暴かれた秘密×虚実の吹雪
長い腕を鞭のように振るい襲い掛かる
ファングのパンチは容易く
(何だこの魔獣……いや、そもそも今の手応え、生きてるのか?)
相手の正体がわからない不気味さはあるが幸いにも
(ちょっとやそっとのダメージは回復するってタイプか。なら……)
周囲の雪を取り込んでダメージを治したところからこの怪物自体が雪で生成されていると考えるべきだろう。
ならば体を治す材料がない状況で、回復する暇も無いダメージを与えればいい。
再び腕を振り上げ始めた
そして宙を舞う
「ライザー……火炎スパイク!!」
凄まじい熱量の炎を纏った強烈な飛び蹴りが
先程よりも遥かに巨大な風穴を開けられた
「ふぅ……」
地面に着地するのと同時に変身を解く影次。やってしまったな、と思いながらもセツノの方へと振り向くと……
そこには足を痛めた筈のセツノが微笑みながら手を叩いている姿があった。
「なるほど。それが噂の魔族をも倒す力ですか」
「……ああ、最初から全部あなたの筋書き通りだったって訳ですか」
「あら、あなたが私を見捨てず助けてくれるかどうかは正直賭けでしたよ?流石に何から何まで計算通りとはいきませんよ」
浴びせられる拍手に皮肉を交えてそう呟く影次だったがセツノは特に悪びれた素振りも見せず、むしろ悪戯がバレた子供のように小さく舌を出して首を竦めてみせる。
パチン、とセツノが指を鳴らすと周囲の吹雪が突然止み、この地方にやってきてから初めてみる透き通るような青空が頭上に広がる。この吹雪もセツノの仕業だったという事か……。
「急に吹雪が強くなってマシロたちとはぐれたのも、さっきの怪物も、全部あなたの目の前で俺に変身……力を使わせる為だったんですね」
「気を悪くしてしまったのならごめんなさい。でも普通に尋ねたところで正直に話してはくれなかったでしょう?ああ、もちろんマシロたちも無事ですからご安心してください」
「だからって……この山には魔族がいるって言ったでしょう!もし本当に魔族が襲ってきたら守り切れるかどうか分からなかったんですよ!?」
「ふふ、心配いりません。だってここはディプテス山ではありませんから」
影次としてはそこそこ本気で怒ったつもりだったのだがセツノはそれでもしれっとした様子で自分たちが昇ってきたのが魔族と遭遇したディプテス山では無く隣接する別の山だと答えた。
「流石に私だって魔族がいるというところにのこのことやってきてこんな事はしませんよ。登っている途中でわざと全く違うルートに案内させて頂きました。正確には今いるのはディプテス山では無くその隣のディテプス山です」
「紛らわしい事この上無いネーミングですね……」
更にセツノはパチンと指を鳴らし今度はつい今し方影次が倒した筈の
つまり、影次たちが山に来た時から……いや、セツノの提案を受けた時から既に彼女の掌の上で踊らされていたと言う事なのだろう。
「ふふ、マシロたちを探しにいきましょう。きっとあの子たちも心配してくれているでしょうし。お話は同中でゆっくりと……ね?」
「はぁ……降参、完敗です」
まさかこうも簡単に化けの皮を剥がされてしまうとは……。願わくば彼女が自分たちの敵に回らないように、と影次はただ心の中で祈る事しか出来なかった。
とは言え影次も自分が召喚魔法によって異世界からやってきた、と馬鹿正直に説明する訳にも行かずセツノに話せる事はごく限られた範疇のものでしか無かった。
セツノも影次が全てを話していない事、話す事が出来ない程のもっと大きな秘密がある事は察していたがここで追及したところで教えて貰えないと踏んだのだろう、影次の話を聞き終えてもそれ以上の追及はしてこなかった。
「それにしても……実際俺があなたを見捨てていたらどうする気だったんですか」
「そこは先程も言いましたけど賭けるしかありませんでしたので。と言ってもあなたは私を見捨てたりはしない、とは思っていましたけどね」
マシロたちを探しに吹雪の晴れた雪山を進みながら話を続ける影次とセツノ。彼女が言うには昨日の時点で影次こそが魔族を倒した謎の黒い鎧の正体なのだとほぼ確信していたそうだ。
「話を聞いた当初は未知の魔法か特殊な魔道具の一種かとも思っていたのですが、昨日皆さんは魔族がいるかもしれないというにも関わらずディプテス山にたったお二人で向かわれましたよね。調査のためなのですから学者である
「成程……確かに傍から見れば不自然ですよね」
騎士であるサトラでもなく魔術師であり尚且つ雪山に強いマシロでもなく名目上はただの旅人、第四部隊の客人に過ぎない影次が魔族が待ち構えているかもしれない場所に向かうのは思い返してみればセツノの言う通りおかしな話だ。
「なのにサトラ様も何の疑いも無くエイジさんたちに任されました。つまり知っていたのでしょう、エイジさんなら万が一本当に魔族と遭遇したとしても心配いらないと。
黒い鎧の正体があなただと仮定して、では何故第四騎士団の味方をしているのか?待遇や金銭目当てならば王都に身を寄せれば良い訳ですし第四部隊にあなたを繋ぎ止める何か特別なものがあるとは思えませんでしたし……そうなると考えられるのは単純にあなた個人の人柄故に、なのではないかと」
ここまで見透かされると恐ろしさを通り越してもはや清々しいまである。昨夜セツノの屋敷で話をした時には既にここまでこちらの内情を読み明かしていたという事だ。
てっきり奇策を用いて何とか追及を逃れたと思い込んでいた自分が物凄く惨めになってくる。昨夜のやり取りはセツノからすれば最初から特に意味も必要もない、ただの茶番に過ぎなかったのだから。
「恩義か友情か……あなたは目先の利益では無く第四部隊に肩入れする事にした。お金が目的で無いのなら女性かしら、なんて邪推もしてみたのですけど……どうもエイジさんはそういったイメージではありませんものね」
「あはは……金、女と来たら次は酒ですか?」
「あぁごめんなさい馬鹿にしているつもりはないんです。ただ……正直理解出来ないところもあるんです。あなたは確かに凄まじく強大な力を持っている。なのに決してそれを自分の為に使おうとはしない。むしろ自分の力を戒めているようにさえ……」
「買い被りすぎですよ。単に悪目立ちしたくないってだけです。なんで出来る事なら今日の事は何も見なかったってことにして貰いたいんですけど……そういう訳にはいかないんですよね」
「ええ、申し訳無いのですが知ってしまった以上見過ごす訳にはいきません」
雪道を歩き続けながら世間話でもしているような口調の二人だったがその声色にほんの僅かに荒いものが混じり始める。
「……俺をどうするつもりですか?」
「ビションフリーゼ家に身柄を預からせて頂きます。これまで王都に報告を上げずに隠していた第四部隊は相応の処罰が下るでしょう。ですがご安心ください、王家にも騎士団にも魔術師学院にもあなたを引き渡すつもりはありません。あなたの身の安全は私が責任をもって保障します」
「俺の事はこの際どうでもいいんです。もしマシロたちに危害を加えるというのなら……」
鋭い視線を向ける影次にもセツノは眉一つ動かさず……それどころか「似合わないことはやめたらどうだ」と言わんばかりに苦笑すら浮かべている。
影次も勿論力尽くで意を通そうとするほど短慮では無い。だが自分の身がどうなるかという事よりもマシロやサトラ、ジャンたちの立場が危うくなってしまう事だけは何が何でも避けたかった。
「ごめんなさい、ちょっと脅かし過ぎましたね。第四部隊には
「従わなければ脅かしでは済まなくなる、って訳ですか」
セツノはただ小さく小首を傾げるだけで何も答えない。彼女に正体がバレてしまった時点で影次にはもはや選択肢は残されていなかったのだ。影次がマシロたちを見捨てられないというのも見越しているのだろう。
ここで自分一人逃げるのは簡単な事だ。だがそれでは残されたマシロたちがどうなってしまうか分からない。魔族への対抗策に成り得る力をこれまでずっと秘匿してきたのだ、下手をすれば国家反逆の罪に問われてもおかしくはない。
「言っておきますが、もし
「勿論そんな事は致しませんし誰にもさせません。お約束します」
約束すると言われてもセツノの言葉をどこまで信じて良いものかどうか影次には判断出来ない。騎士団や学院に差し出す気がないと言う事はビションフリーゼ家で騎甲ライザーの力を独占しようという魂胆なのだろう。
セツノの元で貴族間の駆け引きの材料に使われたりする自分の姿を想像すると眩暈がしてきそうになる。
バーナード隊長にも多少なりとも腹に抱える思惑はあっただろうが、こうして思い返してみるとつくづく第四部隊での自分の境遇は恵まれていたのだな、と痛感させられてしまう影次だった。
「……取り敢えず、話の続きはマシロたちと合流してからにしましょうか」
「そうですね。ああ、忘れるところでした。一つだけお聞きしても宜しいですか?」
「ええどうぞ。年齢でも趣味でも好物でも」
「それはまた追々。エイジさん、あなたはあの
「買い被り過ぎですよ。確証は無かったですし怪しんでる間にあなたにもしもの事があったら大変でしょう」
影次の返答を聞いたセツノは一瞬目を丸くして驚きの表情を見せ、それから肩を震わせクスクスと笑い始めた。
「成程成程。あの子がコロッといっちゃう訳ですね」
「何の話ですか?」
「ふふ、ひょっとしたら案外サトラ様も……」
「だから何の話」
一方その頃マシロたちもまた影次とセツノを探しに吹雪から身を潜めていた木の洞を後にし出発しようとしていた。
さっきまでの猛吹雪が嘘のように晴れ上がり頭上に晴天が広がっており、足元の雪が日光を照り返し頭上と足元から同時に陽光を浴びる形となるため凍えそうな寒さから一転、厚く着込んだ防寒具の中はあっという間に汗だくになってしまう。
「山の天気と女心は移ろい易いっていうけど、これはいくら何でも極端過ぎだよねぇ」
「中々趣深い格言ですね。何方の言葉ですか?」
「ん?アタシが今考えた」
「シャーペイもネージュさんもふざけていないで急ぎますよ!ああもう、こうしている間にもエイジと姉さんが……」
吹雪が止み凍てつくような寒さからようやく解放された喜びで雪の上に飛び込んだり雪玉を作って遊んでいる緊張感の欠片も無い二人にマシロの怒声が容赦なく浴びせられる。
嫌な予感しかしない。
どうして突然吹雪が止んだのか。山の天気が変わりやすいとは言ってもこんな風に急に晴れる事があるだろうか?一度疑問を持ち始めると先程の突然の猛吹雪も怪しく思えてしまう。もしやあれも作為的なものだったのではないか……。
そしてマシロには吹雪を人為的に操作出来る人物に心当たりがあった。雪を自在に操る
(まさか最初から私たちとエイジを引き離す事が目的で……)
遭難した風を装い二人きりの状況を繰り出す事。自分たちを案内するなんて名目で同行してきた時から怪しむべきだった。
自分の姉はこのシンクレル王国の全魔術師の頂点に立つ一人なのだ、特に彼女の得意とする雪魔法はこの雪山の中ではその真価を最大に発揮する。天候操作など姉にとっては容易い事だと何故失念してしまっていたのか……。
「そう焦らずとも大丈夫ですよマシロお嬢様。折角こんな良い天気になったのですからその愛らしいモコモコの厚着姿をもっとじっくり堪能させてください」
「キヒヒッ、お姉ちゃんとエイジが二人きりだもんねぇ。そりゃマーちゃんも気が気じゃないだろうさね。寒さ厳しい雪山、取り残された男と女、自然と二人は互いに温めあうために肌と肌を……」
「は?」
さっきの吹雪の何倍も身を凍えさせるマシロの一言に悪ふざけを続けていたシャーペイとネージュもすかさずその場で土下座した。
(ひえぇ……今マジのマジで氷漬けにする気だったよね)
(あのまさに氷のような眼差し……やはり姉妹、血は争えないものですね。久しぶりに昂ぶりました)
「エイジ……本当に大丈夫でしょうか。姉さんに酷いことされていないといいんですが……」
「ですから大丈夫ですってマシロお嬢様」
「ネージュさん、そうは言っても二人が今どこでどんな……!」
「吹雪を止めたと言う事はセツノお嬢様は目的を果たしたと言う事です。現にほら、ご覧ください」
ネージュが手を翳した方向に遠巻きながらこちらに向かって歩いてくる人影が見える。向こうもマシロたちの姿に気が付いたようで手を振って無事だとアピールしてきた。
「エイジっ!姉さんも……」
「そっちもみんな無事みたいだな。良かった」
「お疲れ様でしたお嬢様。屋敷に戻ったらすぐにお湯殿の準備を致します」
「また覗きに入ってきたら雪だるまにするわよ」
それぞれ互いの無事を喜び合う(?)と今度は別の不安がマシロの胸を過る。影次とセツノが自分たちと離れていた間に何があったのか、と。
「エイジ、その……大丈夫でしたか?姉さんに……えっと、何て言うか」
マシロが何を危惧していたのかは影次もすぐに察しがつき、自分を見上げているマシロの不安気な表情に申し訳なさと罪悪感で胸が締め付けられてしまうが……黙っておく訳にも行かず、正直に話した。
「ごめん、セツノさんにバレた」
「……え?」
その後、日が落ちかけ始めた頃に街へと戻ってきたマシロとシャーペイは待っていたサトラに山での出来事を報告した。
影次の事がセツノに知られてしまった事。そしてこの日のうちに早速影次の身柄がビションフリーゼ本家屋敷に捉われてしまった事を。
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