望まれない結末×ジェンツー出発

 以前ムジナが教えてくれた話だが、酒が入っていたとは言えギンが『ジェンツーガバメント』と無謀な舞台勝負を承諾してしまったのは劇団の仲間たちを侮辱されたのが原因だったらしい。

 片手間のお芝居ごっこ、半人前達のおままごと、などと散々言われ頭に血が上り、というのが事の発端なのだと稽古の休憩中に聞いた。


 仲間を大事に思う余りの行為と言えば聞こえは良いが魔獣をけしかけ命まで狙うのは当然やり過ぎだ。ギンのした事はどんな理由があろうと決して許されるものではない。

 だからこそ、ちゃんと生きて自分が犯した罪と向き合ってほしかった。



「……ギン?」



 ファング影次がその声の方に振り向くと、いつの間にかムジナを始めとした『木葉坂夢幻堂』の面々がステージ裏にやってきていた。

 先程のスライムとの戦闘の際に派手に立ち昇った炎に何事かと様子を見にきた彼らが目撃したのは異形の黒い鎧の怪物と、その足元で無残な姿で事切れている自分たちの劇団の団長、ギンの亡骸だった。



「ギン……、お、おいギン……?」



「な、なんだこのバケモノ……お、お前が、お前がギンを!?」



「……いや、いやああああああああああああっ!!」



『木葉坂』の面々に一歩遅れてマシロたちも現場に駆け付け、事情を知らないムジナたちが完全にファング影次がギンを手にかけたと勘違いしているこの状況に気付き、慌てて彼らの誤解を解こうとするが……。



「ま、待ってください! エ……この人は……っ」



 マシロが弁明しようとする前に、ファングは片手を振るい自分と他の面々との間に炎の壁を作り遮る。その炎はほんの一瞬の虚仮脅しに過ぎなかったが、突然の事に怯んだムジナたちは次の瞬間既にファングの姿を見失ってしまっていた。



「ま、待てよ!! 逃げるなっ!!……くそっ、くそぉっ!! どうしてギンを殺したっ!!」



「返してよ……ギンを返してよ!! 人殺し!!」



 姿を消したギンの仇へと慟哭交じりに罵り叫び、変わり果てた姿の団長ギンを前に泣き崩れる『木葉坂夢幻堂』の面々。

 その傷ましい光景に胸を痛めながらマシロたちは影次がわざと誤解させたまま逃げたのだと理解していた。

 このままギンがした事が全て白日の下に晒されれば当然『木葉坂夢幻堂』の評判は地に落ちる。何せ勝負に勝つためにライバル劇団を殺そうとしたのだ、そんな事が知られてしまえばこの舞台勝負に勝ったとしてもジェンツーの街はおろか今後一生彼らには汚名が付いて回る事になる。


 全てはあの黒い怪物の仕業。ギンはあの怪物に殺されたのだ。スライムの件も怪物に操られていたという事にも出来る。

 影次は今回の一件をそう締め括るつもりなのだろう。罰せられるべきだったギンは死んでしまった。ならはせめて残された劇団は、ギンが守ろうとしていたこの劇団だけは……。

 そう思って全ての咎を自分に向けさせるつもりなのだろう。

 例えその結果、守りたい人たちに恨まれ、憎まれてしまうとしても……。



 ジェンツーの街のトンネル開通記念祭典最終日は、こうして各々の心に深い傷跡を残して終わりを迎える事となった……。










「おめでとう……って気分じゃあないか」



 翌日『木葉坂夢幻堂』を訪れた影次。『ジェンツーガバメント』との舞台勝負はほんの僅かな票数差で『木葉坂』が勝利を迎える事が出来た。

 だが念願だった勝利も団長ギンの訃報に暮れる団員たちには喜ぶ余裕が無かった。



「……ま、かろうじて勝てたって感じだね。とは言え君の言う通り今回の勝利はあくまで僕たちの舞台が物珍しかったというだけだ。悔しいが劇団としても、役者としても『ジェンツーガバメント』の方がずっと上だというのは認めるよ」



 結局勝利したものの自分たちの地力での勝利では無い上に互いに劇団から犠牲者も出たと言う事もあり、負けた側が解散するという約束は有耶無耶になったらしい。

 今後は恐らく良いライバルとして切磋琢磨し合える事だろう。



「なんだ、てっきりいつもみたいに天才脚本家云々って言いだすのかと思ったのに」



「勿論女神に愛されし才能の持ち主という事には変わりないさ! ……けどこれからは僕があのバカギンの代わりに団長を務める事になったからね。今後はもう少し他の凡人たちとも足並みを揃えてあげようと思っただけさ」



 そう言って無理に普段の調子を取り繕うムジナ。他の面々もギンを失った現実と未だ折り合いが付けられずにいるようだが、それでもこうして前を向いて行こうという意思を持ってくれている事に影次も一先ずは安心出来た。


 ギンが液体魔獣スライムを使い『ジェンツーガバメント』を襲ったという事実は結局伏せられており当然ムジナたちも今回の一件の真相は知らないままだ。


 サトラたちも三月教会も事実は把握しているが『木葉坂』に真実を伝えるとなると影次の事も魔族の事も説明しなくてはならなくなる。なので少なくとも彼らがギンの死からちゃんと立ち直るまでは事実は伏せ「スライムは完全に討伐されたのでこれ以上の犠牲者はもう出ない」とだけ教会から連絡してもらっていたのだ。



「ギンさんの事は、本当に……」



「別にあんたがそんな責任感じる事じゃないでしょ。あんただってギンを助けようとしてくれたんでしょ?」



「……そうです……悪いのはあの黒いバケモノです。あいつがギンを……」



「あの怪物……教会の人はもう遠くに逃げていったから大丈夫とか言ってましたけど、本当なんでしょうか」



 スライムの酸で焼けた痕がまだ顔や腕に残っている影次に真っ先にそう言って気遣ったのは意外にも一番影次に反抗的だったセンコだった。

 姉のテンコも妹のタマモも同様に影次を擁護するが、ギンを失った悲しみと共にギンの命を奪った仇である黒い怪物への憎しみも隠そうともしない。



「エイジさんたちは今日ジェンツーを出発するんでしたよね。これ、良かったら持っていってください。うちの自慢のサーモンカツです。ほらショウフク」



「ごんす」



 シガラとショウフクから大量の総菜を貰いあっと言う間に両手が完全に塞がってしまう影次たち。

 すると続いてムジナからは大量の海産物の干物を貰い、テンコたち三姉妹からは……何故か思い切りハグされた。土産が思い付かなかったのだろうか?



「色々あったけど君に会えて良かったと思っているよエイジ。……僕たちはこれからも劇団を続けていく。今度は正真正銘実力で『ジェンツーガバメント』に勝ってみせるさ」



「本当にお世話になりました、またいつでも遊びに来てください。特別価格で販売しますから。なぁショウフク」



「ごっつぁんでした」



「あ、あの……す、すみません……あまり、お喋りできなくて……また、いつか……」



「……ありがと」



「あはは、こんなお姉ちゃんたちでごめんなさい。本当に本当に、ありがとうございました」



「いや、俺は何も……」



 舞台を終えた後のカーテンコールのように整列し、影次に深く頭を下げ感謝の言葉を告げる『木葉坂夢幻堂』。

 そんな彼らに影次はギンを救えなかった事も、彼らに要らぬ憎しみを抱かせてしまった事も謝れないまま……ただ、静かに彼らに倣い頭を下げながら感謝の意を伝える事しか出来なかった。



「俺の方こそ、この街で皆さんに会えて、一緒に舞台が出来て本当に良かった。……忘れません、みんなと過ごしたこの数日は、絶対忘れません」











「……行っちゃったな」



「流石に劇団うちに入ってくれ、なんて言えないもんな。なぁショウフク」



「ごんす」



「冗談っ!あんな無茶苦茶な稽古ばっかり続いたら溜まったこんじゃないわよ。やっとあの地獄の特訓から解放されてせいせいしたわ」



「……って言ってるけどセンコちゃん、さっきから泣いてる……」



「それはテンコお姉ちゃんもでしょ? ……寂しくなるね、これから」



「何言ってるんだ、これからは僕たち六人でやっていかなきゃならないんだぞ! そんな弱気でどうするんだ! 今後は稽古もエイジを習ってビシバシやっていくからな!ギンのやつが途中降板したのを悔やんで泣きベソかくくらい凄い劇団にしていこうじゃあないか!」



 新たな団長ムジナの発破に涙を拭い力強く頷く一同。


 そうだ、自分たちはここで立ち止まってなんていられない。

 本物の劇団として生きていく覚悟を教えて貰った。数多の技術を教えて貰った。

 ここまでお膳立てしてもらったのだからあとは自分たちで築き上げていくのだ、自分たちの劇団を。



(天国か地獄かどっちにいったかは知らないけど精々指を咥えて僕たちの舞台を観てるがいいさ。……なぁ、ギン)




 後に『木葉坂夢幻堂』はその評判をジェンツーの街に留まらず王都にまで届かせる程の大人気劇団になっていくのだが……


 それはまた、影次たちの物語とは別の話である。











「私はエイジのやり方に納得はしていません」



 宿を引き払い街の入り口に停めていた『神の至宝馬車』にて出発の準備を進めている最中マシロから今回の影次の取った行動を注意された。



「ギンさんは……ああいう結末になってしまったのは残念ですがそれでもきちんと犯した罪は明かされるべきです。エイジがやった事はただ問題を先送りにしただけじゃないですか」



「私もマシロの意見に賛成だ。事情を知っているイワトビ司祭は口裏を合わせてくれたがいつかは彼らも真実を知る事になるんだ。なら早いうちに……」



「俺だって正しいだなんて思ってねぇよ!!」



 苛立ちを露わにサトラの言葉を遮り怒鳴る影次。初めて目の当たりにするそんな彼の様子に驚くサトラとマシロだったが彼女たちよりも影次自身がそんな自分にびっくりしてしまい、慌てて二人に謝罪する。

 サトラは騎士団副隊長という立場がある、マシロも自分を心配してくれているだけだという事はちゃんと理解している。二人も影次を非難したい訳ではないのだ。



「……大声出してごめん。それと、無責任な事して……悪かった」



「いや……確かに今真実を話すより気持ちの整理がついてからの方が彼らもきちんと事実を受け止められるかもしれない。そもそも今回私たちは何も力になれなかったんだから君を責める資格は無い。……ただそれでも君の選択を支持する事は出来ないという事だけは理解してくれ」



「……分かってる、迷惑かけてごめん。……宿にまだ荷物残ってるから取ってくる」



 サトラに謝るとその場を離れる影次。その後ろ姿を見送りながらサトラとマシロは互いに顔を見合わせ思わず深い溜息をついてしまう。



「全然、何も分かってないじゃないか……。正体は知られていないとは言え折角心を通わせた仲間たちから友の仇と誤解されたままなんだぞ」



「やっぱり余計な事をしてしまったんでしょうか。私がエイジに『木葉坂』さんのお手伝いをすればと薦めたから……。結局、彼の心の傷を悪戯に掘り返してしまっただけだったんじゃあ」



「そんな事はありませんぞ?」



 それまで静観を決め込んでいたジャンがすっかり意気消沈してしまった二人を見兼ねて荷台の中からひょっこりと顔を出してきた。



「我々の前で苛立ちを露わにするようになってくれたのです。以前のエイジ殿なら何事も無かったように平然と振舞っていたでしょう。ああして目に見える形で心中を見せて貰えるほうが安心出来るというものですぞ」



「……確かに。流石は元役者だけあってエイジは芝居が上手ですからね」



 今までもその胸中をほとんど表に見せてこなかった彼の今までの言動が全て演技だとは思わない。だがそんな影次が発作的にとは言えああも感情を露わにしたのだ。それだけ今回の一件が彼にとってどれだけショックだったのかは想像に難くない。



(あなたはそうやって今までもこれからも平気な顔して自分を犠牲にし続ける気なんですか……?

 それがあなたの言う正義の味方ヒーローというものなのだとしたら……)










「そっか。二人はまだこの街に残るのか」



「ええ、もう少し路銀を稼いだら今度は港湾都市シーガルを目指そうかと」



「アズレアもサルビアも本当にありがとうな。二人がいなかったら『木葉坂』は勝ててなかっただろうし、また何処かで会えたら借りはきちんと返させて貰うよ」



 影次が馬車に戻ろうとしたところでアズレアとサルビアに遭遇する。二人ともたった今街を発つサトラたちに挨拶をしてきたところだったらしい。

 改めてエルフ姉妹にも舞台勝負に協力してくれた事のお礼を言う影次だったが……。



「とんでもないです! 私たちが、森の民エルフがエイジ様に受けたご恩に比べればこれくらいの事お安い御用ですっ」



「アズレアちゃんて結構重たいでしょ……悪気は無いから……気にしないでね」



「え、いや別にそんな風には思って……」



「偉大なるエイジ様の武功が伝えられなかったのはとても残念ではありますが……今回の分も含めてより一層英雄クロードエッジエイジ様の物語を国中に伝えていく所存です。どうかご期待ください」



「重いよ!」



「だから言ったじゃんか……」



 ふんす、と意気込むアズレアについ「何かこの娘イメージ変わってない?」とサルビアに耳打ちする影次。だがサルビア曰く「この子は昔から結構ぽんこつだよ」との事らしい。

 やはり姉妹か……とは流石に失礼なので口には出さなかったが。



「またどこかでお会いしましょう。旅のご無事を女神クレステッドにお祈りしております」



「んー……元気でねぇー」



 エルフ姉妹たちと別れの挨拶を済ませると入れ替わるように今度はシャーペイが両手いっぱいに紙袋を抱えてやってきた。

 何をそんなに、と袋の中を覗くと大量の薄切りイモフライが詰め込まれており凄まじい油の匂いが漂ってくる。



「やっほー。良かったねぇエイジ。劇団の人たちと違ってエルフちゃんたちはちゃあんと分かってくれててさ。ほっとしたんじゃない?」



「どうでもいいけどお前、それ全部荷台に持っていく気じゃないだろうな。油臭くなるだろ」



「キヒヒッ、露骨に話題を逸らしたねぇ。エイジも一つどう? サーモン味イモフライだってさ」



 魚臭いと思えばジェンツー限定のご当地イモフライらしい。

 シガラたちから大量の揚げ物を貰っているのだからこれ以上コレステロールを増やさないで欲しい。



「スライムを封じてた石の破片調べたけど、ありゃ沢山作るのは無理だね。とは言え魔人たちは結界なんて関係なく街中だろうと魔獣を出し放題って事だねぇ」


「大量生産は出来ないんだろ? ならバラ撒く前に奴らを倒せばいいだけだ」



「随分好戦的だねぇ、らしくもない。ああ、エイジはそっちが素なのかな?いいねぇいいねぇ、いつもの取り繕った顔より今みたいな怖い顔してる方が素敵だよ?」


「……嫌味を言いに来ただけならさっさと行け」



「はーい。アタシに八つ当たりするかと思ったんだけどねぇ? つまんないなぁ」



「心配しなくても、お前が悪さしたらちゃんと倒してやるよ」



 いざと言う時は容赦しないと言われても何故かシャーペイは愉快そうに笑うばかりでそんな態度が益々影次の神経を逆撫でする。


 取り敢えずご要望に応えて八つ当たりする事にして彼女の手からイモフライの袋を奪い取る影次であった。


 ちなみにサーモン味のイモフライは……正直微妙だった。










 side-???-



 騎甲ライザーから逃げ切った死霊魔人アッシュグレイだったが、決して無事という訳では無かった。ファングの必殺技バニシングブレイクが直撃する寸前に辛くも退避する事は出来たものの怒りに燃え平常時よりも遥かに強大な力を発揮したファングの一撃はその余波だけで魔人の体に大きなダメージを与えていたのだ。



(ちょっと煽り過ぎたな……危うくマジで死ぬところだったわ、流石に反省するぜ)



 一晩経ってようやくまともに動けるまで回復した体の調子を確かめるように手足を軽く動かすアッシュグレイ。体表を覆う包帯や鎧はまだボロボロのままだが動き回るくらいならもう問題無さそうだ。

 だがこうして五体無事な事が確認出来ると改めて騎甲ライザーの恐ろしさを思い出し身震いしてしまう。



(クク……いやぁアレはヤバかった。もう本気でお仕舞いかと思ったからなぁ。ありゃ正真正銘のバケモンだわ)



 一歩間違えていたら死んでいたかもしれないというのに、あの怪物から明確な殺意を向けられ心底恐怖に震えたというのに、何故かアッシュグレイの顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。


 本当ならば関わる事を避けるべきなのに何故自分は敢えて挑発してしまったのだろう? 何故相手の逆鱗に触れるような事をしたのだろう?何故直接あの化け物の前に姿を現してしまったのだろう?



(クク……ククク……ッ!参ったな、魔族になってから・・・・・・・こんな愉しいのは初めてだ)



 楽しい、嗚呼愉しい。退屈する暇も無い享楽に心が満たされるのを感じる。さぁ次はどんな事をして遊んでもらおうか。何をすれば面白くなるだろうか。こんな面白い事のためならば命くらい喜んでいくらでも懸けてやろう。



(確か奴らの次の目的地はあそこ・・・だったな……。正直あっちにゃ面倒臭ぇのがいるからあんまり顔を出したくねぇんだが……ま、仕方ねぇか)



 騎甲ライザー、エイジ一行は確か今日この街を出発する筈だ。見失う前に自分も気付かれないように後を追おうとしてアッシュグレイはこの姿で街中に出る訳には行かないと魔人としての姿を魔石に変え、もう一つの姿・・・・・・へとなって街の雑踏の中へと紛れていった……。

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