マシロとセツノ×歪な姉妹

side-???-



「これはまた随分手酷くやられたもんだな。だから真っ向からやりあっても無理だって言ったろ」


影次たちの様子を伺おうと街に向かいかけたところで自分たちの元に近付いてきている事影次たちの姿を見つけたアッシュグレイたち。一旦姿を隠しやり過ごそうとしたのだが魔人を次々と破っているくだんの騎甲ライザーを目の前にしたナイトステークはアッシュグレイの制止も聞かず飛び出していってしまい……この通り無事、とは少し言い難い姿になって戻ってきた。



「俺の……俺のハニーが……」



「槍の心配かよ!しかし思ったより早くここを嗅ぎ付けてきやがったな……こりゃちょっと急いだほうが良さそうだな」



ボロボロの自分の体より愛用の槍を叩き折られてしまった事に嘆くナイトステークは一旦放っておき、アッシュグレイはこの雪深いディプテス山の奥にて眠り続けているそれ・・を見上げる。

岩壁に埋まったまま絶えず吹き続ける吹雪によって分厚い氷の中に閉ざされ、未だ目覚める素振りを見せない古代兵器。

使い方どころか起こし方も分からぬ玩具に思わず溜息を洩らしてしまう。だが分からないものはいくら考えても仕方がない。今はこれを騎甲ライザーに見付けられないようにする事が重要なのだ。



「向こうにも魔術師がいるしすぐバレるとは思うが一応この一帯に幻覚魔法をかけておくか。後はそうだな……おいステーク、お前ちょっと中腹あたりで雪崩起こしてこい。そうしときゃしばらく山に入って来れなくなるだろ」



「ごめんな、本当にごめんなぁ……お前の仇は必ず取ってやるからな……お前との楽しかった日々は絶対忘れないからな……」



「槍なんか埋葬してねぇで働けステェェク!!」










一方狂乱魔人ナイトステークを退けた影次たちはこれ以上の探索を諦め街へと引き換えすため下山している最中だった。

魔族の痕跡どころかまた新たな魔人が現れた。これだけで十分な収穫と判断し、影次も重症とまではいかないが決して軽くはない傷を負ってしまったので無理をせず堅実に得た情報を無事に持ち帰る事を優先したのだ。



「これでダブルメイルにアッシュグレイ、アビスキマイラにナイトステーク……これで四人かぁ。キヒヒッ、魔人ってあと何人くらいいるんだろうねぇ」



「さぁな……四人で打ち止めな事を祈るだけだ」



元来た道をただ引き返しているだけの筈なのに辺り一面雪に囲まれた銀世界な事と視界を塞ぐ吹雪のせいで自分たちが歩いてきた道どころか今どの方向に向かっているのか、下っているのか登っているのかも分からなくなってしまう。

『ライザーシステム』が無ければ雪山の登山など初体験である影次たちなど今頃完全に遭難してしまっていただろう。



「エイジが魔族を深追いしようとしなかったのってさ、もしかしてエネルギー切れになっちゃったら街に戻れなくなると思ったから?アタシの転移魔法があるんだから帰りの心配なんていらないのに~」



「……お前が俺を置き去りにして一人だけ魔法で帰る可能性もあるからな」



「うわ酷っ。もうそこそこの付き合いなんだしさぁ、いい加減ちょっとは信用してくれてもよくない?」



よもやこの女の口から信用という言葉が出てくるとは思わなかったので思わず振り返ってしまった影次。シャーペイもそんな影次の態度に流石に少し傷ついたようでしょんぼりと肩を落としてしまう。まぁ日頃の行いが行いなので完全に自業自得なのだが。



「あのさぁ、魔族だって傷つく心があるんだからね?別に血も涙も無い訳じゃないんだしもうちょっとばかしシャーペイちゃんに優しくしても良いと思うんだけどなぁ。アタシは味方だよ?少なくともエイジには、ね」



信用の次は味方ときたもんだ。シャーペイはあくまで自分の身可愛さに同胞を裏切り影次たちに協力しているに過ぎず、そこにまともな信頼関係など無い事はお互い承知の上だ。

影次とて魔族という種族全てがアッシュグレイのような残忍な生き物だ、などと偏見を持ってはいないがこれまで出会った魔族、魔人の中には今のところ残念ながらまともな者がいないので信用したくても出来ないというのが本音だった。



「味方だっていうならもう少し自発的に協力してほしいんだけどな」



「キヒヒッ!前向きに検討しておくよ。さっきも助けられちゃったしねぇ。まさかエイジがアタシのためにあんな身を挺してくれるとは正直思って無かったから嬉しいよ。また一つ借りが出来ちゃったねぇ」



「……そういう時は一言「ありがとう」でいいんだよ」












影次とシャーペイが街に戻ってくるのとほぼ同時刻、マシロとサトラもまたビションフリーゼ本家屋敷を後にするところだった。



「本日は急なお誘いにも関わらずお越し頂いて本当にありがとうございました。久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらいました」



「いえ、こちらこそ」



「マシロもいつでもいらっしゃい。今度は姉妹二人きりでゆっくりお話しましょう?」



「……っ!は、はい……姉さん」



「ふふ、しばらく見ない間にすっかり大きくなったと思ってたのに。相変わらずねえ」



にこやかに手を振るセツノに見送られ屋敷を後にした二人。セツノが一体どういった思惑を抱いているのかは結局分からなかったがサトラはそれよりもすっかり怯えきってしまっているマシロの方が心配だった。



「マシロ……本当に大丈夫なのか?震えているじゃあないか」



「だ、大丈夫です……。すみませんご心配をおかけしてしまって」



「大丈夫に見えないから言っているんだが……」



「サトラ?それにマシロも」



マシロ宅に戻る道中で街に帰ってきた影次たちに偶然遭遇したサトラとマシロ。

サトラは二人が思っていたよりずっと早く戻ってきた事に驚きながらもまずは影次とシャーペイの無事を素直に喜ぶ。



「二人ともよく戻ってきてくれたな。怪我はないか?」



「全然。何ともないよ」



「キヒヒッ、嘘ばっかし。思い切り串刺しにされたクセに」



「く、串刺し!?」



「ちょ、エイジどういう事ですか何があったんですか!いや、それより大丈夫なんですか!?」



要らぬ心配をかけまいと黙っていたというのにあっさりとシャーペイにバラされたせいでマシロたちに詰め寄られてしまう影次。と言うか分かった上でわざと喋ったのだろう。魔王になる云々といった話を断った事に対する意趣返しのつもりだろうか。



「どうやらそちらは色々とあったようだな。詳しく聞かせて貰えるか?」



「ああ、それはもちろん……って、どうかしたのか?マシロ」



「えっ?い、いえ別にどうもしてません……」



影次もマシロの様子が明らかにいつもと違う事に気付いたもののマシロ自身が何でもないと言っている以上、こちらから不用意に踏み込むのも無粋と思いセツノとの間に何かあったのだろうと心の中で推察するだけに留めておく事にした。


マシロ宅に戻ると影次とシャーペイは早速ディプテス山で狂乱魔人ナイトステークという新たな魔人に遭遇した事を報告する

魔族の痕跡どころか当の魔族が今もなおディプテス山にいたと言う事実はサトラたちも驚かされたが、同時にディプテス山には魔族に関する更に別の何かが存在するのではないか、魔人が常駐してまで守り隠しておきたいものがあるのではないかと魔族に迫る重要な足掛かりが得られたような手応えも感じていた。



「本当に大丈夫なんだな?頑丈な防寒具に大穴開いてしまっているが……」



「もう傷も塞がってるから大丈夫だよ。サトラたちはまたセツノさんのところに行ってたのか?」



「ああ。と言っても他愛のない話ばかりしながらご馳走になっていただけだったがな」



「え~……アタシたちが寒い寒い雪山で大変な目にあってたって言うのにサトちゃんたちは暖かいお部屋の中でお喋りしてたなんてズルくない?」



「大変な目ってお前は何もしてないだろ」



互いの情報交換も済み、外は日も落ち始めてきたので話題は魔族の件から今夜の夕食をどうするかという話へと変わっていき取り合えず手頃な店を探しに出掛けようとする影次たち。だがそこで突然マシロが何やら用事があるからと言い一人別行動を取らせてほしいと言い出してきた。

手を貸そうかという影次やサトラの申し出も断りマシロは「すみません」と一言残して一人部屋を出ていってしまった。



「……やっはり様子がおかしいよな、マシロ。お姉さんと何かあったのか?」



「いや、別にこれといって特には何も。そうだな……、しいて言えば久しぶりの姉妹の再会というには何も無さすぎる・・・・・・・とは感じたが」



「マーちゃんてお姉ちゃんに対してコンプレックスがあるというかトラウマみたいなのがあるっぽいからねぇ。本当に一人にしておいて大丈夫?」



「シャーペイにしては珍しくまともな事言うな」



「アタシはいつだってまともな事しか言わないよぅ!」



シャーペイの妄言はさておき影次も確かに今のマシロを一人にさせておくのはどうにも心配なので穴の開いた防寒具を着直してマシロの後を追いかける事に。

サトラは一緒に行かないのかと影次が訪ねるとサトラは自分より影次の方が適任だと首を横に振る。



「マシロも大人数で行くよりエイジ一人の方がいいだろう。私たちは適当に繁華街で食事を取っているからマシロの事は君に任せるよ」



「了解だ。じゃあシャーペイの子守はサトラに任せるよ」



「ああ、了解だ」



「なんでさっ!」










「あら、思ったより早かったわね」



ビションフリーゼ本家屋敷内庭園のテラスで待っていたセツノの元へと訪れたマシロ。読んていた文庫本を閉じるとセツノに座るようにと促され、姉と向かい合う形で席に着く。

深々と降り続ける雪の中でも防寒結界の張られたテラスは野外とは思えない暖かさで庭に積もる雪のような純白のテーブルの上にネージュがマシロの分の紅茶を用意してくれる。



「あの、姉さん……」



「ネージュ、ちょっと席を外してくれるかしら。この子と二人きりにさせて」



「畏まりました。ではマシロお嬢様また後ほど。あ、久しぶりにご一緒にお湯殿でも……」



「ネージュ?」



また雪だるまにされては溜まらないとそそくさと退散していくネージュ。セツノはそんなどうしようもない執事の後姿を見送りながら小さく溜息をついてから、改めて数年ぶりに会った実妹に向き直る。



「お、お久しぶりです姉さん。えっと……げ、元気そうで」



「単刀直入に用件だけ伝えるわ。マシロ、あなた達が王都に報告に挙げていない情報を全て渡しなさい」



世間話も無しにいきなり本題に入るセツノ。まるで近況報告や談笑など先ほど済ませたから必要ないだろう、と言わんばかりの態度だ。昼間はサトラがいる建前上あくまで取り繕った外面で姉という役・・・・・を演じていただけだったくせに。

今マシロの目の前にいるのは血を分けた実の姉セツノでは無く、ビションフリーゼ家現当主、セツノ・ビションフリーゼでしかなかった。



「……っ!そ、それは一体どういう意味でしょうか」



「あなたたち第四部隊が魔族に遭遇する度に都合よく現れては魔族を撃退して姿を消すという正体不明の黒い鎧について、本当の事を全て話しなさいと言っているのよ。無駄な手間をかけさせないで」



影次の事を知られる訳にはいかないので当然何の話かとはぐらかそうとするマシロだがそんな三文芝居が通じる筈も無く、セツノはつまらないものを見るような目で一蹴する。



「あなたたちはその黒い鎧について何らかの情報を握っている。もしかして素性も分かっているんじゃないのかしら?王都にそこまで報告しないのは第四部隊の軍事力にしようとでも考えているから……違う?」



「違います!!私は、私たちはあの人の事をそんな風に考えてたりなんか……!」



「ふぅん……あの人・・・、ねぇ」



思わず感情的になってしまい口を滑らせてしまったマシロが自分の失言に気付いて慌てて手で口を押える様を冷ややかな笑みを浮かべて眺めているセツノ。

姉の、セツノの目的が影次……騎甲ライザーだと言う事を、そして自分やサトラが彼の素性について知っているのがバレてしまった事を知り、姉の掌の上で簡単に転がされてしまっている自身の浅はかさと不甲斐無さを痛感するマシロ。



「もう一度聞くわ。マシロ、知っている事を全て話しなさい」



「……出来ません」



「何か勘違いしているようね。別に私はお願いしている訳ではないのよ?」



名門ビションフリーゼ家当主として魔術師学院での地位、王立騎士団隊長位以上の国家魔術師としての権力。学院に在籍し尚且つ現在は騎士団の一員として勤めているマシロにとって姉、セツノのその命令・・は絶対のものだ。

だがそれでも逡巡しているマシロに対しセツノは一転して声色を柔らげ聞き分けの悪い子供を諭すように優しい口調で妹からの返答を促そうとする。



「あなたもビションフリーゼ家のものなら分かるでしょう?私たちの家が未だに陰では成り上がり貴族と囁かれているのはあなただって嫌というほど知っている筈じゃない。

それに魔力をも凌駕するほどの力がシンクレルの為に使えるようになれば他国に対する大きな抑止力にだって出来る。国のため、世界の平和のためになるのよ。そして、それが延いては当家のためにもなるの」



「……姉さんの仰る事は御尤もだと思います。ですが……」



「ねぇマシロ。お姉ちゃんの力になって?お願い」



威圧しながらの命令から転じて優しく理詰めで説得され、その激しい落差に感情を大きく揺さぶられ思考が混乱しているところに駄目押しとばかりに肉親という情に訴える泣き落とし。

当然これらは全てマシロの心を揺さぶり正常な判断力を奪うために計算尽くで行われている事だったのだが、そんなセツノの手練手管にマシロが気付ける筈も無く……。



「わ、私は……っ」



(もう一押し、といったところね)



「お取込み中のところ失礼致します」



「……何かしら?」



マシロが何かを言いかけたところでこの場から姿を消していたネージュがいつの間にか戻っており、突然二人の会話に割り込んできた。

あと少しでマシロの口を割らせられそうだったのに、と水を差されたセツノはマシロの前なので表情には出さなかったものの声色に若干の苛立ちを含ませて邪魔に入った専属執事に用件を尋ねる。



「お客様がお見えになりましたのでこちらにお通ししました」



「お客様?」



(……っ!ど、どうして……よりにもよってこんな時に!)



ネージュの言葉にセツノと同様にマシロもネージュに連れられてテラスにやってきた来訪者へと振り返り……何故今ここに、このタイミングでがやって来てしまうのかと愕然としてしまった。



「どうも。夜分にお邪魔してます」



そこにあったのは今まさにセツノが求める魔族をも凌駕する力・・・・・・・・・、影次の姿だった。

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