影次VSセツノ×狙われたライザー
「お屋敷の前をウロウロと怪しげな挙動を取っていらっしゃったのでお連れ致しました。確か……そうそう、マシロお嬢様の彼氏さんでしたか」
「ウロウロしていたのは事実ですけど怪しい挙動は心外ですね」
「その前に彼氏ってところを否定してください!」
「ふふ、マシロが心配で追い掛けてきてくださったんでしょう?良い人じゃない」
つい今し方まで
まるでスイッチを切り替えるように完全に外面へと摩り替った姉に改めて恐ろしさを感じつつも矛先が自分から外れた事に安堵しかけたマシロだったが事態は先程より更に深刻になってしまっている事に気付いた。
何せセツノが軍事力として求め、自分から情報を聞き出そうとしていた魔族をも凌ぐ絶大な力、つまり騎甲ライザー当人がセツノの目の前にいるのだから。
「あ、いい香りですねこれ。飲み口もすっきりしてますし」
「気に入っていただけました?レザノフ産の茶葉は香味が芳醇で私も毎日飲んでいるんです」
当の影次は何も知らずに呑気にネージュが新たに用意した紅茶を堪能しながらセツノと朗らかに笑いあっている。
セツノも流石に今目の前にいる青年こそ自分が欲しているものだとは気付いていないようだが恐ろしく聡明な彼女の事だ、いつどんな些細な切っ掛けで影次の秘密に気付いても不思議ではない。
マシロが内心胃が痛くなる思いでハラハラしている事など露知らずといった様子で美味しそうにお茶を飲んでいる影次につい恨めし気な視線を向けてしまうマシロ。
自分のことを心配して来てくれたというのは理解してはいるのだが……
取り合えず紅茶に砂糖二杯入れるという事は覚えておこう。
「エイジさん……でしたね。確かムラサメ公国のご出身だとお聞きしました。シンクレルにはご旅行で?」
「えっ?まぁ……はい」
影次の素性はいつものように表面上の設定で通しているが今回は相手が悪い。セツノがその気になれば入国記録を調べる事など造作も無い事、本格的に影次の身辺を調べられればこんな簡単な嘘などすぐにバレてしまうだろう。
そうなれば今度は「なぜそんな嘘をついたのか」と疑問を抱かれる。そしてその疑問は第四部隊が影次を擁護している理由まで追求されてしまう。そこまでいってしまえばもはや下手な隠し立ては出来ないだろう。
「ムラサメ人の方は他国の人間の前には滅多に姿を見せないと聞き及んでいましたがエイジさんは違うのですね。それともそういった風潮がそもそも誤解なのかもしれませんけど」
「はぁ……」
何とかセツノの関心を影次から逸らしたいマシロだが口を挟もうとするとその気配を察知したセツノの鋭い視線に射抜かれ、その度に身を竦め口を噤んでしまう。
影次も他愛のない世間話を装ってはいるがセツノが自分の素性を探っているという事には気付いているのか、先ほどからセツノの問い掛けにも曖昧に言葉を濁して返答らしい返答を避けているように見える。
だがセツノもそんな事で誤魔化される相手では無い。影次がこちらの質問にまともに答えられない事、さっきからマシロが酷く焦っている様子からはっきりとした確信にまでは至って無くとも大凡の検討は既についているようだ。
「エイジさんは何故マシロやサトラ様たちとご一緒に?騎士団や学院の関係者……では無いようですし失礼ながら冒険者の方ともお見受け出来ないので……。ああ、お気を悪くなさったのならごめんなさい。ですが私も姉として、妹と共に旅をなさっているお方の事はどうしても気になってしまって……」
何を白々しい事を、と思いながらもここで自然と姉という自身の立場を利用して影次に質問をはぐらかし辛くさせる流れに持っていく話術は流石だとしか言いようが無い。
影次もセツノを相手に下手な腹の探り合いでは到底勝ち目が無いと観念し、カップの中の冷めた紅茶を啜り喉を潤すと止むを得ないと意を決し……
「ねっちゃのきもちもあだりめじゃ。わみてのえぱだのやつ信じきられねどいうのもしかたね」
『ライザーシステム』をオフにした。
「……え?」
「上手こぐ喋れねのぐでぶじょほだんしども、なんとが頼むんし」
「あ、あの、ええと……なんて?」
「ね、姉さんすみません……エイジはあまりシンクレルの言葉が得意では無くて。簡単なやり取りでしたら大丈夫なんですけど会話になるとご覧の通りで」
流石に唖然とするセツノにマシロがすかさずフォローに入る。影次も申し訳なさそうに頬を掻きながら小さく頭を下げポカンとした表情を浮かべているセツノに謝罪の言葉をかける。
「おーぶじょほしたんし」
「……なんて?」
「すみません姉さん、こういう事なのでお話はまた今度と言う事で……。さ、帰りましょうエイジ。わかりますか?帰りますよ?」
「お茶さ、たんげめぇかった。ありがどーごじござでゃ」
「えっ、あ、いえこちらこそ……すみません配慮が足らずご迷惑を……」
予想だにしていなかった展開にセツノがあっけにとられている隙に影次を連れてビションフリーゼ本家屋敷を後にするマシロ。危うく
〈システム再起動……だんないちゃ〉
(なんて?)
『ルプス』のバグ……もとい悪乗りはさておいて。
窮地を乗り切り一安心したところで待っていたかのように腹の虫が鳴り、そう言えばまだお互い夕食がまだだという事を思い出した影次とマシロは本家屋敷を出たその足で繁華街へと向かっていた。
「サトラたちと合流できればいいんだけど……あぁ、でも食べ終わってもう帰っちゃってるかもな。何か買ってきてくれてるかもしれないし俺たちも適当に……」
先ほどから影次が話題を振ってもマシロはずっと黙り込んでしまっている。よく見れば小刻みに肩が震えており、マシロにとって姉であるセツノはそれほどまでに怖い人物なのだろうか……などと心配していたのだが、そんな影次の懸念も余所に我慢の限界だとばかりに顔を上げたマシロの珍しく大きな笑い声が響き渡る。
「ね、姉さんが……あの姉さんがあんなポカーンって……。ふふっ、もう、可笑しいのなんのって……噴き出さないようにするのに必死だったんですからねっ……!ふふ、あははははは!」
怯えて震えていたのかと思いきや何て事は無い、ずっと笑いを堪えていただけだったらしい。それにしても笑いすぎだ、余程姉の惚け顔がツボに入ったのか
「そりゃあ姉さんもびっくりしたでしょう。いきなり……いきなりあんな……!ね、姉さんすっかり素になっちゃって……なんて?ですって……あぅもう思い出したら、ぷふふっ」
「お姉さんも妹にこんな大笑いされてるなんて夢にも思ってないだろうなぁ」
「はひ……ひぃー、ひぃー……わ、笑いすぎて、おなかいたい……」
こんな状態のマシロを連れて繁華街になど到底行ける筈も無く、雪を払って手近な石垣に腰を下ろし彼女の腹筋が落ち着くのを待つことに。
いつもは基本的に不機嫌そうにも見えるツンとした表情ばかりのマシロだがこうして楽しそうに笑っている姿は年相応の少女そのもので、やはり普段はどこか少し強がっているのだろうかと思ってしまう。
(確かマシロって今17歳だっけか。俺のいた世界でいえば高校生だもんな)
ふとそんな事を考えてしまい、自分がマシロくらいの歳だった頃は何をしていたっけと思い返し……ろくな思い出が無かったのでやめておく。
「はぁ、はぁ……。エイジ、どうしたんですか?」
「いや、やっとマシロの笑った顔が見られたなって思ってさ。この街に来てからずっと暗い顔していたのが気になってたんだ。うん、お前は笑っている方がいいな」
「何ですかそれ……私だって普通に笑いますよ珍しがられても心外です。一体私のことを何だと思ってるんですか」
不満気な声を上げるマシロだったがもちろん本気で腹を立てている訳では無く単に心配してくれていた事に対しての照れ隠しに過ぎなかったのだが影次はそれを真に受けて一言ごめんと謝ると話題をマシロの姉、セツノの事へと変えた。
「マシロのお姉さんの狙いは……やっぱり
「聞いてたんですか。……ええ、間違いないでしょう。ですからエイジが
「はぁ、やっぱりそういう事になるよな……」
「あの場は何とか誤魔化して立ち去れましたけど根本的な問題は何一つ解決していません。姉さんはもうエイジに目星を付けているみたいですし本格的にエイジの身元を調べられたら私たちはもう言い逃れ出来ないでしょう……」
「いっその事セツノさんにも事情を話してしまうって選択肢は?」
「確かに三月教会のように私たちの味方になってくれれば心強いとは思いますが、無理でしょうね。あの人は家の事を最優先に考えていますから。ビションフリーゼ家の理になるか否かしか考えてない人です。エイジの事も自分の手札にしようとしか思っていませんよ、きっと」
実の姉に対して結構な言い様だとは思うが影次自身もセツノと対面した事によりあの人当たりの良い
「魔族より姉さんの方が問題ですね……。よりにもよって私たちと同じタイミングでこの街にいるなんて」
「まぁまぁ、そんなの仕方ないだろ。バレたらバレたでその時にまた考えればいいさ」
「……いざとなったら自分が居なくなればいい、とか考えてませんよね?もし本当にそんな事思ってたら怒りますよ」
「おーぶじょほしたんし」
「なんて?」
「セツノ殿が……そうか、それは確かに厄介な事になってきたな」
マシロ宅へと戻りサトラたちと合流した影次たちはセツノとの経緯を話し……それを聞いたサトラは首を振りながら深い溜息をついた。
ちなみに予想通り影次とマシロの分の夕食も買ってきてくれていたので二人は説明しながらサーモンフライとトマトのハーモニーが抜群のホットサンドを頬張っている。
うん、ピリ辛スパイシーなソースが後を引く味だ。
「いつかはエイジの事を追求されてしまう時が来るとは思っていたが、セツノ殿に目を付けられたか……。ダレス隊長やレイヴン隊長たちよりは話の通じる人物、と前向きに考えるべきか」
「姉さんの事ですから騎士団どころか自分が所属している魔術師学院すら出し抜く気じゃないでしょうか。どちらにしてもエイジの事を兵器として利用しようとするのは間違いないでしょうね」
「キヒヒッ、モテモテでいいねぇエイジ」
「このへなちょこ魔族を売り渡したら目を瞑って貰えないかな」
「ちょっ、真顔で何て事を!」
「冗談はさておくとしてだ、こうなれば一刻も早く本来の目的を果たしてセツノ殿にこれ以上追及される前にビションフリーゼの街を離れよう。問題を先延ばしにするだけになってしまうが今ここでエイジを確保されてしまう事は避けたいしな」
結局サトラのその案しか対抗策が思いつかず、明日また朝一番にディプテス山に向かう事を決め今日は早めに身を休める事となった。
もしセツノが影次こそ魔族を倒せる存在だと確信し本気でその身柄を拘束しようと動き出せば最悪、これまで影次を匿ってきていたサトラやマシロだけでなくファーウェルの第四部隊そのものが槍玉に上げられてしまうかもしれない。
そんな不安を抱きながらも今はただ目先の問題を解決する事しか出来ない現状に不甲斐無さを感じてしまうマシロ。
(私に姉さんを止められる事が出来たら……なんて、考えるだけ無駄ですよね)
セツノが自分の言葉に耳を傾けるとは思えない。幼少の頃は兎も角として、彼女にとって自分は妹、家族という以前にビションフリーゼ家の落ちこぼれとしか見ていないのだ。
記憶の中の姉はいつも冷たい視線を向けているか、興味無さ気に一瞥するかのどちらかだった。だからだろうか、マシロにとってセツノ・ビションフリーゼという人物は決して手の届かない天才、自分などとは何もかもが違う選ばれた存在。そんな認識だった。
尊敬と羨望、そして畏怖と劣等感。セツノがマシロをまともに妹として見ていないのと同様にマシロもまた、セツノの事をまともに姉として見る事が出来ないでいた……。
「どしたのマーちゃんそんな難しい顔して。今日はアタシがベッド使っていい?」
「今考え事してるんですから放っておいてください。あとあなたは床です」
「相変わらずアタシへの当たりがキツいよぅ!」
「ふふ、すっかり元気になったみたいだな。やはり君に任せて良かった、流石はエイジだな」
寝床の取り合いでシャーペイと揉めている様子を微笑ましく眺めていたサトラ。故郷に戻ってきてからというもののずっと暗い顔をして俯いてばかりだったマシロが元の調子に戻った事を喜びながら彼女に聞こえないように「あの子に何か言ったのか?」と影次に耳打ちする。
特にマシロが元気を取り戻す切っ掛けに心当たりが浮かばなかった影次は記憶を遡ってマシロに何て声を掛けたかと思い返し……。
「うーん……特別なことは何も。ただ「お前は笑っているほうがいいな」、って言ったくらいかな」
「……君は言葉選びが上手いのか下手なのか分からない時があるな」
「えっ?」
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