってしまっている訳ですし。でも、だからこそこのまま黙って大人しくしているなんて……私にはできません」



いつものように軽薄な口調で痛いところを突いてくるシャーペイの皮肉に対しても食い掛る訳でもなく素直に認めるマシロ。そんな普段と違う様子にシャーペイも思わず戸惑ってしまいそれ以上揶揄する事もせず部屋を後にするマシロの後姿をただ黙って見送るだけだった。



「マーちゃん、思ってたよりもずっとエイジにご執心だねぇ。いいの?行かせちゃって」



「マシロの言う通り私が出張っても余計な軋轢を生んでしまうだけになりそうだからな……口惜しいが。ここはマシロに任せてみよう」



「キヒッ、エイジも罪な男だねぇ。一人の男を巡って姉妹が骨肉の争いを繰り広げる訳だし」



こんな状況においても愉しんでいるような素振りのシャーペイ。対照的にサトラは影次、そしてマシロの身を案じながらも何も出来ない自身の不甲斐無さに憤りを覚えていた。

無策ながらも状況を打破するために行動を起こすマシロに引き換え自分は何故こうして大人しく留守番をしているだけなのだろう?本来ならば右も左もわからないこの異世界において影次の事を一番守らなくてはならないのは自分ではないのか?



(今までこれほど自分の立場や血筋を鬱陶しく思った事も無い……。私は結局王城を出ても未だこうして縛られ続けているのだな……)



(うーん、ほんとに罪な男だねぇ。ま、アタシ的には面白いからどーでもいいけど)











(結局風呂まで借りてしまった……)



『竜の宮殿』内の浴場に勝るとも劣らない広大かつ豪勢なビションフリーゼ本家屋敷の大浴場。

入浴を薦められた時は最初断ろうとした影次だったが既に影次の為に湯を沸かしてしまったというセツノに押し切られる形でこうしてゆったりと貸し切り状態の大浴場を堪能している状況に至っていた。



(うん、風呂に罪は無いしな。はぁ……いい感じに腹も膨れて酒も入って気を抜くとこのまま寝そうだ……。溺死するから絶対寝ないけど)



〈万一の事態には警告を発するのでその心配は無用かと〉



(寝坊防止機能じゃないんだぞ)



『ルプス』と脳内で漫才のようなやり取りをしながら体の芯にまで染み渡る湯の熱を堪能する影次。

もちろん『竜の宮殿』の風呂も豪華さや広さで言えばビションフリーゼ家の大浴場に引けを取らないが浸かり心地が違う。以前に港湾都市シーガルで入った露天風呂ともまたどこか違うような……泉質の差というものだろうか。



「そう言えばここのお湯はディプテス山の雪解け水を沸かしてるってセツノさんが言ってたっけ。その辺が何か関係してるのかな」



「一年を通して雪が途絶えないディプテス山の雪は豊富な魔力を含んでいますからきっとそのせいでしょう。疲労回復に健康増進、お肌にもとても良いんですよ」



「へぇ、それはそれは……って」



湯船の淵に背中を預けてくつろいでいた影次だったが自分以外の人間がいつの間にかこの浴場に入って来ている事に今頃になってようやく気が付き、それがしかも女性のものである事に慌てて頭に乗せていたタオルを腰に巻きながら飛び退く。



「な、な、なななんで……っ!」



「えっ?ああ、それから打ち身に擦り傷切り傷にも効果があると言われていますね。それと冷え性にも。私は使う魔法の性質上か昔から指先がすぐ冷えてしまうので時間があれば出来るだけ入るようにして……」



「そうじゃなくて!」



完全に不意を突かれ狼狽する影次に対し突然の乱入者、セツノはそんな狼狽える様子を可笑しそうに笑っている。湯気でよく見えないが一応湯浴み着のようなものは着ているようだ。よく見えないが。マシロとは比較にならないスタイルの良さが一目瞭然だが。いやよく見えないのだが。



「あら。言ったじゃないですか。お背中流しますって」



「そういうのは社交辞令で済ませるものでしょう……」



異世界と言ってもきちんと男湯女湯の概念があるのは過去にシーガルの温泉に入った時に学習済みだった。風呂上りにはミルクというところまで酷似していた時は思わず吹き出してしまったのも今となっては良い思い出だ。



「突然お邪魔して申し訳ありません。もう少しエイジさんとお話がしたかったので……。無作法をお許しください」



「話なら後ででも出来るでしょうに、よりによって何でこんなタイミングで」



「貴族も王族も裸になってしまえば只の人です。こんな姿で何を企てましょう?エイジさんと親睦を深める為にも当主としてでも国家魔術師としてでも無く一人のセツノという娘としてお話したいと、そう思っただけですよ」



口元に手を当てて悪戯ぽく笑うセツノ。と言ってもそれが本当に彼女の本心かどうかを影次は計り知れないので冗談半分程度に受け止めておく事にした。

平静を装い後ろを向いてあられもない姿のセツノを見ないようにする影次だったがそんな様子をまたもセツノに可笑しそうに笑われてしまった。



「てっきり眉一つ動かさないのではないかと思っていたのですけど。女性は苦手なのですか?」



「そういう訳じゃ無いですけど……初心なつもりもありませんが、だからってそこまで達観出来るほど枯れている訳でもないってだけですよ」



「あら、あんなに懐いているくらいだからマシロとはもう相応の関係なのかと」



「よく平然と肉親でその手の話が出来ますね」



表向きの仮面と本心の境界線が分からない以上冗談として笑えばいいのかさえ分からないが、もし素で言っているのだとすれば結構とんでもない人なのかもしれない。

いや、既に十分とんでもない人ではあるのだが……。



「で、色仕掛けで篭絡しようって魂胆ですか?」



「悪ふざけが過ぎたのは謝りますからご機嫌を直してください。そう警戒なさらずとも、あなたの事を兵器のように扱おうだなんてつもりは一切ありません。あなたの存在が公になれば他の貴族も黙ってはいないでしょうし騎士団も学院も躍起になってあなたを確保しようとするでしょう」



「ならあなたは?セツノさんは俺を一体どうするつもりなんですか。そろそろ具体的な事を聞かせて欲しいんですが」



「そうですねえ。ではこういうのは如何でしょう?」



背を向けたまま自分の処遇をどうする心積もりなのかと尋ねる影次にセツノは首を傾げ数秒何やら考え込むような素振りを見せてから、妙案を思いついたとばかりに手を叩く。というのも単なるポーズで本当は考えるまでもなく影次からそういった質問をされる事は想定していたのだろうが……。



「エイジさんさえ宜しければビションフリーゼ家に婿入りする、というのは如何でしょう?」



「……なんて?」

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