ホワイトアウト×銀雪の怪人

「雪崩?」



ビションフリーゼの街を訪れて三日目。魔族のいるディプテス山に再び登ろうと準備を進めていた影次たちの元にセツノの執事であるネージュが訪ねてきた。

彼女曰く昨夜ディプテス山で大規模な雪崩が観測されたらしく、その影響で影次とシャーペイが使用したルートが塞がれてしまったらしい。



「それって絶対あのナイトステークって奴の仕業じゃないの?よっぽど近づいてほしくないみたいだねぇ。逆に言えばそれだけ必死になって隠したいモノが確実にあるって訳だけど」



「けど参ったな……年中吹雪いてる雪山で一からルートを開拓していくとなると大変なんて話じゃないぞ」



「それに雪崩が起こった直後ですから雪の状態も不安定でしょうし、連鎖的にまた雪崩が起きる可能性も高いと思います」



すぐ目の前に魔族の手掛かりどころか魔族自身が居ると分かっているのにまさかの足止めを食らってしまい意気消沈する影次たち。だがネージュはただ道が塞がれてしまった事を告げに来た訳ではなく、この事態に対しての対応策も同時に用意してきていた。



「ご安心ください。ディプテス山の管理もビションフリーゼ家代々の務めの一つ。ビションフリーゼの者しか知らない登山ルートの十や二十はございます。……一つ二つです」



「何で盛ったのさ」



「セツノお嬢様も皆さまのお力になれるのならば喜んでお教えしますと仰っておりましたので、皆様方さえ宜しければ私たちがご案内致しましょう」



ネージュ……正確にはセツノの魂胆が騎甲ライザー影次である可能性が高い以上は迂闊にセツノに対して借りを作ってしまうのは後々面倒な事になりかねない。

だが現状他に打開策が無いのもまた事実なので……影次たちはしばらく相談した後、ネージュの提案を受ける事にした。











(それが何でこんな状況に……)



二度目のディプテス山。昨日と同様に影次とシャーペイ、そして今回はマシロも加わり更に何故か・・・セツノとネージュも同行し五人での登山となっていた。

セツノ曰く



「ビションフリーゼ家に代々伝わる秘密のルートですので記された地図なども存在しておりませんし、私が直接ご案内致します」



との事だったが……。



(どう思う?)



(明らかに怪し過ぎますよ。絶対に何か企んでいる筈ですから気を付けてください。とは言っても本当にそんなルートがあるかどうかは私には分かりませんけど)



実家からほとんど断絶されていたマシロにはセツノの言っている事の真否が判断出来ず、ここで下手にセツノの同行を断っても益々詮索されるだけなので仕方なくこうして共にディプテス山へとやってきたのだった。

ちなみに冬眠してしまっているジャンの事もありサトラには街で留守番をしてもらっている。



(しっかしまぁ貴族の御当主様自らこんなところまで付いてくるなんてねぇ。流石マーちゃんのお姉ちゃん、変わってるねぇ)



(どういう意味ですか。氷漬けにしますよ)



(じっとしてたら嫌でもなっちゃいそうだよぅ)



ちらりとセツノたちの方を振り向くと視線が重なりあい、微笑みながら小さく手を振ってきたので影次も何となく同じようにひらひらと手を振って見せる。

何か企んでいるには違いないだろうが、シャーペイの言う通り当主自ら同行すると言ってくるとは流石に思ってもいなかった。

ディプテス山には危険な魔獣がいると言ったのは他でもないセツノ自身だ。それに今この山には魔獣より遥かに危険な魔族がいるのだ。当然同行すると言われた時は反対したが「当主にしか道は分からない」と言われ押し切られてしまった。


魔族を実際に目の当たりにした事が無いせいでどれだけ危険な存在かを理解していないのか、影次が魔族を倒せると確信して当てにしているのか……。どちらにしてもまだ一日二日の付き合いではあるが聡明で計算高いセツノらしからぬ行動に思えてしまう。



「寒いよぅ……エイジはアレだから平気だろうけどマーちゃんも全然そうだねぇ」



「私だって寒いことは寒いですよ。でも子供の頃からずっとこの雪の中で暮らしていましたから」



「言っておくけど俺だって寒いことは寒いんだからな?」



雪国育ちのマシロはぶつぶつと文句ばかり垂れ流しているシャーペイと違いしっかりとした足取りでどんどん雪に埋もれた山道を歩き続けている。それはセツノの方も同じらしく涼しい顔で影次たちについて来ていた。

むしろお供のネージュの方が若干バテ始めてきている。



「暖かいシチューが食べたいよぅ……焼きたてふかふかのパンが欲しいよぅ……」



「僭越ながら私の人肌で宜しければ温めましょうか?」



「その手付きが何かすっごい嫌だから遠慮しとくよぅ」



「遊んでいないで足を動かしてください。永久凍土に眠らせますよ」



「ネージュもふざけてばっかりいると雪だるまにするわよ」



だがシャーペイとネージュが弱音を吐くのも無理はない。山全体を包み込む猛吹雪は昨日よりも更に勢いが強まっており数メートル離れただけで相手の姿どころか声までかき消されてしまう程だ。

彼是一時間、二時間と歩き続けているが正直昨日歩いたルートとどう違うのかさえ分からない。



「みんなちゃんといますかー!?」



「ここにいるよー!!」



「いるけど寒いよぅ!!おうち帰りたいよぅ!!」



吹雪のせいで視界も塞がれているので定期的に大声で呼びかけ全員の無事を確認しあいながら山道を登り続ける影次たち。だがどんどん登れば登るほど吹雪は強くなっていき分厚い防寒具に身を包んでいても容赦なく冷気が体力と体温を奪っていく。

互いの存在を確認しあいながら少しずつ、少しずつ突き刺すような寒さと全身を殴りつけてくるような吹雪に耐え山道を進んでいく。


だが突然、それまで呼び掛けていたマシロの声が途切れる。それどころかいつの間にか影次の周囲からさっきまで一緒にいた面々の姿も気配も無くなってしまっていた。


逸れてしまったのだとすぐに『ルプス』に周囲を探知させ魔力を頼りにマシロたちの居場所を見つけようとするが何故か『ルプス』は探知不能だと答えた。



〈この一帯が大規模な魔法によって覆われている模様。その影響で範囲内の他の魔力の探知が不可能になってしまっています〉



(魔力……?まさか魔族が)



影次たちは魔族がいるところに向かっているのだ。当然無効にもその動きを察知されてしまっていても不思議はない。だがこんな状況下で仲間と分断されてしまうのは最悪の事態だろう。

影次が狙われるならまだしも、今ここでマシロたちが襲われてしまったら……。



「マシロ!!シャーペイ!!」



ありったけの声を張り上げて呼んでも吹雪によって声がかき消されてしまう。それでも諦めず何度も何度も呼び続けながらマシロたちを探す影次。

いっそ変身してこの邪魔な雪や吹雪を吹き飛ばしてしまおうかとも思ったが万一雪崩が発生してしまったらそれこそマシロたちが危険に晒されてしまう。



「くそっ……!どこだ!返事をしてくれマシロ!!シャーペイ!!セツノさん!!」



「誰か……誰かそこにいるんですか……!?」



「……っ!?」



適合手術によって聴覚を強化されている影次でなければ聞き取れなかったであろう小さな声。

その声の方向に向かって雪を掻き分け一心不乱に走っていき、朧気に見え始めた人影に手を伸ばす影次。

猛吹雪で姿はよく見えないがその人物の声にはとても聞き覚えがあった。



「マシロ!?大丈夫か、無事か?」



「わ、私は平気です……ですが、他の皆さんが……!」



「とにかく一旦どこか吹雪を凌げるところに行こう!このままじゃ俺たちも氷漬けになりそうだ!」



『ルプス』に周囲の地形を探させこの猛吹雪をやり過ごせそうな場所へと移動する事に。下手に他の面々を探そうと闇雲に動き回る愚を避けての判断だった。

丁度都合よく、影次たちがいた場所から近いところに岩盤に出来た巨大な裂け目クレバスを見つけ一先ずそこに避難する。

そこは裂け目というよりちょっとした洞窟のようになっており幸運にも風向きから裂け目の中にまで吹雪は入って来ず格好の避難場所だった。



「助かった……。ここならしばらく大丈夫そうだし少し休んだら他のみんなを助け、に……」



そこで振り向き、ようやく影次は自分が今までずっと誰の手を・・・・握っていたのか・・・・・・・気が付いたのだった。



「ああ、服の中にまでこんなに……」



ずっとマシロだと思っていた人物は入り込んでしまった雪を払おうと防寒具の前をはだけ、マシロより色々な意味で成熟した外見を露にする。

影次が驚きの表情で自身に視線を向けている事に気付いた彼女、セツノは小さく小首を傾げながら怪訝そうな表情を浮かべ……



「どうかしましたか?」



「いや……マシロも数年すればそんな風に育つのかなぁ、と」










「くちゅんっ!」



「お、マーちゃん風邪ひいちゃった?」



「いえ……何となく失礼なことを言われているような気がして」



一方マシロたちも影次たちと同様に都合よく雪を凌げそうな巨木のうろを見つけ非難していた。

突如として勢いを増した吹雪に目と耳を完全に奪われ危うく全員お互いを見失いそうになるところだったが何とかこうして一息つける場所にまでたどり着く事が出来たのだった。



「エイジは大丈夫……だろうねぇ。自力でどうにでも出来そうだし」



「お嬢様……ああ、今頃寒空の下で凍えていらっしゃらないでしょうか。私めがご一緒ならば暖めて差し上げられるというのに……」



「うーん、この執事さんもブレないねぇ」



シャーペイにすら引かれているネージュの事は一旦さておき、やはり心配なのははぐれてしまった影次とセツノの事だった。

影次はシャーペイの言う通りいざとなれば変身して自力で街まで戻れるので心配は然程でも無かったのだが、問題なのはセツノもはぐれてしまっている事だ。

もし、影次とセツノが二人きりでいるのだとしたら……セツノにとっては他に邪魔の入らない絶好の機会だ。昨日のような奇策で凌ぐ事はもう出来ないだろう。



「エイジ、姉さんと二人きりだったりしませんかね……」



「キヒヒッ、確かにそれは心配だねぇ。マーちゃんと違ってお姉ちゃんの方はバインバインだもんねぇ」



「永久の眠り悠久の眠り誘いし白銀の棺よ我が名に応え我が声に応え……」



「ちょちょ!外の吹雪より凄い冷気だよぅ!?」



(うーん……マシロお嬢様に氷漬けにされるのもアリかもしれませんね)









岩盤の裂け目クレバスに身を隠し吹雪が弱まるのをじっと待っていた影次とセツノは視界が多少確保出来るくらいには雪の勢いが弱まったところを見計らいマシロたちを探しに再び雪山の中を歩き始めた。


昨日の一件もあり自分から迂闊に話かけるのも難しく、雪が弱まるのを待っている間の約一時間弱の間ほとんど二人の間で会話らしい会話は無いままだった。

体温と体力の維持に持参してきた食料を食べている間も、気を紛らわせるためにコーヒーを淹れている間も、影次は勿論セツノの方からも最低限のやり取りはすれども会話らしい会話はほとんど無かった。



(てっきりこの機に色々と質問攻めにされると思ってたんだけどなあ……本当に何を考えているのか全然わからないな)



腹芸では到底足元にも及ばないのは分かっているので警戒していたのだが、こうも何もないと逆に不気味なものを感じてしまう。

と言ってもこちらから蒸し返す訳にも行かないので今はマシロたちと合流することが先決だとマシロたちとはぐれた辺りまで戻ってくると周囲を探し始める。



「いませんね……。私たちみたいにどこかいい場所を見つけて避難しているのかもしれませんね」



「だといいんですけど……」



雪国育ちのマシロならどこかに上手く避難している可能性は高い。それにシャーペイも一緒ならば彼女の転移魔法で街に戻る事も出来る。

ネージュは……今のところ影次の中の印象では頼れる要素が見当たらなかった。



「向こうに行ってみましょうか。あちらには大きな木も多いので吹雪をしのげる場所もあるでしょうから」



セツノに先導され彼女の言う通りうっすらと遠巻きに吹雪の中でもびくともしない巨木が並ぶ森が見え始める。

本来ならばこういった過酷な環境下では樹木は成長できず背の低い木ばかりになる、所謂いわゆる森林限界というものが起こる筈なのだが流石は異世界と言うべきだろうか。



「この辺りの木はうろがあるものが多いんです。大きなものだと人が三、四人くらい入れるものもあるのでもしかしたらこの辺りに……」



そう言ってセツノが振り返った次の瞬間、彼女の背後から雪に紛れて白い影が勢いよく迫り来る光景が影次の視界に飛び込んできた。



「危ないっ!!」



「きゃっ!?」



咄嗟に雪の上にセツノを押し倒す影次。白い影は影次たちの頭上を飛び越えると長い両腕を鞭のように振り回し周囲の木々の太い枝を易々と叩き折りながら立ち止まり、ようやくその姿が影次たちの目にも明らかになる。

人の形……と言えなくもないが明らかに人ならざる形状をした頭の先から足元まで全身周囲の雪のように真っ白な怪物。


だらりと垂れ下がる細い腕は地面まで届くほど長く、逆に足は関節部分が昆虫のように折れ曲がっており怪物が歩く度に長い両腕が雪の上に跡を残す。

顔……と呼べるのだろうか、目も鼻も口らしい箇所も見当たらないツルリとした頭部。まるで手足のバランスがおかしいデッサン人形のような姿だ。



(魔族?いや、どこか違う。こいつは一体……)



魔族か、将又はたまた魔獣の類か。正体は分からないが突然襲い掛かってきたのだし友好的な相手では無い事だけは確かだろう。

今ここで、セツノの目の前で変身して戦う訳にはいかずセツノの手を取り怪物から逃げようと走り出す影次。だが数歩もしないうちにセツノは足をもつれさせ雪の上に倒れてしまった。



「す、すみません……さっき、足を……っ」



苦悶の表情と額に脂汗を浮かべ自分の右足を抑えるセツノ。どうやら影次が押し倒した際に足をくじいてしまったようだ。

これではセツノは逃げられない。かといって彼女を置いていく事など当然出来る筈が無い。だが……。


表情のない人形のような怪物、敢えて雪人形スノードールとでも勝手に頭の中で名付けておこう。

逃げずにいる獲物は追いかける必要がないと言わんばかりに緩慢な動きでゆっくりと影次とセツノへと近づいてくる。



「こ、これが魔族……?エイジさん逃げてください!私の事は構わないで!」



「そういう訳にもいきませんって。……ああ、もう」



例えセツノが何を企んでいようと、それは彼女を見捨てる理由にはならない。騎甲ライザーの力は人々を守る為のものなのだから。


影次は立ち上がることの出来ないセツノを庇う様に雪人形スノードールの前に立ち塞がると意を決して左手首に『ファングブレス』を出現させ……



「騎甲変身っ!」



〈It's! so! WildSpeed!〉



全てを塗り潰さんとする吹雪の白を眩い閃光が真紅に染め上げ……セツノの前に、まさに彼女が求めていた存在が、魔族をも凌駕する異世界の英雄がその姿を現した。

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